レベル29 なるほど、これが魔術なのですか
「おはよう」
宿泊所から出てきたサトシ達に声をかける。
既に大八車などは用意している。
必要な容器や道具を積み込めば、あとは出発するだけだ。
そんな所に、「おはようございます」と新しい声が加わってくる。
なんだ、と思うサトシ達三人の視線が、近づいてきた者に注がれていく。
肩をすくめた彼女に、トオルが声をかけた。
「おはよう」
「お……おはようございます」
消え入りそうな声で挨拶を返してくる。
そんな彼女を見て、
「なあ兄貴」
とサトシが声をあげる。
「誰だよ、この人」
「ああ、今日から一緒に行く人」
トオルは簡単に紹介した。
「魔術師のサツキさん。
今日からとりあえず一緒に行動する。
解体の方にまわってもらうから、よろしくな」
「ああ、この人が」
「へえ」
「…………」
昨日、サツキとの面談が終わった後に、新しい人間が入る事は伝えてあった。
なので、三人はそれほど驚きはしなかった。
だが、
「なるほど」
「うん、そうなんだ」
「…………兄貴」
妙に納得した顔で「うんうん」と頷いている。
そんな三人を見て、トオルは「おーい」と声をかけた。
「いったい何を考えてんだ?」
「いや、別に」
「特には」
「何も」
揃ってとぼけた答えを返してくる。
「そうか? そうなのか?
何か言いたそうに見えるんだが」
「まあ、ちょっとね」
「色々と」
「それなりに」
そう言ってからサツキの方に再び目を向ける。
サツキの方が十四歳なので年齢は上だが、引っ込み思案なのか内気なのか、不躾な視線に慣れてないのか。
面白そうに見つめる三人に気持ちがおされている。
ただ、矛先はサツキだけに向かってるわけではない。
「なるほどなあ」
「こういうのが好いんだ」
「やるよね、意外と」
口々に好き勝手言っていく。
トオルも、
「お前ら……」
と握り拳を突き出しているのだが、それすらも、
「お、本気になった」
「やっぱりそうなのかな」
「まあ、そうなんだろうね」
と意に介さない。
相手するのも時間の無駄なので、
「んな事言ってねえで行くぞ」
と大八車を引っ張っていく。
そこで三人も気づいた。
「あれ、三台あるけど」
「ああ、今日は三台にしてみた。
もしかしたら、素材が増えるかもしれないからな」
直接戦闘に参加しなくても、解体に入ってくれる者が増えれば処理能力が上がる。
その分、モンスターに集中できる時間が増えるので、結果として素材が増える。
こういった作業をした事がないというサツキが増えても、そこまで大きく変化はないだろうが。
それでも、万が一を考えて余裕を持たせていた。
「それじゃ行くぞ。
サトシは警戒にあたってくれ」
「はいよ…………って、待ってくれよ兄貴」
「うん?」
「大八車を引っ張るなら、俺たちでやるよ。
それより、兄貴が警戒していてくれよ。
そっちの方がレベルは上なんだから」
言いながらサトシはトオルの引っ張る大八車の押し手に入ってくる。
言ってる事はもっともなので、「それじゃ」とトオルは外に出る。
ついでに、買って以来全く使ってない弓を手に取る。
遠くからやってくる敵には、これが役立つはずだった。
練習での命中率は、泣きたくなるほどであったが。
「それじゃ、行こうぜ」
サトシが音頭をとって歩き出す。
「兄貴は新しく来たその人の護衛もな」
「よろしくー」
「頼んます」
そこに来てトオルは、サトシの意図をようやく悟る。
全体の警護もそうだが、慣れてないサツキの護衛もある程度は必要だった。
(あのガキ……)
余計な事に気が回るところに、幾分頭にきてしまう。
気遣いはありがたくもあったが。
それをサツキはどう思ってるのか、と気にもなった。
チラッ、と横目で様子を伺ってみる。
残念ながら俯いてるので表情は分からない。
だが、下を見ているという姿勢が彼女の気持ちをあらわしてるように思えた。
(まったくもう……)
初日から余計な問題が発生してしまったように思えた。
ついでに、この年頃のバカガキがどんなもんかも思い出していた。
遙かに遠い自分の過去と照らし合わせながら。
作業そのものはいつも通りに進んでいった。
戦闘と呼ぶのもおこがましいモンスターの相手はそのままに。
今回は解体のやり方を教えるという手順が加わっている。
また、トオルの要望により、倒したモンスターの数を計測する事も加わった。
サツキには、まずは数を数える事を優先してもらい、余裕が出てきたところで解体のやり方を教える事とした。
計測そのものはそれほど難しくはない。
倒したモンスターの数を紙に書き留めていくだけなのだから。
ただ、そんな事でも意外と失敗がおこってしまう。
そのどれもが、取るに足らないしくじりという程度のものである。
起こった事に対しては、その都度やり方を修正したり、失敗の注意をしていく。
サツキはその度に、
「すいません、すいません」
と大げさにあやまる。
そこまでしなくていいよ、と思ってしまうほどに。
だが、そうしたしくじりはすぐに訂正するし、同じ失敗は二度も繰り返さなかった。
また、失敗も指示が不明確だったり、矛盾が発生するような事になったりした場合に起こっていた。
それらはどちらかというとトオルの方の失敗なので、サツキを責められるものではなかった。
どちらをとるか、という場合の優先順位を作る事で、それの大半は解消していった。
その説明に時間がとられたせいもあって、午前中に倒したモンスターは一百五十匹にとどまった。
ただ、手こずっていたのは前半だけで、後半になると円滑に数を伸ばす事ができた。
それだけサツキに手間がかからなくなったからである。
昼を迎える頃には、トオルもサトシ達もサツキを認め始めていた。
(結構使えるな)
もともとの頭が良いのだろう。
魔術師としての修行や、仕事を通して身につけた様々なやり方なども影響してるのかもしれない。
動きに極端な無駄がなかった。
教えなければならない事はあるが、教えた事をそれなりにこなしてくれる。
初日にしては結構動けてるほうだと思えた。
まだ解体はおぼつかないが、それは数をこなしてないから仕方ない。
だが、慎重に丁寧に捌いていく手際は決して悪いものではない。
サトシ・マサル・コウジの三人もそこはほめていた。
ただ、トオルはそれだけで終わりにするつもりはなかった。
彼女の持ってる能力、魔術。
それを試そうと考えていた。
幸い、今の所余裕はある。
少しくらい時間を割いても問題はなかった。
「それじゃ呼び込むから、モンスターが穴に入ったら魔法をかけてみて」
「は、はい」
緊張した返事に苦笑しつつトオルは穴に餌を放り込んでいった。
昼飯が終わってしばしの休憩の後。
「試しに使ってみてほしいんだ」というトオルの言葉に、サツキはあまり気乗りではないようだった。
それでも承諾し、魔術に必要な道具を取り出してきた。
祖母が残したという首飾りと杖。
魔術の発動に必要というそれらを身につけ、手にとったサツキは魔法が届くギリギリの十メートルほどの所に立つ。
相手は穴の中に入るので、慌てて魔術を使う必要はない。
その分余裕はある。
(さて、どんだけ効果があるかな)
面接で聞いた、サツキが使える魔術の効果。
それを知るための実験に、トオルは少なからず胸をたかならせていった。
何せ、生まれて初めて見る魔術である。
興奮しない方がおかしい。
サツキの言っていた、「でも、本当に効果がほとんど出ないんです」という言葉もしっかり踏みしめながら。
程なく出てきた妖ネズミが穴に入っていく。
それを見てサツキが、魔術を使っていった。
一見して何か違いがあるというわけではない。
身振り手振りや、唱えられていく呪文があるわけではない。
両手で握った杖を目標である穴の方に突き出し、小さな呟きが口から漏れただけだった。
しかし、効果は確かに発生した。
「お……」
驚いて声が漏れる。
妖ネズミの入っている穴に黒い靄のようなものがあらわれたのだ。
それが魔術によるものだとは簡単に想像ができた。
だが、効果の方は判然としない。
そのまましばらく様子を見るが、中の妖ネズミに変化があるようにも思えなかった。
「…………ここまでです」
サツキの声に、トオルは振り向く。
「魔術はかけてみました。
でも、効果はここまでです」
心なしか疲れてるように見える。
ゲームでいう所のMPを消費したのだろう。
残念ながら効果はほとんど見えなかったが。
「分かった。あとは任せろ」
そういって穴へと駆け出していく。
その後ろにサトシも続く。
すぐに穴の中にいた妖ネズミは片が付いていった。
それを見たサツキは、
「すいません…………」
と誰にも聞こえない言葉を呟いてうなだれていった。
事が終わって解体がはじまり。
あらためてトオルはサツキの所に向かう。
「今のが、昨日聞いた魔術かな?」
「はい。
闇の力を用いる、『安息の闇』です」
それがトオルの聞いた魔術だった。
サツキが使えるのは、闇にまつわる魔術だという。
本当は他にも教えてもらってはいるのだが、基礎的な事がほとんどで実効性のあるものはほとんどないのだとか。
その中でも相性が良かったのか、闇にまつわる魔術は比較的効果を引き出す事が出来るという。
ただ、それも「暗闇を発生させて目くらましをする」という程度。
しかも効果があらわれる範囲も、持続する時間もそれほどではない。
だいたい数メートルほどの球状に、おおよそ数秒発生するくらいだとか。
それはそれで目くらましにはなると思うが、使いどころが難しい。
それと同じく使えるのが、先ほど用いた『安息の闇』だという。
一般的には恐怖などの印象がもたれる暗闇である。
しかし、それと同時に持つ効能が安息と沈静でもあった。
『安息の闇』はそれを利用した精神の沈静と、安眠をもたらす効果があった。
どちらかというと、精神的な混乱や興奮を落ち着かせるために用いられるという。
あとは名前通りに安眠をもたらすために。
ただ、戦闘では対象に急激な眠りをもたらす事で行動不能にする、という使い方もあるという。
冒険者では、専らそういう使われ方が多いらしい。
その力を今回用いてもらったのだが。
「すいません、やっぱり私の力では無理みたいです」
残念ながら効果はほとんど発揮されなかった。
ある程度の範囲に効果をもたらすのだが、その分威力が拡散されてしまうという。
その逆に対象を一点に絞れば、ほぼ確実に効果が出るらしい。
だが、動き回る相手に使うのは難しく、事実上不可能なのだとか。
「レベルの高い人ならどうにかなるみたいなんですが」
今のサツキには荷が重い。
ただ、効果が全く出てなかったわけではない。
穴の中にいた妖ネズミの中には、意識がもうろうとしてるのか、他の者より動きが鈍いものもいた。
それだけでもかなり楽に攻撃が当たるので、処理は楽だった。
サトシも、
「槍があんなに簡単に当たるなんて始めてだよ」
と言っている。
まだレベル1にもなってないので、動きが鈍ってるのはかなり有利に働いていた。
それでも求める結果にはほど遠いのがサツキには残念だったようだった。
「もう少し魔術が使えればよかったんですが」
「気にするなよ。あれだけできれば十分だから」
そういってトオルは慰めるのだが、サツキはため息を吐く。
チラッ、と手に入れた素材を見ながら。
それにトオルも気づく。
「どうした?」
「いえ、あの……」
何か言いあぐねてるようだった。
言っていいのか迷ってる。
「かまわないよ。
言うだけ言ってみて。
でないと、何も分からないし」
そう言ってサツキの言葉を促した。
実際、口ごもってる位なら声に出してもらった方がいい。
大した事がない話しかもしれなかったが、それも聞いてみるまでは分からないのだから。
サツキもそれを聞いて安心したのか、「あの、その」と言いながら考えを口にする。
「触媒があればもう少しどうにかなると思うんです。
あそこにあるものとか」
「触媒?」
始めて聞く言葉に、トオルはその意味を求めた。