璽(し)~悠遠の昔語り~
此の世のものとは思えぬ艶冶にして妖絶な少女の
艶めいた朱唇から零れて来たものは・・・
何処か人の業に近い、古の=カミ=たちのおはなし。
伝奇風殉愛小説、まだ始まったばかりです。
そして・・少女の言葉は、堰を切ったように此の奇妙な空間に溢れ出す。
其れは何処か場違いなほど長閑な語り口で始まった。
「むかしむかし・・おそらに・・さいしょの神さまがいたの。
=なぎ=さまと=なみ=さまっていう兄いもうとの神さま。
でね、この=あきつま=にきてくらすことにしたふたりは
いっしょに=おかぐら=をしてたくさん子どもをうみました。
その子どもは、きれいな女神さまが、四はしら。
うえのおねえさんはきれいでつよくてちょっとこわい神さま
つぎのおねえさんはきれいでおもしろくてちょっとかわった神さま
いちばん、したのいもうとはきれいでちょっとくらくて大人しいの。
でね、したから二ばんめは、すなおでかわいいやさしい神さまだったの。
でも、どの女神さまもあきつまのものたちに好かれていて
みんながみんなお互いきらいじゃなかったから
女神さまはこの=あきつま=で、なかよくくらしていた。
でもね、あるとき、ちょっと、こまったことがおきた。」
・・な、何だ?・・此の・・=日本むかしばなし=は・・
あまりにも突然で予想外な展開に一瞬呆然とした私を見て
此の少女は逆に、己が話に聴き入ってくれていると思ったのか
ますます真剣に其の何処か奇妙な昔語りを続ける。
「四柱の女神さまには、もうひとり、おとこ兄弟のかみさまがいて
それは、それは・・つよくて、げんきで、どこかかわいくてやんちゃだったの。
いちばんうえの女神さまは、口には出せないけど
このおとこの神さまがだいすきで、きょうだいでさえなければ
いつでもだきしめられて=おかぐら=されたい、とまでおもってた。
にばんめの女神さまは、踊るのがだいすき・・たのしくおもしろいことも。
=みけ=をささげられると、いつもよろこんで踊るの。
その踊ってるすがたを見るだけでみんなきもちよく、わらいたくなるの。
いちばん下の女神さまはかしこくておとなしくてすこし無口。
はなや木や野のけものにまでやさしいこえをかけてあげるふしぎなかみさま。
だから、やんちゃでちょっとあらっぽいおとうとのかみさまのことは
すこしにがてだったけど・・けっして、きらいではなかった。
で、三ばんめの女神さま・・おとうとの神さまがとってもすきだったの・・
ちいさくてかわいくて誰からも好かれる、でもいちばんふつうなこのかみさまは
おとうとがうまれたときから、すきですきでたまらなくて、いっしょにいたくらい。
だけど、お姉さんにえんりょして・・ずうっと言いだせなかった。
でも、ある時、三ばんめの女神さまは、姉かみさまのいいつけで
この=あきつま=にひとりでおりてきたときに、
=あし=の野原で・・弟のおとこ神さまと出あってしまった・・
弟の神さまも、ほんとうは三番めの女神さまが大すきだったのね。
=あきつま=の=あし=の野原でふたりだけになって・・・
ふたりは、おねえさんにないしょで、七日七夜、えっとね・・
野原のけもののまねをして・・=おかぐら=をしたの。」
其処まで少女の語る民話のような話を呆然と聴いていた私は
其の時ようやく此の話がいったい何を元にしていたのか気付く。
そして気付くと同時に、かなりの驚愕に襲われる。
=あきつま=?・・=あし=の野原?・・おりてくる・・降臨?
其れで一番偉い・・主神が女神って・・其れに・・えっと・・
・・=なぎ=さまと=なみ=さまって・・原初神が居て、此処が・・
此れって、もしかして、日本創世神話か?・・高天原と豊葦原の話なのか?
じ、じゃあ、一番上の女神って・・古事記の主神、
=天照大神=?
なら、一番下は=月読=ってことになる。
二番目は?・・=みけ=と踊り・・=みけ=が・・
供物を示す=御饌=なら・・供え物と踊り好き。
あ、これが・・=天鈿女=だな。
じ、じゃあ、三番目の妹が・・その・・
此の子の名前と同じ名の・・=ひよみ=・・と言うことだが
そ、そんな神は日本書記にも古事記にも出て来ないぞ。
其れに=天鈿女=はそんなに=神格の高い=神じゃ・・
だ、だが、此の子がこんな話を自分で作れるとも思えない・・
「ひ、ひよみちゃん・・ちょっと、聞いていいかな・・
その、おはなしは・・誰にきいたの・・その・・」
「なあに?・・おにぃさ・・ううん、臣さま・・
おかあさんが、ずうっと、おしえてくれた。」
「おかあさんが・・そ、そう、じゃあ、そのね、
その、弟の神様は何と言う名前?・・」
「・・=すさ=さま・・とってもかわいそう・・」
少女の素直な答えを聞き・・私はほぼ確信する。
間違いない、・・此れは日本創生神話だ・・
其れも異形の物語として伝承された。
たから・・=すさ=さま・・其れは・・間違いなく・・
=建速須佐之男=
日本神話最大の荒ぶる神であり暴風神とも言われる神・・
幾つもの天罪を重ね高天原を追われたと記紀にある。
最後は出雲へと追われ数々の土着神話の祖となった謎の神・・
京都で祀られる牛頭天王は此の素戔嗚の本地とも言われる男神。
此の神の乱行が発端で天岩戸神話が出来たと言っても過言では無い神。
しかし、此の少女の語る紀伝では事情が大幅に異なっている。
素戔嗚は此の秋津島に追われて後、土着の神となり妻を娶り
其の後の大和朝廷成立期まで記紀に関わっていく神だった筈。
だが・・此の記紀神話らしきものの中での扱いはどうだ?
此れ、ちょっとした=どろどろの昼メロ=並みの話だぞ。
私は、己の中の記紀の記憶と照らし合わせ、改めて驚愕し考え込む。
だが、其れは在る意味、何と言うか、其の・・・
極めて生々しい血の通った=話=のようにも思えるんだが。
また妙に魅力的でも在る、変なリアリティも持っているし
何より語り手が此のある意味異様な魅力を放つ異形の少女だ。
凄まじいほどの説得力と言うか存在感さえ感じる=神話=。
ああ、もし、此れが本当に歴史を重ね、密かに言い伝えられた
=記紀伝承=だったとしたら・・如何なるんだ?
大袈裟に言えば・・日本の歴史や価値観、ひっくり返しちまうぞ。
此の、極めて直截でインモラルな=記紀伝承=の存在は。
「どうしたの?・・=臣=さま?」
其の=神話=のあまりの=重さ=に呆然とし
黙り込んで固まった私は、其れを幾分不満げに見つめる
少女の視線に気付き、あえて笑顔を浮かべて、話を即す。
「ああ、御免ね、・・ひよみちゃん・・ちょっとね。
ね、其の・・お話の続き・・いいかな。」
少女にそう返事を返した段階で、
私は既に状況の異常さを忘れ、本気で
少女の話の続きを欲していた。
安堵したような表情を浮かべると其の少女は
再び祝詞にも似た音吐でゆるやかに語りはじめる。
「だから、ね、一ばん上のおねえさん・・
=まてる=っていう女神はとてもとても怒ったの
・・あめつちがその怒りで真っ暗になるくらい。
でも、ほんとうは、おこったというより・・
そう・・やきもちをやいたの、三番目のいもうと、=ひよみ=さまに。
そのくらい=すささま=がすきだったのかも知れない。
だから、=すさ=さまを怒らないで・・
=ひよみ=さまをひどく・・いじめた。
~おまえのようなふしだらなものは、ここにはおいておけない
さっさとくらいつめたい=ねぃ=の国に行くがいい~。
そういってふかい地のそこの=ねぃ=の国に追ってしまったの・・。
=ねぃ=の国は死んだものたちやけがれた神さまが追われる
地のそこの、ひかりもとどかない、つめたくて暗くてかなしいところ。
そこに追われた=ひよみ=さまは、地のそこの=いかづち=たちに
さんざんにけがされ、さいごはたべられてしまうだろう、って・・
=まてる=はそう思ったの、同じあねいもうとなのに・・
そうすれば=すさ=さまも=ひよみ=をあきらめるだろうと・・。
でも=すさ=さまは=ひよみ=さまを=ねぃ=までおいかけて行った。
=すさ=さまは=ひよみ=さまが大好きでたまらなかったから。
そしてそのとき、いちばんしたのいもうと女神さま・・
そのかみさまは暗い地の底の=ねぃ=の国を治めていたの。
=まてる=の言いつけで、生まれた時からずうっと
だから、いつも少しおとなしかったのかもしれないわ。
あまりにふたりが・・あわれにおもえたのね。
=ねぃ=の国に追われた=ひよみ=さまに
だれも悪いことやひどいことをしないように
そっと守っていたの、=つきなしのよみ=に隠して。
でね、=すさ=さまが=ねぃ=までおりてきたとき
三番めのおねえさんをこっそり返してあげたの・・
=まてる=にだまって・・=あきつま=に、=すさ=さまのところに。」
少女は其処まで一気に語ると・・ふうと小さく息を吐き
少し私ににじり寄ると私の目をじっと覗き込んだ。
「ねえ・・=臣=さま・・こんなお話は・・きらい?
でも・・約束してくれたよね・・さいごまで聴いてくれるって。」
「・・いや、・・凄いお話だな・・って、ちょっと吃驚したんだ。
でも、正直、聴いていて凄く面白い・・と、思ったよ。
それに、さっき約束したじゃない・・=ひよみ=ちゃん?だっけ
此処で俺に出来ることは何でもするから・・って。」
少女は、大きい瞳をさらに大きく見開く様にして私を見つめ
ちょっと其のしなやかな肢体を震わせたようだった・・
「・・おかあさんのいったとおり・・ほんとうに。
ここで、・・ここにきても・・=おにぃぇさま=にならない
・・男のひと・・本当に居るのかも・・。」
何故か少女の妖絶で甘かった黒い目の表情に微妙な感動の色が浮かぶ。
「じゃあ・・おはなし・・もう少し続けていい?・・」
私が頷くと少女は嬉しそうに私の手を其の小さな掌で
懇願するように、甘えるように、ぎゅっと握りしめる・・
其処には最初の妖艶さや淫奔さのようなものは
不思議なことに少しも感じることが出来なかったばかりか
気づけば少し震えている少女の体の温もりが伝わり
年相応の愛らしさや健気さのような少女らしい美質が
其の掌から私の中に流れ込んでくるようにさえ思えた。
尤も、其れは其れで
・・ある意味危険な事、かも知れなかった。
私は先ほどの獣欲とは比べ物にならぬほどの
此の少女へのある種の感情が押さえきれなくなるのを
其の時、既に、はっきり自覚しつつあった。
其れは・・・憐憫にも似た切ない種類の一種の・・・
「でも、一番上のおねえさんの・・=まてる=は、
すぐに気が付いちゃったの・・そのことに。
=あきつま=に=まてる=の光る眼の届かないところは・・
ひとつもないくらい・・強い女神さまだったから。
~あのものをとらえて、かわを剥いで海原の底に捨てよ~
=まてる=は・・ほとんど、きちがいみたいになってそういったの。
=すさ=さまはそれでも=ひよみ=さまをまもろうとして・・
=まてる=がさしむけた=あまのしこお=たちと闘ったの。
=すさ=さまはとても強かったけど・・けど・・
=あまのしこお=は海のすなの数よりもたくさんおしよせたわ。
=すさ=さまは、=あまのしこお=たちの乗った馬を殺して
そのかわを剥ぎ、むくろを=まてる=の陣屋に投げこんで抗った。
~あねぎみが剥けと申されたはこのけがれたいきもののことか~
=まてる=はもうわけがわからないくらいにおこって
ほかのくにからきた=かみさま=までさしむけた。
=すさ=さまをつれてきたら=うずめ=さまをくれてやる・・って
そんな、むちゃくちゃなことまで、いったんだって。
でも、=すさ=さま・・さいご・・とうとう・・負けちゃったんだ。」
何時しか少女の黒い大きな瞳には滂沱の涙が溢れている。
其の声には、微妙な抑揚と韻律が知らず知らずのうちに現れ
私は何かに酔わされたように・・少女の話に頷き続ける。
「=まてる=は=すさ=さまを=ひよみ=さまからひきはなして
この=あきつま=からどこかにとおくに追い放ってしまった。
おこってくちをきかない=うずめ=さまをむりやり
その=よそからきたかみさま=のとこにやってしまった・・。
まあ、その=かみさま=はとってもほんとうは陽気でいいひとで
=おどる=のがじょうずだったから、さいごは=うずめ=さまは
すごくなかよくなってほんとに=めおと=になっちゃったんだけど。
でも=まてる=のしたことは・・ひどいよね・・ほんとうに。
そして、=まてる=は、かわいそうな=ひよみ=さまに、
こう言って、もっとひどい、いやらしい=とこい=をかけたの。」
「=とこい=?・・其れは何のこと?・・何かの・・」
「言われるとそうなってしまう、にくしみとたたりの・・=ことのは=。
すごくつよい、いやだとおもっても・・さからえない=ことのは=。
~この、うすぎたないものよ・・空に日があるところでは
お前は、あたりまえにおまえの子をみごもることはない
たとえわたしの目が届かぬような暗い地のそこであっても
お前はひとりの子をさずかるならひとりの=にえ=を
この=あきつま=でいちばんいじきたない蟲のように
おまえの=みけ=にせねばならぬようになれ~
・・って・・=ひよみ=さまに・・=とこい=をかけて・・」
・・少女はそう言って大粒の涙を頬にすっと零すと
崩れるように私の胸に顔を押し当てて、黙ってしまう・・・
其の肩は小さくかすかに震えてさえいるようだった。
そして・・私が其の肩に手を触れた瞬間
堰を切ったように・・見かけの歳よりも、なお幼い、
まるで頑是なき童女のよう
いや、歳相応と言った方が正しいのだろうが・・・
其のまま・・私の胸のなかで歔欷を始めた。
「これ・・おかあさんが・・
わたしに・・いつも・・毎晩おはなししてくれた。
でも・・おかあさん・・もう・・いない・・。」
私は今度は自分から其の少女の細い体を抱きしめる。
そうでもせぬと何処か空気の中に溶けて消えてしまいそうで。
私の胸さえ何故か哀しみで張り裂けてしまいそうに思えて。
少女の身体の温もりを二の腕と胸に感じて
さあ、どの位の時が過ぎたのだろうか・・・
少女、=ひよみ=はゆっくりと涙顔を上げ、
私を見つめてぽつりと口をひらく。
「臣さま・・もうひとつだけ
・・お願いがあるの。
・・おかあさんの・・言いのこしたこと・・
=ひよみ=のお願い・・まだ、きいてくれる?・・」
「・・ああ・・言ってごらん・・聴いてあげる。」
私は・・今度は本心から少女に応えた・・そう、本当にこころから。
私の眼差しの本気具合を敏感に感じ取ったのだろうか
少女はあどけない表情に微笑みを浮かべ、私に囁く。
「・・この・・=にえどこ=って言うのだけど・・
この=にえどこ=で・・二日と二晩
・・わたしといっしょに・・・=ともぶし=してほしいの。
でもね・・そのあいだ・・ぜったいに・・あのね・・・」
少女は一瞬、先程の妖艶な雰囲気を漂わせると
私の目をじっと見詰め、今度は少し照れたように
頬を幾分染めながら・・ぽつん・・と・・
「むりやりに・・わたしと・・
=おかぐら=しようとしちゃ・・だめ。
やくそくして・・臣さま。」
・・・この場合、彼女の言う、その・・
=おかぐら(御神楽)=が何を意味するか。
あの贄神社での此の子の入神と歓喜の舞に魂を奪われ、
更に此処で魔性のような媚態に魅入られた私には・・直感で判った。
それに、先ほどからの奇怪に変貌した日本創世神話・・
いや、この場合、此の村と此の子の血脈に秘められていた
禁断の=記紀=伝承とでも言うのか・・から思えば
ある意味明白すぎるほど明白な=行為=を示す言葉。
・・き、究極の美味の据え膳・・
おあずけモード発動って事かえ?
浮かんだ妄想に再び湧き上がりかけた獣欲を
あえて軽薄な口調を想像し必死に堪える私。
「どんな男のひとでも、夜のお宮に来て・・・
=ひよみ=の踊りを見てしまったら
この=おにぃぇのいわつぼ=で
=おにぃぇさま=になって、
はるの=のけもの=のようになる。
=ひよみ=はそういう=けがれ=も、うけたの。
あのやきもちやきで厳しい=まてる=から。
その血のつづくずうっと先のさきまで・・・。
でも、でもね、この=にえどこ=で
・・二日と二晩・・=ひよみ=と・・=ともぶし=して・・
・・=おにぃぇさま=に・・ならない男のひとが来たら・・
そのひとは・・・その時は・・きっと・・」
少女はそう言うと、意を決したようにすっと立ち上がった。