戎死地(じゅうしち)~闇の中の陥穽~
よみぢ(黄泉路)と思しき洞窟に踏み込んだ
ひよみと主人公を待つもの、とは・・・
先頭の二体の=よもくぐつ=がゆっくりと此方を振り向いて頷く・・
其れと同時に連中が手にした明かりが高々と掲げるように持ち上げられる。
其処には炎の揺らぎに照らし出されたちょっとした空間が広がっていた
そして其の空間の光景は今まで以上にぞくりとする異様な風情だった。
葉を付けぬ樹のような直立物が何十となく彼方に密集した大洞窟のような空間
其処に続くのは暗い一本の=道= いや、=隙間=と言っても良い=狭間=。
田舎の畔の一本道のように細く続く其の通路のような場所の周囲は
何か無機的な鈍い光沢を放つ棒のような木の枝の如きものが
殆ど隙間も無いほどの密度で密集して、いや、白砂のうえに意図的に植えられて
此の通路と周囲を隔てる境界のように延々と奥の奇妙な樹林まで続いている。
~みことのりをたまえ おんかたさま ななしのつるぎ とりて ~
今までに無く力強い脳内に響く声、
其れに複数の=応=と言う声が続く。
随行してきた=よもくぐつ=の全てが今の一言に呼応したような響き。
私は何故か込み上げるものを感じながら、己が思いを声にしていた。
「・・よし、わかった・・君らの思うとおりに・・・」
・・此の子を護るんだ・・最後の一言は己が胸の中で呟く。
私の一言に呼応したかのように=よもくぐつ=たちはわらわらと動きだし
周囲に林立していた木の棒のようなものをそれぞれ思い思いに引っこ抜く。
あるものは其れを高々と掲げ、またあるものは其れを脇に構えるように持ち
先頭の二体は片手の松明は其の儘にもう片方の手に短めの其の其れを握る。
幾分鈍い輝きが松明の火の揺らぎに伴うようにぎらりと其の棒状のものをつたう。
明らかに其れは金属の持つ鈍く何処か無残で凶暴な光に見えた。
・・こ、此れ、もしかして・・剣か?・・
見回せば後方の=よもくぐつ=の何体かは
幾分長めの棒のようなものを手にしている。
其の先端部は笹の葉の形にも似た形状のやはり鈍い光を放つ無骨な其れ。
ああ、あれは・・鉾だ・・
多分、古代神話時代の武器の・・大鉾。
なら、前の奴のあれは・・銅剣だな・・間違いなく・・。
の、=のっぺら姉ちゃん=がいきなり戦士にクラスチェンジしたってかい。
あまりの急激で唐突な成り行きの進展に呆然とする私に、
一体の=よもくぐつ=が恭しく何かを捧げるように渡してくる。
其れは真っ直ぐな本体の途中に幾つかの
枝状の突起の如き刃を生やした代物で
何故か奇妙に鋭く冷たい光を湛えている景色の
剣と言うより法具の如き姿な代物だった。
造形的には見事な美術品の雰囲気も在るが
其処には華奢な脆弱性などは微塵も無い。
此れ・・たぶん・・
連中の言う =ななしのつるぎ=・・。
=ななし=・・ま、まさか・・
七支刀っ。
七支刀は古代物部氏の所有と言われた中国伝来の祭祀用の刀。
4世紀ごろの大陸産の遺物と言うのが今までの定説じゃなかったか?
其れが・・此の封じられた神代からの禁忌の地に、何故在る。
しかも・・此れは明らかに実用の刀、いや、宝剣とも言えそうな剣だ。
私は混乱と驚愕のうちに其の=ななしのつるぎ=を無言で受け取った。
其のずしりとした重みと手に吸い付くような・・
滑らかなだが何処か柔らかい金属の感触に一瞬、ぞくりとしながら。
気が付けば隣に寄り添った=ひよみ=の手には
此れも同様に何処か美術的美しさを有した
分厚く丸い直径20センチほどの金属の円盤様のものが
=よもくぐつ=の一体から恭しく=献上=されている。
・・こ、此れを、俺たちに装備しろってか?
・・=よもくぐつ=さん?・・・
胸中の問いに呼応するかのように力強い幾つもの無言の声が・・・
~ななしのつるぎもつ おんかたさま われら ことごとく ここにさぶらわん~
~われらいまこそ すべてのとこいにそむき あしわらのしこおと かさん~
~なぜならば ひよみは われらが すべて ~
~ひよみは われらが いつくしみし ものの すえ~
私の頭の中に一斉に声なき声が響き渡る・・まるで一瞬の倶風にも似た激しさで。
イントネーションの無い古語のような其れは
正直大きすぎ多すぎて全ては聞き取れない・・
だが、ただ一つ判ったのは・・・
此の=よもくぐつ=たちが何らかの理由で
私たちの道行を、いや、=ひよみ=の願いである
此の=禁忌の地=からの脱出と言う行動に
己が存在を、いや、もしも彼ら?が、生き物で在るならば
己がいのちを賭けてでも守護し殉じようとしている・・
其の思いのようなものだけは痛いほど伝わってきた。
・・こいつら・・姿かたちこそ、今は、こんな・・
のっぺりしたマネキンのような姉ちゃんだけど・・
間違いなく、こいつら・・=漢=だ
・・其れも飛び切りの莫迦だ
・・俺の大好きな飛び切りの莫迦。
私の胸中に今までとは少し違う種類の熱いものが
ふつふつと湧き立ってくるのが判る。
そう、元々私は単純な男なのだ、こと、此の手の感情に於いては・・
危急の折、どうしても避けられない危機が目の前にあるなら・・
其れから・・大切なもの、大事なものを護る・・其のために立つ
・・蛮勇と言わば言え・・
損得勘定の無い餓鬼と思わば思え。
其の気概と根性を失ったら・・
生きてて何が面白い、いや、何の意味が在る。
少なくとも其れが=漢=ってもんじゃあ・・無いか・・
神代の昔から・・この国じゃ、いや、
この=秋津島=じゃあ。
場違いな程奇妙な気合と熱が私の中にふつふつと湧きたってくる。
其れは手にしている古代先史の秘法のような剣の魔力なのかも知れなかったが
少なくとも其の瞬間の私は、世慣れして何処か冷笑的な田舎テレビ屋でもなく
四十路を過ぎて、分別の仮面でこころを覆った中年男でもなかった。
単に其の時の私は・・十五の少年のように
己が感情に、愛しいと思ったものに殉じる事が全てと思い込んだ
とてつもなく真っ直ぐで、其れゆえ性質の悪い
感情のうねりに身を委ね後先が見えなくなっている
=男に成り掛けの餓鬼=そのものだったのかも知れない。
「臣さまぁ・・くぐつが・・くぐつがいつもと・・ちがうよぉ・・」
驚愕と不安からか=ひよみ=のか細い声は殆ど涙声になっている。
私は其のけったいで無骨ながら何処か原初の美しさを秘めた剣を右手にしたまま
空いていた左腕で遠慮会釈無く思いっきり=ひよみ=を抱き寄せた。
いや、小脇に小荷物のようにひっ抱えたと言った方が正確かも知れない。
私の突然の行動に涙声さえ出せなくなった=ひよみ=の小さく柔らかな肢体が
私に抱きよせられたまま細かく震える・・そして温もりがやんわりと伝わってくる。
とくん・とくん、と言う少女の心音が身体に直接響いてくる。
其れは此の世のどんな勇壮な軍楽よりも私を昂ぶらせ勇気づける音。
「=ひよみ=ちゃん・・絶対に俺から・・離れないでいるんだ・・いいね。」
私の声は興奮の極に達した分、逆に何処か静かに淡々と響いた。
流石に何か尋常ならぬ事の勃発を此の無垢な妖女も予期したのだろう。
先程までの震えが嘘のように収まり・・其の小さな腕の片方が
抱きしめた私の腰のあたりにしっかりと巻きつく・・胞衣のように。
「・・くぐつと・・行くの?・・
あそこを通って・・臣さまも?」
「ああ、此処を突破して・・其の、
=あきつま=に出る道を・・目指す。」
「=しこめ=が・・いるよ・・
とても・・とっても・・哀しい・・
でも・・=厭=な・・」
=ひよみ=の口調には今まで無かったような種類の震えが感じられた。
恐怖とか危険の察知による、と言うより
あからさまな生理的嫌悪のようなニュアンスの。
おそらく、=しこめ=と言う此の闇の隧道の番人兼支配者は
私たちに従い、今まで=ひよみ=を無言で撫育してきた=よもくぐつ=より
彼女にとってはるかにおぞましく嫌悪すべき対象なのは間違い無い。
・・しかも、其のおぞましい存在と確実に一戦交える事になりそう・・ってか。
ざわざわと周囲を固めつつじりじりと前進する=よもくぐつ=の群れの中央
私は意図的におどけた様な口調で呟き、同様にじりじりと前進し始める。
道化てでも居なければ、何時、此の決意や勇気が雲散霧消してしまうかも判らない・・
恐怖や怯え、未知のものに接しようとする好奇。
そんなものが綯交ぜになった気持ちのまま・・
無数の朽ちたような古い剣や鉾が乱立する
=よみぢ=の大空洞のなかを進む・・
無数の=くぐつ=に守られながら、
粛々と足音さえ殺すが如く無言のまま・・
しっかりとしがみ付いてくる=ひよみ=の温もりを私自身の唯一の支えとして。
そして・・先頭の=くぐつ=2体の前進が
・・唐突にぴたりと止まった。
続いて・・私にも感じられるほどの強烈な=害意=の塊が前方から・・来た。
其れも・・明らかに邪な気配を振りまいて。
まだ姿も見えず、音すら聞こえぬが・・明らかな敵意と羨望・・
=呪詛=の塊のような、粘液質でどす黒い=敵愾心=の気配を。
~はやしこめにきづかれしや くちおしき くちおしきかな ~
~されどこれも かくごのうえ かくなっては いたしかたもあらじ~
~ひよみを おんかたさまを おまもりするは われらが・・・~
此方も倶風の如き無言の雄叫びが周囲の=よもくぐつ=の群れから上がる。
心成しか其ののっぺりした=顔面=に表情のような陰影さえ覗そうな勢いで。
此の=のっぺら姉ちゃん=は、徐々に人形から人間、
いや物の怪、いや、何かは判らぬが・・妙に生き物臭い存在へと
此の黄泉路に入って以来、変貌しつつ在るようにも思えた。
そして、次の瞬間、前もって訓練でもされていたかのように
=よもくぐつ=たちは私と=ひよみ=を中心に
車かかりの陣形のように円陣を組み剣と大鉾をずらりと乱立させて
刃衾を作り堅牢な防御態勢に入る。
同時に、~オン~・・と言う何か獣のような
人間の悲鳴のような=音=が・・
凄まじく厭な、耳を塞ぎたくなるが如き=音=が・・
前方から・・幾つも重なるように響いてきた。




