レベル22 思ったほどの利益ではないけど、色々と得たものもあります
「こりゃ凄いな」
積み上がった素材の山に、行商人も驚いていた。
人が増えてから作業効率が格段にあがり、倒せるモンスターの数は一日五百を超える事が当たり前になっていた。
二週間ぶりに村を訪れた行商人に、トオルは倉庫に積み上がる素材を見せる事となった。
「全部で六千と七十六個あるから」
「なんとまあ……」
その成果に行商人は呆れるやらなにやら。
「こりゃ、一回では運べんな」
一応荷馬車は増やしてきたのだが、それでも予想を超えていた。
どんなにがんばっても、この半分が限界だった。
「とりあえず半分だけ買い取る。
残りはまた今度来たときだ」
「お願いします」
商談はそれで成立した。
とりあえずの代金をもらって、領収書も書いてもらう。
「次はもう一台用意しないとな」
ぼやきながら行商人は自分の荷馬車に歩いていった。
「ああ、それと」
「うん?」
行商人をトオルは呼び止める。
「できれば今度は一週間で来て欲しいんです」
「そりゃまたどうして?」
「契約があと一週間で終わるので」
「なるほど」
契約については厳しい商人なので、その意味はすぐに理解できた。
「なら、なるべく早く来る」
「すいません、勝手を言って」
「なに、事前に分かってれば対策もたてられる。
なるべく遅れないようにするよ」
そう言って行商人は、あらためて歩いていく。
倉庫から荷物を引き取り、それを詰め込まねばならない。
量が量だけに、結構な時間がかかりそうだった。
「やはり難しいか」
村長はそう言ってため息を吐いた。
モンスター退治の契約についての話である。
「出来れば、もう少し続けてくれると助かるんだが」
「そうしたいのは山々なんですけど」
トオルとしても悩んでいた。
ここで帰っても、また同じ事の繰り返しになる。
だが、ここにいれば、稼ぎは確実に増える。
だが、契約を延長するにしても、一度町に戻って周旋屋を仲介しないといけない。
そうなると最短で二週間ばかり間があく事になる。
そして、その時期が過ぎると、モンスター退治の必要性が落ちる。
契約終了からの二週間が村にとっていて欲しい時期と重なるのだ。
「こうなると分かっていたら、期間をもっと長くとっておいたんだがなあ」
村長も残念そうだった。
彼も村の代表をやっているので、契約にしろ約束にしろそれらの重要性は分かっている。
それでも何か良い案はないかと考えてしまう。
無理なことと分かっていても。
「仕方ないか」
村長も諦めるしかなかった。
「では、残り一週間、よろしくたのむ」
「がんばります」
トオルも、最後まで全力を出すつもりだった。
「そっか、帰っちゃうんだ」
手伝いに来ている少年達にも伝えると、一様に残念そうな顔をしてくれた。
この子達が何を考えどう思って仕事をしていたのかは分からない。
だが、トオルと一緒にやっていたモンスター退治を決して忌避してはいない。
トオルの事も。
それが伝わってくる。
「ま、あと一週間はあるから」
そこを強調して、湿っぽくなった雰囲気を打ち払おうとした。
子供達も、「それもそっか」と納得してくれる。
少なくともそういう風には見えた。
「じゃ、今日もがんばろう」
「うん」
「はーい」
あまり元気のない声を聞きながら、この日もモンスター退治に向かっていった。
モンスターそのものは今までと変わることなくあらわれ、変わることなく穴に入っていってくれる。
マシェットと槍で倒し、回収して解体していく。
時折、穴ではなくトオルの方向に突進してくる事もあるが、それらも難なく撃退していく。
トオル一人だったらかなり辛い事になっていただろうが、少年の槍が加わるとそうでもなくなる。
多少の負傷はあるが、それも薬草で治せる程度のものでしかない。
村に来た初日の時のような怪我にまでなる事はなかった。
解体して取り出す素材も数も一日五百を維持出来るようになっている。
二台の荷馬車によって、解体後の死骸も素早く運び出す事ができる。
全て順調に動いていた。
(あと一週間か)
それでこの理想的な状況も終わる。
もし、この少年達と活動を続けられるなら、トオルも先々に大きな展望を抱けるのだが。
(ま、無理だな)
彼らにはこの村での生活がある。
それに、親や大人が反対するだろう。
どれほど活躍しても、冒険者は基本的には臨時雇いにすぎない。
わざわざそんなものにしようなんて考える者はいない。
トオルは自分の置かれた境遇から抜け出すためにこの道を選んだ。
しかし、それを他の誰かにも勧める事は出来なかった。
実際になってみた冒険者は、それほど稼げるものでも華々しいものでもない。
他に行くところがなくて、流れ着く先の一つである。
そういう意味では、刑務所や裏社会などと大差はないと言える。
こんな所に行くくらいなら、町で職人の徒弟や商人の丁稚を探した方がよい。
それすら選べなくても、村にいれば衣食住は得られる。
部屋住みで先々にこれといった展望がなくても、不安を抱かずには済むと思える。
自分自身がそういった悩みを抱いたゆえに、そこから抜け出す必要性を今は感じられなかった。
先々への不安はどんな所にいても、何をしていてもまとわりつくものだとしても。
それをあまり感じる事無く生きていけるなら、そういう環境にとどまっていても良いと思うのだ。
そんなこんなで一週間が過ぎていく。
言っていた通りに行商人がやってきて、この一週間で増えた分の素材も買い取っていく。
今回採取できた素材は、三千一百二十四匹分。
ある程度予想はしてた行商人も、
「なんだこれは」
と驚き呆れる事となった。
先週持ち出せなかった分もあり、今回持って行くのはかなりの数になる。
あわせて、素材六千匹分が今回持って行く全てとなる。
「一台じゃ足りなくなると思って二台にしたが。
正解だったな」
それでも積載量ギリギリかもしれないという心配があった。
「ま、とりあえず精算だな」
「お願いします」
まずするべき事を済ませてしまおうと、二人は物と金の交換を始めた。
前回と今回の合計が、七十三銀貨と六千銅貨になる。
ここから税金を差し引いた残りが、五十一銀貨と五千二百銅貨。
それがこの村での一ヶ月で得る、最後の収入となる。
(多いんだか少ないんだか)
手取りの合計は、六十一銀貨と四千九百九十二銅貨。
個人としてはかなりの金額であるが、六人での成果となるとそれほどでもない。
一人当たり、おおよそ十銀貨。
ギリギリ一ヶ月生活出来るかどうかという程度だ。
割に合うかどうかと言えば、全然合わない。
今回、収支という意味では失敗とすら言える。
(けどまあ、色々分かったし、それでいいか)
実際にやってみて、何がまずいのか、どうすればいいのか、と考える材料を得る事ができた。
戦闘と解体などで必要になる人数の比率や、活動時間の配分。
人里近くでやる場合に出て来る、死骸の処理という問題。
また、戦闘する者に求められるレベルなど。
それらが改善されるならば、稼ぐ余地はある気がした。
(いや、普段は死骸の処理なんて考えなくていいんだし)
町から離れた所でモンスターを倒してるので、処理など考えなくてよい。
それらが一晩ほどでほぼ消えるのもこの村での仕事で知る事ができた。
あとは手伝いがいれば、というところだった。
(一人。あと一人いればやっていけるんだけど)
モンスターの解体などを任せる事ができる人間が一人いれば、トオルはモンスターの相手に専念出来る。
それなら、一日二百体くらいはいけるのも分かってきた。
一日二百も倒せば、税金を払ってもそれなりに手元に残る。
それが十分可能なのも、この村での仕事で把握出来た。
(でも、どうやって確保するかな)
そこを解決する事が出来れば、先が見えてくるのだが。
今は全く良い考えが浮かんでこなかった。
だが、今回この村に来て仕事をした事でこうした事に気づけた。
それでいて、大きな失敗もしないで済んだ。
それが金銭以外の報酬と思えば、それほど悪い気はしなかった。
「それじゃ、これ」
手伝いをしてくれた少年達を集めて、銀貨を渡していく。
一人当たり三枚。
先週は二枚渡している。
合計五枚。
これと、最初に払った一銀貨をあわせて、一人六銀貨。
それが子供達への報酬だった。
「ありがとう」
「いや、こっちこそ助かったよ」
報酬額としては少ないので、お礼の言葉に後ろめたさをおぼえてながらそう言う。
とはいえ、トオルとて手元に残るのは二十五銀貨余り。
弓の購入代金は別だが、当初の予定ほど多くは残らなかった。
結果として、少年達を安く使った事になる。
救いなのは、これに文句を言う者がいない事だ。
村長をはじめとした村人達は、
「手伝いだから見返りはなしだと思ってたんですけどね」
と言う。
本来、報酬を払って来てもらってるのはトオルの方で、雇用主が村長をはじめとした村人になる。
なので、村として雇った者に必要な場所や機材、人手を出すのは当然という考えだった。
もし給料などを出すにしても、それは村が出すものであって、トオルが支払うものではない。
なので、トオルのやってる事は無駄というか無用であった。
やる気を引き出す、という意味では大きな効果をあげたが。
(ま、これも勉強だ)
必要経費であり、学習代と思っておく事にした。
自分が同じ立場だったら、報酬が無ければ少なからず不満を抱くだろうとも思ったのもある。
それも含めて、得る事というか考える事や分かった事が多かった。
(ま、それでも町にいるよりは稼げたか)
手取り二十五銀貨以上などまずありえない。
宿泊費も食事代もかからなかったし、生活に必要な部分に金はほとんど使ってない。
なので、手取りはまるまる手元に残る形になった。
消耗品の購入などで幾分減ってはいるが。
収支で言えば、期待ほどではないが悪くない…………と思いたいところだった。
「それじゃ、お世話になりました」
「なんの、こちらこそ」
行商人の馬車に乗りながらトオルは最後の挨拶をする。
「もし良ければ、またいずれお願いしたい」
「ええ、こちらからもお願いします、村長」
動き出した場所の上からそう言葉を交わして、会話は終わった。
少しずつ遠ざかっていく村を見ながら、トオルは自分が仕事を終えたのを感じた。
愛着も多少はわいてたのか、村が小さくなっていく事に寂しさもおぼえる。
そんなトオルに行商人が、
「じゃ、帰りの護衛、頼むぞ」
と声をかける。
分かってますよ、と言いながら、トオルは周囲を見渡した。
行きは村長の馬車に乗ってきたが、帰りはそうもいかない。
なので行商人に同行させてもらう事にしていた。
客ではなく、護衛として。
それでも、普通は断られるものだ。
行商人もそれほど懐具合に余裕があるわけではない。
護衛として雇うなら相応の賃金を払う必要が出て来る。
なので護衛は、既に雇ってる者で間に合わせる事が多い。
欠員が出たなら話も変わるが。
だが、トオルは報酬はいらない、食事代も出すから乗せてくれ、という条件で頼んだ。
村から町まで歩いたら、一週間では済まない。
途中でモンスターに襲われる可能性もある。
誰かしら同行者がいてくれればその方がありがたかった。
行商人も、そういう条件なら、と承諾してくれた。
知らない仲ではなかったし、護衛は多い方が良い。
食費というか食材の消費は多くなるが、それでも護衛をまともに雇うよりは安い。
どちらにとっても損はなかった。
「それにしても」
ふと、周りを見渡して思う。
「マサトさん達は別なんですか?」
最初の出会いの印象が強いためか、行商人とマサト達はたいてい一緒に行動してると思っていた。
実際は、そのときたまたま雇っていたというだけであったのだろうが。
行商人も「ああ、あいつらか」と苦笑する。
「いや、今回は別の仕事と重なったようでな。
そのせいで今回は駄目だった」
「そうなんですか」
「ああ。
あいつらみたいに信用できる連中はありがたいんだがな」
護衛として真面目に仕事をする人間は大事なのだろう。
村で一緒に働いてた少年達を思い出す。
「確かに、真面目に働いてくれる人は重要ですね」
「ああ。
金に手をつけたり、商品を盗んだりしない奴はな」
色々と苦労があるのだろう、言葉に重みと説得力があった。
「お前さんも、それを忘れるなよ」
「ええ、分かってます」
ちゃんと仕事をする人間がどれだけ大事なのかは、少しでも人を使った事でよく分かる。
もしあの少年達が手抜きをするような性格だったら、と思うと背筋が凍える。
下手したら、今頃モンスターにやられていたかもしれない。
そうでなくても、素材を盗まれてたりしたら、損害を受ける事になる。
「真面目に働くって大事ですね」
「そうだ。真面目に働く事が一番だ」
力強く頷く商人に、トオルは笑い出しそうになる。
そんな人間がいてくれれば一緒にモンスター退治に行けるのに、と思いつつ。




