レベル17 事前の確認や準備は忘れずに
「ここか……」
事前に聞いていた通り、村まで一週間ほどかかった。
馬車に乗っていればいいので楽は楽だが、なにせ速度がない。
歩くよりは早いくらいの速度なので、飽きてしまう。
この世界ではかなり早い移動手段の一つであるが。
もし自動車があれば一日で走破する事が出来たのではないかと思う。
それだけ速度に差があった。
(馬車ってのは遅いんだな)
初めて乗ったのでその速度に驚いた。
が、それも終わりである。
今日からは到着したこの村でモンスター退治に勤しまねばならない。
「早速ですけど、モンスターが出るところ教えてください。
できれば、案内があると助かるんですが」
宿泊場所としてあてがわれた村長宅の一室に荷物を置いて、トオルは早速申し出る。
「さっき着いたばかりなのに?」
村長は驚いて聞き返してきた。
「早いところ活動しておきたいので」
「そうか……」
その勤勉さや真面目さに、村長は目を細めた。
冒険者というのは、とかく手を抜こうとするので目が離せない、と聞いていたものなので。
それがよく見る冒険者の基本であり平均値なので間違ってはいない。
だが、トオルがそうではない例外であるのがありがたかった。
(まあ、最初だけかもしれんが)
そう思いつつも。
「分かった、詳しい者に声をかけよう」
「ありがとうございます。
それと、手伝いの人もよろしくお願いします」
「ああ、分かってる。
ただ、それについては今から話し合う事になるから、少しだけ時間をもらいたい」
「なるべく早くしてください。
二日以上は待てません」
「ふむ…………」
それはさすがに急すぎやしないか、と思った。
だが、次のトオルの言葉で納得する。
「モンスターの退治も遅れますから」
「なるほど。
そちらも急いで集めよう」
やる気を出してるトオルに、村長も応えようと思った。
自分たちがモンスターから受ける被害を減らすためにも。
案内につけられたのは、モンスターが近づいてきたときに中心となって追い払ってるという男だった。
「こっちです」
厚手の革上着にマシェットと、トオルと似たような格好をしたその男は、慣れた調子で歩いていく。
モンスターが来る方向はほぼ一緒で、そちらの方向にある茂みから出て来るという。
村人の方も慣れたもので、そちらの方に柵や堀を作っており、田畑にすぐには侵入できないようにしている。
それでも、押し寄せられるとそちらにかかりきりになってしまう。
作業は滞り、それが作物の出来や収穫作業の効率にひびいてしまってるという。
「この柵の外で食い止めてくれてれればいい。
そうしてくれれば、こっちも助かる」
それ以上は期待しないという事でもあるのだろう。
一人で来た、それも二十歳にもならないような若造なのだから仕方ないだろうが。
ただ、見た目でどう思われても仕方ないので、それは無視する。
「だいたい、どれくらい出てきますか?」
「数か?
そうさな…………一回で、だいたい二十匹くらいかな」
「そんなもんですか」
「ああ。月に一回か二回、そんな調子でやってくる」
「種類は?
妖ネズミだけですか?」
「だいたいはな。
時々、狸や狐も出て来るが、何年かに一度くらいなもんだ
茂みの奥には妖樹や妖花もあるらしい。
まあ、そこまで踏み込んだ事はないが」
「そうですか…………」
おびき寄せない場合の遭遇率はそんなものなのだろう。
奈落よりモンスターがわき出でて、そこらに蔓延ってるにせよ。
毎日遭遇するほどあふれていたら、村や町の間の移動なんてできやしない。
人の集まってる場所も毎日襲撃を受け、日々の生活などまともにおくれなくなってるはず。
そうなるほどモンスターは存在しない。
だが、おびき寄せればあふれるほどには存在する。
(どんだけ存在してるんだか)
マサト達と一緒だった頃は、毎日五百匹ほど倒し続けていた。
なので、かなりの数がいるはずなのだが。
その生態や活動などについては、まだまだ解明されてない事が多い。
だが、そんな考察や思考などしてる場合でもない。
頑丈な柵の向こう、幅二メートル、深さも腰くらいまではある堀を見ながら尋ねる。
「あの茂みの中に入った事ってあります?」
「そんなには無いな。
狩人や木こりなら中に入っていてるようだが」
「その人達は?」
「基本、あの奥にいるよ。
こっちから会いにいくとなると、結構かかる」
できれば茂みの中の様子も知っておきたかったが、そういう事だと難しいと思えた。
「分かりました。
それじゃ、あのあたりにおびき寄せようと思います」
そう言ってトオルは、茂みの境辺りに指を向けた。
柵と堀から茂みまで、およそ二百メートル。
出来るだけ村から離れた所でモンスターを引きつけたかったので、木々や草が生い茂るギリギリの辺りに穴を掘る事にした。
おびき寄せて倒すにしても、出来るだけ離れた所の方が良い。
近すぎれば村に被害が及ぶ可能性が出てしまう。
とはいえ、そもそもの距離がない。
二百メートルというのは結構な距離に思えるが、妖ネズミが走れば瞬時に詰め寄る事が出来る。
おびき寄せて倒すにしても、取りこぼしは決して出来ない。
(やるしかねえよな)
今更、四の五の言ってられなかった。
予定の場所まで出向き、様子を見る。
穴を掘るので、岩や石が多かったら話にならない。
幸いな事にそういった問題はないようだった。
ただ、茂みが近いので木の根には気をつけねばならないだろうが。
それを考えると、幾分村の方に穴を掘る必要もあるかもしれなかった。
また、罠を仕掛ける場所と村の間に、防備がもう一段階欲しい。
さすがにそこまでやる余裕はないだろうが。
(マサトさん達がやってたように、溝でも掘っておくか)
出来るのはそれくらいだと思えた。
何せ一ヶ月の間だけの事である。
準備に時間がかかる事まで手が出せない。
そうでなくても、夏に入って農家も忙しい。
余計な事に人手を出せないのは、元々農民だったトオルにはよく分かる。
トオルが出来る範囲でやれる事をやるしかなかった。
(人手がつくはずだから、その人達とどうにかするか)
安直にそんな事を考える。
「はい?」
村長がつれてきた者達を見ての声である。
「あの、村長」
「なにかね?」
「この子達は?」
「君の手伝いだよ」
そういって村長は、すまなそうな顔をする。
「どこも手がいっぱいでね。
集められたのはこの子達だけだったんだ」
「はあ……」
そう言って、連れてこられた子供達を見る。
全部で三人。
まだ十五の成人にもなってなさそうな者達だった。
「ちなみに、この子達はいくつなんですか?」
「今年で十三になるのが一人、あとの二人は十二歳だ」
全くの子供というわけではないが、大人というにはまだ早い年頃だった。
「この子達だけですか?」
「この子達だけだ」
「他の人は?」
「皆、忙しい」
やっぱりな-、と思いつつも落胆してしまう。
(これじゃ、戦闘はさせられないな)
可能な限り解体作業に専念させるしかない。
それでも、最低限の備えはしていてもらいたかったが。
「この子達の武器とか防具はどうなってるんです?」
「厚手の革上着や剣を持たせる。
盾もな」
一応配慮はしてるらしい。
だが、それだけでは辛い。
「できれば、解体作業をさせる場所を守るようなものを用意してもらいたいんですが。
柵とか用意できませんか?」
「ん?
村の作業小屋でやるんじゃないのか?」
「え?」
「ん?」
どうも考えに齟齬が発生してるようだった。
トオルはごく自然に、モンスターを倒したその背後(といっても五十メートル以上離れてる場所)で解体をするつもりだった。
いつもやってる事だし、それが普通だと思っていた。
だが村長は、倒したモンスターを村の小屋にもちこんで、そこで解体をするものと思っていたらしい。
子供達は、モンスターとの戦闘場所と小屋を往復する事になるとも。
ここで、両者が想定していた事の食い違いがあらわになった。
「そう考えてたんですか……」
「まさか、そんな事をするつもりだったとは……」
両者、頭を抱えたくなった。
とはいえ、今更それをどうこう言ってるわけにもいかない。
「とりあえず、茂みの近くにおびき寄せるための場所を作ります。
この子達にはそれはしてもらいたい」
「まあ、それは仕方ないだろう」
危険な場所での作業をさせたくないのだろう。
心配そうな顔をする。
だが、手伝いをつけると言った手前、それを覆す事もできない。
「この子達の安全を頼みますよ」
そう念を押すしかなかった。
トオルもその意をくんで、
「必ず守ります」
出来るかどうかあやしい約束をするしかなかった。
持ってきたスコップと、村にあった鍬などをもって茂みへと向かう。
その手前三十メートルほどの場所で足を止め、スコップを突き刺す。
「この辺りに穴を掘る。
とりあえず一つ掘ってみるから見ててくれ」
言いながらトオルはスコップを使いはじめた。
作業というのは口で言ってもわかりにくいものがある。
絵図面で示しても、全てを理解しにくい場合もある。
必要なのは、
「言ってみせ、やって見せ、ほめてやる」
という前世でおぼえた言葉だった。
どこの誰のものだかは分からないが、それが様々な職場において効果的だった事をおぼえている。
あまり意識する事のない前世の利益をほんの少し感じた。
とりあえず見本を、手本を見せて示さない事には伝わらない。
見てるだけでは分からない事もあるが、見よう見まねも元になる何かがあって成り立つ。
そこを省くわけにはいかなかった。
妖ネズミなどのモンスターをおびき寄せるための、二メートル四方ほどの広さで深さ五十センチほどの穴を掘っていく。
慣れたものなので、それほど時間も労力もかからない。
木の根も張り出してない場所だったので、思ったよりあっさりと作る事ができた。
「これを、あと三つは作りたい。
同じようなものを皆で掘ってくれ」
そう言って三人に場所を指示する。
手本をかねて掘った穴のも十メートルほど横に。
「とりあえずここで。
大きさは────ここで、スコップを使って土に書いていく────これくらいで」
「わかった」
村の子は、そう言って三人で掘り始めた。
畑仕事の手伝いで土をほじくり返す事はあっても、ある程度形のともなった穴を掘るのは初めてだろう。
慣れない作業で少しばかり戸惑ってるのが感じられた。
それでも、やっていくうちにやり方を考えたり、感じ取る何かがあるようで。
少しずつ動きが様になっていった。
また、
「その土、こっちによせてくれ」
「そっちのほう、もっと深く掘った方がよくないか」
「ここはこの位でいいんじゃないの」
と馴染み同士らしい連携も見せていく。
見ていて微笑ましかった。
(そういや……)
自分の故郷の者達は今頃どうしてるだろう、と考えてしまった。
特別仲が良かったというほどではないが、一緒になって遊んだ者達はいる。
彼らは今も村で傍仕事などに精を出してるのだろう、その姿を思い浮かべる。
抜け出してきたはずなのに、時折懐かしさを抱く。
(何を今更)
かつても今も、故郷はどこか遠い。
そんな感傷に浸ってるのも、藪がカサカサと揺れるまでだった。
「!
逃げろ!」
大声で子供達に呼びかける。
だが、言われた本人は何事かとトオルを見つめるだけであった。
(しまった!)
迂闊であった。
ここはモンスター出没地点である。
そんな所に近づくというのに、作業以外の事を何も教えてなかった。
最も基本的な事である、
『危険が近づいたら逃げる』
という事すらも。
あわてて盾をとって茂みの方に向かっていく。
マシェットを、重いからと放り出してなかった事は幸いだった。
鞘から抜いて手に構え、
「モンスターが来る、早く村に走れ!」
と叫んだ。
子供達も事態をようやく理解する。
あわてて掘っていた穴から出て村へと走ろうとする。
モンスターはそれより早かった。
藪から出てきた妖ネズミ三匹。
それがトオルの方へと向かってくる。
「う……わああああああ!」
子供達の悲鳴を背後に聞きながら、トオルは迫る三匹に向かう。