レベル30 消費もあるけど魔術の効果は大きかった
「いきます」
「おう、遠慮しなくていいからな」
そう言ってトオルは魔術が発動されるのを待つ。
トオルの隣ではサツキが再び『安息の闇』を用いようとしていた。
ただ、先ほどとは違い、採取したばかりの妖ネズミの素材が並んでいる。
全部で五個。
これだけあれば十分すぎるとサツキは言っていた。
その結果を期待しながら、穴に入り込んだ妖ネズミの様子を眺めていく。
魔術の発動は先ほどと同じで、うっすらとした黒い靄のようなものがあらわれた。
それが穴の中に入り込んだ妖ネズミを包み込んでいく。
ただ、先ほどとは違って今度は妖ネズミが次々に眠り込んでいく。
「うわあ……」
「すげえ」
「全部いった」
サトシ達が驚きの声をあげていく。
トオルもその通りだと思ったが、口を開くより早く穴へと駆け寄っていった。
魔法の発動が終わった後の穴の中には、妖ネズミがぐっすりと眠り込んでいる。
全く無防備なその状態なら、いつもより手軽に攻撃を繰り出すことができた。
狙い過たずトオルは、妖ネズミの急所を叩き切っていった。
魔術の触媒。
それは、魔術の効果を上昇させる物品を指す。
魔術は、用いる者の精神によって現実に効果をあらわす。
これはどんな魔術にも共通する。
そのため、効果は魔術師の能力に大きく左右される。
だが、触媒として用いられる物品を用意する事で、その負担を抑えたり、効果を増大させる事が出来る。
触媒として使われた物は消失するので、出費も大きくなるが。
その触媒として用いられるのは様々だ。
生物の体の一部を用いる事もあるし、鉱物などを使う場合もある。
使う魔術によってそこは変化していく。
なので、触媒として用いられる物には常に需要があった。
サツキが言っていたのはこれの事だった。
採取した妖ネズミの素材を用いる事ができれば、効果を拡大できるのだと。
実際、素材として取引される物は魔術の触媒に用いられる物もある。
妖ネズミは素材として最底辺あたりであるが、それでも効果を上昇させる事ができる。
この場合、用いる数が増えるほど効果をより上昇させる事ができる。
余談であるが、触媒専用として素材が加工される事もあるという。
その場合、一個でかなりの効果拡大や増大を見込めるのだとか。
魔術的な加工を施すために手間がかかるので値段も跳ね上がるから、滅多に使えないけども。
妖ネズミの素材の加工品は、おおよそ三千銅貨ほどで販売されるという。
ろくろく加工もしないものなら、だいたい三百銅貨ほど。
何に使うのか分からなかった妖ネズミの素材であるが、まさかこんな使われ方をしてるとは思わなかった。
サツキによるならば、
「一番手に入りやすいんで便利なんです」
との事。
それらはトオルのような冒険者が手に入れたものなのだろう。
ありがたがってくれるのは嬉しいが、値段を聞くと単純に喜べなくなった。
(あの値段で買い取ってるのに、その値段で売るのか)
それが商売だとは分かっていても泣きたくなる。
だが、その値段で売ってるものを、自分らは自前で調達できる。
それは大きな強みに思えた。
なので、せっかくだからと調達した素材を用いてみたのだが。
結果は予想以上だった。
「こいつはいいよ」
倒したモンスターを回収しつつサツキに言う。
「今までより楽にやれる」
「ありがとうございます」
照れながらサツキは頭を下げる。
だが、礼を言いたいのはトオルの方だった。
穴の中におびき寄せてるとはいえ、動き回る妖ネズミを倒すのに多少の手間がかかっていた。
だが、魔法で動きを止められた状態への攻撃は呆気ないほど簡単にできる。
それでもサツキはうかない顔をする。
「でも、素材を使ってしまってるので、そんなに良い方法とは言えないのでは」
今、素材を五個使った。
それで手に入れたのは、五匹の妖ネズミ。
差し引きはゼロで、全く利益が出てない。
だが、トオルはそれを気にせずに尋ねる。
「さっき聞かせてもらったけど、魔術って効果をひろげる事が出来るんだよね」
「え、ええ。
力が強すぎると制御しきれなくなりますけど」
「でも、もし範囲を、もっと範囲を広げるとしたらどこまでやれる?」
「それでしたら…………だいたい十メートルくらいだと思います」
「威力…………眠らせる強さの方はどうかな。
それくらいに範囲を広げた場合は」
「それだと…………かなり弱くなるかと」
「触媒で素材を使っても?」
「そうですね…………」
言いながらサツキは考えこむ。
「やってみた事がないから分からないですけど……たぶん、十個は使わないと厳しいと思います」
それは結構な消費になる。
だが、トオルは仕掛けている穴を見ながら考える。
「それだったら…………」
今までやってきたおびき寄せの事と、サツキが教えてくれた魔術の事。
それらを頭の中で組み合わせる。
結論は、
「やってみるか」
すぐにトオルはスコップを手にした。
十数分ほど時間をかけて、穴を拡張し終える。
といっても、離れていた穴の間を取り払い、一つの大きな穴を作っただけである。
そこに、餌を多めに放り込む。
「こんなんで上手くいくの?」
「やってみないと分からん、こればかりは」
サトシの質問にそう答えて、トオルは結果を待つ。
程なくやってきた妖ネズミが、次々に穴へと入っていく。
それを見てもトオルはまだ様子見を続ける。
さした間をおかずに次の妖ネズミがやってくる。
穴の中には十匹近くの妖ネズミが入り込んでいった。
それでも、三つの穴をあわせた幅十五メートル近くの穴はまだ余裕がある。
更にそこに新たな集団が加わる。
それが続いて、穴の中には二十匹を越える妖ネズミがひしめきあう事となった。
「今だ、やってくれ」
「は、はい!」
つまりながらも返事をしたサツキは、魔術を使う。
今度は十個の素材を用いて。
サツキに操る事が出来る限界まで範囲を拡大し、効果を増大させて。
さすがに穴全体を覆うほどまでは拡大できなかったが、かなりの妖ネズミが効果範囲に入った。
残ったものにはトオルとサトシが攻撃を加えていく。
また、今回はマサルとコウジも加わった。
眠ってる相手ならば、素人の二人でもとどめを刺せる。
その二人に攻撃が向かわないように、トオルとサトシは動いてる妖ネズミを相手にしていった。
一気に二十匹以上の妖ネズミを仕留める事ができた。
おかげでモンスター退治が更にはかどっていった。
素材を使う事と、サツキへの負担もあって制限はつくが、倒せる数は確実に上がった。
(でも、素材十個で二十匹以上か)
まだまだ効率が良いとは言えない。
それでも、あげられる数を考えればある程度は納得できた。
その後も素材の数を減らしたり、効果と範囲を変えながら幾つか試してみた。
満足のいく結果は得られなかったが、試して分かった事も多かった。
今日はそれが最大の収穫だった。
もっとも、最終的に倒した数は六百匹。
得られた素材は五百四十。
決して悪い数ではない。
(これなら使える)
素材を使っても決してマイナスにはならない
改善の余地はあるだろうが、それもまた大きな強みだった。
いざという時の切り札になりうる。
まだまだやり方を考えていかねばならなかったが、魔術が大きな戦力なのは間違いない。
その日、報酬を分けるにあたって、トオルは一つの提案をした。
売却するのは五百匹にして、残りの四十匹分の素材は翌日の触媒に用いると。
一人当たりの手取りは減るが、魔術の支援を確かなものとする事の方が重要だと思えた。
「全然かまわないよ」
サトシ達はそう言って賛成してくれた。
ただ、そのためにはどうしてもサツキの参加が必要となる。
彼女がいない事には、素材を持っていても意味が無い。
「もしよければ、明日も来て欲しいんだ」
あらためてお願いをしてみる。
サツキが今日のモンスター退治で何を思ったのかは分からない。
思った以上に大変だったかもしれない。
魔術を使う事で襲いかかる疲労(結構強烈らしい)が辛かったかもしれない。
解体作業なども、血なまぐさいものだし、相当にこたえたかもしれない。
なので、もし断るならその意志を受け入れるつもりだった。
変に引き留めたり粘るつもりはない。
そう考えていたトオルに、
「こちらこそ、その、よろしくお願いします!」
とサツキは大きく頭を下げて応えてくれた。
トオルは心底ほっとした。
(これで魔術師確保か)
いつまで一緒にいてくれるか分からない。
それでも、先々の展望がまた開いていった。
今は大した事のない腕前かもしれないが、レベルが上がればそれも変わるはず。
そうなれば素材の消費も減るだろうし、より強力な魔術を期待もできる。
人間としての彼女も悪いものではなさそうだった。
そういう風に考える事が、実に無味乾燥で人間味が無さそうで嫌になっていく。
(でも、こればっかりは)
生きていくためだ、と誰にともなく言い訳をして、トオルは彼女が同行してくる事を喜んだ。
その後はいつも通りに報酬を分配した。
税金の分を差し引いて三銀貨と五千銅貨。
切りよくするために経費として七千銅貨を差し引いて、残りを山分け。
一人当たり五千六百銅貨の取り分になった。
「すまない、報酬はこれだけなんだ。
けど、明日も頼む」
そう言ってサツキに渡すと、サツキは勢いよく首を横に振った。
「そんな、私こそ、あの、おねが……お願いします」
どうも人付き合いが苦手なのか、喋り方がぎこちない。
でも一生懸命なところが良かった。
そんなサツキにサトシ達も、
「俺からも」
「お願いします」
「どうか!」
と懇願がとぶ。
サツキは、
「え、え、え、え」
と困惑していった。
それをトオルは苦笑して見ていた。
ただ、そうする中でも色々と考えていく。
触媒として運ぶ素材があるから、明日も大八車は三台用意しようとか。
保存ができるように、素材の一部は燻製にしておこうとか。
その為には、朝一番に採取したものを処理する必要があるなとか。
それを誰に任せるかとか。
(さて、どうしたもんだか)
今居る人数でやりくりせねばならないので、誰をどこにあてるかを考えねばならない。
(まだまだ人手が必要かな)
倒せるモンスターの数が増大するごとに、解体にかける人手が必要になっていった。
その技術のレベルアップも期待したいところである。
考え事をしてて周囲の事が意識から外れていたらしい。
「兄貴、兄貴ってば」
サトシが突っ立ったまま思考してるトオルを、大声を使って現実に引き戻す。
袖を掴んで引っ張るというのも加えて。
「お、あ、ああ」
「ぼうっとしてないで飯にしようぜ」
「そうだな、まだ食ってなかったな」
そう言ってトオルはいつも利用してる食堂へと向かおうとした。
それを見てサツキは、
「あの、それじゃ私はこれで」
と立ち去ろうとする。
「ああ、お疲れ」
トオルは手を振って分かれようとした。
しかしその直前に、
「良かったら一緒に飯にいかない?
用事がなければだけど」
と声をかける。
サツキは少々驚いたようだったが、
「はい、ご一緒させてもらいます」
と応じた。
昨日の今日の付き合いでしかないから、いきなりだったかな、と思ったが。
どうやら不快ではなかったようなので少しだけ安心した。
できればこういう事をきっかけに、彼女も自分たちの仲間になっていってくれればと考えながら。
その後ろで。
「なるほど、兄貴はこうやってたらしこんでくんだな」
「すげえよな」
「勉強になる」
サトシ達はトオルの行動を不純な下心によるものだと解釈しいてた。
大きくもない、呟きでしかないささやき声である。
だがトオルとサツキの耳にもそれらはしっかりと届いた。
「おまえら…………」
振り向いてトオルは睨みつけ、
「…………」
真っ赤になったサツキは無言で俯いた。