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【完結】転生したけどやっぱり底辺ぽいので冒険者をやるしかなかった  作者: よぎそーと
その1 はてしなく地味な旅立ちっぽい何か
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レベル10 たいていの場合、実戦は訓練や想像をはるかに上回るものです

「…………寒い」

 12月である。

 吐く息も白い。

 そんな時期に外に出なければならないのはきつい。

 文句は言えないが。

「どした、怖じ気づいたか?」

「まさか」

 からかいの言葉に、大人げなく本気になって言い返してしまう。

 その憮然とした表情がうけたのか、マサトと彼の仲間達が笑う。

「ま、がんばっていこうや。

 昼には暖かくなるだろうし」

「運動もたっぷりするだろうしな」

「がんばれよ、坊主」

「小便もらさなかったらほめてやるから」

 口々に色々言われてしまう。

 初めてだから仕方ないのだろうが。

 それでも文句は言えない。

 トオルの初陣という事で、マサト以外の者達もつきあってくれると言ってるのだから。

「報酬は、儲けの山分けで」

 そんな事を言って。

 マサト達のレベルの冒険者を雇うとしたら、その程度では済まないのは明白である。

 これは完全に彼らの好意なのだ。

 だからこそトオルは何も言い返せない。

 からかいの言葉も、悪し様にののしるためではなく、どことなく好意的な雰囲気もある。

(まったく)

 人が好いにもほどがある。

 こんなんで荒くれ揃いの冒険者達の間でやっていけるのか、と余計な心配をしてしまう。

「まあ、小便は仕方ないにしても、さすがにデカイのは勘弁してくれよ」

「最初ならよくある事だけどな」

「震えて動けなくなるのが先なんじゃないか?」

「腰抜かして、それから逃げるってのもあるかもよ」

 …………さすがにこれ以上はご容赦願いたかった。



 総勢六人は二台の馬車を借りて外へと向かっていった。

 馬車といっても、引いているのはロバで、見栄えはそれほどよろしくない。

 それでも、賃貸料を考えるとこれが一番安いのだから選択肢は無い。

 その上に道具や荷物を置いて、目的地へと向かっていく。



 この時期、モンスターも冬の寒さをしのぐために北から南へと移動をしている。

 なので、夏の時期とは違ったモンスターを見かける事も多い。

 その移動が、途中にある集落などへの襲撃となる事もあるので、冒険者としても稼ぎ時ではある。

 なのだが、今回はそういったものは相手にしない。

 この近隣でモンスターがよく出没する所へと向かっていった。



 どういうわけだかモンスターが出没しやすい地域というのは存在する。

 そこがモンスターの通り道だったり、繁殖地だったり、居心地が良かったりするためだろうと言われている。

 ちゃんとした調査結果があるわけではないから正確な事は分かっていない。

 だが、何かしらモンスターをひきよせる、あるいは居着かせる理由があるのだろうとは言われていた。

 今回向かってるのはそういう場所である。

 人里からはそれなりに離れているが、往復できない距離ではない。

 朝早く出発すれば昼になるかなり前に到着できるような所だった。

 だだっ広い平原である。

 時期が時期だけに、草は結構枯れている。

 また、少し離れた所にある森だか林も、葉っぱの落ちた木が何本も見えている。

 モンスターらしき姿は見えない。

 本当にここにいるのか、と思ってしまう。

 そんなトオルの心配をよそに、マサト達は馬車から道具を取り出していく。

「おーい、トオル」

 呼びつけるマサトも、手にスコップを持っていた。

「ほれ、お前も手伝え」

「何を?」

「穴掘りだ」

「え?」

 何のために、と思ってしまった。



 それから一時間。

「お、終わった……」

 予想外に体力を使ったが、要望通りに穴を掘り終わった。

 それは、溝と呼んだ方がよいものだったが。

 幅、おおよそ五十センチ。

 深さもだいたい四十センチから五十センチ。

 それを、長さ五十メートルほどの円状に掘っている。

 その中心に馬車を配置しているのを見ると、これで守りを固めているように思えた。

 すぐに逃げ出せるようにという配慮か、円状の一部は溝を作らないままにしてある。

「これで、どうすんのさ」

 スコップを片付けながら尋ねるトオルに、

「ここからが本番だ」

とマサトが返す。

 トオルの肩をポンと叩きながら。

「じゃあ、がんばってみようか」

 とてもさわやかな作り笑顔を浮かべたマサトを見て、トオルはすさまじく嫌な予感がした。



「がんばれー」

「応援はしてるからなー」

「応援しかしないけどなー」

「危なくなったら援護してやるからなー」

 背後からの温かい声援を受けながらトオルは円の外へと出る。

 円形の溝から離れる事三十メートル。

 そのあたりで止まったトオルの後ろで、マサトは荷台の乗せていた物をぶちまけていく。

 どうも、残飯のようだった。

 なんでそんなものを、と思っていると、

「それじゃ、がんばれ。

 とりあえず、教えた通りにやってみろ」

と言って残飯から離れていく。

 トオルの右後方へと移動し、だいたい五メートルほど離れた所で立ち止まる。

 いったい何が、と思ってると、なにやら地響きのようなものが聞こえてきた。

「お、来たぞ」

 何が、と問う前に、トオルは音のした方向に目を向ける。

 ちょうど馬車と反対方向から聞こえてくるそれは、枯れ草を踏みつけながら接近してきた。

 遠目ではっきりとしないが、おそらく中型犬ほどの大きさをしてると思える生物だった。

「トオル、あれだ、あの妖( あやかし )ネズミ。

 あれを食い止めて倒すんだ」

「…………はい?」

 一瞬何を言われてるのか分からなかった。

 だが、すぐに状況を理解する。

 否、本能が悟る。

 頭はいまだ混乱してたが、これがまずい状況だという事は生存本能が教えてくれた。

 木々の間から出てきた妖ネズミは五匹。

 それらが一直線にトオルへと向かってくる。

 狙いは、背後にある残飯だろう。

 冬のこの時期、餌は貴重なはずだ。

 モンスターがそれを嗅ぎつけるのを待つ待ち伏せなのだろう、今回やってるのは。

 間にいるトオルは、突進してくる妖ネズミたちにとって障害物でしかない。

「とりあえず一匹は割り当てなー。

 他は俺らでどうにかするから」

 暢気な調子でそう言うマサトは、トオルの背後で立ち止まったまま様子を伺っている。

「マジかよ…………」

 そう思いつつもマサトは、盾を前にかざして、マシェットを握った。



 教えられたやり方は酷く単純だった。

 盾を前に出し、三角形になってる下の部分を地面に突き刺す。

 そうやって突進してくる相手を受け止め、盾の後ろからマシェットを振りおろす。

 ただそれだけだった。

 こればかりを、この一ヶ月徹底的にやっていた。

 前方以外がががら空きになってしまうが、守りはかなり堅い。

 その守りを活かした戦い方である。

 訓練で何度もやったように、相手に対して真っ正面になるように盾を構える。

 衝撃は、地面にさした盾で受け止められるはず。

 しかし、脇目もふらず突進してくる妖ネズミを止められるかどうか不安になってくる。

 ネズミもここまで大きくなるとかなりの脅威となる。

 巨大な前歯で噛まれたら、体など簡単に食い破られるのではないかと思えてしまう。

 また、すさまじい速さでの突進は、その勢いが凶器である。

 それで体当たりされようものなら、簡単に体が吹っ飛びそうで怖かった。

 だが、逃げるわけにはいかない。

 背中を見せたら余計に危険だ。

 鉄板で補強されてるとはいえ、所詮は革の上着である。

 防御効果は鉄でできた鎧などより劣る。

 盾で受け止めるしかないのだ。

 歯を食いしばり、腰を落として腹に力を入れる。

 とにかく、突進を止めなければどうにもならない。

 距離が縮まっていく。

 もしかしたら、自分を迂回して残飯に向かってくれるかもしれない…………そんな予想も浮かんでくる。

 しかし、そこはモンスターというべきか。

 迂回どころかトオルを標的にするかのように勢いを増してくる。

 これはもうやるしかないな、とトオルも腹をくくる。

 妖ネズミが突進の勢いのままに体当たりをしてきた。



 ドン



 トオルの直前で飛び上がり、体をひねってくる。

 頭をぶつけないようにするためなのだろう。

 その代わり、胴体が盾にあたり、重い衝撃がトオルの体をふるわせる。

 地面に盾を突き刺していたからなんとかこらえられた。

 もし、地面の上に置いてるだけなら、吹き飛ばされていたかもしれない。

 体勢は確実に崩していただろう。

 だが、ギリギリのところで堪えたおかげで、勝機が見えた。

 腕が、意識するより早く動く。

 その腕が、マシェットの刃が振りおろされた時、妖ネズミが地面に着地した。



 ずばん



 何とも言えない衝撃が手から伝わってくる。

 目の前で、赤い飛沫があがった。

 その発生源は、まだジタバタと動いている。

 続けて二度三度と腕を振り上げ、マシェットを振りおろす。

 先ほどよりは軽いが、十分に肉も骨も断ち切る勢いでトオルのマシェットが繰り出される。

 どんなホラーよりもよっぽどグロテスクな物体が、スプラッタに作り出されたところで手を止めた。

 妖ネズミは首より下の部分だけが元の形をとどめたままの状態で絶命していた。



 そのトオルの横を、矢が一本飛ぶ。

 馬車の方に残っていた者達が放ったものだ。

 それが狙い通りに接近する妖ネズミを貫通する。

 魔力の衝撃波も一匹の妖ネズミを吹き飛ばした。

 残り二匹は、マサトがそれぞれ一撃で仕留めていった。

 これが初戦のトオルはともかく、マサト達にとっては雑魚としか言いようがないモンスターである。

 手間取る事はこれっぽっちもなかった。



 そんな五人を見て、あらためて自分との違いを思い知る。

 何とか技能レベルをつけたトオルだが、彼らとの差は余りにも大きい。

 盾で受け止めてみて分かったが、最も弱い部類のはずの妖ネズミですら重い一撃を繰り出してくる。

 それを難なくこなせるようになるとは、今のトオルには想像もできなかった。

 だが、それが経験を積んだ冒険者だという事に、少しだけ期待や希望を抱きもする。

 このままがんばれば、ああなれるのかもしれないと。

 そんなトオルに、

「お、また来たぞ」

 マサトの声が聞こえてきた。

 あわてて振り返ると、確かに妖ネズミが出現してきてた。

 二匹、三匹、それ以上に。

「こりゃ、大量だな」

 嬉しそうに言ってるマサトの声を背中に請けながら、トオルは真っ青になっていった。



 それでも戦闘は割合順調に進んでいく。

 一番先頭にトオルを配置する格好となってる一団は、文字通りトオルを盾にしての迎撃戦に入っていった。

 接近する妖ネズミを弓で、魔法で、剣で倒していく。

 時にトオルが攻撃を避け損なって怪我をする事もあったが、その度に背後から回復魔法がとんできた。

 怪我はその瞬間に消え去り、戦線の維持を可能としていく。

 多分に背後のからの援護によってであるが、トオルは初戦にしてはかなり長く前線で踏ん張っていた。



 そんなこんなで時間は二時くらいになっていく。

「そろそろだな」

 頃合いを見計らったマサトが、撤収を皆に促していく。

 急がないと、町の門が閉まり、中に入るのに手間がかかることになる。

 倒したモンスターの解体も始めていく。

 本日の成果は、妖ネズミ級の最弱モンスター、七百二十八匹。

 素材を回収して売却すれば、銅貨にして五万二千八百枚ほどにはなるはずだった。

 かなりの成果に思えるが、ここからロバと馬車の賃貸料を引かねばならない。

 更に税金三割も付く。

 ロバと馬車二台の賃貸料が、合計一銀貨(一万銅貨)ほどなので、手元に残るのは六千八百余りの銅貨となる。

 それだけ見れば、大した儲けというわけではない。

 命の危険を考えれば、町で仕事をしていた方が安定して稼げる。

 しかし。



(みんなの協力があったからだけど…………強くなれば稼げる)

 トオルはそれでも前向きに考えていた。

 簡単ではないし、死ぬ危険もある。

 それでも、

(この先長生きしたって、最後が前みたいだったら……)

 そう思うと、無茶をしてもという考えをしていく。

 惨めで虚しい最後の記憶が、トオルを可能性へと走らせていく。

 ここで諦めていつもの仕事に戻れば、また同じ事の繰り返しになるかもしれない。

 だが、腕をあげてモンスターを倒し続ければ、いずれ儲けを出せるかもしれない、と。

 損益分岐点を越える事ができるならば、そこまでがんばってみようと考えてしまう。

 それが良いかどうかは分からない。

 だが、前と同じ事をすれば前と同じ結果にしかならない。

 そこから抜け出すためには、他の可能性に賭けるしかなかった。


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