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レベル18 やって来た以上、逃げるわけにはいきません

 盾はいつも通り地面に突き刺し、腰を落とす。

 幸い三匹は、もっとも近くにいたトオルへと突進してきてくれる。

 モンスターの習性と言われてる、

『最も近い人間に迫ってくる』

というのはどうやら正しいようだった。

 とりあえず今回は。

 それらがトオルに向かって飛びかかってくる。

 いつも通り腰を落として接近を待つ。

 だが、今回は今までと勝手が違う。

 三匹同時である。

 今まで、一匹ずつしか相手をしてこなかったので、上手くしのぐ自信がない。

(って、んな事言ってる場合じゃねえ)

 腹をくくって妖ネズミを見据える。

 並んで突進してくる三匹の、一匹は盾で受け止め、一匹はマシェットで切り伏せる。

 残る一匹は…………運を天に任せるしかない。

 それでも神頼みはしなかった。

 こんな時であるが、それがトオルのこだわりである。

 などと思ってるうちに妖ネズミは迫ってくる。

 真ん中の一匹が飛び上がって体当たりを仕掛けてきた。

 ドン、と衝撃と音が盾から上がる。

 いつもならマシェットをそこで振りおろすのだが、今回は少しばかりタイミングを遅らせる。

 続いて突進してくる一匹がいたからだ。

 それが飛びかかると同時に、刃を振りおろす。

 ドスンとマシェットの刃が飛びかかってきた妖ネズミの頭に打ち込まれた。



 キイイイィ!



 悲鳴を上げた妖ネズミは、脳天をかち割られて、骨の中に収まってるべき器官を空気にさらす。

 その間に、最初に体当たりを仕掛けてきた妖ネズミが着地して、トオルの足にかみつこうとしてきた。

 とっさに足を下げて振りおろしていたマシェットで横になぎ払う。

 ドカッ、という感触と共に、細長い鼻面が横に払われた。

 倒すというにはいたらないが、衝撃で瞬間的に行動を止める。

 だが、残り一匹までは手も気もまわらない。

 盾を迂回して足下に回り込んだ一匹は、ブーツに包まれたトオルの足に前歯を突き立ててきた。

 足を一瞬引こうとするが、反射的にその逆の行動をとる。



 ────いいか、まずいと思ったなら、



 噛みつこうとしてた妖ネズミは、確かにトオルの足を咥えこんだ。

 中型犬くらいの大きさのネズミである。

 その口も相応に大きい。

 トオルの足首は、しっかりとその口の中にある。

 だが、前歯による突き刺しをしのぐ事ができた。



 ────逆に前に出ろ



 かつての教えがなぜかこんな時に思い出される。

『後ろに下がっても高が知れてる。相手から逃げる事はできない』

 戦いのコツという事で教えてくれた事だった。

『そういう時はな、逆に前に出るんだ。

 剣でも、切っ先の方が危険で、鍔もとはそれほどでもない。

 相手の懐に入り込んじまえば、逆に剣じゃどうにもならんしな』

 どのみち怪我は避けられないにしろ、なるたけ被害や損傷の少ないほうを選ぶ。

 捨て身に思える手段であるが、意外と使えると言っていた。

 今、その意味を実感する。

 妖ネズミの前歯で噛まれていたら、皮のブーツなんぞ簡単に切り裂かれ、肉をえぐり取られていた。

 口にくわえられてるにはきついが、それでもまだ皮膚まで噛みつかれてはいない。

 そして、相手は噛みついている事で逃げられなくなっている。

 さっさとその頭にマシェットを叩き込めば、簡単にとどめを刺せる。

 が、横から感じる気配にそれを思いとどまる。

 盾に体当たりしてきたもう一匹が、マサトに向かってきていた。

 考えるより早くマシェットをその頭に叩き込む。

 先ほどと同じように、そいつも頭の中身を周囲にぶちまけた。

 程なく全ての動きを止める事だろう。

 それから足首に噛みついてるのを見て、マシェットを手放した。

 代わりに、狩猟刀を取る。

 足を切り返して妖ネズミを仰向けにし、腰をおとして膝を相手の胸に押しつける。



 キュウウウウウウ



 胸に全体重がのっかて圧迫されたのだろう。

 苦しげな声が出てきた。

 幾分、噛む力もゆるんだ気がする。

 そのまま狩猟刀の刃で、剥き出しになった妖ネズミの喉を切り裂く。



 ピュー



 喉を行き来していた空気が、切れ口からもれた。

 妖ネズミのもがきが大きくなる。

 それでも手を止めず、トオルは首に狩猟刀を突き刺した。

 マシェットと違い鋭く尖った切っ先は、妖ネズミの皮膚と筋肉を貫き、首の骨にぶち当たる。

 そこから更に体重をかけて首に切っ先をぶちこむ。

 妖ネズミは、そこで完全に体の動きを止めた。

 そうしてからトオルは、足を咥えたままの首に刃をねじ込み、顎を切り裂いていった。

 足首がようやく解放された。



「ったく」

 スコップなどの荷物を持ってくる時に使った大八車へと足を引きずっていく。

 かみ切られてはいないが、さすがに歯の形の跡が出来ていた。

 ブーツを脱いで傷を確かめると、水筒を取り出してそこを洗う。

 水がしみるが、それを我慢する。

 それから荷物の中に放り込んであった薬草を採りだした。

 草、とついてはいるが、実際には丸薬状に練り込まれた何種類かの薬である。

 それが薬効のあるという葉でまとめられている。

 その丸薬を葉っぱの上ですり潰して混ぜる。

 出来上がった粘液状の薬を傷口に塗り込んで、丸薬をくるんでいた葉で傷を覆う。

「…………痛ってえ」

 必要な措置だとはいえ、染みるのでかなりつらい。

 それでも薬はすぐに効果をあらわしていった。

 歯形が残る足首に、薬がすぐに浸透し、潰れた細胞などを復活させていく。

 もとより薬だけの効果だけでなく、そこに込められていた治癒効果を促進させる祝福の効能もある。

 この世界に存在する魔法と呼ばれる力の一つであった。

 魔法(あるいは祝福)そのものには傷をなおす力はない。

 だが、薬の効果を増大させ、怪我などの治りを早くする。

 こういった祝福は、さほど労力を必要とせず、しかも効果時間が年単位と長いので、こうした生活用具に用いられていた。

 トオルの足から痛みがすぐにひいていく。

 葉っぱにくるまれた部分を剥がしながら確認すると、もう歯形すらも残っていない。

 足もいつもどおりに動かせるようになっていた。

「あいかわらずスゲエな」

 前世でもここまで便利なものはなかった。

 機械文明的には大きく劣ってるこの世界だが、魔法の関わってる部分については前世をしのいでる所も多々あった。

 ともあれ、これで突発的な戦闘については完全に終わった。

(やれやれ……)

 ため息を吐く。

 モンスターが出る事を忘れていたのは失敗だった。

 おかげで子供達を余計な危険にさらすこととなった。

 これでは、解体作業をさせるなんて無理と思えた。

(やっぱり、小屋までもっていって、そこでやるしかないのかな)

 中型犬くらいの大きさの妖ネズミを持ち運ぶのはかなりの手間になる。

 だからこそ、手近なところで解体を、と思っていた。

 しかし、戦闘の近くで作業させる危険をおかすわけにもいかない。

「しょうがねえか」

 手間を惜しんで怪我をさせるわけにはいかない。

 最悪、死ぬこともあり得る。

 そんな危険にさらすわけにはいかなかった。

 だが、とりあえず得たものもある。

(このネズミで、解体の練習でもさせておくか)

 傷がなおるまでの間、そんな事を考える。

 この村にきて最初の、ささやかな戦果であった。



 だが、少年達はもっと別の感想を抱いていた。

 怪我をなおしてるトオルを遠くで見てる彼らは、

「すげえ……」

「あんな簡単に」

「あれが冒険者なんだ」

と口々に驚嘆と感嘆の声をあげていく。

 村の大人達がモンスターを倒してる所を見たことがあるが、トオルほど機敏に動いてるわけではなかった。

 モンスターをなるたけ取り囲んで、鍬やら鋤やらその他諸々の何かで叩きのめすのがせいぜいだった。

 大勢で取り囲むのは、戦法として間違ってない。

 だが、数で劣るのにそれをものともしないというのは、それらとは違った感動を与えていた。

 圧倒的に不利のはずなのに、それを覆した。

 妖ネズミはモンスターの中では最弱最低のあたりである。

 それであっても一人で片付けるというのは、少年達には快挙に見えた。

 そんな少年達は、トオルと一緒の作業をその後熱烈に希望し、できれば近くで作業をしたいと言い出した。

 おかげでトオルは必死になって説得する羽目になる。



 結局。

 熱意に負けたトオルは、おびき寄せるための穴の後方一百メートルの場所で、という事で妥協するしかなくなった。

 最低限、作業場所の安全確保のために、深く幅のある溝を掘り、急ごしらえの柵などを設ける事となった。

 その作業のために一日を更に費やす事となったが、おかげで多少は安全に作業する事ができる場所を得る事ができた。

 その他、細々として決めごとや、やり方の説明などもあり更に一日が費やされる。

 諸々の出来事もあって、思った通りに物事が進まない。

 トオルのモンスター退治は、村に到着して四日後までずれ込んだ。


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