レベル11 この先の事を考えて、夜も更けていきます
奈落────。
さかのぼること数百年前。
この世界に突如あらわれたという何かである。
詳しい実態はほとんど知られておらず、調査も全く進んでいない。
ただ、数少ない目撃情報や調査結果によって、それが脅威の根源であると考えられている。
モンスターを生み出し続けるものとして。
目撃した魔術師の一人は、転移魔法や召還魔法に近い、と言っている。
とある研究者によれば、
「空間に開いた門といえるもので、実体は存在しないと見られる」
という。
真相はいまだに不明であるが、そういったものという見方が世の中に浸透していた。
だが、正体よりももたらしてる影響のほうにより注目がなされている。
そこからモンスターが、ほぼ無限にわき出してきているという事態を。
それが、世界各地いたる所にあらわれた事が、人類の生存圏の大きな制限となっている。
規則性の全くないそれらの出現は周辺地域に多大な損害を発生させたという。
山の奥に、森の中に、平原の中心に、都市のど真ん中に…………。
そこからあらわれた大小様々なモンスターは、周辺にどんどんと行動範囲を拡大していく。
人里離れた所では、地域がモンスターであふれるまでに。
都市部など人類の活動範囲の中にあらわれたものは、周辺に破壊と破滅を巻きチラしながら。
尽きることなく排出、あるいは生み出していくモンスターによって、当時は大混乱に陥ったという。
破壊する方法もあるらしいが、そのためにはかなりの衝撃を与える必要があるという。
先の研究者を含めた多くの者達が、
「だが、空間の揺らぎを一定以上与えれば消滅させる事ができる」
と見解を発表している。
実際にそれを確認した事例は数えるほどしかない。
それが召還なのか、生み出してるのか分からないが、モンスターを出し続けてるのだ。
周辺には大量のモンスターが群れてるのは当然のこととなる。
なので、過去に行われた奈落の破壊には、国家による軍の投入によってなされてきた。
それらによってモンスターを退け、奈落に魔法と錬金術師の調合した火薬による爆破・衝撃を与える事で破壊は達成された。
それで分かったのは、破壊にはかなりの威力が必要であるという事だった。
出してしまった損害の大きさと、破壊に必要な魔法使いと火薬の量が、奈落の破壊を困難なものとして世の中に認識された。
衝撃を与えるほどの力を持つ魔法使いや、調達に莫大な予算や資本を用いる火薬を用意するのは国家でも困難である。
奈落の消滅は人類の悲願と言えるものとなっていったが、それがほとんど進んでないのはこうした理由による。
だからこそ世界にはモンスターがあふれていた。
また、それらを駆除・撃退するのに軍を動員するのも手間がかかりすぎる。
それが冒険者誕生につながっていく事にもなっていた。
だからこそ、トオルはそこに可能性を見いだしてた。
将来的には奈落も無くなるかもしれないが、まだそこまでには至ってない。
事実上、モンスターは無限に存在すると言える。
無くならない資源のようなものと言えた。
宝石や貴金属、前世で言えば石油が無制限に採取できるようなものに思えた。
もちろんモンスターを倒すのは困難ではある。
ある程度レベルがあがらない事には、最低あたりのモンスターですら手に余る。
しかし、決して無くならないというのは、無視できない利点だった。
────モンスターで稼ぐ。
モンスターという脅威を考えれば不謹慎な考えになってしまうだろう。
しかし、食っていかねばならないという事を考えると、それは決して悪い事に思えなかった。
(やってみよう)
初めてのモンスター退治を終えてそう思う。
そこに至るまでの道の長さも感じながらも。
(とりあえずはレベルアップだよな)
それが出来ない事には意味がない。
レベルが存在し、それが確認可能だというのはありがたい。
だが、どれほどの経験を積み重ねればレベルが上がるのかがよく分からない。
(そのあたりどうなってんのかな?)
登録証を手にとって、あらためて確認していく。
経験値とか熟練度といたゲーム的な要素があればと思って。
残念ながらそれらしいものは見あたらない。
いくらファンタジー色いっぱいな世界でも、そこまで便利ではないようだった。
ため息を一つ。
(まあ、しょうがないか)
どうあがいても無理なのでどうしようもない。
分かってる範囲でどうにかしないといけない。
(たしか、五年くらいでレベル8から10とか言ってたな)
冒険者に登録したくらいの時期に聞いた事である。
それを元にするなら、一年でレベル1から2くらいは上がると考えられた。
もっとも、レベルアップのペースがどれくらいなのか分からないので何とも言えないが。
(ゲームみたいに、レベルが高くなるほど上がりにくくなるのか?)
可能性はあった。
必要な経験値がどんどん高くなるのは、十分に考えられる事である。
だが、それでも目安にはなる。
既にレベルが1になってる事からも、今年のうちにレベル2になれるかもしれないと思えた。
その為には、モンスター退治に専念しないといけないだろうが。
今の状態ならそれはそれほど難しくはない。
だが、マサト達がいつまでも一緒にいてくれるわけではない。
マサト達がトオルにつきあってくれてるのは彼らの好意によるもの。
それはトオルも十分に理解している。
むしろ、マサトがここまで協力的なのが常識外と言える。
冒険者は、出身身分などに関わらず誰でもなる事ができる。
求められるのは能力と勤勉さであり、出自ではない。
ただ、それはどうしてもうさんくさい人間や柄の悪い者を呼び込みやすくもなる。
誰でもなれる、という事は、後ろめたいことがあるものでも就けるという事なのだから。
また、それしかやれない、という追い込まれた者が飛び込んでくる場所ともなる。
ここを逃したら犯罪者になるしかない。
中にはヤクザやマフィアといった犯罪や人道にもとる事を生業とするところから逃げてきた者もいる。
そういった者達にとって、まっとうな世界で生きていくほとんど唯一の手段が冒険者である。
なので、態度や口が悪い者は多い。
性格や根性の悪いのもいる。
マサト達はその中では例外と言って良い者達だった。
それでも彼らがこの先ずっとトオルと一緒にいるという事は考えにくい。
トオルとマサト達の間で能力の差がありすぎる。
一緒にやっていければいいが、それだとマサト達が受注する仕事を制限しかねない。
仕事の割り振りはレベルを考えて考慮される。
レベルが高ければそれだけ難しく、だからこそ報酬の高い仕事もまわされる。
しかし、レベルが低い者がいれば、それにあわせた仕事を斡旋するしかなくなる。
周旋屋としても、なるたけレベルの差が少ないのが理想なのは、ここで仕事をするようになってなんとなく分かってきた。
トオル自身も、職場にレベルの低い者がやってきてとんでもなく苦労した事がある。
前世でも、本当にどうしようもない者が入ってきて困った事があった。
それらの世話をするのはトオルなどの先に仕事に入ってる者や、レベルの高い者の仕事になるので、その苦労は余計に大きい。
マサト達がそんな事に延々とつきあう理由は全くない。
トオルも、マサト達の好意にいつまでも甘えていたくはなかった。
なので、いつか分かれる時が来るとは思っていた。
それまでに何かしら多くのものを得ておきたかったし、それからの事を考えておかねばならない。
夜、自分のベッドの中で、ランプをつけて考えを紙に書き出していく。
ここ最近、考えをとにかく書き出していく事が多くなった。
紙と墨と油の消費は懐に痛かったが、先々への投資だと割り切った。
おかげで、モンスター退治の収入も相殺されてしまう。
それでも止めないのは、考えをまとめる事で先々への展望が見えてくるからだ。
予定や計画が想定通りにならない事は承知しているが、考えがまとまってれば色々と対処出来る事もある。
また、行くべき道筋も見えてくる。
それがあるのと無いのでは大きな違いになる。
この日の夜も、考え事で更けていく。
ベッドの中と外を仕切る厚手の仕切り布(カーテン)は今日も内側の灯りをぼんやりと透過させていた。




