レベル161-1 話すべき事は色々あります
「それじゃ、行ってくる」
「気をつけて」
サツキの見送りを受けて家を出る。
倉庫代わりだった小屋に移り住んでからまだ数日。
ようやく二人の生活が始まった事に喜んでばかりもいられなかった。
この日も追加の人員を引き受けにいくために町に向かわねばならない。
行って帰って二週間ほど家をあける事になる。
新婚なのに甘ったるい時間を過ごす暇がない。
サツキの方もそれが不満な様子である。
(どうにかせんと)
仕事も大事だが、家の事を疎かにしたくなかった。
手紙のやりとりで新人がどれだけ集まってるのかは分かっていた。
引き受けにいく日取りもそれで決める事が出来た。
周旋屋とレンによる面談なども済んでいる。
あとはトオルが実際に見てみて、それで採用を決めることになる。
が、正直一回二回見ただけで分かるような事はない。
そこは周旋屋とレンの見立てを信じる事にする。
レンの方でも一緒に何回かモンスター退治をしに行ってるので、所見は直接聞く事になるだろう。
猫をかぶってる者も中にはいるかもしれないが、それらについてはどうしようもない。
本性が判明した時点で対応をどうするか決めるしかない。
人を見抜くのは簡単ではない。
とんでもない奴を入れてしまう事だってある。
事前に見極めがつかない事もあるだろう。
それは仕方ないので、対応をどうするかを考えるしかない。
幸いにも、今まではそれほど問題があったわけではない。
今後もこの調子でいってくれればと願うところだ。
「よう、来たな」
オッサンのむさくるしい出迎えを受ける。
「また厄介になるよ。
で、レン達は?」
「嬢ちゃんならまだ仕事だ。
もう少しすりゃ帰ってくるんじゃないか」
夕方になってるが、帰還にはまだ早い。
もう暫く待つことになりそうだった。
「坊主の方も嬢ちゃん達と一緒だからな。
ま、広間で待ってろや」
「はいよ」
やる事もないのでそうする。
オッサンから新人の履歴を受け取って。
待ってる間に目を通しておく。
手紙では人数くらいしか分からないので、詳しい情報はもらってない。
書き記された情報も、出身地や簡単な経歴くらいしかのってないが、何も無いよりは良い。
最低限、犯罪歴がないかどうかだけを確かめていく。
周旋屋もそこまで調べてるわけではないが、見聞きした事は記している。
そうでなくても、所見として書いてある何かがあれば参考にしていく。
トオル達が手に入れる事が出来る数少ない情報である。
見落とすことなく目にしておきたかった。
入り口の方が賑やかになったのに気づく。
仕事に出ていた者達が帰ってくる時間帯だ。
少しずつ騒がしくなっていくのは珍しくもない。
だが、一人二人と帰ってくるのとは違う騒々しさだった。
なんだと思って目を向けると、見知った顔が幾つか見えた。
オッサンと話をしていたそいつらが、一斉にトオルの方に目を向ける。
「よお、兄貴!」
一番馴染みのある奴が真っ先に声をかけてきた。
「いやあ、もう着いてたんだ」
言いながら空いてる席に座っていく。
装備もそのままであるが、気にする事も無い。
他にも武装してる者は何人かいる。
護衛の仕事などで武具を身につけてる者は珍しくもない。
普通の店だったらこんな格好で入店する事は拒まれるだろうが、ここではさして珍しくもない。
それでも、結構な人数の者達が、鎧を身につけて刀剣や槍を持ってると目立つ。
「とりあえず、それを置いてこいよ。
ここじゃ邪魔になるぞ」
「じゃあ、ちょっと待っててくれよ」
そう言って大半が受付へと向かっていく。
装備など盗まれたくない物は店に預けておく。
おかげで受付の方が騒々しくなっていく。
「変わんねえな、こういうのは」
「いつもの事よ」
トオルもレンも苦笑してその様子を見ていた。
「けど、人が増えたな」
「ええ。
入るかどうか迷ってたのも、実際にやってみたら乗り気になってね。
おかげで結構人が増えたよ。
十五人くらいだったかな」
「そんなにいたんだ」
「皆、稼ぎたがってるからね。
五千六千って稼げる仕事だから、やる気のあるのがドンドン入ってきたの」
「ネズミ狩りも人気商売か」
「サトシが連れて来たのもいるしね」
「村から?」
「うん。
仕事で出向いた所で結構頑張ったみたいで。
冒険者でやっていきたいってのが結構いるみたいなの」
「親がよく許すな。
危険なのに」
「他に仕事がないからね」
「そりゃまあ、そうだろうけど」
やはり奉公先が見つからないのも大きいようだった。
それでも冒険者にさせようとは思わないのが普通だが、やり方を目で見たのは大きいようで。
安全に確実にやっていけるなら許可もおりやすいのだろう。
(あとでサトシにもその辺りを聞いてみるか)
詳しい事が聞きたかった。
本人達はどれだけ乗り気なのか、親や村の大人達の反応や評判はどうなのか。
彼らがどれくらい乗り気なのかが気になる。
評判が良いなら、今後に良い影響もあるのが見込める。
村の中での話で終わるのが大半だろうが、評判が良いのはありがたい。
悪評よりも確実に良い影響が見込める。
「で、サツキとは上手くやってんの?」
装備を置いて飯を食べた後、すぐにそんな事を聞かれた。
「まあ、一緒になってすぐだし、毎日眠い目を擦ってるんじゃ……」
「だったらいいんだけどな」
珍しくサトシの話にのったトオルは、わざとらしく肩をすくめた。
「そんな余裕もないよ。
小屋の方にはこの前移ったばかりだし」
「ありゃま」
「うわあ」
二人の嘆きがテーブルの上にこぼれる。
「兄貴、そのトシでもう萎れてんのかよ」
「サツキがかわいそう」
「あのな……」
予想通りの反応であるが、さすがにそれはないだろうと思った。
「そんな余裕がないんだよ、本当に。
結婚してからトモノリ様の館にいたし。
移り住んでも荷物の片付けとかあったしな」
「じゃあ、本当に全然、これっぽっちもやってないの?」
「何をやるってんだ?」
「そりゃあ、ケダモノになった兄貴がサツキに襲いかかって……」
「サートーシー」
戯言をそれ以上喋らせる気はなかった。
「こっちの事もあるから、余裕がないんだよ」
「それでサツキに寂しく留守番させてるわけ?」
「まあな」
「それはどうなの?」
「言いたい事は分かるんだけどな」
「まあ、兄貴の頭は仕事でいっぱいだからね」
認めたくはないが、否定できなかった。
「でも、用事が終わったら早く帰りなよ。
こっちも支度はさせてるから」
「つっても荷物とかあるんだろ?」
「もうまとめさせてるわよ」
この辺りの手際の良さはありがたい。
「明日にでも出発出来るから」
「さっさと帰りなよ。
こっちはどうにかやってるから」
「そうしてくれると助かる」
とはいえすぐに帰るわけにもいかない。
引き受ける依頼の選考は終わらせなければならない。
「明日の昼過ぎには出発するよ。
それまで色々片付けておきたいし」
こればかりは手を抜くわけにはいかなかった。
「まーた、これだ」
「少しは仕事の事を忘れた方がいいんじゃないの?」
言われっぱなしになってしまうのはやむをえないところであろう。
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