レベル172 免状を出すのも手間は手間ですし
「構わんぞ」
返事はあっさりとしたものだった。
「あればこちらも助かるだろうしな」
「はあ。
何というか、あっさりしてますね」
「もったいつける意味がないし、時間をかける必要もないしな」
「手続きってもっと時間がかかるもんだと思ってましたが」
「大きな町ではそうなんだろうがな。
何せここはごらんの通りの小さな世帯だ。
受付から審査までの時間なんてかかるもんじゃない」
小さい領地ゆえの利点と言えるのかもしれない。
「ま、許可は出す。
こちらに来てくれれば、免状を渡すと伝えてくれ」
「分かりました」
頼まれたお使いは、えらくあっさりと解決してしまった。
「ただまあ、素材を扱うだけでなく、今まで通り町から色々と持ってきてくれるといいがな」
免状を書きながらトモノリが言う。
「その行商人には、今後もそちらも伝えておいてくれ」
「分かりました。
でも、それなら他の商人にも声をかければ良いかと」
「うん?」
「今来てくれてる行商人だけでなく、他の商人にもこちらでの許可を出せば良いかと。
何なら、誰が商売してもかまわないと言えばそれで片付くかと」
トオルとしては、一々免許を出す手間が面倒に思えただけである。
商人からしても、それを出すトモノリにしても。
一々吟味するのも手間だ。
「誰が来てるのかを把握するために、届け出は出させるにしてもです」
実質的には、商売免許の廃止に等しい。
「それで上手くいくのか?」
「分かりません。
でも、一々免状を出してるのも手間ではないですか?
それをやってる意味があるのか分かりませんが」
「まあ、それはそうだが……」
「手間がかかる割に意味も利益もないなら、省いてもいいと思うんですよ」
「ふむ」
「ここいら一帯の権利を放棄するわけではなく、あくまで領主様の権限で自由にするって事にして」
そういう意味では、免状の拡大解釈とも言える。
対象を特別制限しないだけで。
「さすがに悪どい事をするのは除けていかなきゃならんでしょうけど」
それが制限と言えば制限になるだろうか。
何を許すにしても、悪だけは認めるわけにはいかないので、ここは確実に制限しないといけない。
「あとは、無制限に場所を拡大しないように場所を決めておけばどうかと。
店がまとまってる方が、買いに行くにも面倒がかかりませんし」
ここらはトオルの都合でもある。
村の中のあちこちで店を開かれたら、それらを巡るのが手間になる。
商店街がそうであったように、この世界でもある程度店は固まって居てもらいたかった。
町にある市場のように。
「なら、村の入り口あたりに決めておくか」
トモノリもそれで納得した。
「しかし、許可を自由にしたって、商人がわざわざやってくるとは思えんが」
あくまで大勢が来た場合に有効な手段である。
申請者が一人の現状では、こんなやり方にさほど意味があるわけではない。
「まあ、そうなったらという事で。
それに、少しは手間も減りますし」
言い訳みたいにそう言った。
翌日、行商人に伝えて、免状を取りに行くよう促した。
今後どうなるかはともかく、今はまだ免状が必要である。
この先やり方を変えるとしたら、布告を領地に出し、上位の領主に届け出を出さねばならない。
事が各領主の権限範囲であるならば、それだけで済む。
それから定めた実施日に新たな制度が始まる。
今はまだその前なので、免状などが普通に必要になる。
ただ、許可が得られたとしても、すぐに出店とはならない。
あくまで素材が増えたら、というのが前提だ。
それまでは今まで通りに週一回買い取りに来る事になる。
「こっちも準備が必要だしな」
人を揃え、店舗を構え、倉庫も造る。
それらをすぐに揃える事は出来ない。
今から準備を始めていくから、どんなに急いでも村に店が出来るのは数ヶ月先になる。
トオル達が指導員を派遣するにしても、やはりそれくらいはかかる。
まだまだ全体のレベルアップも必要だし、指導員の選定もやらねばならない。
それらが終わってあちこちの村に出向くとしても、素材の運び込みが始まるまで時間がかかる。
こちらも、やはり数ヶ月は先の話になっていく。
「どっちが先になるかな」
そういって行商人は村をあとにした。
「こちらも頑張らないとな」
トモノリの言葉にトオルも頷く。
「村のお抱え商人第一号でしょうし」
「抱えるわけではないがな」
トオルの言い方にトモノリは苦笑する。
貴族ならば、特定の商人だけを取引相手に指定する事もある。
そうでないと、ひっきり無しにやってくる売り込みの対応が面倒になるからだ。
指定された商人は「お抱え」などと呼ばれ、貴族との取引を独占出来る。
大口の客になるので、商人からすれば利益は大きい。
ただ、貴族の気分一つでその立場を失う事になりかねないので、対応の仕方を考えていく手間はかかる。
今回の行商人は、そういうものではないのだが、村に出入りする事を公式に認められたという意味では、ある意味独占状態と言える。
ただ、定住しての商売はともかく、行商人のような移動して売買を行う者達まで禁止されてるわけではない。
今後も、一週間までの短期の滞留は認められるだろうし、出入りもあるだろう。
行商人だけがトモノリの村における商売を独占してるわけではない。
トモノリも行商人を特定の取引相手に指定したわけではない。
お抱えという表現は、幾分大げさなものである。
「でも、これで商人が一人確定したわけですし」
「良い関係が築ければいいがな」
「今まで通りに、ですね」
「ああ」
それはこれから次第だろう。
トオル達もそれなりの努力が必要だし、行商人にだってそれは求められる。
何にしろ、お互い様となる。
「でも、折角ですから、トモノリ様も何か発注してみてはどうでしょう」
「そうか?
だとして、何がある?」
「とりあえずは、婚礼道具とか。
必要なのは確かですし」
輿入れも決まり、様々な準備が始まっている。
「何かと物いりでしょうから」
「まあ、確かにな」
それはトモノリも分かっている。
「では、今度何かしら注文を入れておくか」
意外とあっさり認めたので、トオルは逆に拍子抜けしてしまった。
ただ、解決しなくてはならない問題は他にも出てきてしまう。
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