レベル31 足りない部分を補うにはどうしたら良いのだろう
「うーん」
不景気なうなり声をあげる。
休日だというのに、悩みの解決に頭を使う。
「人手が…………」
現在の問題はそこだった。
サツキが加わって一週間。
素材の消費はあるものの、成果は更に増大していった。
一日に六百から七百もモンスターを倒す程になっている。
触媒として一日五十から一百の間で素材を消費していたが。
それでも純然たる稼ぎとして一日五百以上の素材を手に入れている。
やろうと思えば更に稼げる。
だが、やはり頭打ちになってしまった。
「解体、どうすっかな……」
宿舎の広間にあるベンチに座り、対になってるテーブルに肘をついて考える。
倒せる数が上がれば、解体する手間が増える。
それを軽減するためには人が必要だ。
だが、人を入れればその分稼がねばならない。
その為には戦闘に加わる人間が必要になる。
そして、戦闘で倒したモンスターが増えれば、解体の人手が必要になる。
「まいったな…………」
どこかで区切りをつけないとこの流れは止まらない。
倒せる数と処理できる数がいったりきたりしながら増大していく。
それでいて、得られる利益はほぼ同じ。
「一人あたり、七千銅貨あたりか…………」
そこが今現在の利益の上限だった。
それ以上になるためには、人数を増やすだけでなく、一人当たりが処理できるモンスターの数を増やさねばならない。
戦闘で倒すにせよ、解体で素材にするにせよ。
落ち着く結論は一つ。
「やっぱり、レベルアップ待ちか」
それだけは揺るがなかった。
ただ、それはそれとして、人手はやはり必要だった。
サツキが間接的ながら戦闘に加わり、成果は確実に上がった。
素材の消費を考えてもそれ以上の稼ぎがある。
魔術の使用をある程度おさえてるためもある。
素材もそうだが、サツキの消耗も激しい。
だから、あまりにも大量にモンスターがやってきた場合にだけ魔術を用いる事にした。
その分トオルとサトシの負担は大きくなるが、サツキの負担が減った。
素材の消費も一日五十個以内に収まるようになり、懐への圧迫も抑えられている。
そんな状態で倒してるモンスターの数は、七百匹に迫ってる。
やろうと思えばそれ以上も見込める。
だが、解体の人数が足りてないから諦めるしかない。
トオルやサトシも、町への帰還をはじめる一時間前には戦闘を切り上げ、解体に入ってる状態だ。
出来ればその無駄を無くしたい。
戦闘に専念すれば、更に数を稼げるはずだった。
二百、あるいは三百。
一日に倒せるモンスターが一千に到達するかもしれない。
さすがにそれは希望的な観測にすぎるだろうが。
問題は、誰を入れるにせよ宛がないことである。
サツキの事があったので、募集はそのまま継続してる。
とはいえ、そうそう良い人間がやってくるものでもない。
応募自体は少しはあるらしいのだが、受付のおっさんが人柄を見て拒絶してるという。
「ろくでもない奴もいるからなあ」
嘆きながら言ってるのが思い出された。
子供のような者達が連れ立ってるから、与しやすいと思って入り込もうと思う輩がいるのだという。
だから、迂闊に紹介できないのだと。
サツキを紹介したのは、年齢が近いから上手くやれそうだと思ったのが大きいとか。
今までの仕事への取り組みから真面目にこなすと思えたのもあるらしい。
モンスター退治とは直接関係ない部分であっても、真面目に取り組むというのは大切なようだ。
その話から、求めるような理想的な人間がいないというのも分かる。
どうにもならない問題だった。
(最悪、サトシの村にまたお願いしてみるしかないのかな)
村での仕事の最後のほうで解体に参加した二人の子供。
あの二人が来てくれればと思う。
しかし、さすがに冒険者に引き込むのは気が引ける。
(サトシ達はどう思うのかな)
とりあえず聞くだけ聞いてみようと思った。
「呼ぼうよ」
返事は即答だった。
「居てくれれば助かるし、あいつらもやりたがってたし」
「でも、モンスター退治だぞ」
「村でもやってたじゃん」
「あの時とは危険さが違う」
「でも、俺たちまだ生きてるぜ」
サトシは笑いながらそう言う。
「危険はあるけど、なんとかなってるんだし。
それより解体の方をどうにかしないとまずいだろ。
だったら呼ぼうぜ」
「そう簡単に決められるかよ」
参考にしようと思って聞いてみたが、はたしてこれを参考にして良いのかと思ってしまう。
「まあ、一応考えておくよ。
人手は欲しいし」
「絶対呼ぼう。
大丈夫、必ず来るって」
それが困るんだよ、と言おうと思ったが、口から出たのはため息だけだった。
ただ、思いもがけない方向から人が来た。
「あの、お願いがあるんですけど」
いつも通り控えめに申し出るサツキが、予想外の事を言い出した。
「この一団に参加したいと言ってる人がいて……」
「え、うそ」
思わずそう言ってしまった。
「いえ、嘘じゃないです」
「ああ、ごめん。
そういうつもりじゃなかったんだ。
ただ、俺達の所に来たいなんて人がいると思わなかったから」
「そうなんですか?」
「そりゃ、冒険者なんてやってるからね」
人手も人材もいつでも足りない仕事である。
まして弱小集団である。
好んで参加しようとする者など、下心か利用しようというつもりな輩しかいないだろう。
なのにわざわざ希望してきたのだ。
信じろと言うのが難しい。
「それが、どうしても私と一緒の方がいいと」
「それはまた……」
そこまで言うとなると結構付き合いが長い相手なのかもしれない。
あるいは深い関係なのか。
前者はともかく、後者だと少し残念な気分になる。
(まあ、可愛い娘だし、恋人がいてもおかしくないか)
落胆しつつも納得しておこうと思った。
それに、聞くべき事もあるので気落ちしてるわけにもいかない。
「でも、どんな人なの?」
とりあえず基本的な事から聞いていった。
「あの、村にいた頃からの私の知り合いで。
私が村を出た後に、わざわざついてきてくれたんです」
「そりゃあ、かなりのもんだな」
「はい。
『心配だから放っておけない』っていってくれて」
説明するサツキの声に、いつも以上の張りや元気が感じられた。
彼女もその相手の事を気にかけてるのだろう。
お互いに相手を思いやったり大事にしてるのが伺える。
「まあ、無碍に断るつもりはないけど。
とりあえず受付のおっさんを通してくれ。
人柄に問題がなければ俺に話しを通してくれるだろうし」
「じゃあ、呼んでもかまわないんですね?」
「問題がなければね。
人手は欲しかったし」
「ありがとうございます」
礼を言って頭をさげるサツキに、トオルは「いいっていいって」と応えた。
安心したのか、笑顔を浮かべる彼女を見てしまっては、安易に拒絶は出来なかった。
(そんだけ好きなんだろうなあ)
そう思うとやっぱり悔しいと思ってしまう。
数日後。
トオルは参加希望者と顔を合わすこととなった。
受付のおっさんからも「これなら大丈夫だろ」と太鼓判をもらえたので、人間性に問題はないのだろう。
だが、思ったのとは違った部分があって、少しばかり驚く事になる。
「鈴方レン(すずかた・れん)です。
よろしくお願いします!」
元気よく名乗った参加希望者を見て呆気にとられる。
それから手元の書類に目を落とし、再び本人を見る。
「…………女の子?」
「はい、そうですよ」
受付のおっさんから預かってきた書類にも書いてあるので間違いはないだろう。
だが、そうと分かっていても、目の前の本人を前にすると本当かと思ってしまう。
言われてみれば確かに女の子なのだろうとは思う。
だが、そう言われなければ性別がどちらなのかちょっと悩んでしまう。
可愛いは可愛いし、美人かといわれれば、まあその部類に入るとは思う。
しかし、髪の毛は肩のあたりにかかるくらいだし、背丈も女としては割と高い方だ。
一百六十センチ台の半ばくらいはあるだろう。
服装も、どちらかというと男のものにちかく、スカートではなくズボンを身につけている。
女の男装がないわけではないが、この世界では結構珍しい方である。
何より顔立ちが、ととのってはいるがどちらかというと凛々しいと言った方が似合いそうな感じである。
中性的な美少年と言えばそのまま通りそうなくらいに。
喋り方もハキハキしていて、下手な男よりもよっぽど好感が持てる。
とりあえず、良い友人になれそうな雰囲気を漂わせていた。
「で、君がサツキの友人で?」
「ええ、そうですよ。
村にいた頃からの付き合いで。
よくガキに絡まれてたサツキを守ってたもんです」
「なるほど」
女ながらガキ大将的な立ち位置にいたのだろう。
まあ、子供の頃なら女の子の方が成長が早い。
男勝りなところがあるなら、自然と子供達のリーダー格になっていったのかもしれない。
「で、外にモンスター退治に出かけてるって言うじゃないですか。
なら放っておけなくて。
オレもがんばろうかなと」
それが動機らしい。
仲間というか友達を見捨てておけないようだった。
(けど、オレかよ)
ボクっ娘というのは知っていたが、それを通り越して自分をオレと呼ぶ女の子がいるとは思わなかった。
広い世の中には一人くらいはいるかもしれないが、そんな人間と遭遇する機会が来るとも思ってなかった。
(いや、日本の地方だと自分の事を女でも俺っていう地域があったみたいだし)
どこで見聞きしたのか分からない情報を思い出す。
今現在、全く役に立たない事である。
「まあ、そう思ってるならがんばってもらいたい。
けど、モンスターの解体がやる事になるけど、大丈夫か?」
「そこはやってみないと分からないです。
料理とかで肉を切った事はあるけど、モンスターはないので」
「うん、それはそうだろうね。
ただ、それをやる気があるかどうかを聞きたい。
結構きつい作業になるし、血を見る事にもなるし」
「やります」
即答だった。
「出来るかどうかはまだ分かりません。
でも、やります。
サツキだってやってるんだから、私が逃げるわけにはいきません」
力強い声だった。
このレンという娘にも、何かしらの自負があるのだろう。
サツキを守ってきたという事が、彼女への義務感じみたものになってるというのもあるかもしれない。
だからこそ、危険なモンスター退治に赴こうとしてるのかも。
「そう言ってくれるなら助かる」
トオルとしても望む所だった。
「ただ、本当にきつい作業だから、それは覚悟してくれ。
あと、一応安全には気をつけるけど、相手はモンスターだ。
襲われる可能性もあるし、最悪死ぬかもしれない。
それでもかまわないか?」
「かまいません」
声に淀みや揺るぎはない。
「サツキもやってるんです。
私が逃げるわけにはいきません」
気負いすぎではないかと思える言葉である。
だが、そのつもりならばトオルとて拒否するつもりもない。
「それなら、一度一緒に行ってみよう。
ただ、それなりの装備はしてきてくれ。
身を守るためにも防具と武器は揃えてほしい。
でなけりゃ外へ連れ出せない」
「分かりました。
何とか揃えてみます」
「頼むよ。
それくらい自力で用意できないような人間だとこっちも困るから」
最低限の準備も出来ない人間にまともな仕事が出来るとも思えない。
多少ならば融通はするつもりであるが、手ぶらでやってくるような奴であるならば排除するつもりだった。
「ただし、借金はしないこと。
首が回らなくなって悲惨な目にあう奴も居る。
そうはならないで欲しい」
この世界でそういった人間に出会った事はないが、色々と噂は流れてくる。
また、前世での借金や破産の話もある。
迂闊に借りてどうにもならなくなったという話はいくらでもある。
レンにはそうなって欲しくなかった。
「なら、買いそろえるのに時間がかかるので、しばらく待ってもらえませんか?」
「ああ、かまわない。
それで、どれくらいかかる?」
「ここに置いてあるならすぐにでも買います。
でも、そうでなかったらそれなりに時間がかかると思うんです」
さすがにそういう時のレンの顔は少しくもった。
彼女ががんばってどうにかできる事ではないのだから仕方がない。
ただ、そう言える事がトオルの求めてる所である。
────自分で出来る事はやる
誰かと協力するにせよ、まずはそういった自立心がないとどうにもならない。
それは自分自身に責任を持つという事にもつながる。
誰かに責任を押しつけたり、やるべき事を放棄するような人間ではどうしようもないのだ。
そんな人間を負担する理由は誰にもない。
実際に出来るかどうかはともかくとして、そうしよう、そうあろうとしてる者とならばやっていける。
トオルのこれまでの人生において得た教訓である。
「それなら待つよ。
時間がかかるのは分かってるから」
そう言ってトオルは、レンの加入を認めた。
とはいえレンも、今入ってる仕事の都合ですぐには行動はできない。
そちらが終わるまで数日ほどかかるので、それまで待つ事となる。
急ぎはしないが、それでも人手が足りない所だったので、なるたけ早くこちらに来てもらいたいと思った。
そんな中で、予想外の出来事が更に起こっていく。
章の終わりに。
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