レベル1 転生したようなのだけど、良いところが見あたらない
(どうしてこうなった……)
仕事帰りの夕方、ため息を吐きながらトボトボと歩く。
道方トオル(みちかた・とおる 十七歳 野郎)は自分の境遇への不満を押し殺せないでいた。
村から町に飛び出して、一旗揚げよう、そこまでいかなくてもそれなりに成功しよう、としたのだが。
現実はやっぱり甘くはない。
実際にありつけるのは単純労働がほとんど。
その中で考えれば、トオルは運が良い方だろう。
もう少し割のいい仕事をしてるのだから。
基本的な読み書きや計算が出来ること。
それだけでもこの世界では大きな力になる。
加えて、事務処理的な事にもそれなりに能力を発揮した。
種類の整理からちょっとした管理まで。
いわゆる事務作業を行う事が出来る。
なので、他の労働者よりは少しくらい給料のよい仕事にありつく事ができた。
それでも、出世などまずありえないのだが。
割がよいと言っても、所詮は日払いの作業だ。
その報酬は、一日五千銅貨程度がの相場だ。
多少知識が必要となる事務仕事でも、日当七千銅貨である。
貨幣価値や物価の違いもあって一概には言えないが、銅貨一枚が日本円の一円くらいの価値である。
朝から夕方まで働いてこの値段だ。
これを高いととるか安いととるかは人それぞれであろう。
とはいえ、多くの者は「もっと稼げねえかなあ」などとぼやいているのも確かである。
それでも大半の者がこの収入を蹴らない理由もある。
まず、これが誰でもありつける仕事としては標準的な値段であること。
これより大きい報酬を得ようとすれば、それなりに専門的な知識か、熟練した技術が求められる。
さすがにそんなものを持ち合わせてはいなかった。
それでも今のこの仕事をどうにか続けている。
そうしてる理由は、これでも元の生活よりはマシだからだ。
少なくとも今は、村にいる頃よりはマシな生活をしている。
なので、文句を言うつもりはそれほどない。
ただ、当初求めていた未来図とは違うのは確かだった。
確かに生活は出来ている。
貯金と言うほど大したものではないが、蓄えもある。
人付き合いも、それなりにやってはいると思っている。
しかし。
それでも。
やはり求めたものとかけ離れた生活をしてる。
(こんなはずじゃなかったんだけどなあ)
以前も…………もうずっと前、生まれる前にもそんな事を思っていたのを思い出す。
考えてみれば、この世界に生まれてからも、以前の世界で生きていた頃も同じような事を考えてる気がした。
それだけ成長がないのだろうか、と思うと情けなくなってくる。
だが、置かれた状況は確かにどちらもそれほど良いものではない。
全てを周りの状況のせいにしてはいけないのは分かってるが、それでも状況に文句を言いたくなる。
(何のために村から出てきたんだか)
何とはなしに、村を出た頃の事を思い出してしまう。
冒険者になろうと思った事も含めて。
村にいた頃は、まだ暗いうちから起きて行動しなくてはならなかった。
そうして日中は働きづめ。
夜、暗くなってからも細々とした仕事があった。
それも家族総出でやってる仕事なので賃金なんぞありはしない。
そうまでして畑や田圃を耕し、必要な道具を自作し、得られた成果は税としてとられていく。
おさめるのは作物のおよそ三割。
わずかながら余裕はあるが、手元に残った残りを考えると贅沢はできない。
手に入れた収穫は、まずは自分達の食い扶持に使い。
その余りで、必要な器具を揃えたり補修していく事になる。
それでも、家族全員に食べ物がいきわたるのだから御の字だろう。
しかし、それ以上の余裕はない。
とくに、部屋住と呼ばれる次男三男以下の子供は悲しいものだ。
住む部屋と飯だけは得られるが、それ以上の実入りはない。
家の収入を使えるのは基本的に父や長男であり、その他の子供ではない。
もとより娯楽に費やす余裕などあるわけもないが、やれる事に限りがある。
長男以外は、嫁をもらう事も出来ないのが普通だ。
そうした子供達は、長男が何らかの理由で退かない限り、家の手伝いだけで一生を終える。
自給自足のスローライフなんぞどこにもない。
それが普通で当たり前なので、そこに疑問を抱く者すらいない。
これが当たり前なのだ、この世界では。
ただ、トオルは少しばかり普通ではなかった。
だからこういった生活に嫌気がさしていた。
そこから抜け出す事を考えるくらいに。
実際に、村から出て町へと飛び出した。
その考えるキッカケになったのは、村にやってくる行商人や旅芸人達だ。
彼らが語る町の話、外の世界。
それらは、トオルには新鮮で刺激的だった。
限られた村の中では考えられない可能性を感じた。
それらの全てが真実でないにせよ、語ってない部分があるにしてもだ。
(ここにいるよりは良いのかも)
少なくとも、部屋住みで終わるよりはマシに思えた。
ほんの少しでも自立できる可能性があるように思えた。
このまま村にいても生きてはいける。
食うに困る事はない。
だが、これ以上に状況がよくなるとも思えなかった。
それに、余裕があるといっても、微々たるもの。
飢饉が来ればすぐに無くなる。
わずかな蓄えは、長男などに使われるだろう。
次男以下は、足きりの対象だ。
そうしなくてはならない程度の生活状況だった。
飢饉とまでいかないにしてもだ。
作物の育ちが悪い年が一回でも来れば終わりだ。
まず間違いなく部屋住から切り捨てられる。
家族が子供達をないがしろにしてるわけではない。
彼らなりに慈しんではいる。
しかし、背に腹をかえられなくなったら、心を鬼にも悪魔にせざるをえない。
そんな事がこの先いつ発生するのか。
そうそう陥る状況ではないにしてもだ。
万が一そうなってしまったらどうなるか。
あり得ない妄想かもしれないが、もしかしたらという可能性は無くならない。
そういった事を考えて、トオルは行動を起こす事にした。
(町に行こう)
それで何がどうなるという保証もないが。
だが、村に来る者たちが語る事の中にある一つが、わずかながら希望をもたらしてもいた。
(それで、冒険者になろう)
そう思うくらいに。
冒険者。
本来は未踏地を探索する者たちであったが、この世界においては別の意味も持つ。
危険な仕事を引き受ける者たちという。
魔物、化け物、モンスターと呼ばれる存在がいる世界だ。
それらに対応する者たちがどうしても求められる。
町や村の間の移動の護衛から、押し寄せるモンスターの駆除。
そういったモンスター退治の専門家としての仕事も、冒険者と呼ばれる者たちの仕事となっていた。
モンスター退治を専門とする冒険者は、狩人やハンターと呼ばれる事もある。
そんなハンター冒険者と呼ばれる者たちは、モンスターを倒して捌いて得る組織や器官を売って生計を立てるものもいる。
その能力から、行商人の護衛などを頼まれる事もある。
そんな彼らの存在が、この世界における出世や自立の手段に思えた。
変わる事のない村の中よりは、まだ自力で稼げる可能性があった。
それに、町ならば何かしら仕事もあるだろうと思っていた。
だから十四歳になる年の春、トオルは村を抜け出した。
当ては何一つなかったが、それでも今よりどうにかなるだろうと思いながら。
(今度は、今度こそ)
ただそれだけを考える。
(前みたいにはならない)
頭の中にある、前世の記憶がトオルを走らせていた。
それに気づいたのは、いつの頃だったか。
頭の中にある、見慣れない景色に疑問を抱きつつ日々をおくっていた。
アスファルトの道、その上を走る自動車、十階二十階建てのビル。
夢想や妄想としても妙に現実的に思えるそれらを、幼い頃から不思議に思っていた。
また、その中の自分の境遇はお世辞にもよいとは言えないものだった。
就職氷河期と呼ばれる世代。
学歴も技術もこれといったもののない自分。
どうにかこぎつけたブラック企業と呼ばれる就職先。
それでも辞めずにくらいつき、ただひたすらに励んだ数年。
その先にあった、一方的な言いがかりによる解雇。
次の職場を探すまで、と転々としたアルバイトや派遣会社。
結局報われる事なく、そのまま時間が流れ、すきま風吹き込むボロアパートで過ごす日々。
最後、灯油も買えず、ストーブもないまま冬の日を最後に途切れる記憶。
思い出すともなく思い出していく、記憶のような記録に何度気が滅入った事か。
だが、その記憶がもたらしてくれた情報や知識が教えてくれる。
輪廻転生というものを。
そんな自分の中にある知識や情報、記憶。
それらを元にして考えるに、おぼえてるのは前世の記憶ではないかと思えた。
確かめようのない事である。
ただの妄想なのかもしれないとも思う。
だが、トオルはだんだんとこの記憶を受け入れるようになった。
そして、それがあるからこそ分かる、この世界における自分の立ち位置を。
他の多くの者たちが当たり前と受け入れてる現状。
これがどれほど悲惨なものなのかを。
可能性も自由もないというどうしようもない状況を。
(抜け出さないと)
以前と同じかそれよりも悪い状況から。
トオルにとって、町や冒険者の存在はとても大きなものだった。
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