レベル155-2 大安吉日
騒々しかった参列者達も静まっていく。
神主によって始まった式を、誰もが沈黙と真摯さで見守っていく。
まずは神主によるお祓いから始まる。
軽く魔術による清めを行い、周囲から悪霊などを取り除く。
といっても本格的なものではない。
どちらかというと気休めのようなもので、効力の方は疑わしい。
魔術が使えない神主などは、形だけまねるという事もあると聞く。
しかし、効力の有無にかかわらず、居合わせた者達に伝える事が出来る。
これから始めるという事を。
お祓いが終わると今度は祭壇に向かい、招来が行われる。
大自然をあらわす数々の御霊をよび、先祖の魂を呼び寄せるという。
これから夫婦となる者達の立ち会いのために呼び寄せる。
これもまた儀礼的な意味合いが強く、実際の効力は不明である。
だからといって式の厳粛さを損なう事もない。
森羅万象と自分達にまで続いてきた途中にいるご先祖様に見られてる。
そう思う事で誰もが厳粛さを感じていく。
その中でトオルの前に盃が置かれていく。
手にとると、神女がそこに水を注いでいく。
今朝一番で汲み上げた初水である。
口をつけ、三回に分けて飲み込んでいく。
このあたり、三三九度と同じである。
実際、この結婚式の形式は、日本の神前結婚とほとんど同じだった。
話しに聞くものより簡素な印象はあるが、全体の流れに差異はほとんど無い。
時折思っていたが、本当に異世界なのかと思ってしまう。
頭の片隅でそんな事を考えもしたが、すぐに式に集中する。
今はそんな事を考えてる場合でもない。
盃を酌み交わし終えると、神主が祝詞を唱えはじめる。
祝いと縁が結ばれていく事を、居合わせた者達と森羅万象の魂、駆けつけた祖先達に伝えていく。
祝詞が終わると、トオルとサツキも誓紙を取り出す。
それを神子に渡し、神子から神主に渡される。
渡されたものを丁寧に祭壇に捧げ、再び祝詞。
その次に二人は、渡された榊を順に祭壇に捧げていく。
最後に神主が締めくくりの祝詞を唱えた。
式はこれにて終了である。
社の中で式を終えた二人が、並んで外に出て来る。
皆が見渡せる所で一礼。
居合わせた者達が手を叩き、口々に祝いの言葉を述べていく。
「おめでとう!」
「おめでとう」
「めでたい、めでたい」
「やったな、兄貴!」
「サツキ、おめでとう」
「おめでとうございます」
境内に集まった者達は祝いを繰り返す。
そこに再び一礼し、二人は境内に下りていった。
隣接する社務所の方に移動し、宴がはじまる。
酒と料理が並べられ、晴れの日を誰もが楽しんでいく。
トオルとサツキにも、人がよってきて直接祝い言を述べていった。
トモノリが、一団の者達が、馴染みの村の者達が。
仕事が終わった(あるいは切り上げてきた)者達も駆けつけ、二人に声をかけてくる。
「いやあ、良かった良かった」
領主の村だけでなく、出身の村や離れた村からも。
開拓中の者達の顔もあった。
トオルが直接面識のない者もいたが、誰もがトオルを知っているようだった。
居合わせた両親や兄弟達も周囲の者達から祝福を受けている。
乾杯を何度もして酒を呑み込んでいるのが見える。
主役だけでなくその縁者も今日は祝う対象である。
それにかこつけて酒を飲んでるだけもかもしれないが。
祝いの言葉と気持ちに嘘はない。
その中に行商人も入ってくる。
彼もまたトオルと村に縁のある者としてこの場に来ていた。
拒む理由もないのでトオルもサツキも歓迎する。
一緒にやってきた、受付のオッサンも。
上手くやりやがったな、というトオルに向けた言葉に、るせー、とだけ返しながら。
騒ぎがひとしきり盛り上がり、日も落ちようかという時間になっていく。
頃合いを見計らって、一人、また一人と退席していく。
今日は祝い場という事で誰もが仕事を休んで参加している。
だが、明日になればまたいつもの日常がやってくる。
飲んで騒いでばかりもいられない。
名残を惜しみつつもその場を後にしていく。
「んじゃ、兄貴。
俺らはここで」
「今日はゆっくりしていきなよ」
サトシとレン、一団の者達もそう言い残して場を後にした。
座がお開きになり、後片付けも粗方終わったあたりで。
西の空にはまだ赤みが残っているが、東は既に暗がりが拡がっている。
そんな頃合いである。
安全に帰るならこのあたりが限界でもあった。
装備を身につけている彼らは、最後に帰る者達の護衛も兼ねている。
それらが立ち去ると、神社の関係者以外で残ってる者はいない。
寂しさも感じるが、トオルとサツキはようやく胸をなで下ろす事が出来た。
「お疲れ様」
最後の客を見送った後、二人になったところで声をかける。
「お疲れさまでした」
サツキも同じように返していく。
宴の間中、二人はろくろく動く事も出来ずにいた。
主役は動く事もままならず、席に留まるのが慣わしである。
そのためかなり難儀する事となった。
動き続けるのも大変だが、身動きがとれないのも苦痛である。
昼にさしかかる少し前から陽が落ちようかというこの時まで、席を立つ事はほとんどなかった。
そのおかげで妙に疲れてしまった。
「結婚って大変だな」
「本当に」
素直な感想を口にする。
夫婦になったと実感するよりも、堪え忍んだこの数時間の方に気が向いてしまっていた。
「こんな疲れるなんて思わなかったよ」
「私もです」
それでも不思議と嫌な気分はしない。
終わって安堵したのか、気が抜けていく。
そうなると不思議なもので、特に何もないのに全てがおかしく感じられていく。
「なんだろうな」
「なんですか?」
「なんか…………笑うしかないなって気になってくるよ」
開放感と言ってもよいかもしれない。
とにかくこれで終わったのだと。
「私も。
皆には悪いけど、ようやく終わったなあって」
「うん」
「後片付けをさせちゃったのは、ちょっと悪いかなって思いましたけど」
「いや、この格好で動くわけにはいかないだろ」
そう言って腕をひろげる。
家紋付の羽織袴である。
まさかこの格好で片付けや掃除をするわけにはいかなかった。
白い花嫁衣装に身を包んでるサツキも同じだ。
服が汚れるし、何より動きづらい。
「今日くらいは皆にまかせよう…………って、もう終わってるけど」
「そうですね、もう終わっちゃったけど」
言いながら笑い声が出てくる。
なぜだか知らないが、本当におかしくなってきた。
「終わっちゃったな」
「終わっちゃいましたね」
式も、宴も終わった。
でも、それで本当に終わったとも思えなかった。
「……したんだよな」
「……何をです?」
「結婚」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……そうですね」
言いながら、ここから始まったんだと感じていった。
区切りとなる今日は終わったが、これが始まりでもある。
むしろここからとなる、あらゆる事が。
準備だなんだと忙しかった毎日は終わった。
終わってくれた。
でも、これから終わらせる事なく続けていかねばならないものもある。
それはそれで重労働となるであろう。
でも、それが重荷だとは思わなかった。
これから隣にいる相手と一緒にやっていく。
大変だろうけど、どうにかなりそうな気がしていた。
気が抜けたやら、呆然とするやら。
そんなところに神子がやってくる。
「お二人とも、大丈夫ですか?」
聞かれてとりあえず頷いておく。
疲れてはいたが、まだどうにかなりそうではあった。
体力も精神も消耗しているはずだが、気持ちは充実していた。
「それでは、こちらに。
神主様が呼んでるので」
「ああ、はい」
それならばと立ち上がる。
事前に聞かされていたが、式と宴が終わった後、案内する所があると聞いていた。
何があるのかは聞いていなかったが、無視するわけにもいかない。
「立てる?」
「何とか」
サツキに手を貸し、二人で社務所を出ていく。
先を歩く神子についていくと、神主が社の前で待っていた。
手に灯りを持ちながら。
「おお、お疲れさん」
照らされる穏和な顔が迎える。
「それじゃ行こうか」
「どこにです?」
まだ何の説明も受けてない。
そもそも暗くなってるこんな時間にどこに行くというのか。
モンスターの存在もあって、暗くなってから出歩く事は危険である。
神社の境内の中ならある程度安心かもしれないが。
それでも神主は、「まあ、ついてきなさい」と言う。
「ああ、でも」
「……?」
「武器は持ってるかな?」
「いえ。
社務所に置いたままですけど」
「じゃあ、それを。
大丈夫とは思うがね」
そう言ってトオルに武器を持ってくるよう促した。
「あなたも持ってるかな?」
「いえ、私も」
「なら取ってきなさい」
サツキにも促す。
いったい何なのかと思いながらも二人は一度社務所へと戻った。
いつも使ってる刀と、魔術の発動体を持ってきた二人は、神主につれられて森の中へと入っていく。
踏み固められた道は、事前に草や枝がととのえられていたらしく、歩くのに困難はない。
だが、視界を遮る木々の茂みを突き抜けていくのは不安を感じはした。
神主がいるので問題はないとは思うのだが、何があるのか分からないので警戒をしてしまう。
それでも黙ってついていくと、警戒は疑問に変わった。
「…………なんですか、これ」
社であった。
式を挙げたいつも見ているものより少し小さい。
だが、作りはしっかりした神社だった。
今の今までこんなのがあるとは知りもしなかった。
茂みの奥まったところなので、誰も近寄らないのもあるせいだろう。
そもそも村から離れた所にあるここまでやって来る事もそれほど多くはない。
何でこんな所に連れてきたのかと思ってしまう。
「あの、神主様」
「まあまあ」
質問をしようとしたトオルを、神主はなだめる。
「なに、入ればすぐ分かる」
「いや、でも」
「式もここで締めくくりだ。
明日の朝までここで過ごすようにな」
「そうじゃなくてですね……」
「汗は奥で流すといい。
用意は出来ているから」
それじゃ、と言って神主は帰っていく。
「あの、ちょっと!」
止めようとするが聞きもしない。
暗がりの中に置き去りにされ、どうしたものかと思ってしまう。
ありがたい事に、社の中は灯りがあるらしく、障子越しに光が漏れている。
「しょうがないか」
やむなくサツキと共に中に入る。
入ってすぐに、ここがどういう場所なのかを悟った。
「うわ…………」
「…………」
トオルは思わず声をあげてしまった。
隣でサツキは息をのんだ。
綺麗に片付けられた中には、大きめの布団が一つしかれている。
枕を二つ並べて。
ここが何を目的としてるのかは一目瞭然だった。
どうしたものかと沈黙してしまう。
「…………」
「…………」
こうもあからさまに用意がされてると、それはそれで小っ恥ずかしい。
かといってここから帰るというのもどうかと思ってしまう。
式の締めくくりという言葉もある。
確かに夫婦となったのなら、これは避けられないだろう。
また、ここを通っていく事で式は完成するというのも、一応納得は出来る。
(でも、さすがにこれはねえだろ!)
胸の中で突っ込んでしまう。
隣のサツキがどんな顔をしてるのか、見る事も出来ない。
だが、いつまでも入り口で立ち尽くしてるわけにもいかない。
腹をくくって中に入る。
腰をかけて草履を脱ぐ。
用意がしてあると言っていた通り、近くに盥が置いてある。
中にはぬるくなったお湯があった。
足をすすぐのに不自由はない。
サツキもそれを見て隣に腰掛ける。
足を洗おうとしてるのだろう。
ただ、色々と重ねて着込んでいる衣装のこと、履き物を脱ぐのも難しそうだった。
仕方なくトオルは、その横に膝をつき、盥を引き寄せて、足を手に取る。
「あ……」
消え入るような声が上がるのを耳にするが、無視して足を洗っていく。
迂闊に返事をしたらとんでもない事を言い出しそうだった。
細く小さな足を洗いながらこの先の事を考える。
今更何をというところだが、それでも頭を働かせようとした。
すぐにそれすらも出来ない事に気づく。
(まいったな……)
ここを上手く突破する方法が思いつかない。
思いつかないまま足をぬるま湯ですすぎ続ける。
「あの……」と言われるまで。
「もう、大丈夫ですから」
言われて気づく。
無意識に足を撫で続けていた。
汚れは既にもう無い。
「ああ、ごめん」
「いえ……」
あわてて近くにあった手ぬぐいを取り、水気を取り除いていく。
何とも言えず気まずい思いをしてしまう。
サツキはそのまま上がると、開かれた襖の方へと向かっていく。
追いかける気にもなれなかった。
一人残された部屋の中で壁に背中をあずける。
横になりたかったが、さすがに布団の上でという気にはなれない。
やむなくこういう格好をする事となった。
ここまで来ると、どうしようとすら思わなくなる。
もうなるようになれ、と投げやりになる。
結婚初日でこれで良いのかと思いつつ。
(いや、初夜か……)
自分で自分に訂正を入れ、赤面までしていく。
間違ってはいないが思い浮かべた言葉が率直すぎる。
余計に意識してしまい、どうにもならなくなってしまった。
落ち着く事はもう無理である。
(お膳立てしてくれてるんだろうけど……)
もうちょっと大人しくやってもらいたかった。
初日からこれはハードルが高い。
トオルにとっては。
(こっちの方の経験値もあればなあ)
今世においては経験なし。
前世においても、風俗でどんなもんかを体験したくらいである。
お付き合いの経験は皆無である。
そんな情けなく悲しい経歴の持ち主にとって、これは余りにもつらい。
ここで押せばいいのか引けばいいのかも分からなかった。
ただ、頃合いを見計らってサツキの所に行ってみようとは思う。
行って何をするのかも考えられなかったが。
そもそも、いつ頃が良いのかも分からない。
というより、サツキが出ていってどれくらい経ったかも分かってない。
奥がどうなってるのかも分かってすらいない。
(…………何やってんだろ、俺)
色々と駄目駄目続きでだんだん呆れてくる。
気をもんでも仕方ないと開き直りも出来てきた。
様子でも見るかと思って腰をあげる。
ここで座り込んでいてもどうにもならない。
とりあえず襖の向こうに行こうとした。
サツキが戻ってきたのはそんな時だった。
わざわざ仕立てた婚礼衣装はなく、薄手の浴衣を身につけていた。
薄い灯りの中でも髪が濡れてるのが分かる。
湯浴みを済ませてきたのは一目瞭然だった。
(汗を流すって、そういう意味か……)
おそらく奥に風呂でもあるのだろう。
色々と至れりつくせりである。
(まったく……)
そこまで用意してあるこの場は何の為のものなのかとも思ったが。
もはやどうでもよくなった。
色々考えすぎて思考力も減退している。
緊張からくる疲れもあり朦朧としてもいる。
なかば自棄のようになりながら、サツキに向かっていき、その身を抱きしめた。
「あ……」
腕の中から声が漏れてくる。
弾力とぬくもりも。
理性が消えて無くなるのは瞬時だった。
顔に手を添えて上向かせ、唇を重ねる。
一瞬体が強ばったが拒んではいない。
力が抜けていくのを感じながら床に腰をおろしていく。
浴衣を脱がし、柔らかな身を横たえるまでほんの一瞬。
覆い被さりながら、妻となった相手を求めていった。
春にはまだ早い冷めた夜。
薄明かりのもと、吐息と柔らかさと温もりを感じてた。
握った手を離さないようにしながら。
章の終わりに。
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