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レベル2 前世も前世でがんばったんです




 ────現代日本────



「やっぱり駄目だな」

「ああ」

 そこかしこで落胆の声があがっている。

「ここも終わりか」

「せっかくがんばってたのに」

 解雇を言い渡された多くの者達が嘆いていた。

 世界的な経済破綻がおこり、その影響によって彼らは職を失おうとしていた。



 はっきり言ってしまえば、彼らのつとめている会社には直接影響のない。

 少なくとも、会社が大きな問題を起こしたのではない。

 しかし連鎖的な波及というのだろうか、この会社にもそれは及んでいた。

 元は証券の行き詰まりであったはずのそれは、思いもよらないほど多くの分野に関わっていたのだ。



 発行していた証券の価値が無くなる。

 分かりやすく言えば、金を貸していた相手が破産して回収できなくなった、というのに近い。

 実際はそういう事ではないが、可能な限り簡単に説明するならばそうなるだろう。

 おかげで、貸していた方は瞬間的に金がなくなった状態になる。

 資金が確実に回収できるという前提で運用が行われているのだから当然だろう。



 もちろん、貸してる方もそこまで安直だったり楽観的だったりするわけではない。

 ある程度は回収できないものと考え、その分の余裕をもって経営を行っている。

 今回起こったのは、その予想を上回るほど大規模なものだった。



 そんなわけで、大きく空いてしまった回収計画の補填のため、別の資産を売るしかなくなる。

 あるいは、他の所に貸し付けていた金を急遽回収する事にもなる。

 そうして売り払ったり回収した資金で穴を補填し、痛手を最小限におさえようとする。

 だが、回収される側になった者達はたまらない。

 そんな彼らも、自分たちの持てるものを売り払い、貸し付けていたものを回収しようとする。

 その連鎖が世界中に拡大していった。



 貸し付け、つまりは借金だが、それをいきなり回収されては資金が無くなる。

 資産などの売却も、一気に多くの者達が売りに出せば買い手が付かない。

 大量に吐き出されたものは、安く買いたたかれるのはこういう理由のためである。

 どれほど価値のあるものであっても、買える者がいないならばどうしても安くする必要が出てくる。

 早急に現金が必要な場合は特に。



 当面の資金・現金が必要な者達は、背に腹をかえられずに資産を切り売りしていった。

 それが出来るのはまだ良い方である。

 波及先の末端になればなるほど資金繰りが大変な所が多くなる。

 まして規模の小さな会社となれば、回収される資金とすぐさま調達できる資金の間に大きな差が出来る。

 売るほどの資産もない小さな所は致命的であった。

 そういったところから、破産・倒産に追い込まれていった。



 そんなわけで彼らのつとめる会社も、世界的な資産売却・資金回収の流れの中で買ったり売られたりの狭間にあった。

 当然、必要になる現金などを確保するために切れる所から切り捨てる必要も出てくる。

 会社の中で持てる資産のうち、切り崩せるものは切り崩していたが、それでもまだ足りない。

 やむなく従業員として抱えている派遣社員などを解雇する事となった。



 会社自体は世界に名だたる大手企業である。

 その工場においては、数多くの派遣社員が従事していた。



 だが、世界的な規模での不況である。

 あちこちで破産する会社が出て来ている。

 当然景気は悪くなるだろうし、生産しても過剰な在庫になるのは目に見えていた。

 当然工場のいくつかは操業を一時的とはいえ停止する必要もある。

 人員も過剰に余る。

 やむなくではあるが、会社としても人員を削減するしかなくなっていった。



 まず、一番先に対象になったのは、社員や直接雇用してるアルバイトではなく、契約している派遣となった。

 もちろん契約もあるのですぐにはいかない。

 いや、契約の中には、会社の意志である程度雇用を止める事もできるようにはなっている。

 それでも会社は、契約期間が終わるまで雇用を維持しようとしていた。



 派遣社員のほとんどは、一定期間の間だけ雇用するという形である。

 通常は、よほどの問題が無い限り契約はほぼ自動的に更新される。

 この時、会社はこの契約の更新をしないという事にした。

 会社側としては、それが限界だったのだろう。

 だが、職を、ひいては収入を失う多くの者達にとって、それは生死に関わる問題だった。



「この先どうするかな」

「今更新しい所に行ってもなあ」

「こんなご時世で、次があるかねえ」

「おまけにこんな年齢だしな」

 口々に問題をあげていく者達。

 まだ若い者もいるが、それなりに年配の者もいる。



 二十代くらいなら次の仕事が見つかる可能性もあるが、三十代になるとそれも難しくなる。

 四十代以上はほぼ絶望的と言ってよい。

 不況になる前は世界的な好景気だった。

 そのおかげで、どうにかこの職場に入る事の出来た者達だ。

 前提条件の好景気が消えれば、あとはどうなるか分からない。

 年齢の高い者は、この先に何の希望も抱いてなかった。



 また、若い者達も安心してられるわけではない。

 世界的な不況に突入してしまったのだ。

 次の仕事がすぐに見つかるとは誰も考えていない。

 みんな、不安を抱いていた。



「まあ、蓄えさせてもらったから当分はどうにかなるかもしれんが」

 そう言う者もいる。

 色々あって、蓄えがないとまずい、と悟った者達は、消費や浪費よりも貯金を優先していた。

 酒やたばこに趣味など、多少は使うが、預金残高の増加に差し障りない範囲でやっていた。

 会社も、年間で三百万から五百万ほどの給料を払っていたし、格安の個人寮を用意もしていた。

 なので、その気がある者達は大なり小なり蓄えを作る事もできた。



 だが、そうでない者達もいる。

 宵越しの銭は持たない、という剛の者や、仕事に入って日が浅かった者。

 また、何かしら負担を背負っていて、蓄えに回す余裕の無かった者もいる。

 そういった者達はさすがに大きく動揺していた。



「トオルさんはどうするんですか?」

 話の輪の中にいながらも終始無言だった鷹当トオル(たかとう・とおる 三十八歳 男)に声がかかる。

 今まで、聞くとはなしに話を聞いてただけなので、

「どうするって言われてもなあ……」

と当惑する。

 実際、先の事など考える余裕もなかった。



「せっかく、ここに入り込めたんだが」

「そういえば、氷河期組でしたっけ」

「ああ、そうだ」

 忌々しい言葉を思い出して少しばかり表情がゆがむ。



 バブル崩壊後のもっとも就職が困難だった時期に社会人になった世代である。

 就職先もろくになく、どうにか入っても勤め先が倒産。

 あるいはろくでもないブラック企業とよばれる所に入社。

 さもなくばバイトで何とか食いつなぐ日々。



 そんなのが当たり前の世代である。

 どうにかこうにかここの派遣にありつき、今まで数年ほどを過ごしてきた。

 ようやく報われるかと思い、日々の仕事に励んでいたのだが。

「…………これだもんなあ」

 もう文句を言う気力もなく、ただ呆れるしかない。



 幸い、蓄えは多少ある。

 ブラック企業にバイトにと苦難の日々をおくってきた。

 金を無駄に使う事がどれほど悲惨な事になるのか。

 それは身にしみている。



 その頃より給料は倍増した今の職場で、稼ぎの半分ほどは蓄えに回していた。

 趣味である読書などに多少は費やしてはいたが。

 おかげでこの先一年二年は生きていける余裕がある。

 しかし。

 その一年二年先によりよい未来があるとはとても思えなかった。



 いくらかの反対運動もあったが、契約更新はなされずに時は過ぎていった。

 そうなるまでの間、シフトなども減り、収入もかなり落ち込んだ。

 寮費と食費などをまかなう事は出来たが、それ以上ではない。

 空いた時間は次の仕事探しにあてられていった。



 もちろん大半がバイトも見つからないままであり、大半が先々への不安と現状への不満を抱く事になる。

 仕事が見つかったものも、学生の小遣い稼ぎ程度の仕事にようやく、というのが大半だった。

 景気の落ち込みは数年もあれば何とか持ち直すだろうが、その数年の間をどうすればいいのか。

 契約解除された者達だけでなく、世界各地でその不安は渦巻いていた。



 契約が解かれる事となったトオルも例外ではない。

 まず、寮を出るしかなくなるので次の住まいを探す事となった。

 贅沢は言ってられないので、最低限の家賃で入れる所をさがす。

 ただし、企業の周辺はあえて選ばなかった。



 企業のお膝元と言える場所であったため、それ以外の仕事がほとんどないのだ。

 そんな所にいて次があるとは思えない。

 それよりも、まだ状況は良いときく東京の方に出る事にした。

 そもそも、トオルの出身は関東の方である。



 都心に出やすい地域の、ボロいアパートを見つけてそこに入った。

 まだ幾らか状況のよい東京なのだが、それでも不況の影響はあったようだ。

 おかげで入居者が減った物件は結構あった。

 そのおかげで割とすんなりと新たな住居に入る事ができた。

 これだけは世界的な不況のおかげと言えるかもしれない。



 だが、そこから仕事を見つけるのは簡単ではない。

 日雇いでもなんでもいいから、と思ったがそれもない。

 小遣いのような給料でも、と思うもそれもない。



 蓄えは確かにあるが、毎月の家賃と食費や光熱費でやはりどんどんと減っていく。

 家賃は五万円ではあったが、それが毎月となるとやはり負担になる。

 そこに食費や電気・ガス・水道に携帯電話とインターネットとくる。

 ネットや電話なんか、というが、仕事を探すのにネットは必要。

 面接先への連絡に電話も必要。

 現代においてこれらは必須である。



 派遣会社を幾つか掛け持ちで登録し、仕事がないかと尋ねるも、なかなか見つからない。

 夜勤や多少危険な作業でも、と言ってもそこにも希望者が殺到している。

 やむなく入れる仕事になんとか入り、毎月数万円をどうにか確保するのが限界だった。

 切り詰めても、収入と差し引いた数万円が毎月出て行く事になる。



 蓄えは底辺サラリーマンの年収分くらいはあったが、毎月目減りしていくのを見ると恐怖をおぼえる。

 そのままの状態でも、どうにか五年ほどはしのげると思ったが、五年先はどうなるかは分からない。

 その間に状況が改善されれば良いが、その兆しはない。



 時間は容赦なく流れていく。

 三十代が終わり四十代になったことで、余計に勤め先がなくなった。

 えり好みをしてるつもりはないのだが、どうしても仕事が決まらない。

 突然の不況から一年二年が過ぎても、経済の回復はまだ見えなかった。

 政権も交代したが、その政権が経済に対して打開策を出すわけでもない。



 もちろん、政策一つで何かが好転するとは思ってもいない。

 だが、以前と変わらない、あるいはそれより酷いと言われる状況にトオルは落胆するしかなかった。

 あがっているのは、失業率と自殺率。

 破産や倒産の件数も増えているという。

 状況が暗いことを示す材料は事欠かない世の中に、トオルのため息は増えるばかりだった。



 そして更に一年二年。

 とうとう貯金が尽きた。



 奇しくもその年、政権交代が起こり、与党と野党が再び交代。

 それがどれほど影響をもたらすのか分からなかったが、これで何かが少し変わればと思った。



 望み通り、状況は変わっていった。

 経済に関連する様々な情報や統計などは明るい兆しをみせていった。

 それから数ヶ月、そして一年で、大きな改善を見せていく。

 企業からの求人も多くなり、冷え込んでいた就職戦線も熱気を取り戻していった。

 中途採用はまだまだ厳しいものがあったが、それでも再雇用の可能性は、不況が始まってからの数年を上回った。

 トオルがかつてつとめていた企業でも、再び作業員を募集し始めていた。



 だが、それがトオルに届く事はなかった。



 政権が交代した頃、トオルは寒い冬を迎えていた。

 稼ぎはどうにか十万円近くまで回復していたが、暖をとる石油を買うにはほど遠い。

 積み上がった、最後まで捨てられなかった本の山も、冷気を遮るほどの役にはたってくれてない。

 その数ヶ月前に蓄えを使い切ってしまっていたトオルにとって、それは贅沢品に等しかった。

 生活保護を申請しようかとも思ったが、家族がいるのでそれも出来なかった。



 実家に帰れば、というある意味もっともな理由で申請は通らなかった。

 だが、親兄弟と甥っ子姪っ子にあたる家族も今の状況でかなり苦しいのは分かってる。

 電話で、帰ってこいと言ってもらえたが、甲斐性なしが戻るわけにはいかなかった。



 そんなこんなで、迎えた冬。

 仕事も収入も不安定、食事も食えない事もあった時もあり。

 健康状態が良好とはいえないままで、すきま風吹くアパートの中。

 暖房もろくにとれない中で眠りについた。

 暗い部屋の中、雨戸もない窓からさしこむ薄明かりに浮かぶ天井が、記憶に残る最後の光景となる。



 あと半年もすれば、状況は好転していたかもしれない。

 だが半年を堪える余力もなかった。





 ────現在────



 道方トオルとして生まれて生きてきた十四年と、それ以前の四十年余りの人生が脳裏をよぎる。

 町への道を宛もなく歩く。

 ただ、ひたすらに過去と今から逃れるように。

(もう、絶対に)

 決意だけを胸にして。

(ああはならん)



 覆す事の出来ない過去はもうどうにもならない。

 だからこそ、それを踏まえて今を生きるしかない。

 この記憶がどれだけ役に立つか分からなかったが。

 ただ、それがあるからこそ、今の状況と比較する事ができる。

 何をどうすればよいのかも考える事ができる。

 過去の四十年の人生経験は、決して無駄なものだとは思いたくなかった。



(あんな末路だけはごめんだ)

 その決意だけがトオルを前に進めていった。

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