爾重偲(にじゅうし) ~終章~
田舎のテレビ屋をやっていたとき・・
偶然奇妙なものに出くわした。
深い山間の集落に其れは在った。
集落特有の言い伝えを持つ
芸能の形を借りた呪詛の如き秘祭。
異様にさえ見える一種の習俗
其れが私の・・全てを変えた。
意識を取り戻したとき、私は腕の中に=ひよみ=を抱いたまま
夏の鬱蒼とした広葉樹の林の中に横たわっていた。
森閑とした周囲の木々の群れ・・腕の中の柔らかく暖かいもの。
混乱する記憶と妙にぼんやりした視覚のなか
私の意識が再び暗闇の中に陥ろうとしたとき
周囲の木々の翳から幾つもの人影が湧きだすように現れ・・
結構荒々しい腕が何本も私を揺さぶるのがわかる。
私は必死に=ひよみ=を抱きしめ・・再び意識を失う・・
今度は驚愕や衝撃によってではなく、安堵によって。
其れからの日々は・・ある意味、あの=おにぃえのいわつぼ=や
=よみぢ(黄泉路)=の其れよりも凄まじいものだった。
見覚えのある白い天井の下で意識をとりもどした私は
医療関係者や警察のみならず何故か中央官庁派遣の役人や
妙に気品を漂わせた政府機関関係者を名乗る老人・・
旧帝大の民俗学研究室と言う肩書の集団などに
殆ど半月以上、数少ない身内との接見、面会さえ
完全に謝絶させられた状況で・・さまざまな質問を・・
いや、もう其れは殆ど尋問に近かったが・・・
昼夜を問わず受け続け・・ほぼ監禁状態に置かれた。
唯一の救いは、其の奇妙な監禁が始まって数日後
病棟の最上階に造られた特別室のような隔離された病室に
もうひとつのベッドが運び込まれ・・そしてその上に・・・
むくれ顔で拗ねて、梃子でも動くまいと横たわったままの
入院着すがたの=ひよみ=が居た、ということ。
付き添うように入ってきた恐らくは精神科の女医や看護婦たちが
目の当たりにした瞬間、真顔で赤面するような抱擁が
其の白い部屋のベッドのうえで繰り広げられたのは言うまでもない。
そしてひと月ほどのち・・ようやくに私は解放された。
=ひよみ=は記憶を失ったあの集落の生き残りと思われたようで
係累も見つからぬことから児童施設に送られる予定だったようだが
此のちいさな=神の末裔=が、頑として其れを拒み
私に絡み付く様に抱きついて食事さえ摂らぬと有様の・・・
神のハンストとでも言う行動を数日続けたりしたことも在り
また、何故か私の提出した=ひよみ=を私の保護下に置くために
形式上、養女にすると言う法的手続きが異例の速さで受理されたり
此れも奇妙な事だが、=ひよみ=を診察していた精神科の女医や
私たちを担当していた看護士、各医科の此れも女医たちが
こぞって医学的だの人道的見地だのと言い募って呉れたために
私たちは、比喩でなく実際、殆ど抱き合ったまま・・・
数十日ぶりに、娑婆、というか、此の現世に放り出されることになる。
まあ、退院時、私たち二人に纏わりつくばかりか
明らに性的な興味で=ひよみ=に触ろうとした
自称週刊誌カメラマンを私が本気でぶん殴り、
其れを、出迎えに来ていた私のスタッフや同僚が
更にぼこぼこにすると言うひと騒ぎに、
ようやくに対面を許された唯一の親族の妹が・・
お兄ちゃん、ほんとに、そう言う性癖の変態だったの・・・と
真顔で嘆息し、あわや義絶されかけそうになると言う椿事や
どう考えても公安関係と思しき車両や人物が
私のマンション周辺に常時出没するなぞというイベントが
其れこそ次々に起き、ある意味容易に出社も出来かねる状況が
其の後、1月以上継続したのは、まあ、事実だ。
そして、あの映像・・いや、=ひよみの神楽=が
私が有給休職している間に若手のディレクターによって
編集されたものの、放送される直前に何故かお蔵入りになり
其れが原因でひとしきり現場と上との軋轢が増した、と
悲憤慷慨して訪ねてきた其のディレクターから聞かされたのも。
まあ、其の若いのは其れを告げに、
会社辞めると言わんばかりの勢いで私を訪ねてきてくれたのだったが・・
私の横でちょこんと座ったまま、
何と言うか天真爛漫に全く野放図に、
世俗的な羞恥とか体面なぞ全く気にせず
いや、もともとそんなものは
此の子に欠片も無いのだから当然とはいえ
私に絡みつき纏わりつきつつ
くすくす笑ったりする=ひよみ=を見ているうち
妙にとろんとした目になって溜息を吐き始め
・・怒る気力も失せたのか
最後は、もう、お邪魔しねえっす・・と、
苦笑して帰ってしまったのだが。
そんな非日常も、私にとっては極めて幸福で満たされた蜜月だった。
一時も離れることなく私に纏わりつく=ひよみ=と過ごす何でもない時間。
海外、国内の史蹟、自然、生き物・・そんなものを映像化した番組を
まるで幻想のパノラマを見るように食い入るように見つめながら
あれはなあに、あそこはどこにあるの・・と甘えながら問いかけてくる
この純粋で無垢ないきものと寄り添うように過ごしている時間。
其れはまるであの=おにぃえのいわつぼ=を
私と=ひよみ=みずからが此の小さなコンクリートの
居住空間に作ってしまったような光景だった。
ただ、其れは私たちが・・望んで選んだ=牢獄=でもあったかも知れぬ。
そして・・三月ほどの蜜月のあと、
どうにかこうにか、ぐずって拗ねる此のちいさな
=神の末裔?=を宥めすかして
=ひとりでおるすばん=を納得させた翌日
数か月ぶりに出社した職場、制作の現場に私の席は案の定消えていた。
かつて現場の記者から上り詰めたやり手と言う噂の社長に
直々に呼び出され、告げられた季節外れの移動人事は
全く畑違いの総務部社史編纂準備室長心得と言う長ったらしい名の
如何にもただ私を置くために造られたと思しき肩書と部署で
部下も上司もおらず、しかも在ろうことか其の部屋と机は
常時、ガードマンの居る受付を経由しなければ絶対に入り込めぬ
機材倉庫棟の一階隅に隔離されるように在る始末
・・窓際いっきにとび越えて在ろうことか穴倉である。
此処に置いて流石に私も、此の騒ぎの翳で何か大きな・・・
私の属している組織なぞ簡単にどうにか出来るような
大きなものが秘密裏に、私、いや、おそらくは=ひよみ=と私の
今を動かしているのでは、という事に気づく。
其れが何かは・・正直考えたくは無かったが。
私は何の躊躇も無く、その日のうちに・・
自己都合と言う理由で辞表を出した。
其の辞表は即日受理され、何故か社規で定められた退職金のほかに
今回の震災遭遇における人命救助(笑)と貴重な報道活動(大笑)への
一命を徒した貢献にと言う名目の、ちょいと驚く額の=慰労報奨金=が
私の口座に振り込まれ・・其れで私の田舎テレビ屋人生はあっけなく終焉する。
流石に私の同僚やスタッフ、仕事で付き合ったプロダクションなど
現場生え抜き、遠慮抜きに語りあってた連中は、
私の急な退社を幾分以上に不振がり数日後、会社に内緒で
送別の宴と称したものを企画してくれ、私も応諾した。
が、その実、其の会の真の目的が
今回の一連の騒動の真相を確かめん、とすること
と、言うのはもう明白すぎるほどだったが
私自身、此の連中にならある程度はあの体験と
此の=ひよみ=とのかかわりを話しておきたい、と
密かに思っていた部分が在ったから・・・
で、連中も意気揚々と男女問わず集まってくれたのだが・・・
・・ひとりはいや、いつも一緒って臣さま、やくそくしたの・・と、
半泣きで懇願する=ひよみ=を、
仕方なく同伴したのが間違いのもとだった。
初めて会う、大勢の=臣さまのともだち=に
ちょいと興奮したのか、此の=神の末裔=が・・
其の貸切の馴染みの居酒屋の二階で
何時も以上にあどけなく、濃厚に、
そして全く遠慮なしに・・私に絡みつき
其れと同時に初めてあの=おにぃえのいわつぼ=で同衾したときに
勝るとも劣らないような=夏の媚薬=のエッセンスを香らせ始めてしまい・・
参加した男女が年齢問わずとろん、とした目つきになったのを皮切りに
無礼講通り越して、ちょいと奇妙な乱痴気騒ぎに堕してしまう結果になる。
後に噂で聴いたのだが、其の夜をきっかけに、
いかず後家と言われた三十路の制作部女傑と
出入りのCG制作屋の兄ちゃんがゴールインしたり
新人女性ディレクターと妻子持ちの技術マンが不倫関係に堕ちたり
女子アナとプロダクションの若いのが婚約したり・・と
当夜参加者のほぼ半数に抜き差しならぬ男女関係が派生したらしい。
此処に於いて、私は・・さらに重大な決断をせざるを得ない状況に追い込まれた。
少なくとも、此の子・・=ひよみ=と・・今のままの状態で・・
此の男とおんなの溢れる社会で暮らすという事がどういう結果を齎すか
まあ、否応なく気づかされてしまったという事だ・・。
そして更に怖いのは此の=神の末裔=は
・・日々おとなに成り掛けているという事。
此の子が在る意味本当のおんなに成った暁には・・
其れは、正直・・想像外の危険で切ない騒ぎを広範囲に巻き起こすと思われ・・
やっぱ、・・何処かでふたりで暮らすか・・山の奥とかで。
まあ、其れも悪く無いかも知れんなあ・・なあ、=ひよみ=。
私が溜息とともに思いつめはじめた、そんな時である・・・
電話帳にも載せて居ない私の自宅の電話に
何処かで聞いたような名前の宗教法人を名のる団体から一本の電話が入ったのは。
其の内容はあまりに突飛で、事実漫画チックで、浮世ばなれした・・
ある種の依頼、まあ、転職勧誘のようなもの・・だったのだが
正直、其の時の私と=ひよみ=には、渡りに船の=天の声=そのものだった。
「ああ、若禰宜さまよお・・いらっしゃるかねえ」
社務所の玄関から寂びた男の声が聴こえる・・氏子総代の哲爺の。
「田植えの祀り、今年は権現の水門でやって貰えねえかって・・・
ああ、田楽はうちの氏子連から出すことにしたでよお。」
日焼けした鄙びた・・そして老いた声・・其処に居るのは還暦過ぎの農夫だ。
「あ、お待たせしました・・
申し訳ないですね、総代。
ちょっと、今日は手が離せん神事で・・
打ち合わせご足労戴いて。」
「なにさあ、向こうの権とも茶飲み話も在ったしねえ。
おや、今日は・・巫女さまあ、おらっしゃらねえだか?」
「・・ひよみですか?・・
今、其れこそ=日和=に。」
「ああ、在りがたいこった・・
此の時期、海から霜が来るからのお・・
何ぞ、変わったことがありなさったら、ふれて下さいや。」
老いた農夫がちょいと名残惜しそうに玄関を去ろうとした時である。
♪ あなたぁと わたぁしが ゆぅめのぉ くにぃ~・・♪
透明で稚い声の、流行歌が社務所の裏側から聴こえてきて
「あ、哲おじいちゃん・・こんにちは
・・今日は何のご用事?
・・ねえ、臣・・ううん、禰宜さまぁ・・
あすも=なぎ(凪)=だよ。」
緋色では無い、珍しい若緑の袴に浄衣をかわいらしく纏った巫女が
まるで仔兎が跳びはねるように社務所の玄関に戻ってくる。
氏子総代の爺さんは孫の顔でも眺めるようににこにこと其れに頷き
じゃあ、明日、ビニールハウスから苗移すかのお、と呟きながら
私に一礼してゆっくりと去って行った・・春の蒼い森の中の小道に。
場所はあえて明かせない、広葉樹の杜に抱かれた里山の一角。
すぐ目の前に穏やかな入り江が広がる・・限界集落に近い村。
其の入り江を見下ろすように小さな村には稀な格式の高い神社がある・・。
其の社の名は・・=一姫神社=・・あまり聞かぬ名前。
老宮司夫婦が守っている此の神社に、壮年の見習い宮司と
其の連れのような子のような、目を見張る程愛らしく可愛い少女が
棲み暮らすようになったのは1年ほど前の事だったろうか。
人当たりが良く、何処か世間なれした其の見習い宮司は
さりげなく村の年寄りたちに溶け込み、其の連れの少女は
まるで孫のように老いた村人たちから愛されるようになり
睦むように懐いていつも一緒に居る見習い宮司に合わせるかのように
いつの間にか自然に巫女姿で日々を過ごすようになっていった。
不思議なことに、此の、巫女少女は・・其の神社の鳥居の脇にある
かつてこの村が近隣の漁業の中心だった証のような=汐見台=
海の天候変化や出入りする船を監視した場所に立つのを何故か好み
見習い禰宜と共に居らぬ時は殆ど此の史蹟のような場所にひとり立って
遠く海を見つめては、きらきらと其の瞳を輝かせるのだった。
そして、此の巫女少女がかわいらしい声で告げる・・
=おそらとうみのこえ=がおはなししてくれたこと・・・
まあ、一種の詩のようにも聞こえる不思議な天気占いが
信じ難いことにほぼ10割に近い確率で、
天候や気温、気象の変化を着実に言い当てることに
老いた宮司や村の氏子たちが気づくのにも、そう時はかからなかった。
そして村人は其の少女の名が、昔の漁村時代の漁師の職分の名・・
天候の変化を前もって予想する重要な技術者の敬称で在った名と
全く同じであると言う事実を知り・・そして感動を覚え・・
いつしか少女巫女と見習い宮司は名実ともに此の=むら=に
無くてはならぬ=おひと=になっていったのだった。
「ああ、また・・海を見てたのかい・・=ひよみ=」
「うん、・・臣さまぁ・・
=うみ=は・・大きくて、深くて、蒼くて
そう・・¬=すさ=さまが・・・
あそこにいるみたいなんだもの・・
だから・・お話してるの・・=海=と。」
「そうか、・・=ひよみ=は・・
=日読み(ひよみ)=なんだものな。
今日は、何のお話をしたんだい?」
少女は何故か一瞬頬を染め、ちょっと口籠っていたが
意を決したように、真っ直ぐ見習い宮司、
いや、今は若禰宜と呼ばれる男の目を見つめて言う。
「臣さま・・=ひよみ=
・・もうすぐ16になるの。
そしたら・・、臣さま・・ひとつお願いがあるの。
・・=うみ=もそれがいいって
・・言ってくれたよ?」
「・・何かな・・
=ひよみ=のお願いなら・・
ああ、何でも聞いてあげるよ・・
約束したものね。」
「・・ほんとう?・・じゃあ、あのね、
臣さま・・=ひよみ=・・ね。」
巫女少女は一瞬其の清楚な衣装に似合わぬ甘く妖しく淫靡にも思える
絶妙な色香を其のあどけなく愛らしい表情にふうっと漂わせ・・
柔らかな目で彼女を愛おしげに見つめている其の若禰宜・・
実際は若そうに見えても40半ばと思しき父のような恋人のような男に
ひょこん、と縋りつくように抱きついて・・悪戯っぽく告げたのだった。
「うん・・、ひよみね・・
=もり=の=ちいさなきょうかい=で・・
=けっこんしき=したいの。
臣さまの=およめさん=に
・・なりたいんだけど・・だめ?
そうすれば、ひよみ・・いつだって・・
臣さまだけのために・・おかぐらできるもん。 」
妖艶と清楚が奇麗にまじりあい、おんなの萌芽を、いや
既にひとの女にも似た温もりを滲ませる神代の血の末裔
=ひよみ=と言う名の此の世で最も愛おしいもの・・
若禰宜はくすっと笑いながら・・無言で巫女少女を抱きしめ
愛おしそうに可愛い頭を撫で上げながら呟いた。。
「・・ああ・・もちろん・・ 厭じゃないさ、=ひよみ=。」
でも・・森の小さな教会は流石に・・ふふ・・
ちょっと・・今の君と俺には・・って、言うかさ。
ああ、色んな意味で問題が多いんじゃないかなあ・・」
・・と、真面目を装いつつ、其のこころのなかで微笑みながら。
吹き寄せる柔らかな海風の中、ふたつの影はひとつになり・・
さやさやと揺れる緑の木々だけが永遠に続くかと思われるような
満ち足りた愛の時のはじまりを見守っていたことだった。
此処までお読み下さった皆様に感謝を。
拙い駄文で在りましたが・・此れで一応の終焉です。
気が向けば同傾向の伝奇的少女愛小説、また書こうと存じます。




