表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/26

弐 ~贄(にぃえ)の岩壺

謎の秘祭の取材中拉致された主人公、灘島。

不可思議な造りの密室から逃れた彼のたどり着いた先には・・

=それ=が、永劫の時を待つかのように=居た=

ちょい、エロな雰囲気もある伝奇殉愛小説・・第弐章です。

どれ程の時間が経過したものか・・

ぎい・・と、大きな扉の如きものが閉まる音。


意識を取り戻した私は、こわばった身体を厭いながら

何も見えぬ暗闇の中でなんとか身を起こす。


其処はどうやら木の床の上・・掌には冷たい木の感触が。

正直何が起こったのか、そして今如何なっているのか


・・瞬時には理解不能だった。


ああ、あの少女の・・妖媚とも言える神楽舞に魂を射抜かれたのか?


それ以外の記憶が幾分朦朧として・・頭の芯がぼおっとする?


いや、さっきの闇のなか、後ろから抑えられ咬まされた猿轡・・


あれからは覚えのあるケミカルな匂いがしていた・・。

今も襟元に幾分漂う其れは・・古い時代に麻酔に使われたエーテルの匂いだ。


多分、私はあの神楽舞のクライマックスの直後何者かに拉致された・・・

・・・そして気づけば・・此の漆黒の闇の中に独りで放置されて居る。


嗅がされたと思しき古風な麻酔薬の残り香に混じって

私の身体からは仄かに奇妙な、だが、不快ではない匂いがしている。


闇の中で目を慣らすように彷徨わせながら現状を把握・認識すべく

必死に意識を研ぎ澄まそうと試みる私は其の香りに覚えが在った。


ああ、此れは夕方入ったあの風呂の薬湯の香りだ・・・


何処か青臭い野草の、いや、夏の茂みとせせらぎの匂いのような

何故か郷愁と幾分の興奮を覚えさせる不思議な香り・・

思ったより強いのか・・まだ、この時点で此の状況で・・香るとは。


在り難いことに呼び起こされた其の記憶は、同時に入浴時の解放感と

何とも微妙な安堵、落ち着きを闇の中の私にもたらしてくれた。


まだ、命までは取られていないようだしな・・手足も動く・・か。


よし、兎も角、何処か此処が、其れがまず・・判らんと・・・。


冷静さを取り戻した暗闇の中、さっきは気づかなかったほどだが

こく幽かな、空気の流れ、風のような空気の動きが顔に感じられた。


其れはうずくまった姿勢の私の頬をゆるやかに撫でている。


また、私は・・夕方、区長の家の風呂場で無理やりに=着せられた=

時代じみた奇妙な衣装の丁度袖のふくらみの辺りに

何かが・・幾つか入っているのに、今さらのように気が付く。


溺れる者は藁どころか髪の毛でも掴む・・


手探りで取り出すと・・ああ、自分のマンションの鍵。


そうだ、此れと財布は・・離さずに持って出たのだったな。


一文無しは免れたがこれじゃ当座の役には・・


そう思って落胆しかけたとき、鍵に付けっぱなしにしていた

かなり大きめのキーホルダーが・・がちゃり・・と音を立てた。


「あ・・そう言えば此れ、確か、

 ・・捻ると・・こう・・えっと・・」


其の、妙に無骨でメタリックなシルエットの代物は・・


先月末に作らされたテレフォンショッピングの物撮ぶつどりで

結構皆が面白がり、価格を値切って現場品を買い込んだ面白グッズ。


アメリカ陸軍開発と言う触れ込みのアルゴン・ランプを仕込んだ

セーフティライト、とか言うサバイバルグッズもどきの携帯ライト。


夜間の屋外撮影で機器の操作時に便利か、と

常時、鍵にくっつけて置いたのがこんな時に重宝するとは・・


暗闇の中、私は独り、状況を一瞬忘れて小さく笑い声を挙げた。


・・怪我の功名を100倍で実現しやがったなあ、此の=エロライト=。


此れを私が=エロライト=と周囲に吹聴していた理由は

当初の目的から大きく其の使用法がずれ、怪しげなキャバ風の店で

お姉ちゃんの胸元ならまだしも、スカートの中だとか

いや、もっと妖しく淫猥な個所の辺りを酔って覗くというような

不埒ふらち極まりない行為に活用していたからだったが・・


此の状況下、=エロライト=は案外強力な、本来の力を発揮する。


点け、と願いを込め・・其の鉛筆ほどの太さの金属筒を捻ると

かちりと言う音とともに、眩しいほどの光の輪が暗闇に拡がった。

アルゴンランプの光量は長時間継続こそしないが強烈だ。

一瞬暗闇に慣れた目が眩むような光の輪が周囲の壁に出現する。


白木の延べ板で覆われた結構広い空間、床も同様の板敷。

ああ、此処はあの神社の=拝殿=のなかだ・・間違いない。


だったら・・どうにかして・・  此の壁をぶち壊してでも外に・・

手薄そうな場所を探し、=エロライト=をあちこちに向ける私。


だが、次の瞬間、私はちいさく声を上げて凍りついた。


「こ、此の、穴は・・いったい・・な、何だ?・・」


照らされた白木の板壁の一方の様相が著しく異様で奇怪なのだ。


まあ、本来、其処は・・神社本殿であれば大概の場合

鏡なり剣なり勾玉なり・・御神体が安置されている筈の

まあ、俗に言うならば奥津城おくつきあたり。


「・・い、岩の・・ああ、崖にへばりついてたな、此の本殿。


 それにしても、普通、塞ぐだろ、こんな大穴・・

 

 しかも、ご神体置くべき場所に穴開けとくなんて罰当たりな・・・」


黒々と深く、闇の中にさらに濃く闇を抱えた様なその一角は

縦横数メートルに壁が無く、崖の岩壁がむき出しになった空間で

更に、其処に・・奥が見えぬほど深い=穴=がぽっかりと開いていた。


「・・どれ・・先はどの位・・  ・・・    ・・・・

 こりゃあ・・尋常の深さじゃ・・ないな。」


先程の頬を撫ぜた微風は・・どうやら其処から吹いて来ている。

と、いう事は、間違いなく行き止まりでは無い・・可能性が高い。


ただ、結構強烈で人に向けるなと注意書きされた此の軍用ライトで

めいっぱい照らしても届かぬほど奥まで=穴=は続いている気配。


こんな拝殿、今まで見たことも聞いた事も無いぞ・・おい・・。


ちょっと驚き、暫くの間、呆然と佇立していた私だったが

ふと、気を取り直して今後の方策を思案しはじめる。


第一に・・此のまま此処に居たところで状況が好転するとは思えんな。


第二に・・もし壁をぶち壊してもさっきの拉致犯が見張っている可能性もある。


第三に・・今の状況で此の板壁を俺が通れる大きさに破るには・・・

     時間も掛かるだろうし、誰かに気づかれる可能性が大きい。 


第四に・・さっきの捕まった状況から思うに、犯人は複数だろうし

     多分、あの村の誰か、いや、昼間からの村人の奇妙な態度からして

     村全部がグルと言う可能性も・・あの声も何処かで聞き覚えあるしなあ。


と、すると・・安全とは限らぬが、まあ、最善と思しき脱出路は、と言えば

必然的に此の剥き出しの岩壁に空いた微風の吹いてくる穴・・という事になる。


「消去法だと・・此処かあ・・気乗りはせんがなあ。

 

 ただ、此処で頑張って居座っても事は進まんな。


 幸い身体は無事そうだし・・行くしか・・ねえか・・おい。」


苦笑に近い開き直った笑いを無理に闇の中で浮かべると

思いっきり厭そうにやれやれと呟いて覚悟を決める。


出たとこ勝負で行くしか御座んせんな・・ご一同・・って・・


ああ、俺だけか・・連中は無事かな・・クルーの連中は。


スタッフの状況を思うほど私が在る意味糞度胸を決め込み

普通なら周章狼狽しパニックになりかねぬ状況の中で

存外に落ち着いて居るように見えるのには訳が在った。


実はテレビ屋で現場家業していると想像以上に危険な目にも会うのだ。


移動時の交通事故、撮影現場の予測不能な突発事故は日常まま在ること。


時に河原での大凧合戦の撮影時、大凧の綱で首の血管切られかけたり

撮影で乗っていた漁船が転覆し秋の海で全員海水浴という風流も在れば

移動時に誘拐立てこもりの現場に偶然遭遇したばっかりに

報道が間に合わぬとノーマルなレンズのカメラで接近させられた結果

中から放たれた改造拳銃の跳弾がカメラレンズを直撃し

帰社後、総務と上司から理不尽にも問責された事さえある。

ごく普通の番組屋の私でさえ其の程度の経験はさせられていた。


お蔭で哀しいかな・・大概の事には驚かぬ莫迦・・が出来上がったという皮肉。

だが、この奇妙な事件に巻き込まれた分に於いては此の職業的鈍感さが幸いした。


まあ、其れ以上に、己が突然・・

此のような、ちと危ない状況に晒されてさえ

今言った職業柄以上に、その、

私の持って生まれた莫迦本性が

=好奇心=と言う度し難い代物のほうが

強かったという事だったのかも知れぬが。


私は意を決し、壁の大穴におずおずと入っていった。


幽かに吹きつける微風は確かに此の=穴=の奥から来るようだ。


入ってみると其の=穴=は予想以上に大きく、ちょっとした岩窟の規模。


岩が剥き出しでは在るものの何処か人の手が加えられた形跡があり

壁面其れ自体は微妙に湿って居たが、足元は逆に乾いた砂で覆われている。


まあ、先程のどさくさで靴を無くしていた私には歩きやすくて好都合。


先の見えぬ洞窟に入り込み、無言で砂の上を歩き続け

時に一息、砂上に座り込んで休息したりもしつつ・・


何処かに在ってくれ、出口、と願って歩いて15分ほどだったろうか・・


小さな玩具のような=エロライト=のバッテリーが心細くなりかけたころ

眼前の洞窟の側面と天井が緩やかに広がり始め

其の奥の方、かなり向こうにだがぼんやりとした明かりが見えた。


すわ、出口、と勢いづいて近づいて行くと、その明かりが時折揺れる。


明らかに其れは人口のものと思しき炎の揺らぎに思えた。


まだ夜明けには至らぬはずだから・・、いや、其れも判らない。

時計は暗がりで襲撃拉致されたときに紛失し、いや、奪われたか・・・。


時間の計れるものは手元から消えていて、此の暗闇、此の洞窟だ。


あの灯りは出口かも知れず、そうじゃない可能性も半分以上ある・・が

どうやら此の先には此処までと違う何かが存在するのだけは確かだ。


・・後に戻るよりは、まだ、進む方がまし、ってとこですか・・・


突撃玉砕も辞せずな連隊長の如き心境で呟くと

私はゆっくり手持ちの明かりの照らす範囲を

すぐ足元の白砂の上にまで狭めて行き、最後は・・

不要な音を立てぬようそっとスイッチを切って袂に仕舞う。


先の方は明かりが灯っているから目を慣らしながら行けば見えそうだし・・

其の後を考えれば・・=エロライト=のバッテリーも残しておきたい。


だが、其れ以上に重い理由は・・

此の先に明かりが在るという事実から考えられる事。


あの灯りの処には、十中八九何かあり誰か居るであろうと言う推測だ。


とりあえず今の状況で、其処に在る・居るものが何であれ

私に気づかれずに近付ければ、まず、其れに越したことは無い。

其処に居るのが危険なもの悪意のあるものだとしたら尚更の事。


先手必勝、準備万端、行動迅速、判断明快、・・あと、

ああ・・焼肉定食千客万来・・ち、違うか、此れ。


かなりな緊張によるやけくそ状態に半ば陥りつつ足音を忍ばせ

乾いた白砂の上を静かに裸足で踏みしめて壁伝いに身を隠しつつ

ゆっくりと、其の、明かりの見える出口らしき部分に近づく。


吹いてくる微風は明らかに前より強くなってきた・・

微風と言うより、扇風機の微弱程度のはっきり感じるそよ風に・・


そして、其の風には、覚えのある何かが強く混じっている。


「・・あれ、また・・此の香り・・あ、夕方と同じ・・」


此れだけ強く香ってくると何処か扇情的とさえ言えそうな

青い香りが其処から、灯りの見える場所から香ってくる。


茂った雑草の草いきれの匂い、

清冽な渓流の水辺の匂い、

朝の夏空の空気の匂い

微妙に、何とも淡いときめきを思わせるような=蒼い香り=


場違いにも、其の時、私の脳裏に何故か思い浮かんだのは・・


幼馴染の少女の薄い夏服からすんなりと伸びた

白い太股と育ちかけた胸のふくらみ

シッカロールのような甘い

子供から大人になりかけの女の子の香り。


何故か、傍に寄られると妙に嬉しいくせにむず痒い微妙なときめき。


今、思えば其れは、恐らく・・

私が始めて感じた=性的な魅力=のフラッシュバック。


ヰタ・セクスアリスの最初の萌芽の幻影のようなものだった。


瞬間、脳裏に・・=夏の媚薬=・・そんな言葉が浮かんだのは

職業柄のコピーライトの悪癖故だったかも知れぬが・・


出来は悪くないコピーだよな・・無事に戻れたら何かに使おうか・・


い、いや、そんなもん悠長に考えている場合か、此の・・莫迦。


ふと、浮かんだ性的幻想と其処から派生した娑婆っ気を粉砕し、

気を取り直すと・・あらためて・・ゆっくり静かに近づく。


此の岩窟のもう一方の出口と思しき灯りの漏れる結構大きな穴。


開口部は3メートル四方は在りそうで其の奥の空間は明かりに満ちている。

洞窟の中からは明度差で景色が判らぬ程の=強い=明かりだ。


息を殺し、私は其の岩窟のぎりぎり外れまで進むと

そっと顔だけを岩陰から出すようにして光の漏れる空間を覗き込む。


其処には・・思いがけない光景が在った。


上が見えぬ程高いドームのような円天井を持つ、予想以上に広い=岩の部屋=


其の中央にしとみという平安期の畳に似たものを敷き詰めた床があり

其れは高床式の建物のように柱で岩の部屋の底から軽く持ち上げられて建っている。

広さとしては、まあ、十畳間ほどの大きさだろうか・・居心地は良さそうだ。


其の周囲には綺麗に掃き清められた白砂はくさが其の周囲に広がっており

其の箒目ほうきめは神社の神域のような清浄さを秘めた模様を描き

其の白砂の上、高床の座所の四方を・・囲むように白木の鳥居が飾る。


こ、此処は・・神社か何かか?


それとも・・あれ・・誰か・・居る・・!


中央の座所を覆った、透き通った絹のような布の帳(とばり=カーテン)。


其の中には白い多分練絹のような光沢の生地の褥(しとね=布団)が広げられ、

その上に何か、いや、誰かの人影がぽつんと座していた。


蒼い紗の薄衣を羽織った・・儚げな淡い影のようなシルエット。


と、其の時、私の気配に敏くも気づいたのだろうか

其の蒼い影はついと立ち上るととばりに近づいてきて

覗き込むように帳の端から白砂の灯りの上に顔を覗かせた。


其処には、あの神楽舞の少女、杜の精のような巫女の少女が

おぼろはかなげな風情で伏し目がちに、如才無さげに、

誰かを待ちわびでもしたかのように独りで=居た=のだった。


「あ・・、君・・あの、昼間の・・

 あの、夜の・・神楽の・・」


思わず呟いた私の声は存外に大きく此の=岩の部屋=に響く。


其の声に気づき、暫く此方の方を遠目で見ていた少女だったが

岩陰から覗き込んでいた私の存在に気付いたのだろう。


それまでの憂い顔をまるで花の花弁がふわりと開く様に微笑ませた。


「・・・・ほんとに、ここまで・・きた・・の・・」


遠くから少女の鈴の鳴るような声が聴こえる・・其れは幾分の涙声のようだった。


其れと同時に少女は何か招き入れるような仕草で私を誘った。


「昼間の、ああ、あのときの・・=おにぃさま=・・ね。

 

 ねえ・・こっちへ・・

 

 もっとちかくに・・きて・・おねがい。」


少女の声が切なさと甘さを増し、私を招く仕草はあたかも舞。

あの神楽舞、何処か神秘くしびながらも淫靡な舞の前段階のよう。


私は、憑かれたように、現状の異常さも奇妙さも失念して

ふらふらと其の高床たかゆかの如き少女の居場所に歩み寄る。


最初はおずおずと、徐々に足を速め、勢いを加えた足取りで。


最後は綺麗に模様付された白砂を荒々しく踏み散らし、

性急に、猛々しく、其の少女の佇立する蔀のうえの練絹の褥に

いざなわれるまま、飛び込むように踏み込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ