レベル12 まるで強化合宿のように勤しみます
「お待たせ」
装備をととのえて宿泊所の外に出る。
まだ空がうっすらと明るい時刻。
時期が時期だけに、吐く息は白い。
それでもトオルも、マサトと仲間達も出発の準備を終えている。
「そんじゃ、行こうか」
そう言ってマサト達はモンスター退治へと向かう。
今日も二台の馬車で、いつもの所へと。
ここ最近は、事務作業を休んでモンスター退治に連日向かっていた。
繁忙期が過ぎて少しばかり余裕が出てきたのを見計らってである。
事務仕事の合間のモンスター退治をしていては、どうしても間が空いてしまい、覚えた事を忘れがちになる。
そうならないために、仕事がそれ程無いこの時期に連日のモンスター退治に赴く事になった。
おかげで毎日密度の濃い時間を過ごすことになる。
覚えた事を次の日にも復習のように繰り返せるので、おぼえる速度が格段に早くなる。
また、一つ何かをおぼえたら、次におぼえるべき事にすぐに取りかかれる。
こうして連日モンスター退治に出るようになって二週間。
登録証が表示する習得済み技術などにはあらわれてないが、様々な事を少しずつおぼえていた。
今も、馬車を引かせたロバを御しながら歩いている。
いずれ必要になるかもしれないという事で、馬車やロバの扱い方をおぼえるためだった。
自動車と違って相手は生き物である。
操るのとは違った難しさがあった。
それでもロバの隣にたって、手綱を引っ張っていくコツをおぼえようとする。
戦闘以外のこういった技術も、知っておいて損のない事だった。
というか、身につけてないとあとで困りそうなものばかりだった。
馬車の操作だけではない。
モンスターの分布や、習性の理解。
出没地域などに残された足跡などから、対象の行動予測。
効率的な戦闘方法と、その為の布陣の仕方。
罠の設置の仕方。
戦闘終了後の、素材回収のための解体方法。
隙のない荷物の詰め方乗せ方。
料理のやり方。
荷物をまとめるロープの使い方。
あげていけば切りがないほど多くの事をおぼえねばならない。
それでも、これらを身につけないと、後々自分が困る事になる。
専門的な知識や技術の有無が職探しに影響するように。
そういった技術の集大成である経歴を作るためにも、トオルは一つ一つをしっかりとおぼえていった。
戦闘になればなったで、トオルも戦闘要員の一人として前に出なくてはならない。
一番前に出て、盾を構えておく。
妖ネズミの突進を防ぎ、攻撃を引き受ける。
その役目がトオルが担っているものだった。
その間に、マサト達が妖ネズミを倒していく。
もちろんトオルも目の前に来たら倒していくが、主な仕事はそれではない。
「そっちで引き受けてくれれば、俺らがやりやすい」
マサトの言葉だった。
だからこそトオルは、皆の前に出て攻撃を引き受けていた。
危険と言えば危険であるが、盾があるのでそれほどつらいという事もない。
むしろ、動き回って妖ネズミを倒していくマサト達の方が運動量は多い。
それに比べれば、体当たりの衝撃を引き受けるくらいは造作もない事だった。
ある程度の数を倒したら、今度は倒した妖ネズミの解体に入る。
戦闘は続行されているが、それらよりも貯まったモンスターの処理のほうが先だった。
戦闘も手間ではあるが、解体もまた手間がかかる。
必要になる部分は少ないので本格的な解体をする必要はないが、それでも手間も時間もかかる。
狩猟刀を片手に、モンスターを切り裂き必要な部位を取り出す。
それだけで数分の時間がかかる。
倒した妖ネズミは一百や二百になってるので、手際よくやっていかないと全然片付かない。
しかも、解体してる間にも妖ネズミは増えている。
手際よく片付けていかないと、どんどん貯まっていってしまう。
「きつい……」
必要な部分は数えるほどしかないので、それらだけを切り取って、他は捨てていく。
ただ、捨てるにしてもある程度離れた所にもっていかないと、周囲が手狭になってしまう。
なので、倒したモンスターをある程度回収したら、その場で素材を採取。
あとは放置して次のモンスターに取りかかる、という形でやっていくしかなかった。
少しずつではあるがやり方をおぼえていく。
まだレベル1にもなってないようなものばかりだが、確実に何かをおぼえていっている。
実際にやる事で、やり方だけでなく、効率的に進める方法も考えて見いだしていく。
未熟ではあるが、冒険者として、狩人としてやっていくための知識と技術を手に入れてる気がしていた。
(こんなもんかな)
トオルの動きを見ながらマサトも考えていた。
覚えるべき事はまだまだいっぱいあるが、それでもトオルは必要な事を身につけつつある。
モンスター退治につれていくときにはどうなる事かと思ったが。
特別才能があるわけでもないのは確かだ。
智慧や勇気といったものに恵まれてるというわけでもなさそうである。
しかし、逃げない。
前に進めなくても踏みとどまる。
それでいて、考え方は柔軟で、真っ正面から行くのが難しければ別の方向を考えはする。
必要なら撤退するだけの決断もできる。
大きな成果とは無縁かもしれないが、良い意味で器用に立ち回っている。
手間のかかる事や面倒にちゃんと向かいあおうとする。
(これなら行けるか)
あとは、結果が出るのを待つだけだった。
年末から新年にかけての繁忙期が終わり、様々な仕事が一段落する時期である。
周旋屋に回ってくる仕事も減り、依頼の取り合いになる頃合いだった。
その時期、マサトはトオルを連れてモンスター退治に出る事にした。
毎日である。
もちろん、数日に一回は休みを入れるが、他の仕事は一切とらない。
連日モンスター退治に出向き、ただひたすらに倒しまくる。
相手は妖ネズミあたりの最弱モンスターばかりだが、ただひたすらに数をこなしていった。
そうしながらもトオルに必要になる事を教えていく。
戦い方も、今やってるような皆での協力の仕方だけでなく、一人で立ち回る場合のやり方を。
モンスターをおびき寄せるだけでなく、潜んでいるものの探し方も。
妖ネズミだけでなく、それ以外にも出没するモンスターへの対処の仕方も。
野外での生活の仕方、野営方法も少しずつ伝えていく。
また、自分で調べる事ができるように、周旋屋にある情報資料の図書室も教えていった。
これまで冒険者が持ち寄ったモンスターの情報とその分布などがおさめられてる場所だ。
まともな冒険者なら、特に狩人としてやっていく者達ならば、ほぼ間違いなく利用してる場所だった。
一回五百銅貨くらいの利用料金をとられるが、情報と命にはかえられない。
周旋屋にある様々な施設や、町にある利用できる場所なども伝えていった。
トオルもそれらを可能な限り書き留めていった。
二月はそんな調子で過ぎ去っていった。
朝から夕方までモンスター退治に出向き、帰ってきたら必要な知識や情報などを教えられる。
飯を食ってる時もそれらが続いた。
かなり密度の濃い日々を過ごしながら、トオルはそれらを少しでも多く吸収しようとしていた。
ありがたい事に、収入はその間も普通に仕事をしてる時と同じくらいは確保出来ていた。
それがマサト達と一緒に行動してるからなのはトオルにもよく分かった。
トオルが妖ネズミ一匹を仕留める間に、他の者達はそれより多く仕留めている。
解体の手際もトオルより良い。
その差は縮まる事がない。
トオルが経験を積んでるように、彼らも同じくらい経験を積んで言ってるのだから当然だが。
そこに嫉妬をおぼえることもある。
だが、それが自分の進むべき未来の姿だと思って参考にもする。
いつか、という思いが未来への不安をかきけし、希望を抱かせていった。
迎える日々は単調としたものだ。
押し寄せる妖ネズミを受け止め、叩き斬り、数を稼いでいる。
無尽蔵に存在すると言われる通り、倒しても倒しても妖ネズミは消える事無くあらわれる。
それだけではない。
姿をあらわすのは妖ネズミがほとんどであるが、まれにそれ以外のモンスターもやってくる。
獣型、昆虫型、いずれも<妖>と種別されるものだが、強さや特性がネズミとは違う。
それらもやってきたら戦うしかない。
トオルもそれに対応するため前に出る。
足止めしかできないが、マサト達が一緒なので何とかなる。
また、マサトも「良い機会だ」と口にする。
トオルに様々なモンスターへの対処を教える機会になると考えてるようだった。
一種類のモンスターだけを相手にするというわけにはいかない。
相手が思うとおりに動いたりあらわれたりはしないのだから。
だからこそ、可能な限り幅広い対策を身につけておく必要があった。
それらも数は少ないが、貴重な実戦経験としてトオルの身に染みこんでいった。
そんなこんなで三月の半ばを迎える。
寒さは続いているが、少しばかり空気の張りにゆるみが見えてもきている。
時折は暖かい日も混じるようになり、毎日の活動もそれほど辛くはなくなっていく。
レベルとしてあらわれない連携や動きの機敏さ、作業の手際なども良くなっていく。
そんな調子で月の半ばを過ぎようとした頃、それはあらわれた。
「あ……」
モンスター退治が終わって町に帰る途中。
登録証をいじっていたトオルは、変化があらわれた事を知る。
「レベルが上がってる」
「おっ」
「へえ」
「やったな」
「おめでとう」
周りの者達がお祝いの言葉を口にする。
「やったな」
マサトも嬉しそうに肩を叩いてくる。
「でも、まだレベル2だよ」
「なに、それならあのあたりのモンスターなら問題ない」
妖ネズミは言うにおよばず、それ以外もたいていはどうにかなるという。
「これなら、もう大丈夫だな」
「そうかな」
「油断しなけりゃな」
言いながらマサトは笑う。
「そりゃそうだろうけどさ」
「ま、浮かれて元も子もなくなっちゃ意味がねえ。
本当にそれだけは気をつけろよ」
「ああ、分かってる」
これまでの努力も命も無駄にしたくはない。
トオルは素直に頷いた。
「よし、ならここまでだな」
「うん?」
「これからは自分でがんばれよ」
食事を囲みながらマサトはそう言った。
唐突だったもので言葉も出ない。
ただ、じわじわと意味が分かっていく。
「あ、うん、そうだね」
「もともと、モンスターの倒し方を知りたいって話しだったしな」
その目的は十分に果たされている。
トオルもそれについてあれこれ言うつもりはなかった。
今までマサトが付き合ってくれてた事の方がおかしかったのだから。
ろくろく金にもならない仕事にほぼ一年付きあってくれてたのだ。
倒したモンスターによる報酬を山分けとはなっていたが、それとてマサト達にとって大きな稼ぎとは言えない。
危険はそれほど大きくはないだろうが、それでも何かの拍子に大怪我を負う可能性はある。
手間もかかるし、決して効率が良いとは言えない。
稼ぎとて、少し金払いのよい仕事と大した差はない。
トオルはそこに意義を見いだしているが、マサトに旨みがあるとは思えない。
ましてトオルの訓練というかそれなりにやっていけるまでの面倒をみる理由もない。
マサトの言うとおり、もうトオルに付き合う理由はないのだ。
「そっか……」
そう言って納得するしかなかった。
しかし、気持ちは割り切れるものではない。
それでも、
「がんばるよ」
そう言った。
笑えはしなかったが、湿気た顔にはならないようにしておいた。
「がんばれよ」
マサトも応じた。
寝床に戻って、あらためて状況を考える。
この一年、なんだかんだでマサトをはじめとした他の者達がいた。
それが今日で終わった。
明日からまた一人に戻る。
村を出てきた時を、様々な会社から切られた事を思い出す。
その度に襲ってきた先への不安がこみ上げてくる。
「…………どうしたもんかな」
どうにもなるものではない。
そうならないようにしたいのだが。
しかし、なってしまったものは仕方ない。
幸い、最低限どうにかなる程度の腕は身につけた。
モンスター退治以外の仕事も、今の所はある。
「なんとかするっきゃないか……」
思い直して決意を新たにする。
開き直りかもしれないが、それでもトオルは前を向く事にした。
少なくとも今は、どうにもならないような状況ではない。
自分で動いて、自分で稼ぐ事ができる。
それだけでも大きな違いだった。
そう自分に言い聞かせてるだけであっても、トオルはその思い込みを信じる事にした。
(寝るか……)
起きていても仕方ない。
何をするにしても、明日にならねば動きようがない。
今はさっさと寝るのが得策だった。
久しぶりにランプも点けず、メモもとらずに布団に入って目を閉じた。