レベル19 仕事の滑りだしは順調のようです
「そんじゃ、やるぞ」
従う三人の子供達に向けて言う。
これから本格的にモンスターをおびき寄せる事になる。
当然危険も跳ね上がる。
その注意のつもりであった。
だが、
「はい!」
と返事をする三人は、妙に張り切っている。
先日、妖ネズミを一人で三匹相手にしたトオルに、どうも尊敬というか憧れを抱いたらしい。
村の大人達でも手こずるモンスターを、というのが彼らが口にした事の要約である。
戦闘訓練を受けてない者達なら、確かに手こずるだろう。
トオルも、レベルが2になるまでは結構しんどい思いをしていた。
子供達のトオルへの評価も間違ってるとはいえない。
とはいえ、そこそこ能力や技術があればさほど難しい事でもない。
なんだかんだ言っても、レベル2の腕でしかないのだから。
それでも、仕事を引き受けたし、子供とはいえ配下につけられた者達もいる。
やれる事はやらなくてはならなかった。
「まず、穴の中に餌を放り込んでくれ」
言われて子供達三人は、大八車にのせてきた箱の一つをおろしてくる。
粗末な作り、というか色あせて壊れる直前と思えるようなものだ。
普通なら使ったりしないだろうが、モンスターの餌を入れておくには便利だった。
一応蓋もあるので、においをまき散らさないですむ。
とはいえ、異臭対策というわけではない。
中に入ってるのは、市場に出しそびれた野菜などである。
廃棄された腐る直前のものではあるが、それほど臭いがあるわけではない。
それらがモンスターを呼び寄せてしまうから、なるべく密閉しておきたかっただけである。
その一つを、今日までに掘った七つの穴の一つに放り込む。
箱から出されたそれは、深さ五十センチほどの穴の中に散らばった。
「それじゃ、後ろに下がっていてくれ」
盾を構えながら三人に指示を出す。
「あの中でいいんだよね」
この中で一番年齢が上の少年が尋ねてくる。
何度も説明はしてきたのだが、やはりモンスターとの戦い直前という事で緊張してるようだ。
間違いがないかを確かめるためもあるのだろう、トオルにあらためて聞いてくる。
「ああ、そうだ。
あの、円形に掘った溝の中にいてくれ。
盾も構えておけよ、何がおこるか分からないからな」
モンスターをおびき寄せておくための穴以外にも、解体の作業場所を確保するための溝なども掘ってある。
溝の内側には、モンスターを食い止めるための杭も何本か打ち込まれていた。
溝を越えてきたモンスターを防ぐためである。
全周を覆うほどではないが、茂みの方向には半円状に打ち込まれていた。
幅も、妖ネズミでは通り抜けられないように狭められている。
子供達には、その杭の向こうで作業をしてもらう事にしていた。
その中に子供達が入っていくのを見ながら、トオルは穴から十メートルほど下がった場所でモンスターが出て来るのを待った。
待つ事二十分。
数日前と同じように藪がざわついていく。
(来たかな?)
様子を見ながら盾を構えておく。
上手く餌の方に吸い寄せられればいいが、そうでなければトオルの方に向かってくる可能性が高い。
それに、何が出て来るのかもまだ分からない。
妖ネズミの可能性が高いが、他のモンスターが出てくるかもしれない。
今までも、ネズミ以外が出てきた事があったので、用心は怠れない。
ありがたい事に、今回出てきたのは妖ネズミだった。
全部で五匹。
それらはまっしぐらに、餌を放り込んだ穴へと入っていく。
飛び上がって体当たりをしかけてくる妖ネズミであるが、高さ自体はそれほどでもない。
横方向にはかなりの距離を飛んでくるが、縦には三十センチから四十センチがせいぜいとなっている。
そのため、五十センチも深さがあれば、そこから逃げ出せなくなる。
中には例外的な存在もいるかもしれないが、少なくともトオルはそんな妖ネズミを見たことはない。
そんなネズミたちが、穴の中にある切り刻んだ野菜に群がっていた。
「やるぞ」
「うん!」
年長の子供に声をかけてから、トオルは穴の中の妖ネズミに攻撃をしかけていく。
反撃がこない一方的な状況なので、それほど怖くはない。
手近にいるものの頭にマシェットをふりおろしていく。
一緒に来ている子供も、手にした槍で同じように妖ネズミの頭をねらっていった。
モンスターを相手にしたり、野盗を追い払ったりする必要があるので、村は何かしら武器を用意している。
どうしてもモンスター退治がしたい、とその一つを少年は借りてきていた。
危険だとは思ったが、その熱意を否定するのも気が引けた。
また、攻撃の手が増えるのはありがたかった。
簡単なやり方と、危なくなったらすぐに逃げる事を言い含めて、トオルは参加させた。
慣れない手つきで少年は、両手で握った槍を必死になって突き出していく。
ほとんど当たることはないが、ネズミたちの動きを牽制する役には立ってくれた。
トオルは追い込まれたネズミを簡単に仕留めていった。
「よし…………おーい、出番だ!」
妖ネズミが完全に倒れたのを確かめて、後ろにいた二人に向かって声をあげる。
その大声に呼ばれた二人が大八車を引いてくる。
餌を入れた箱以外の荷物を下ろしたそれは、厚手の革に覆われていた。
(ちゃんと、言われたとおりやってくれたんだな)
事前に出しておいた指示通りである。
二人は、穴の近くにまでやってくると、今度は火かき棒のような形の鈎を手に取る。
「じゃあ、この中ののを引っ張り出してくれ」
「うん」
「わかった」
餌箱を取り出すトオルの言葉に従い、少年二人は妖ネズミに鈎を引っかけていく。
先端が曲がった鉄の棒が妖ネズミを穴から引きずり出し、それを二人が大八車にのせていく。
初めての作業なので少しばかり手間取ったが、何とか大八車に五匹がのっかる。
革で大八車を覆ってるのは、それらの汚れがつかないようにするためのものだった。
それでも幾分浸透はするだろうが、剥き出しであるよりはマシだろう。
「じゃあ、そいつらの解体を頼む。
やり方は、この前やった通りだ」
村に来て初めての戦闘で倒した三匹の妖ネズミを使って、解体のやり方は教えておいた。
二人には、主にそれをやってもらうつもりだった。
もちろん、手が足りなければ、年長の少年にも解体に入ってもらう。
しかし、先ほど手伝ってもらって分かったが、補助でもう一人が戦闘に加わると楽になる。
あまり危険な事はさせたくなかったが、出来るだけ戦闘に加わってもらえないだろうか、と思ってしまう。
(いや、それはさすがになあ……)
子供達がモンスター退治に加わると聞いたこの子達の親の顔を思い出す。
誰もが一様に心配していた。
(危ないことは、させられないよな)
あくまで三人は作業の手伝いとして来てもらってるので、戦闘までやらせられない。
これを戦闘と呼べるのかは怪しいものがあるが。
それでも想定以上にモンスターがやってきたら、手に余る。
この少年が、レベル1でもいいから戦闘技術をもっていたら話しは違ってきたのだろうが。
(俺も、最初の頃はこんな感じだったんだろうな)
少年の姿にかつての自分を見いだしてしまう。
そんな調子でトオル達はモンスターをおびき寄せては倒す、を繰り返していった。
戦闘とも言えない戦闘である。
だが、無傷でどんどんモンスターを倒していく、というのは得難い利点である。
子供達も、「すげえ」「どんどん倒れてく」と感心感動していた。
こんなやり方で倒すことで幻滅しないかと思っていたのだが、そうでもないらしい。
「戦いとは言えないと思うんだけどな」
自嘲気味にそう言うトオルに、
「そんな事無い!」
年長少年ははっきりと言った。
「あんな危険なのを怪我もしないで倒せるんだから。
凄いよ、本当に!」
「そうかな?」
「そうだよ。
だって、最初の時、あんなに大変だったし。
俺、あんなのが襲ってくると思ったら、怖くて村の柵から外に出られないよ」
どうやら、初日に起こった三匹の妖ネズミとの戦いがかなり衝撃的だったらしい。
モンスターの強さを目の当たりにして、それを相手にするのがどれほど危険なのかを悟ったようだった。
だからこそ、このやり方に文句をもないのだろう。
「それに、槍も当たらないし。
まともにやってたら、たぶん俺はすぐに死んじゃってたよ」
それが分かるからこそ、トオルのやってるやり方を賞賛するのだろう。
「でも、兄ちゃんみたいにちゃんと戦えるようになりたいけどね」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
ちゃんと、と言えるほど戦えてるとは思えないが、素直にその言葉を受け止める事にした。
「けどな、俺よりもっと凄い人もいる。
その人に比べれば、俺なんてまだまだだよ」
「え、そんな人いるの」
「ああ。その人に色々教えてもらったんだ」
話しながらマサト達の事を思い出した。
彼らは本当に強く、トオルなどのはるか上にいた。
マサトは、トオルと違って迫る妖ネズミをほとんど一太刀で片付けていた。
罠など仕掛けずとも、本当に簡単にモンスターを倒していた。
「俺もあんな風になりたいんだ」
いまだ目標としてマサトと彼の仲間達はトオルの中で大きな存在となっている。
そうなるまでには、レベルをあと三つ四つあげねばならないだろう。
そうなるまでどれだけかかるか分からないが。
でも、いつか必ずたどり着きたいと思っていた。
「さ、また来たみたいだ。
やるぞ」
「うん!」
穴に入り込んでいく妖ネズミを見ながら、トオルは少年と一緒に穴に向かっていった。
この日倒した妖ネズミの数、あわせて三百二十四匹。
最後は解体の手が足りなくなったので、モンスター退治を中断する事になった。
しかし、戦闘に専念する事ができたおかげで、これだけの数を倒す事も出来た。
(やっぱり、役目を分けなくちゃどうしようもないか)
人手の必要性をあらためて感じた。
人手があれば、二倍どころか三倍以上に倒せる数を増やす事ができた。
四人でやったので、一人当たりの手取りはそれほど多くはならないが。
だが、三人がもう少し慣れれば、もうちょっと数を増やせるとも思えた。
戦闘はともかくとして、回収と解体、そして解体の終わったモンスターの措置などがまだまだ遅い。
今日が初めてなので仕方ない事である。
だが、ぎこちないながらもこれだけの数をこなしたという事は、今後更なる向上も見込めた。
解体にとられる時間がなくなれば、トオルが相手にできるモンスターの数も増える。
この一ヶ月でどこまでいけるか分からないが、そこに期待をしたかった。
そして。
「何ですと?!」
倒したモンスターの数を聞いて、村長は飛び上がらんばかりに驚いていた。
「そんな、どうやって…………」
呆然とする村長は、トオル達が持ち帰ってきた素材を入れた容器の数々を前に、ただ立ち尽くしてしまった。
これまで、そこまで多くのモンスターに襲われた事もない。
出て来るのは数匹程度の集団であった。
それでも手こずりながら倒し、場合によっては怪我人すら出していた。
大の男が何人も集まってである。
なのに、今日はトオルと三人の子供達だけでこれだけの数をこなしている。
村長からすれば、奇跡を見てるようだった。
そこにトオルは、
「慣れればもっといけると思いますよ」
と言ったものだから、村長の頭の中は本当に真っ白になってしまった。
「…………まさか」
それだけ言うのがやっとだった。
 




