レベル154-2 どういうあり方が求められるか、ちょっと想像ができません
宿舎と言っても、今はトモノリの館の一室を使っていた。
サツキと共に。
「全員一緒というわけにもいかんだろ」
というトモノリの意見と好意の結果である。
サトシを始めとした一団の者達も、
「さっさとあっち行け」
とトオルを追い出したのもある。
その為、結婚を決めて暫くした辺りから今までずっと館の一室を使っている。
さすがにそれはどうなのかと思ったが、逆らえるわけもない。
もともと使用人部屋なので、ベッドが二段なのが救いであろうか。
色々と我慢と忍耐を重ねる事になるので大変ではあるが。
その部屋に帰ってくると、
「おかえりなさい」
とサツキが迎えてくれた。
これになかなか慣れないでいる。
「ただいま」
短く返すも、気分も声もうわずりそうだった。
どうにも慣れないまま椅子に腰をかける。
ベッドは下の段をサツキが使ってるので、そちらに座るのは気が引けた。
そもそも、今サツキが座っている。
その横に腰をかけるまでの度胸はない。
サツキの方はあまり意識もせずに声をかけてくる。
「今日も仕事の話しですか?」
「まあね」
それだけでは返事にもなってないと思い、言葉を付け足す。
「人を入れるのとサトシ達を出すのと。
そんな事をね」
「大変ですね」
「いつもの事だよ。
慣れたとはさすがに言えないけど」
「でも、トモノリ様と話しが出来るってだけで凄いですよ」
「そうか?」
「領主様ですから」
絶対的な格差が間にある。
それを考えれば何かと遠慮もあるし、言葉遣いや態度も考えねばならない。
トモノリくらいの小規模な領主ならそこまで気を遣わないでも済むが、それでも全く意識しないというわけにはいかない。
サツキやサトシ達はどうしてもそれがあるようだった。
トオルの目には、確かにそういったものを感じた。
「トオルさんを除けば、執事さんやメイド長さんくらいじゃないですか。
あまり緊張しないでトモノリ様に接してるのは」
「そうかなあ」
どうにも実感がない。
でも、もしかしたらそうなのかもしれないとは思う。
そういった地位などがさほど気にならないのは、前世における日本での体験があるからかもしれない。
確かに違いは感じるのだが、それを理由にあれこれと考えたりしない。
それで良いのかどうかは分からないが。
「まあ、それだけでも無かったけどね」
「はい?」
「トモノリ様の話。
結婚のこととかももっと考えろって」
サツキに話すような内容で無いかもしれなかった。
だが、隠すような事でもないとも思った。
「仕事の事ばっかり話してたし、それもそうかなあと思って」
「へえ」
意外そうな顔をされる。
「トオルさんがそう考えるなんて」
「おかしいか?」
「はい。
意外です」
大変残念な言われようだった。
「仕事以外の事を考えてる所が想像できません」
「あのなあ……」
何か言い返したかったが出来ない。
確かにその通りである。
「でも、あと少しですし」
「結婚か?」
「ええ。
もう少し考えてもらうとありがたいんですが」
穏やかに言われてるが、なぜか圧力を感じた。
「……頑張ります」
「頑張ってください」
否定されなかった。
本当にそう思ってるのだろう。
気まずくなってしまう。
「……あと、夫婦になるんだからって言われた」
「夫婦……ですか」
「まあ、そうなんだけどさ。
でもどうしていいのかってのが見えてこなくて」
何を言ってるんだと思いつつも口が止まらない。
「何すりゃいいんだろうね」
話をサツキに振る始末である。
「どうすればいいのかは私にも分からないですよ」
「うん、聞いてるこっちが間違ってるしね」
それでもサツキは笑みを浮かべる。
「でも、それでいいんじゃないですか」
「そうか?」
「よく分からないですけどね」
肩をすくめるサツキに、そんなもんかなあ、と呟く。
「でも、こうやっていくのかもしれないですね」
「何かしてるか、今?」
「とりあえず色々話してます」
「まあ、確かに」
「こういう事を繰り返していくんじゃないかと」
言われてみて、それもそうかもと思う。
くだらない事でも、とりあえず話し合っていく。
そんな事を繰り返し、積み重ねていく。
そこから始まっていくのかもと。
「これから一緒にやっていくんですよ」
「なるほどねえ……」
これから。
一緒に。
それは確かにそうなのだろう。
共にこの先生きていくのだから。
頭で考えるよりも先に、気持ちが納得していた。
「考えても仕方ないのかな」
「かもしれないです」
明確な答えはない。
けど、それはそれでいいと思った。
いずれ見つかるかもしれないし、分からずじまいで終わるかもしれないが。
結論を急ぐ気はなかった。
出なくてもかまわないとも。
これは必ず結果を出さねばならない仕事ではないのだから。
「まあ、そのうち答えが出るかもしれないしな」
「ええ」
曖昧なままであるが、それで良いと思った。
一緒にいれば、そのうち何かが見えてくるかもしれないのだから。
「じゃ、それまで一緒にがんばろうか」
「はい」
答えが出ないまま、出せないまま会話が終わる。
けど、解決出来ないで気になるという事もない。
これが仕事なら、「この先どうしよう」と気になるものだが。
特に意識する事もなく、他愛のない事を話して床につく。
解決されてない問題を先送りにして。
この先二人で解決していこうと思って。
それを年下の娘の言葉で悟らされるのは少しばかりシャクではある。
(まあ、でも、そんなもんか)
なぜか、それはそれで良いのかもと思えもした。
(でもまあ)
一つだけこれで良いのかと思う事もある。
(やっぱり、まだこのままなのかねえ)
二段ベッドの上に横になって考える。
同じ部屋にいながら分かれて寝てて良いものかと思ってしまう。
(まあ、まだ結婚してないし)
これはこれで当たり前なのだろうとは思う。
思うのだが。
相手がいてこういう状態なのは、それはそれでおかしいのかとも思ってしまった。
(ま、トモノリ様の屋敷だし。
下手な事はできねえか)
壁を隔てた隣には他の者達もいる。
こんな中で行動に出るつもりにはなれなかった。
まだ暫くは我慢と自制の日々が続くことになりそうだった。
下手すれば家を持つまでこうかもしれない。
(…………それだけは避けたい)
割と切実にそう思った。
続きを明日の7:00に投稿予定




