レベル21 人が増えれば増えたで手間も増えます
「それじゃ」
「ああ、元気でな」
一晩開けて、行商人が村から旅立っていく。
彼もあちこちを回って町と村を巡っている。
一カ所に長居するわけにはいかない。
村で手に入れた物を町で売りさばき、町で仕入れた物を村に持っていく。
その繰り返しで彼らは稼いでいる。
一カ所に留まっても売り上げは出ない。
それに、今回この村に立ち寄ったのは、トオルから素材の買い取りを頼まれたからである。
もともと、定期的な巡回経路には入ってない。
今回、村人から結構な注文をもらったようなので、ある程度頻繁に訪れるようにはなるかもしれないが。
「今度はいつになる?」
素材買い取りの事もあるので尋ねる。
「とりあえず、二週間はかかるな。
他にも回らないといけないところもある」
「分かった。
また頼むよ」
「ああ、こっちもな。
これだけあれば、儲けも出せるだろうしな」
行商人の荷馬車には、トオルの手に入れた素材が山積みになっている。
数が数だけに、荷台の限界まで積載されていた。
「この調子で集めるなら、新しく馬車も用意しないとな」
「なるたけがんばるよ」
「頼むぞ」
期待を込めた声でそう言うと、行商人は村を後にする。
残ったトオルは、再びモンスター退治に向かう事となる。
現金なもので、その日から手伝いに参加したいという打診が増えた。
「なんで?」
「なに、昨日子供達が給料をもらったって言いふらしててね。
それで、ならウチも、となってるようなんだ」
困ったような、苦笑するような顔で村長が説明をしてくれた。
そりゃ、人手が増えるのはありがたいが、増やしすぎても問題が出る。
今のところ、まともに戦闘が出来るのがトオルだけ。
補助で年長の少年に槍を使ってもらってるが、それを戦力として数えるのは無理がある。
単独で任せて、果たして上手くいくのか、という所に疑問があった。
解体作業や、死骸の廃棄などでなら人手も欲しいが。
それも、まずは稼ぎがあっての話。
いたずらに人を増やしても、取り分が減るだけになる。
まずはモンスターを倒す、というのをこなさないといけない。
「戦闘は出来る人はいるんですか?」
「残念ながらほとんどいない。
ほとんどが子供だよ。
一番上で、ようやく十五歳といったところだ」
年齢はこの際関係ないにせよ、戦闘関連の技能がないとつらいものがある。
「何度かモンスターを追い払ったりはしてるが」
「そうですか……」
それがどの程度の腕なのか分からないから何とも言えない。
全くの素人でないのだろうが、レベルのつくほどの腕に達してるかどうかは疑うしかない。
それでも、他の誰かと組んでやるならそこそやっていけるかもしれない。
(でもなあ……)
躊躇いはどうしても出てくる。
どんな形であれモンスターと接する事になる。
最悪、やり合う事だってありうる。
安易に引き受けるわけにはいかなかった。
「とりあえず、解体で二人くらい。
それくらいで。
もしモンスターを相手にするというなら、なるべく慎重な性格の子を」
「分かった」
「それと、死骸を持ち出すのに馬車がもう一台あると助かります。
もしよければそちらも」
「あたってみよう」
トオルの要望を村長は受け入れてくれた。
「でも、皆さんよくモンスター退治に出てきてくれましたね」
そこは疑問だった。
誰もが嫌がってるからトオルのような冒険者に仕事が来たはずなのだから。
「それは、あれだけの数を怪我もせずにこなしてるからね。
だったら自分にも出来るんじゃないかと思ってる者も出てくるさ」
「そんな簡単でもないですけどね」
やってる当事者としては、いつ問題が起こるかと不安で仕方がない。
「それに、君がいてくれるおかげで田畑の方が荒らされずに済んでる。
それをもっと確実なものにしておきたいとも思ってる」
「だからモンスター退治ですか」
そのあたりは切実なのだろう。
気持ちが分かるだけにあれこれ言えないものがあった。
とりあえず戦闘はトオルと年長の少年の二人でこなすことにした。
新たに二人ほど入ってきてくれ手伝いには、倒したモンスターの回収と解体をやってもらう事にする。
(これで、戦闘に専念出来るな)
トオルはそれほどでも無かったが、手が足りないと思った時には解体に入る事もあった。
年長の少年は、戦闘の手伝いもしてくれるが、どちらかというと解体に入る時間の方が長かった。
人数の関係でどうしてもそうせざる得なかったのだ。
そうしないと、倒したモンスターを解体しきれなくなる。
だからこそ、解体の方に専念する者が欲しかった。
人手が足りないなら兼任しなくちゃいけない場面もあるだろうが、それが少しは緩和された。
新しく入った二人が最初から作業をこなせるとは思わない。
しかし、数日もすればある程度出来るようにもなる。
余程不器用でもない限りは。
(こればっかりはやらしてみないとな)
誰がどれだけ出来るのか、何に向いてるのかはやってみなくてはわからない。
とりあえずトオルは、新人を安全な解体にまわして様子を見ることにした。
「それじゃモンスターを倒すから。
それから解体だ」
入る前日に、練習用として残しておいた倒したモンスターで練習はしてある。
必要になる部分も教えはした。
やらせてみたら、二人ともそれなりに上手くできた。
年齢は十二歳と十一歳と子供であるが、おぼえが悪いというわけではない。
これならある程度任せても大丈夫だな、と思って元々の二人と一緒に解体をさせる事にした。
餌となる廃棄野菜を落とし穴にばらまき、しばらく待つ。
いつも通りに五匹ほど出てきて、そのまま穴へと直行していく。
「行くぞ」
「うん」
槍持ちの年長少年に声をかけて走りだし、穴の縁にたどり着く。
少年は長さのある槍で、妖ネズミを次々に貫いていった。
急所を一撃で、というほどの正確さはないが、確実に相手の体に当てる事が出来るようになっていた。
トオルも、かがみ込んでマシェットを振り、妖ネズミを一撃で倒していく。
「よし、来てくれ」
いつも通りに声をかけて、回収をさせる。
飛び出して来た四人が、穴からモンスターを引っ張り上げ、大八車にのせていく。
四人もいると早い。
そのまま解体場所まで戻って、作業を開始していく。
解体場所もこの一週間ほど、モンスター退治が終わってから補強を重ねていたので、今では出入り口になる部分以外は杭で守られてる。
更にモンスターの出る茂みの方向には、木の板が張り付けられていて、防御力を増している。
妖ネズミくらいだったら、簡単には突破できないようになっていた。
そのおかげもあってか、解体作業は安心して出来るようになっていた。
この一週間で色々変わったと感じる。
「それじゃ、次の餌を放り込んでくれ」
「うん」
槍持ちの少年に、次の餌を穴に放り込ませながら盾を構える。
餌を放り込んでる最中に襲われたら大変な事になる。
盾を持ってるトオルは、その間餌をまく者を守るために前に出る事にしていた。
槍の方が攻撃に有利だが、盾を持ってない少年は守りがどうしても弱くなる。
それを考えての役割分担だった。
程なく次の妖ネズミがあらわれ、穴の中に突進していく。
トオルはすかさずマシェットを振り、餌を置いた少年の槍もそれに続く。
戦闘というより作業と化してる動きは、確実に妖ネズミを倒していく。
それが終わって再び回収を呼ぶ。
今度は四人ではなく二人だった。
(よし)
言われた事を守ってるのを見て安心する。
人手が増えたのだから、常に全員で回収しに来る必要はない。
二人は解体を続け、残り二人で回収をする。
それで時間がいくらか短縮出来るはずだった。
また、回収・解体が手早く進むなら、おびき寄せも多少無理が出来る。
「よし、餌を放り込め」
いつもより早いペースで餌を放り込んでいく。
トオル自身も、一緒にモンスターにあたる者が一人増えてる事で手間が減っている。
妖ネズミが多少増えたくらいならどうとでもなりそうだった。
それでも、無茶をしないように気をつけながら作業を進めていった。
ある程度の区切りが付いたところで昼飯にする。
餌を放り込むのをやめて、解体に集中していく。
穴の中に残ってる餌に群がるモンスターが時折やってくるので、一人が警戒にあたる。
当然ながらトオルがその役について、残り五人は解体となった。
ここまでで既に二百五十ほどの妖ネズミを倒してる。
一度にある程度大量に呼び込んでも対処が出来るので、数を稼ぐ事が出来ていた。
(このままなら四百はいけるかな)
気が早いかもしれないが、それくらいは目指せそうだった。
荷馬車を追加してもらえたので、倒したモンスターを捨てにいく手間も軽減出来る。
それがモンスターを相手にする時間を増やしてくれる。
人数が増えた事で、処理できる数は増やせるはずだった。
まだ想定でしかないが、この調子なら確実にいけると思えた。
(昼をとって、午後に二時間か三時間倒して。
解体も入れても、あと二百はいけるかな)
進み具合を考えながらそんな事を考えていった。
自覚はないが、人のやりくりを考えるようになっていた。
それは使われる側ではなく、使う側の思考である。
トオルはまだその事に気づいていない。
自分の立場が変わっている事を。




