レベル14 称号を手に入れます、あまり嬉しくもないですが
「これで最後かな……」
ぼそりと呟きながら最後の書類を書き上げる。
定型化されたものとはいえ、手書きで仕上げていくのは手間と面倒がかかる。
机に向かって筆を動かすのが一日中ともなると、労力は結構なものとなった。
肉体労働ほど疲労はないのだが、同じ姿勢で同じ所を使い続けると違った疲れを感じる。
ワープロ、そしてパソコンがどれだけ偉大なのかをつくづく感じさせてくれた。
目の前にある、重ねた紙の束が、そこに書き込まれてる記入欄を定めた罫線がにくい。
なお、この世界にも印刷技術はあるようで、罫線などで仕切られた書式などがある。
同じ図表をいちいち手書きするのも手間なので、これには助かっている。
いるのだが、それでもそれを何枚も見て、何枚も書き込んで、何枚も束ねていくというのは精神的につらい。
(逃げたい……)
ここでないどこかに。
気持ちは既に職場から離れ、どこともしれない遠くへと旅立っていた。
一週間の大半がそんな調子で過ぎ去り、週末がやってくる。
仕事から解放された休日ともなれば寝てるか遊んでるかが普通である。
だが、トオルの場合は鎧を着込んで武器を携えて町の外に出て行く。
「今日も行くのか?」
受付のおっさんが呆れ気味に尋ねてくる。
依頼もないのにモンスター退治をする者は、皆無ではないがそれほど多くはない。
採算にあうほどモンスターを倒すとなると手間がかかりすぎる。
それよりも護衛の依頼などを受けた方がマシなのだ。
モンスターの脅威は問題だが、好んで自ら倒しに行くなど酔狂の部類に考えられていた。
受付のおっさんのそんな視線に苦笑しつつも、
「小遣いは稼げるからね」
と答える。
実際、小遣い稼ぎでしかない。
一日の手取りは二千銅貨になる程度。
それを手に入れるために五十匹ほどの妖ネズミを倒してる。
割にあうものではない。
傍で見たら愚かしいと思われるだろう。
だが、それで十分だった。
仕事のない休日は金が減っていくだけだったのだから。
今は、ほんの少しだけ金を手に入れる事ができる。
その違いは大きい。
「じゃ、行ってくる」
いつものように受付に言って、店の外へ。
いつものように大八車を引いて、町の外へ。
少しでもこれで稼ぎが増やせればと思いながら。
戦闘そのものはさして苦もなく進んでいく。
いつもの場所でいつものように。
掘った穴に餌をまいて、そこに入り込んだところで叩き切る。
戦闘といってよいのか分からないやり方である。
安全に確実に仕留められるので、やり方を変えるつもりはなかったが。
ただ、当初の想定とは違った形なのは否定できない。
「……もっと激しい戦闘してるはずだったんだけどなあ」
村から出てきた頃はそんな考えでいたはずだった。
実際にモンスターを相手にしたので、そんな考えなど吹き飛んでいる。
命あっての物種である。
格好悪いのは確かだが。
「……稼いでるから、いいか」
求めてるのがそこである以上、やり方にこだわる必要はない。
自分に言い聞かせながら妖ネズミを捌いていった。
十五匹から二十匹ほど倒したあたりで区切りをつけて解体に。
その途中襲ってこないように、離れた所に餌を仕掛ける。
捌いて素材をとってから再び穴に餌を放り込み、妖ネズミを誘い込む。
この繰り返しで、一日に五十匹から六十匹をこなしていた。
戦闘だけでなく、解体や餌をまく手間などを考えると、どうしても時間がかかる。
妖ネズミが出てくるまでの待ち時間もある。
町への往復時間を除いてもモンスター退治そのものに割ける時間は少ない。
五時間から六時間がモンスターとの戦いに割り当てられる限界。
その中で、解体などを除いたモンスターを倒してる時間は、その二割三割といったところだった。
(どうにかしないとな)
これ以上稼ぐためには、この状態をどうにかしなければならない。
それも、やり方の工夫程度でどうにかなるほど簡単ではない。
レベルアップを目指して日々をこなしていくのも大事と分かっているが、それでは全然追いつかない。
「人手が欲しい……」
願望がぼやきとなって口から漏れた。
回数を重ねるごとに人手の重要性は強く感じられるようになっていた。
戦闘はトオルが受け持つにしても、解体をやってくれる者がいれば手間は格段に減る。
解体に費やす時間がそのまま戦闘に用いる事ができたなら、今の二倍三倍の数をこなすことも可能だった。
そうなれば手取りも飛躍的に上昇する。
ただ、人を使うという事は日当を払う必要もある。
二倍程度の伸びならば、赤字になってしまう。
三倍くらいの増収が見込めないとどうにもならない。
そうなる可能性はあるのだが、やってみない事には分からない。
また、雇ったとして信用できるのか、という問題がやはりある。
(当分は無理かな)
使えない人間をつれていっても意味がない。
当分はこんな調子でいくしかないのだろうか、と覚悟するしかなかった。
それでも休みの時には外に出てモンスターを倒す日々が続く。
長期となった事務作業との兼ね合いもあるので、時には休みを入れながら。
毎回毎回外に出向くその姿に、同じ冒険者や周旋屋の者達も呆れ気味だった。
そうまでして持ち帰ってくるのが、妖ネズミの素材というので、それもまた失笑を買う。
「何しに苦労してんだか」
「あんなのやるくらいなら、寝てた方がマシだ」
そんな声も上がっていく。
トオルにもそう言われてるのは少しずつ伝わっていく。
気になどしてられなかったが。
だが、本人がどうあれ周囲は勝手に評価をくだすもの。
毎週、休みの度にネズミを倒しにいってるトオルには、何とはなしに二つ名がついた。
ネズミ狩りのトオル────
ありがたくも何ともない呼び名だった。
だが、そんなもんでも二つ名は二つ名。
それならそれでいいか、と思って聞き流す事にした。
「つってもなあ」
持ち帰った妖ネズミの素材を出しながら、辟易した顔をする。
「さすがにネズミ狩りってのは……」
「だったらネズミ以外をやってくりゃいいだろ」
受付のおっさんは容赦なく言い返した。
全くその通りなので黙るしかない。
嘲笑気味な二つ名は、それしかしてないから付いたものだった。
嫌なら、それ以外も相手にするしかない。
「たまにはネズミ以外もやってきてるのは知ってるけどよ」
受付のおっさんもそこは理解している。
持ち込まれる素材の中に、時折他のモンスターの素材があるからだ。
だが、圧倒的に多いネズミから採取される素材が、その成果を打ち消していた。
「こんなんじゃその二つ名を消せんぞ」
「駄目かぁ……」
泣きたくなるがこればかりは仕方ない。
周囲の評価というのは、勝手に決まるもので、なかなか覆る事がない。
そして評判というのは、人の接し方を大きく変えるものでもある。
登録証によって表示される能力一覧もあるが、人はまず流れてくる評判で相手を判断してしまう。
それが第一印象となってしまうので、なるたけ良い評判────名声を得るべきなのだ。
なので今回の事はどうにかならないかと思ってしまう。
「ま、どうにかしたいなら」
言いながら受付のおっさんは、壁に張り出されてる仕事の一覧を指す。
「幾つかこなして評価を変えるんだな」
「へいへい……」
頷くしかないトオルは、ため息を吐き出した。
ただ、評価はともかくどんな仕事があるのかは興味がある。
考えてみれば、呆っと眺めた事はあっても、内容を吟味した事はほとんどない。
(ま、いい機会か)
そう思って、張り出されてる仕事へと向かっていった。
周旋屋とて一人一人に仕事を斡旋するのも面倒なもの。
だから、一目でそれと分かる仕事の一覧を壁に貼りだしている。
そういった仕事のチラシは結構多い。
張り出されて日の浅いものから、二ヶ月三ヶ月と受注されないものまで、何十枚と存在する。
中には、壁に出された直後に引き受けられていくものもある。
そういったものは、掘り出し物と言えるほど条件が良い。
なので、ここに残ってるというなら、それは割に合わないものがほとんどと思ってよかった。
トオルも、何度か眺めた時に、「この条件じゃなあ」と思ったものだった。
なので、それほど期待もせずに眺めていた。
実際、手が出せないのや、出したくないのがほとんどだった。
手が出せないのは、能力が足りないので引き受ける事ができないものである。
強力なモンスター退治だとか、専門的な技術が必要な仕事だったりとか。
トオルの能力ではどうしても手に余る。
例えやろうと思ってチラシを持って行っても、周旋屋がトオルを断るだろう。
出したくないものは、割に合わないほど待遇の悪いものばかりとなる。
技術的にやれなくはないが、拘束時間や期間が長い物や、その割に報酬が少ないものばかりだった。
モンスター退治にしても、相場より安いものばかりとなっている。
相手にするものはそれほど強くはないようだが、そうであっても手取りが低いので話にならなかった。
(さすがにこれじゃなあ)
トオルも及び腰になる。
たとえば、モンスター退治の報酬が、総額で銀貨五枚とかその前後である。
それでいて、期間は一ヶ月に及ぶものもある。
通常、こういったものはもっと高いのが普通だった。
想定されてるモンスターが何なのかにもよるが、これはあまりにも安すぎた。
(無理だろ、どう考えても)
依頼してる方は必死なのかもしれないが、これで命をはるには安すぎた。
これなら、自分でモンスターを倒しにいった方がまだマシである。
(むしろ、素材稼ぎした方がいいんじゃ…………)
そこまで考えて、ふと思った。
何かがひっかかった。
頭の中でそのひっかかりを見つけようとする。
出された条件を再びみなおし、自分の思った事をそこに放り込んでみる。
そのまま沈黙。
チラシをじっと見つめる。
書かれた内容は変わる事はない。
だが、ちょっとした見方の違いで、それが別の意味を持つように思えた。
チラシを手にとり、部屋へと戻っていく。
「おっさん、これ、ちょっと借りるぞ」
「はあ?」
いったい何を、と言いたげなおっさんの声があがる。
だが、それを無視してトオルは階段をあがっていく。
その背中をみていたおっさんは、呆れたような顔をしてもらした。
「とうとうイカレたか?」
もっともな感想である。
だが、トオルは至って真面目だった。
章の終わりに。
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