従死地の弐(じゅうしちのに) ~血と泥、堕ちて行く匂い~
ひよみと主人公を待ち受けていたものは
おぞましさの極みの如き・・生き物とも何ともつかぬ
だが、間違いなく在るものに酷似した其れ。
地下の神話世界で始まる闇の中の殺戮、
いや、それは果ての無い・・
そして・・先頭の=くぐつ=2体の前進が・・唐突にぴたりと止まった。
続いて・・私にも感じられるほどの強烈な=害意=の塊が前方から・・来た。
其れも・・明らかに邪な気配を振りまいて。
まだ姿も見えず、音すら聞こえぬが・・明らかな敵意と羨望・・
=呪詛=の塊のような、粘液質でどす黒い=敵愾心=の気配を。
~はやしこめにきづかれしや くちおしき くちおしきかな ~
~されどこれも かくごのうえ かくなっては いたしかたもあらじ~
~ひよみを おんかたさまを おまもりするは われらが・・・~
此方も倶風の如き無言の雄叫びが周囲の=よもくぐつ=の群れから上がる。
心成しか其ののっぺりした=顔面=に表情のような陰影さえ覗そうな勢いだ。
此の=のっぺら姉ちゃん=は、徐々に人形から人間、
いや物の怪、いや、何かは判らぬが・・妙に生き物臭い存在へと
此の黄泉路に入って以来、変貌しつつ在るようにも思えた。
そして、次の瞬間、前もって訓練でもされていたかのように
=よもくぐつ=たちは私と=ひよみ=を中心に
車かかりの陣形のように円陣を組み剣と大鉾をずらりと乱立させて
刃衾を作り堅牢な防御態勢に入る。
同時に、~オン~・・と言う何か獣のような
人間の悲鳴のような=音=が・・
凄まじく厭な、耳を塞ぎたくなるが如き=音=が・・
前方から・・幾つも重なるように響いてきた。
~オン~ ~オン~
~オオン~・・
~オおおオ おン~
重なっていた響きは次々と闇の中に拡散し、数を増やし、
距離を縮め、徐々に大きくなり・・
ふと、途絶えたかに思えたが・・いきなり・・
一群の黒い倶風と化して私たちの円陣に・・次々と襲いかかる。
「い、いやああああああああ~ぁっ
・・あれは・・いやあっ・・
みたくないのぉっ
いやああっ・・臣さまアッ。」
殆ど絶叫に近い=ひよみ=の悲鳴が暗黒の中に響き渡る。
・・絶望と嫌悪の色の声・・必死に私に縋り、助けを乞う。
其の肢体を改めて抱き寄せ、
=くぐつ=の円陣の狭間から
前方の暗闇を凝視して・・
私は・・恐らく此の世で最もおぞましいもののひとつを・・見た。
暗闇のなか、もぞもぞと蠢くように現れてきた=其れ=。
奇妙にぬめぬめした粘液質の表皮・・
爛れたように腐食して垂れ下がった何か。
銀色に近い体毛、いや、あれは・・髪か?
振り乱したように蠢く=髪=
一本一本がいきもののように何かの蟲のように
暗黒の虚空に這い伸びる幾筋もの乱れきった=髪=
手足は微妙に左右非対称で汚らわしく歪み、
胴体はまるで水死体のように蒼黒い。
先程は気づかなかった=ものの腐る臭い=が
周囲の暗闇の全方向から私たちに吹き付けてくる。
=ひよみ=が香らせていた=夏の媚薬=とは
真逆なおぞましい生き物の臭い・・・
いや、言い難いことだが・・其れは・・
ああ・・其れは・・・
あからさまに言えば=おんな=の臭い、
いや、=雌=の臭いだ。
其の動物質である意味生命力のおぞましさを
具現させたが如き悪臭同様に
殆ど穢れた異界の汚辱としか見えぬ
其の何者かの正視し難いフォルムには
=よもくぐつ=同様の、いや、
其れ以上にあからさまに、酷く、はっきりと
=おんな=を明確に感じさせる何かが
・・しっかりと残されていたのだ。
・・よもつ(黄泉)・・・
しこめ(醜女)・・ってか・・
ひ、酷え・・・
いくらなんでも・・こんな・・
酷いカリカチュア(風刺画)があるもんかっ!
正直、傍にいる=ひよみ=が
=おんな=であることさえも嫌悪させそうなほど
其の黄泉路の守護者たちはおぞましく不快で・・
其れ以上に何故か、正視に堪えぬ程
切なく哀れに見える存在だった。
が、そんな私の気分にお構いなく、
おぞましさで直視できぬ其れは
何匹、いや、何人かの群れを作りながら
野生の群狼が獲物を狩るかの如き
凶暴さと冷静さで襲いかかって来る。
=くぐつ=の中央に護られた=ひよみ=と私を明らかに狙って。
驚愕と衝撃で一瞬固まってしまう私、
震えてしがみ付いてくる=ひよみ=
そんな私たちを死守せんとするかのように
=よもくぐつ=の群れは決然と行動した。
先頭に立っていた2体の=よもくぐつ=、
松明を持ち、短剣様の剣で武装した2体が
まるで指揮杖でも振り回すかのように
其の短い剣を暗黒の虚空にかざし
突っ込んでくるおぞましい生き物?の
ひと群れを指し示した瞬間だった。
背後から今までとは比べ物にならぬ速さと勢いで
長い棒状の武器を持った=よもくぐつ=が
わたしと=ひよみ=の左右を
一気に奔りぬけるように過ぎ、最前列に躍り出る。
と、同時に、其の棒状の武器の先端を
明らかな殺意を以って思いっきり突き出した。
闇を抜け、襲いかかってくる3体の=よもつしこめ=・・
其の左右の=よもつしこめ=の顔の
・・生物の全ての致命的急所と思しき
額の中央と鼻柱を繋ぐ部分に、正確に、無慈悲に。
急襲のつもりが、思わぬロングレンジでの迎撃を喰らって
真後ろに吹っ飛ぶ2体の=しこめ=
低い苦鳴のような音が暗黒の中糸を引くように流れる。
其の声に躊躇い、一瞬状況を見失い
動きを止めた真ん中の残り1体が
同様に奇妙な唸り声を上げて静止した瞬間・・
=よもくぐつ=の長い大鉾のような武器が
今度はそいつの左右非対称の両脚下を狙って横殴りに。
情け容赦ない両脚一緒の=薙ぎ払い=を食らって
真ん中の=しこめ=は無様なほど勢いよくひっくり返され
何処かこっけいなほどの慌てぶりで仰向けに転倒する。
間髪を入れず、引っ繰り返ってもがいている=しこめ=に、
剣を手にした別の=よもくぐつ=が数体・・
暗闇の中から音もなくわらわらと襲い掛かり
ばたついている其の脚を目掛け、正確に剣を振り下ろした。
=ぐずっ=という何か重く硬い鈍器を叩きつける音。
続いて、聞くに堪えぬ・・=ぶっづん=・・と響く
粘液質の胸糞の悪くなるような重い湿った断裂音。
何か粘度の高い液体が闇の虚空に吹き上がる
=ぶしゃあ=と言う音が生々しく続いて響く。
闇の中、=よもくぐつ=のかざす灯りに
一瞬其の音の出所の光景がゆらりと照らし出された。
泥絵の具で色づけされたような無残絵。
其れを真正面から予告なしに見てしまったのだろう
ひいっ、と=ひよみ=の魂消えるような小さな悲鳴が闇の中に木霊する。
其の目を思わず私は抱きしめていた右手を解き
アイマスクの様に素早く、だが優しく覆い隠してやる。
俺は仕方ない・・が、此の子には
・・見せちゃ駄目だ、これ以上。
=ひよみ=は震える手で私の手をしっかりとつかみ
躰をこれ以上ないくらいぴったりと摺り寄せ、いや、縋りよせた。
恐怖と嫌悪、其れと如何にもならぬ哀しさが、
此の妖艶な神の末裔を年齢にも及ばぬ、
頑是ない=こども=に戻したかのよう・・
震え、惧れ、苦しんで・・只管に縋ってくる=ひよみ=。
無理も無い・・俺だって・・これは・・正直・・我慢が。
形容しがたい悲鳴のような声を上げて
じたばたともがく=しこめ=
しかし、起き上がることは叶わない・・白砂のうえを転げまわるだけだ。
其のもがく=しこめ=に、今度は
後ろに吹っ飛ばされてようやく起き上がり
復仇の念凄まじく突っ込んできた
さっきの2体が決躓いて地面にどうとぶっ倒れる。
先程同様に重い断裂音・・吹き上がる湿った液体のおと
・・今度は殆ど左右同時に・・まったく同じタイミングで。
其れは躊躇なく感情の欠片さえ感じさせぬ
凄まじいまでに機械的で正確な動きと速度の攻撃、いや、防御か。
=よもくぐつ=たちの白磁に似た肌が
淡い松明の灯りに時折浮かんでは消える。
其の動きは何処か70年代に一世を風靡した
暗黒舞踏のひと幕にも似て残酷さと恐怖を滲ませながらも
何処か滑稽で道化的なニュアンスを漂わせる群舞にも見えた。
暗夜のなか、秘事の如く行われる神事のようにも。
だが、其の実態は・・あまりに凄まじく無残で
どうにも救いの無い光景以外の何者でも無かったのだが。
~す、凄え・・一瞬で脚を止めた、
いや、連携プレーで両脚ぶった切った・・のか
確実に・・殺す気で・・居やがる
あの・・のっぺら・・いや=よもくぐつ=の連中。~
寸分の狂いのない連携のタイミング、
戦慄すべき機械的冷酷さで戦闘は続く。
感情の欠片も感じられぬ=くぐつ=たちだけに
一層その冷徹さと其れによる惨さが際立つ。
呆然と見つめるしかない私たちを余所に、
大胆な特攻を終えたロングレンジの大鉾担当は
わたしと=ひよみ=の真横までするすると後退し、
今度は左側から肉薄してくる3体に躊躇なく再び迎撃をかけた。
周囲に佇立し、私と=ひよみ=を守護するかの如く
剣をかまえる=よもくぐつ=たちは
剣を持った腕と思しき部分を前にした
半身の状態になり暗黒の虚空を注視している。
事あらば容赦なく其の剣を襲撃者に振わんとする
猛気のようなものに満ちた姿勢で。
其の姿からは今までに感じられないほど
ぴりぴりとした緊張感、いや、殺気が漂う。
突っ込んだ=くぐつ=が再びさっと引き、
剣を持った奴が飛び出していく・・
そして、左側の闇の中から再び
湿った何かを叩き斬る鈍い音が響く
・・くぐもった鈍い音が。
先ほどと寸分変わらぬ動きと展開で
暗中の惨劇が無言で繰り返されて・・・
今度は右、また左・・ 後ろ、
また正面・・ また、右横・・
全く同様のテンポと展開で闇のなか、
血しぶきが上がり、斬られた手足が飛ぶ。
嘔吐しそうな死の舞踏が次々と役者を変えて続く・・
其れこそ、永劫に終わりなど無いと思えるほど淡々と・・
=ひよみ=はもう殆ど血の気の無い顔色になり
悲鳴さえ上げられずに呆然と佇立して震えている。
私にしがみ付いた腕や触れ合った其の躰からは
純粋な恐怖と嫌悪が・・伝わってくる。
其れでも先程から健気に声をあげずに居るのは
此の子なりの強い決意の表れか・・・
私は其の健気さに、改めて此の子が愛おしくてたまらなくなった。
=ひよみ=も必死に、今、何者かと、多分己の運命と・・・
=ひよみ=を縛り続けた運命の縛鎖と闘っていた。




