レベル26 これが良いのか悪いのか判断はできませんが、それを選んだのです
結果を見れば、二回目のモンスター退治も好調だった。
前日のやり方を踏まえ、多少やり方を改善した事で、午前中で一百匹の成果をあげた。
帰りまでには総計二百三十九匹分の素材を手に入れる事が出来た。
「マジかよ」
思わず口からそう漏れた。
サトシが解体などに専念する間、トオルはモンスターをおびき寄せて仕留めていく。
それだけを徹底した結果がこれだった。
税金や大八車の分を抜いたら、それほど残るわけではないが。
(でも、一日の稼ぎくらいにはなるか)
周旋屋がまわしてくる仕事一日分くらいは稼げる。
それだけで十分だった。
少なくとも、今は。
「そんじゃ、帰るか」
大八車を押しながらサトシに声をかける。
「うん」
満足そうな笑顔を浮かべるサトシも、その横についた。
念のための護衛である。
モンスターが襲ってくる事はまずないが、それでも警戒するにこした事はない。
何より、大八車を押すにも、背丈や力が足りない。
そんな事をさせるよりは、周囲の警戒をさせておいた方が良いと思えた。
(これも訓練になるかもしれないしな)
周囲への注意力を養う事につながれば、今後の役に立つかもしれない。
それがどれだけ経験値となるかは分からなかったが。
町までの帰り道、二人はそんな風にして歩いていった。
税金を差し引いた手取りが一銀貨と六千七百三十銅貨。
このうち、トオルとサトシでそれぞれ六千銅貨を分け前に。
四千七百三十銅貨を経費に入れる事にした。
この経費から、大八車の代金などを出す事になる。
今までと比べれば雲泥の差であった。
「凄えな」
「兄貴、俺こんなにもらっていいの」
二人とも手にした金を見て興奮が隠せない。
手取りそのものは大した事がないはずなのに、それがとんでもない大金に思えてならなかった。
油断は出来なかったが、確実に目処はついた。
(これなら、モンスター退治に専念してやっていける)
今まで週末限定だったモンスター退治が、今は大きく現実味をおびている。
レベルアップもより具体的な目標となってきた。
(これなら、確実に上を目指せる)
まだまだ時間はかかるが、半年先、一年先は確実に成果が出ている。
それが見えてきたのが嬉しかった。
もちろん、良いことばかりではない。
「今日もネズミ狩りか?」
「ごくろうなこったな」
盛り上がってる二人に冷や水を浴びせるような言葉をかける連中もいる。
トオル以外の冒険者達で、そこそこに活躍してる者達の中にはそんな者もいる。
あからさまに声や態度に出す者は少数ではある。
しかし、表に出さないだけで呆れてたり見下してる者は多い。
最弱のモンスターを相手に必死になってるのは見ていて滑稽なのだろう。
このあたりは人間の持つ業というものなのだろう。
不愉快であるが、どうにもできない。
「まったく……」
そういってしかめっ面をするのがせいぜいだった。
サトシも、
「なんだよ、まったく」
と不機嫌になる。
「今は言わせておこう。何言っても無駄だしな」
「でもよ、兄貴」
「まあ、落ち着け。
そのうち何も言えなくしてやろう。
レベルアップすりゃそれもできる」
「それって…………あいつらを叩きのめすとか?」
期待を持った顔と声で尋ねてくる。
トオルは首を横に振った。
「いや、今まで通りモンスター退治を続けるさ」
「ええ。なんで?」
「結果を見れば、少しは考えも変わるだろうから」
そう言ってトオルは、笑みを浮かべた。
作り笑いもいいところである。
だが、その表情にサトシは、「う、うん」と怖じ気づいたような声を出す。
それだけトオルの顔には感情というものがなかった。
何かを押し殺しているように。
それからもトオルはサトシと共に、妖ネズミの退治を続けていった。
手に入れる素材の数は、二百から二百三十の間で推移していた。
時折それを越える事もあるし、若干下に割り込む事もある。
だが、経費を差し引いた二人の手取りは、だいたい五千から六千銅貨を保っていた。
これを、五日から六日ほどこなして一日の休みを入れるという形で行っていた。
疲れがどうしても抜けなかった時には休みをずらす事もあった。
それでも、モンスター退治と休息はそれくらいの割合で行っていった。
馬鹿にする声も上がってはいたが、トオルはそれを無視していた。
サトシはさすがにおさえがきかなくなりそうな時もあったが、トオルはそれを何とかなだめていた。
こんな事で喧嘩してても何にもならない。
また、こういった事で突っかかってくる相手には、何を言っても無駄なのも分かってる。
(まずは実力を示してからだよな)
その為にもレベルアップを目指していた。
そんな中で更なる出来事が起こる。
「やあ、久しぶり」
トオルがモンスター退治で赴いた村の村長、尾宇木田の来訪である。
その後ろに見知った二人がいた。
「マサル、コウジ!」
共にトオルの手伝いとして、モンスターの解体をしていた二人だった。
サトシは思わぬ再会を喜んでいる。
だが、トオルはただならぬものを感じた。
「どういう事ですか?」
部屋を用意してもらってトオルは、村長と向かいあった。
「あの二人がここに来てるって、何かあったんですか?」
「まあ、あったというか何というか」
村長もどう説明したらいいのか考えてるようだった。
「端折っていうなら、あの二人も町に行きたいと言い出したんですよ」
「…………でしょうね」
「サトシが村を出たのが大きいみたいで」
「二人は、サトシが町に行った事を知ってたんですか?」
「はっきりとは知らなかったようですが、何となく察したんでしょう」
それまでモンスター退治の手伝いをしていたのだ。
それが終わって程なく姿を消したのだから、色々と察する事は出来たのだろう。
「それに…………これは悪い事ではないのですが…………あなたが三人に駄賃を出したのも大きかったようで」
「あちゃあ……」
しくじった、と思った。
それもまた決意をさせる原因になったのかもしれない。
村にいるよりは稼げる、金になる。
そう思ってしまったのだろう。
実際にモンスター退治の間近にいたから、危険がどれくらいかも分かっていたはずなのだが。
「…………半端に安全な手段をとったのがまずかったんですかね。
モンスターなんて大した事無いって思っちまってるなら、問題ですし」
「それは何とも」
村長はそれ以上何も言わなかった。
実際に何を考えてるのかは分からないから言いようがない。
「ただ、サトシもそうですが、あの子達があなたを見て何か思った可能性はあります。
あなたを責めるつもりはありませんが」
それでも言いたい事は幾つかあるのだろう。
気持ちは分かるが、トオルにどうにか出来る事ではない。
「ただ、二人も気持ちは固いようですし。
それならば後は二人に道を選ばせようと」
「それでここに?」
「はい。
ご迷惑なのは重々承知です。
ですが、もし良ければあの二人も受け入れてくれないものかと」
「いや、別に俺じゃなくてもいいんじゃ……」
「あなた以外に頼れる人がいません」
「でも……」
「それに、他の冒険者の方とは面識がありませんし。
こういった事を頼むとしたら、あなたしかいないんです」
「しかしですね……」
気持ちは分かるが、すぐに受け入れるわけにもいかない。
そもそも一番大事な事を確認してない。
「まずご両親は何て言ってるんです。
サトシもそうですが、あの二人だって」
「ええ、サトシの手紙を受け取って色々と考えました。
三人の親も、やはり冒険者は危険ではないかと言ってます。
ですが、もしどうしても言うならやむをえないとも」
それはそれでどうなのかと思ってしまう。
冒険者という仕事を悪く言いたくはないが、決して良いものではない。
こんなものをわざわざ選ばせたくはなかった。
「村に連れて帰る事は出来ないんですか?」
それが一番よいと思えた。
「そうできればいいんでしょうが」
「…………?」
「どこも余裕が無いんですよ。
何かしら奉公先があればそこに預けたい、とは誰もが考えてる事でして」
「そんなに余裕がないんですか?」
村の様子から、それほど貧困にあえいでるようには見えなかった。
贅沢は出来ないまでも、家族が生活していく事は可能だろうと思っていた。
「ギリギリですね」
村長は短く村の実情を口にした。
「ギリギリやってはいけますが、余裕というほどのものはありません。
言葉は悪いですが、口減らしできればと思ってる所は多いでしょう」
「それでサトシ達を?」
「そういう側面もあります。
だからといって、疎んでるわけではありません。
ただ、抱えていくには人数が多い。
どうしようもないんです」
気持ちとしては無理をさせたくないが、現実がそれを許さないといのだ。
食い扶持が無限にあるわけではない。
田畑を耕して得られる糧で賄える限度がある。
三人分の口が減れば、それで生まれる余裕があるのだろう。
それは家にとっても村全体にとっても、決して無視できない問題だ。
「…………分かりました」
少しばかり考えて、トオルは答えを出した。
「サトシも含めて、あの三人は預かります。
ご両親もそれで納得してるんですね?」
「ええ、もちろん。
駄目だったら連れて帰ってくれ、とも言われてますが」
生活が厳しくても、親の情としてそういう気持ちなのだろう。
それを聞いて安心する。
同時に、それを先に言わなかった事に、村長の強かさも見えた。
決して悪人というほどではあるまい。
だが、村の存続のために、負担となってるものを切り捨てる冷酷さも持ち合わせている。
人としてどうなのかと思うが、村が抱える事になる数人分の負担と引き替えには出来ないのだろう。
村全体が請け負う事にある重荷を減らしたい、というのも村を預かるならば当然考える事であろうし。
それを秤にかけたときに、より人数の少ない方を切り捨てざるえなかったのかもしれない。
トオルはそう思う事にした。
村長の本音がどんなものかはともかくとして。
「でも、たまにはそちらにお邪魔しますから」
「というと?」
「来年も、モンスター退治は必要でしょ?
だったら、それは俺らで引き受けますから」
「ああ、なるほど…………是非お願いしますよ」
村長は笑顔で応えた。
「あの子達が帰ってくれば、皆も喜ぶでしょうし」
つまりは、仕事のついでの里帰りである。
村に来るならば嫌でも親と顔を合わせる事になる。
トオルとしては、それくらいは認めてもらわないと、という思いがあった。
それで特に問題はないはずだった────三人を追い出したのでなければ。
村長の態度からそうでない事は伺えた。
「それじゃ、あらためて三人は引き受けます」
「ええ、よろしく。
来年の仕事も」
「分かってますよ」
これで、三人と共に来年まで生き延びねばならなくなった。
立ち去っていく村長を見送ると、新たにやってきた二人の登録がはじまった。
数日のうちに装備などを揃えて町の外へと向かう。
幸い二人も報酬として渡していた金を大事にしていた。
使う機会が無かったためであるが。
その金で防具と、護身用の短剣を買った二人は、あらためてトオル達についていく事となる。
(さて、上手くやっていかないとな)
一気に四人になった所帯を率いたトオルは、大八車を引っ張っていく。
今日はどうやって動いていくかを考えながら。