レベル20 予想外の出来事もありまして、なかなか思うように稼げません
トオルの言葉通り、倒したモンスターの数は日を追うごとに多くなっていった。
二日目三日目はそれほどでもなかったが、四日目になるとやり方に慣れてきたのか、子供達の動きも手も早くなる。
モンスターを倒し、それを回収し、新たな餌をまいていく。
それらの繋ぎがどんどん早くなっていく。
途中で休憩を入れたり、予想以上にモンスター相手に手間取る事もあったが、概ね順調に物事は進んでいる。
村の者達は、「このままなら、この近くのモンスターが全部消えちまうんじゃねえか?」などと言うくらいである。
もちろんそんな事はない。
これくらい倒して倒して倒して続けても、決して減る事無く出現するのがモンスターである。
マサト達と共にモンスターを倒していた頃、同じように何百という数を倒していた。
それでもモンスターは次の日もあらわれ、トオル達に突っ込んできていた。
数は確実に減ってはいるのだろうが、それが大した影響にもならないくらいに多いのだろう。
また、奈落からも日夜モンスターが生まれているのだろう。
(稼げるのはいいんだけど……)
さすがにこれには辟易としていく。
無くならない資源としてモンスターをとらえていたトオルだが、これはさすがに問題だと思えた。
問題と言えば他にもある。
どうしても出来上がるモンスターの死骸だ。
今までは、倒した場所に放置していた。
それで特別問題になる事もなかったからだ。
だが、ここではそうはいかない。
前世の日本におけるゲームでは、倒せばその場でモンスターは消えてくれた。
しかし、この世界はそんなに便利ではない。
倒したモンスターの骸はその場に残るし、時間が経てば腐敗する。
その臭気はかなりきついもので、放置するとすぐ近くの村に迷惑になる。
また、腐敗してるということはどうしても雑菌や虫などを発生させてしまう。
それらが田畑にどう影響するのか分からない。
村人や家畜の健康を害するかもしれない。
更に大きな問題は、倒したモンスターの骸が肉食系のモンスターを呼び寄せてしまう事だった。
モンスターにも食物連鎖があるようで、弱肉強食が成り立っていると言われている。
これも確かめられた事実とは言い難い。
しかし、倒したモンスターを肉食系のモンスターがむさぼってる所を目撃した事例は多い。
だからこそ、大量にあふれる死骸も、時間が経てば消える。
その間に、肉食系のモンスターが胃袋に片付けるからである。
当然ながら、肉食系のモンスターは強い部類に入る。
だからこそ、死骸を村の近くに放置するわけにはいかなかった。
対処として、なるたけ倒したものをその日のうちに遠方に捨てるという事になった。
土に埋めるにしては数が多すぎる。
燃やすのは埋める以上に手間がかかるので不可能。
村に影響が出ないくらいに遠くに捨てるしか手段はなかった。
距離として、だいたい二キロか三キロほど離れた所に捨てる事となった。
それくらいの距離の所なら、開拓されてない平原がある。
おかげで、モンスターを相手にする時間が減り、当初予定していたほどに素材を得られなくなった。
村長をはじめとする村人達は、初日で三百匹も倒すとは思ってなかったので唖然としていたが。
それでも、素材が収入になるトオルとしては、これはかなり痛い事になってしまった。
(まあ、しょうがないか)
村長達の言い分も当然なので、そこは異を唱えるわけにもいかない。
昼も終わってだいたい二時頃にはモンスター退治をきりあげて、解体を終わらせる事となった。
それから日が暮れるまでの間に、モンスターを捨てに行かねばならない。
運び出すために荷馬車を借りる事はできたが、それでも急がないと間に合わなくなる。
早めに切り上げてるとはいえ、一日に倒すモンスターは三百匹にはなる。
一度に詰め込めるモンスターは限られてるので、何回も往復しなくてはならない。
季節が夏だから陽が落ちるまで時間はあるが、ある程度余裕をみておかないといけない。
予想もしない出来事が発生して、終わるべき時間に終わらない事もありえる。
(そういや、残業とかはそんな感じだったよなあ)
無理を強いられる業務計画や、突発的な追加注文。
どんな仕事でもそんな事があった。
また、思いがけない事故や失敗で時間をとられる事も。
ほとんど用いる事のない前世の記憶や知識、経験であるが、今は少しだけ活用する事が出来ていた。
かさばる上に結構な重さになる物を、二頭のロバが引いていく。
おかげで、それなりの数をそこそこ運ぶ事ができていた。
それでも二キロ三キロの道のりは遠い。
ようやく到着しても、今度は積み荷(?)をおろす事になる。
それも、可能な限り急いで。
幸いな事に、前日持ち込んだ荷物は既にない。
信じられない事だが、一晩で大量にあったそれらが片付いたのだろう。
(本当、何がどうなってんだか)
毎度の事であるが、信じられない思いでいっぱいだった。
どれほどのモンスターが、一日三百という妖ネズミを貪るのか。
とんでもなく巨大な何かか、恐ろしい程大量にやってくるのか。
確認しようがないので分からないが、想像するのも恐ろしい。
(でも、レベルが上がれば、それも狩れるかも)
ある意味楽観的な事を考えてしまう。
そうなれば、今は捨ててるだけの死骸も、おびき寄せる餌に使えるなどとも。
幸せな想像をしながら、とりあえず荷台のものを放り出していく。
積み込み際には、無理や無駄がでないように積み方を考えるが、おろすときはそんな事しない。
次々にそれらを遠くへと放り投げていく。
捨てるものなので、気を遣う必要が全くない。
何より、さっさと終わらせないとモンスターに遭遇する可能性があった。
手早く終わらせたトオルは、一緒に来ていた三人に、
「よし、戻るぞ」
と声をかけて、荷馬車を方向転換させた。
まだまだ今日の分は終わってない。
すぐに帰って、さっさとまた運んでこなければならない。
そうしながらも気がかりがあった。
(やっぱり、ある程度準備しておいたほうがいいかも……)
まだ想定してる事態は発生してないが、いずれそうなる可能性はある。
それが現実になる前に、準備をしておきたかった。
(けど、それも持ってきてくれてればだけど)
手に入れておきたい物があるのだが、それがあるかは運任せになってしまう。
そもそも、それが来てくれるかどうかもまだあやしい。
町を出る前に話しはしてあるが。
相手の都合でどうなるか分からない。
「来てくれりゃいいけど」
思わず呟いた。
隣に座ってる少年が、
「何が?」
と尋ねてくる。
「ん、ああ。
明日あたり、来てくれればな」
「だから、何が?」
「その時になれば分かるよ」
トオルは笑って答えをはぐらかした。
「それより、まだ往復しなくちゃならないからな。
頼むぞ」
「うん、任せて!」
少年は笑顔で応えた。
その翌日。
朝からモンスター退治に励んでいたトオルの所に、村の者がやってきた。
「冒険者さーん」
村長のところの奥方だった。
「今、商人さんが来てるんだけど。
あなたを呼んでるみたいよ」
「あ、はい。
こっちが片付いたら行くので、待っててもらってください」
そう言ってトオルは、モンスター退治を切り上げた。
とはいえ、すぐにその場を離れる事ができるわけもない。
餌の回収や、解体中のものがある。
それらを片付けねばならないので、結構な時間がかかってしまう。
「一時間くらいで行くので」
そう言ってトオルは、まき散らした餌を片付けていく。
一緒にモンスターを相手にしていた槍持ちの少年には、
「こっちは俺がやっておくから、解体の方を手伝ってくれ」
と指示を出す。
餌の片付けなどはそれほど手間はかからない。
今日、既に一百匹ほど倒したモンスターの方は、まだまだ半分ほどが残ってる。
優先するべきがどちらなのかは明白だった。
(こっちが終わったら、俺も入らないと)
手慣れてきたとはいえまだまだ時間のかかる少年達だけにやらせるわけにはいかない。
急いで片付けたトオルは、少年達の所に戻って、包丁を握りしめた。
「すんません、遅くなって」
そう言って行商人の所にまで来たのは、到着を告げられてから四十分余りが経った頃だった。
相手は村人達に囲まれていた。
村も村で、一ヶ月に一度来るかどうかという行商人に興味があるようだった。
行商人と何かしら交渉をしている者もいた。
この機会に、何か手に入れようとしてるのだろう。
行商人にしても、村から作物を買い取る事を考えてもいる。
その中に割って入るのは少々気が引けたが、声をかけあぐねてるわけにもいかない。
話してる途中だった行商人と村人には申し訳なかったが。
商人は村人に「ちょっと失礼」と言うと、トオルの方へと向かってくる。
「やあ、元気だったか?」
「まあ、なんとか」
気さくに話しかけてくる商人に、トオルの表情も穏やかになる。
相手は村から町に来るときに一緒させてもらった行商人である。
マサトともそうだったが、この行商人とも時折顔をあわせて挨拶をするくらいの関係にはなっていた。
今回、トオルが村に行くにあたって、できれば村によってくれないか、と頼んでもいた。
もちろん商売のためである。
「それで、物は?」
「今から持ってきます。妖ネズミの素材が、全部で一千七百八十二です」
「ほう、結構がんばったな」
感心しながら商人は、トオルを見つめる。
「面構えも変わってきたかな?
前より男らしくなってる」
「そうですか?」
「ああ、もちろん」
自分では自覚がなかったので少し意外だった。
「まあ、募る話しは後にしよう。
とにかく素材を…………いや、俺が見に行った方が早いか」
「なら、こっちへ。村の倉庫を貸してもらってるんで、そこに置いてあります」
行商人を連れてトオルは、村の倉庫へと向かった。
村長に鍵を開けてもらい、中に入る。
そこに置かれた木箱を開けていく。
中には、妖ネズミから取り出した素材が入っている。
「言われた通り、燻製にしておきました。
これでいいんですよね?」
「ああ、手間が省けて助かる」
言いながら行商人は物を一つ手に取る。
「ふむ…………確かに、妖ネズミの素材だな」
「ええ。買い取ってくれます?」
「もちろん」
頷く商人は、一緒に来た手伝いや護衛を呼んで、素材を数えさせていく。
トオルの事を疑いたくないが、本当に言われた通りの数があるか確認しなくてはならない。
ただ、さすがに数が数なのでそれなりの時間がかかってしまう。
全部が終わる頃には、誰もが疲れた顔をしていた。
「確かに、数は揃ってるな」
「よかった」
「それじゃ、買い取るが…………町で言ったとおり多少目減りはするぞ」
「分かってますよ。それでもかまわないんで」
行商人からすれば、これだけの荷物を町まで持ち運ぶ手間がかかる。
それを考慮すると、どうしても町での取引額ほど金を出せなくなってしまう。
トオルもそれは分かっているが、気にすることなく承諾した。
(ここで抱えていても、持ち帰る事はできないし)
運搬にかかる手間を考えたら、この場で行商人に持ち帰ってもらった方が楽だった。
仮にトオルが馬車か何かを借りて持ち帰っても、馬車の貸し出し費用や人手などで更なる出費を強いられる事になる。
それを考えれば、多少目減りしてもここで引き取ってもらった方がマシである。
「じゃあ、前に言ってたとおり、素材一つあたりの値段はこれでいいな?」
示されたのは、素材一つにつき八十銅貨。
町で売るときより二十銅貨ほど安くなってしまう。
だが、トオルはその程度の出費で済んだ、と考えた。
「ええ、かまいません」
即答したトオルは、商人に精算を願った。
村に来て約十日。
実働六日で得た収入は、十四銀貨と二千五百六十銅貨。
予定よりは少ないが、それでも今までで一番の稼ぎとなった。
(でも、ここから税金を出さないといけないんだよな)
売却証明としてもらった領収書に書かれた金額を見ながらため息を吐く。
税率は三割。
これを村長に納付しなくてはならない。
なので実際の手取りは、九銀貨と九千七百九十二銅貨になる。
三割という税率はとてつもなく重い。
累進課税ではないので、これ以上大きくなる事はないが。
だが、こうして税金の分を考えると、もっと安くならないものかと思ってしまう。
稼げば稼いだぶんだけ確かに手元には残るのだが。
そもそも稼ぐ事が難しい。
また、稼ぐにしても、その元手をためる事も難しい。
稼ぐというのは、それだけで大変なものだと、この世界であらためて実感する。
(稼いでる奴から取れ、なんて思ってたけど……)
かつて考えていた事だが、それは変更せざる得ないようだった。
また、この稼ぎを全部トオルのものとするわけにもいかない。
「おーい、三人」
手伝ってくれた少年達を呼ぶ。
何事だ、と思った彼らに、トオルは先ほど渡された収入から銀貨を取り出す。
「ほら、お前達の取り分だ」
一人に銀貨を一枚ずつ渡していく。
差し出された三人は一様に驚いた。
「いいの?」
「本当に?」
「うわー、銀貨って初めて見た」
口々に喜ぶ少年達を見てて少しばかり罪悪感も抱く。
死ぬ危険のある作業なのだから、分け前はもっと多くしたい。
だが、今後の活動などを考えると、これ以上与えるのも考えものだった。
トオルはこれで食っていかねばならないし、そのための蓄えが必要になる。
なんやかやと必要になる備品もある。
薬草も、一つ使ったので買い足しておかないとまずい。
(もっと数を稼げればなあ)
結局はそれである。
もっと稼げたならば、少年達への報酬ももっと出すことが出来る。
だが、現状ではこれが精一杯であった。
トオルも、今回の収入で買っておきたいものがあった。
(あればいいけど)
あらためて行商人の所に向かったトオルは、求める物があるか聞いてみた。
引き絞り、手を離す。
以前、マサトと一緒だったときに教えてもらった通りに操作していく。
思った以上に固い張力に苦戦するも、その威力は結構なものだった。
的の代わりに木の枝につり下げた板に、飛んでいった矢が突き刺さる。
「すげー」
見ていた少年が感嘆の声をあげた。
声こそ出さなかったが、トオルも同じ感想だった。
(やっぱり弓って、結構すごいんだな)
手にした小弓を見ながらそう思う。
練習の時にも同じような事を思ったが、あらためて今日やってみて思いをあらたにする。
ただの木の棒ではなく、動物の骨や腱などによる補強もあるからだろう。
行商人は、張力四十キロはあると言っていた。
弓を引き絞るのに必要な力がそれだけ必要という意味になる。
もちろん最大限に引き絞ったらの話しで、全部を引き絞るわけでないならそこまで力を込める事も無い。
ただ、それをかなり引けるという事にも、トオルは驚いていた。
農業で培い、戦闘も少しはこなしていたからなのだろう。
筋力は結構あるみたいだった。
文明の利器が少ない分、どうしても体を使う機会も多くなる事も関係してるかもしれない。
これのおかげで銀貨が五枚ほど吹き飛んでしまったが、得られた満足も大きい。
(これで少しはマシになるかな)
つり下げた木の板を回収しながらそんな事を考えた。
「でもさ」
「なんだ?」
この日も死骸を捨てに行く途中、年長の少年が尋ねてくる。
「何で弓なんて買ったの?」
「ああ、その事か」
当然の疑問ではあるのだろう。
隠す事もないので、正直に答えた。
「モンスターが襲ってきた時に、少しは役に立つと思ってね」
今はまだ襲われてはいない。
だが、今後も死骸を運んでいれば襲撃を受ける可能性があった。
そのときに、近づいてくるモンスターを倒すことが出来ればと思っての事である。
それ以外でも使う機会が出て来るかもしれないので、いずれは手に入れるつもりだった。
たまたま今日がそうだったという事である
(そんな事、無いのが一番だけど)
今日も無事に過ごせるよう願いながら、馬車を走らせていく。
それでも、暇を見て弓の練習を続けようとも思っていた。




