充撥(じゅうはち) ~ひかりと相聞~
神話の宝器に注ぎこまれた現世のひかり・・
其れは地下の空間に劇的な変化をもたらす。
伝奇風少女愛小説・・そろそろ佳境に突入であります。
私は=ひよみ=のかざした=あまつみかがみ=の中心を狙うように
手にしたアルゴンライトの光の先端を祈るような気持ちで振り向けた・・
尤も、其の祈りに応えて何が起こるかは、全く知る由も無かったが。
殆ど絶望的と言える永劫の殺戮遊戯の只中、
手の内に在った小さな偶然に
此れからの私と=ひよみ=の全てを賭けて・・・
・・私は其のアルゴン・ライトの
蒼く、鮮やかな=ひかり=を一点に向けて注ぎ込んだ。
=ひよみ=が一心に健気に掲げている小さな円盤
・・=あまつみかがみ=に向けて。
収束され焦点が絞られた其の=光=、=とこよ(常世)のひかり=は
暗黒に近い=よみぢ=の大洞窟の空間を切り裂くように走り
=あまつみかがみ=の鏡面の中心点と思しき部分に・・命中した。
次の瞬間起きた光景を恐らく私は、いや、私と=ひよみ=は
此の生涯が終わるまで決して忘れる事はないだろう。
無骨で何処か厚ぼったい銅で出来たと思しき古代の研磨鏡
其の中心がアルゴン・ライトの光を受けたと思しき瞬間だった。
蒼い、鮮やかな、けれど頼りないほど細かった光が・・・
何かの化学物質が組成変化するかの如き勢いの激しさで
一瞬半球形の小さなドームのように鏡面で盛り上がったと思うや否や
其れこそ数え切れぬほど、幾筋も幾筋も幾筋も幾筋も幾筋も・・
鋭い針のような光の線にぱあっと分散して暗い空間に突き刺さった。
~ぎゃあうぅぅ~
~ごぉおん~
~うぉおぉぉんん~
~ひぎいいいいいいい~
~うぉああああああ~
周囲の闇の中、=よもつしこめ=の放つと思しき
驚愕、苦鳴、絶叫、呪詛、ああ・・まさに断末魔のこえ。
迸った無数の蒼い光、いや=ひかり=は
物質的存在感を持つ何かのように
闇の中に蠢く異形のものの
頭と言わず腕と言わず躰、脚、あらゆる場所に
次々と突き刺さり、そして貫き、さらに抉り・・
また、時に、周辺に群がり立つ剣と思しき代物に反射して
全く予想外の方向に向きを転じ、また貫いては転じ、
無数の針が空間内を交差して飛び交うような動きを繰り返す。
一瞬にしてさきほどまで暗黒だった大空間は
ミラーボールを数百個集めたディスコホールの如くに
交差しては煌めき揺れる蒼い光の糸で満たされ、揺れ動くかのよう。
其の恰も群舞を繰り広げるような
光の糸の中心点に・・=ひよみ=が居た
不思議なことに=しこめ=を貫き、
傷と凄まじい苦痛を与えて居るであろう此の蒼い光、
=とこよのひかり=は、私たちの周囲を警護するが如き
=よもくぐつ=には傷一つ与えぬばかりか、
其の白磁のような肌に当たって更に勢いを増し、
乱反射を果てしなく繰り返していくようにさえ見える。
そして、其の光の糸を身に受けた=よもくぐつ=たちの
白く光る白磁の肌は、ああ、此れも
無数の色糸で漉き織られた白布のように、
徐々に蒼く鈍く、暗夜に舞う蛍火のように輝き始めたではないか。
其の此の世のものならぬ美しく淡く、
けれど残酷で容赦ない光の饗宴は
およそ終わることがないと思えるほど、
時が経つに従い激しさを増していった。
気づけば暗闇に数え切れぬほど蠢いていた
おぞましい=よもつしこめ=の獣にも似た呻きも絶叫も
其のほとんどがぴたりと止み、凄まじい蒼の輝きの中
何処か、完全なる死の静寂が支配するが如き静謐さが訪れていた。
「・・いったい・・何が・・・どうなって・・」
呆然とし、だが幾分安堵もしながら
私は改めて此の蒼の饗宴を見つめた。
まるで糸玉のように密集して飛び交い
其の規模と強さを増す蒼い光の糸のドーム。
私たちを中心に今では半球のような形状の
空間と化した蒼いドームは
其の全体の大きさを徐々に徐々に広げて行く
・・此の黄泉の空洞いっぱいに。
そして其の最外延部が、狭間のように剣の林に刻まれた=路=
私たちが=よもくぐつ=に護られ進もうと試みていた
=路=の一番奥津城。
奇妙な銀色の輝きを淡く放つ
葉を付けぬ樹々(きぎ)の群れのあたりに至ったかと思えた時、
直立した銀色の樹木の群れが一斉に・・震えた。
詩的な描写や形容では無く、物理的に、
=凛=と言う音が聴こえそうなほど
鋭く、力強く、何処か切なげに震えながら
・・其の枝に何かを・・無数の何かを・・
一斉に花開かせるように出現させ、
更に激しく震え揺らぎ始めた。
そして、同時に私の脳裏に、
あの=よもくぐつ=の
声なき声によく似た無言の声が。
其れは=よもくぐつ=の其れよりも
か細く切なげだったが、何処か豊かな何か
ああ、言ってみれば無機質では無い
感情のうねりの様なニュアンスを含む声だった。
誰をとも無く、声は呼ばう・・
蒼の繊糸に綾取られた
空間の中に居る私と=ひよみ=に向かって
・・いや、そうじゃない・・此れは・・
微かに、微かに、響いてくる呼び声、
切ないほどの幽明けさで呼ぶ声。
其れは、徐々に、徐々に
其の響きを鮮明なものに変えて行き・・・
私の耳がはっきりと其の声の、
囁くような言の葉の欠片を拾い上げる。
~き・・み き・・み き・・み~
声は限りなくリフレインを繰り返す。
~き・み き・み き・み き・・み~
切なさは繰り返されるごとに増して行く。
そして、其の銀色の枝々に、
何か剣の刃のような葉状のものが完全に開いた時
声なき声のリフレインは・・
其のテンポと切なさを耐えきれぬ程のものに変えた。
~きみきみきみきみきみきみきみきみきみきみきみ・・・・・・・~
か細い 儚い 幽明けき声も
無数に集まると其れは絶唱になる。
私は何故か胸の深奥を締め付けられるような
切なさに真正面から襲われた。
~何故だろう、何故、此の声は
・・こんなにも切ないんだ
でも・・何処か・・此の声は
・・甘い、暖かい・・何故?~
ふと、私の中に此の絶唱によく似た、
いや、同じ音色の響きが唐突に蘇る。
其れは、あの=にえどこ=の褥の中、
甘え泣きするように私だけに囁いた声。
何の疑いも持たず、全てを信じ切って、
全てを委ねた、透明で切ない甘い稚い声。
~臣さまぁ・・臣さま・・
=ひよみ=は・・=ひよみ=は・・=
ああ、夢寐のうちにあの妖艶で
稚く純粋な=神の末裔(すえ=
=ひよみ=が私に縋った時・・
呟くように零したあの声
私にとって此の世で最も甘く切なく暖かく淡い
・・あの声に・・似ているのだ。
驚いた事に其の声は、私同様に、
あの生無き人形にも似た=よもくぐつ=
耳も目も口も持たぬ白磁の肌の
=よもくぐつ=にも聴こえているようだった。
いや、私以上に切なく其れは
=よもくぐつ=たちに届いているように見えた。
あの糸のような蒼い光に彩られた彼らは、
まるで何かに悩まされる人間のように
切なげに無言で身をよじり、俯き、
あるものなどは胸を抑えるような姿勢で。
其れは此処まで見たことの無い、
奇妙に人間臭い、何処か此れも切なげな動き。
そして・・ついに・・=よもくぐつ=の中でも
一番蒼く光っていた一体がまるで感極まったように
ぐっと背筋を伸ばし、妙に凛々しげに直立すると
彼方から呼びかけ来る絶唱に応えるかのように
・・声なき声で絶叫した。
~い~も~ぉ
い~も~ぉぉぉぉぉ
い~も~ぉぉ ~
明らかに其れはあの絶唱に応えるこころの叫び
・・逞しく豊かで雄々しい・・絶叫。
「きみ・・と・・いも・・
黄身と芋なら・・・
・・・ポテトサラダ?
・・いや、そりゃ絶対に違う・・な。
きみ? と いも?
・・何だ?其れは・・」
混乱した私が妙に下らぬ語呂合わせのような想像を思い描いた瞬間・・・
あの=あまつみかがみ=を掲げながら直立していた=ひよみ=が
何かに酔わされたように凄まじく妖艶で
しかも切ない口調と声音で独り言のように呟いている声が、
ふんわりと・・流れ聴こえてくる。
其れは誰かに向けて放たれた言葉、と言うよりは
明らかに此の尋常ならぬ状況によって揺すぶりかき乱された
=ひよみ=のちいさな魂、いや、=みたま=とでも言うべきものが
茫然自失のなかで思わず零した一滴のような・・言の葉。
「臣さまは=ひよみ=の・・
・・=きみ=・・にぃえなんかじゃ・・ないの。
=せのきみ=・・だいじなひと・・だいじな・・
このよにひとりの・・=せのきみ=
でも・・=ひよみ=は・・
臣さまのかわいいものに・・なれる?・・
吾妻(=いも)=に・・なれる?
=わぎもこ(我妹子)=に・・
たったひとりの・・」
何処か酔ったような無意識の=ひよみ=の言葉が
私のなかにじんわりと流れ込んでくる。
其の、何とも面映い暖かさとときめきの様な柔らかさ。
=せのきみ=・・ああ、=背の君=か・・
最愛のかけがえない=男=
なら、=いも=は?・・
当然、対になる万葉の言葉
・・=妹=だ。
=わぎもこ=は=吾妹子=
・・私の可愛い最愛の=女。=
こ、此れ・・ああ、そうか・・連中は・・
倭言葉で・・凄まじく直截な・・
ああ、何て言うか・・そうだ、あれだ・・
相聞・・互いに呼び合う・・
ラブコールをこの期に及んで始めたって・・事だよな?
ああ、=ひよみ=・・・言ってたっけ・・
=よもくぐつ=は・・俺と同じ、
=おにぃえさま=、つまり、あの=にえどこ=に誘われ
=ひよみ=たちと交合った男たちのなれの果てだって。
其の=くぐつ=が、=妹=と呼ぶ・・
あの、銀色の樹は・・じゃあ・・あれは・・
其の・・あれは・・もしかして・・・
一瞬考え込んだ私の真横を、さっきから声なき声で叫んでいた
=よもくぐつ=がすうっ、と・・・音も無く、
何かに導かれるように・・前へと・・・
其の白磁の体躯は、今やネオン管のようにぼおっと青白く発光している。
心なしか、其のつるりとした肌には
何か陰影のようなものが浮かび
先程以上に、ああ、何か異形のものとは言え、
命の匂いを漂わせてさえ居た。
蒼の光球に覆われた黄泉の空間のなか、
一筋に伸びている=路=
=よもくぐつ=は迷うことなく
其の=路=を選び、音も無く直進していく。
気づけば、他の=よもくぐつ=たちも
次々と全身に蒼い輝きを纏わせ
手にしていた武器のようなものをかなぐり捨て続いて行く。
蒼の光の糸で作られた空間の中を
此れも蒼の光を纏った=よもくぐつ=が行く。
其の何かに惹かれるような動きの一列は
鮮やかな光の川のように成り
乱立する剣の木立に己が光を
きらきらと反射させながら・・・
重力に逆らうように、いや、
此の世を律するすべての法則にさえ逆らい
下から上へ、河口から源流へ、
此の黄泉から少しでも上の高みへと登るように
蒼の光の半球の周辺部へ・・・
絶唱しながら震えている、
あの、=樹々(きぎ)=へ。
口々に声なき声で・・
良く聞き取れぬ声なき声で叫びながら・・次々と。
そして・・=よもくぐつ=が目指している
・・あの銀色の樹々(きぎ)。
其れも、また、先ほどの絶唱のような呼ばう声をさらに切なくして
其の姿がぼおっとぼやけるほどに細かく打ち震えながら・・・
一心に目指して、向かって登ってくる=よもくぐつ=を希求していた。
何時しか蒼の流れは銀色の群れに到達し・・そして
大きな大河がいくつもの細流に分かれるように
一体の=よもくぐつ=が各々一本の銀の樹の根方へ
ひきつけられるように歩み寄っていき、・・
しっかりと寄り添うと、ぴたりと、其の動きを止める。
私は、半ば呆然として其の蒼い流れの変化を見守るほかに無かった。




