レベル16 条件の確認は大事な事ですからしっかりと
「条件の方は読ませてもらったよ。
なかなか面白い提案だ」
村長は穏やかな表情でそう言った。
嘘ではないだろう。
そういった時の不自然さは感じられない。
感情を隠す事に長けてたり慣れてるのかもしれないが。
それでも、全てが嘘という事はないと思えた。
「こちらとしても、この条件はありがたい。
だが、提案にのるのも少し躊躇われる」
「何かあるんですか?」
尋ねたトオルに、隣に座る交渉の責任者が答えた。
「条件が良すぎて不安らしい」
「??」
「あまりに都合が良すぎて、逆に何か思惑があるんじゃないかと思ったそうだ」
「ああ……そうでしたか」
なるほどと思った。
あまりにも都合の良い条件はかえって警戒されてしまうのだろう。
トオルとて、そんな依頼があったら、何か隠されてるのではないかと警戒する。
ただ、今回の話しはそういった裏はない。
その条件でいけるなら、手取りは多くなる可能性の方が高い。
「…………だからその条件でお願いしたんです」
嘘偽りなく伝えた。
「ふむ」
頷いた村長は、それでもトオルの目を見つめた。
睨みつけるわけではないが、重みを感じさせる視線だった。
小なりとはいえ、村という場所を背負ってきた者ゆえなのだろう。
前世とあわせれば年代的にほぼ同じくらいの相手であるが、どうしても気圧されしてしまう。
それでも、動じる事無く見つめ返す。
数秒ほどそうした後に、村長が笑みを浮かべる。
「嘘は吐いてないようだな」
「もちろんです」
自身を持って言った。
「分かった。君を信用しよう。
その上で、条件を確認したい」
村長は、あらためて条件をしたためた紙を取り上げて話しを進めた。
トオルが提示した条件は、大雑把に言えば次の通りになる。
・金銭報酬はいらない
ただし、行きと帰りの旅費と、滞在中の飲食と宿泊場所の提供。
細々とした日用雑貨の提供を求める。
・助手として数人の人間をつけること。
・倒したモンスターと素材についてはトオルのものとすること。
・期間は当初の予定通り一ヶ月とすること。
それ以上は、周旋屋を仲介として、あらためて契約すること。
モンスターがどれほど出現するのか、どんなモンスターなのかにもよるが、素材を回収できれば儲けは大きい。
また、倒したモンスターを解体するのを別の誰かにやってもらえるなら、戦闘に専念できる。
周囲の地形なども重要だった。
ある程度モンスターを誘い込めるような場所であるなら助かる。
でないと、トオル一人では手に余る。
事前に手紙を出して確認したかったのは、そういった事だった。
「どうですか?」
質問に村長は笑みを浮かべながら頷く。
「まあ、その辺りは大丈夫だろうて」
まず、モンスターであるが、このあたりにも出没する妖ネズミが大半。
まれに、妖虫や妖狐に妖狸なども出てくるが、これらは滅多に見ない。
数も、倒しても切りがないほど出てくる。
定期的に村の男手を用いて狩りをしているが、それでも数が減る気配はない。
また、忙しい時期にはこういった駆除もままならなくなる。
「だから、冒険者に依頼を出してるんだ」
村長は苦笑しながら言う。
残念ながら、報酬がろくろく出せないので誰も来てくれなかった、と付け加えて。
「今回君が名乗り出てくれて助かるよ」
ありがたい言葉だった。
同時に、断りにくくなった。
そういう意図があるのかもしれない。
尾宇木田(おうきだ)なるこの村長、決して悪人ではないだろうが、手練手管も多少は心得てるようだ。
彼からしてみれば、ようやく捕まえた人手を手放したくないのだろう。
もとより逃げるつもりもないが。
「行き来の旅費と村に滞在してる間の寝泊まりする場所と食事も用意しよう。
洗濯や、細々とした物も出来る限り用意する。
ただ、一応上限は決めておきたい」
このあたりは必要経費の話しになってくる。
とはいえ、通常はこれらに加えて報酬が加わるので、そう悪くない話しのはずだった。
「人手の方は?」
「一応あたってはみる。
だが、忙しい時期だ。
人数は揃えるよう努めるが、過大な期待はしないでくれ」
「子供や老人でなけりゃいいよ。
何より、ちゃんと働く奴なら」
「考慮する」
「絶対だ」
ここは決して譲れないところだった。
トオルとて忙しい時期の農家がどんなものなんかは分かってる。
だが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
変に譲歩すると、それこそ三歳四歳の子供や、いまわの際の老人などを回される可能性があった。
さすがにそこまで期待はできないが、せめてそれなりに動ける人間が欲しかった。
でないと、作業効率をあげられない。
「モンスターとやりあうなんて事はしなくていい。
それ以外の雑用を引き受けてもらえればいい」
譲歩できるとしたらそこまでだった。
村長もその言葉に、ここが限界だと悟る。
「具体的な作業内容を聞いてもいいかな?」
「モンスターに仕掛ける罠の手伝い。
倒したモンスターの解体。
モンスターの残骸の処理。
他にも出て来るだろうが、そんなところだ」
「モンスターに襲われる可能性は?」
「ある。
だから、最低限自衛は出来るようにしておいてもらいたい」
「武装しておけと?」
「身を守れる程度には。
基本、俺が引き受けるけど、手が届かない場合も考えられる」
こればかりはどうにもならない。
モンスターに限らず、相手がどう動くかは相手の考えや気持ち次第だ。
対応するこちら側がどれだけ気をつけていても、どうにかなるようなものではない。
「仕方ない」
村長も納得するしかなかった。
「分かった。
なるべく動ける者を見繕う。
防具も、しまってあるのが幾つかあったはずだから、それを出しておく」
「お願いします」
一番の懸念は解消された。
「それで、素材は?」
「そちらの自由にしてくれてかまわない」
これについては村長も取り立てて何も言わない。
村長が求めてるのは、作物への被害減少であって、モンスターを倒すことで得られる素材ではない。
売れば金になるのは分かっているが、村から市のある場所まで持って行くのも手間だった。
それよりも、農作業の方に集中していたかった。
「じゃあ、それはこっちでもらいます」
「あと、モンスターをおびき出すための餌が必要。
残飯とかでいいんだけど、用意できます?」
「それは、難しいな」
「ですよね」
残さず食べる、というのが基本である。
調理段階でも、無駄は極力出さない。
それでも余りが出てしまう事はあるが、それほど多くはない。
トオルが使ってる餌も、周旋屋の宿泊所があるから手に入れられる。
まとまった人数がいて、それに食事を提供するのだから、結構な端切れが出て来る。
村とかではこうはいかない。
土台となる人数が違いすぎる。
(こればかりは、こっちで用意するしかないか)
さて、どうするかが悩みどころだった。
幾つか問題点も残ったが、それでも最終的にはある程度話しを詰める事ができた。
その最後に契約となる。
こればかりは交渉担当の那珂野部に任せる事にした。
法に基づく律に詳しいわけではない。
契約に書く言葉などについては、口を出せるものではなかった。
一応、今話した内容に基づくものにはなるはず。
出来上がったものを、一応は確認するが、細かい部分については那珂野部を信用するしかない。
一通り確認し終わって、署名を入れて契約は交わされた。
「それじゃ、よろしく頼むよ」
「こちらこそ」
村に到着してから一ヶ月、トオルはモンスター退治に従事する事となった。
村へは、村長が乗ってきたという馬車で行くこととなった。
必要品の買い出しも兼ねてるとの事で、割と大きめの幌馬車での移動だった。
他にも村の者という男が三人ほど。
彼らと共に村へと移動する事になる。
荷台の空いた所に荷物を置かせてもらう。
持っていくのは、予備の武器と盾、鎧の補修用の金属板と諸々。
それに、スコップや解体用の包丁など。
他にも細々としたものを、袋にまとめておいた。
素材を入れるための容器も持って行く。
「これで全部か?」
同乗する村の者が尋ねてくる。
念のために確認して、「大丈夫です」と答える。
何度も確認したので問題はないはずだった。
「それじゃ、出発するぞ」
二頭のロバに引かせた馬車はゆっくりと進んでいく。
歩くのとさして変わらない速度で進む馬車の荷台から、遠ざかっていく町を眺める。
暫くはお別れだと思うと、多少は寂しさをおぼえた。
生まれ故郷ではないが、多少は愛着が生まれていたようだ。
こんな形でなければ確認する事もなかっただろう。
(ま、また戻ってくるし)
感傷にそう言ってトオルは、反対方向に目を向ける。
御者の座る向こうに景色が拡がっている。
(そういや、村と町以外の場所は初めてだな)
そんな事に気づきながら、流れていく景色を眺めていた。




