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重思(じゅうし)~比翼連理~

こころの深奥の傷の痛みを互いに無意識に舐めあい

精神的に愛撫するように癒しあうことに比べれば

月並みな獣欲や嗜虐心による性的興奮なぞは

児戯のようなものだったかも知れず。


ぴったりと触れ合わせた肌の熱さは

何時しか癒されるがごとき温もりへと変わり

熱くまとわりついていた吐息の甘さも

不思議と柔らかな暖かい呼気へと変わる。


其れはまるで・・


冬の野道で稚い少年と少女が互いの握った手に

優しく吹きかけあう白い冬の息のように、


暖かく切なく、


何処か透明な哀しみを含んでいて・・


私は、遂に此の少女との

感情深奥部の交わりのようなものが

救いがたいほど深く、

既に引き返せぬほど強くなってしまったのを

厳然たる真実として認めざるを得ぬことを甘受した。


言葉は・・時に途絶え、

ただ、互いの目の深奥にある希望と絶望を

覗き込むように見つめ合って・・


また、抱き合う手に力を込め

四肢を絡ませ合い、歔欷するように震え

ひたすらに抱き合う私と=ひよみ=


生と死の端境にでも立つように


・・震えながら素肌のまま・・幼子のように


ただ互いの温もりを共有し求めあい

遠く燃えるかがりの火の

揺らめきの中で時を過ごす私たち。


やわらかく

あたたかく

せつない・・


こんなきもちになったのは・・はじめて・・


おかあさん・・おかあさん・・


おかあさんも・・こうだったの・・


時折低く甘え鳴きするようにこぼれる

=ひよみ=の独白のような囁きに応え

其の豊かさを萌えさせ始めた曲線を

私は優しく己が体幹の中心に抱きしめる。


其の時間は前夜までの

永劫の煉獄のような其れとは異なり、

まるで夏の陽炎のように

短く儚く感じられた。


前に聴いた、きいきいという

木の蝶番が擦れるような不快な音が響き

あの=くぐつ=という

ある意味の呪い、罪の残滓が現れても

私も少女も・・其の存在に気づくことは、

いや、気づいても気にすることは無く


ただ目を閉じて抱き合ったまま互いの心音に耳をすませ・・

そして時折其の唇を自然に重ね合わせつづけていた。


其れは中学生でも今時照れるような

初歩的なフレンチキスだったが

私にとってはどんな濃厚な口技こうぎよりも

甘い麻薬だったように思う。


もう、其処では時と言う概念すら消え果ていたのかも知れない。


互いの存在は既に、見えない胞衣えなに結ばれたかのように其処に在り

自他という域を半ば越えて、肉体は互いの心音の響きまで共有したかのよう。


其れは、あくまで概念的な錯誤に過ぎぬであろう事は言うまでも無いが・・・


私は、其の時、己が肉体と精神の中に、信じがたい事ではあるが

自分が生まれて以来渇望して止まなかったものが

しっかりと存在し息づいて居るような幻影に包まれ、陶酔を覚え始めていた。


其れは、男で、雄であるはずの私には決して起こり得ぬ感情と感覚。


雄と言う性的な意味での肉欲や

其れを理性的に昇華して希求する雌への独占欲を精神的に昇華した、

人間の男が種族の歴史の中で身に着けてきた


父性という精神愛の概念を超えた・・男の中に在り得ぬ筈の・・=母性=。


私は、其の時・・・


恋するものであり求めるものであり

はらます種を生むものであり

護るものであり奪うものであり

また慈しむものであり叱り導くものであり・・


信じがたいことだが・・


確かに、魂のなかで=ひよみ=の=母=ですら在ったかも知れない。


精神的な羊水と目に見えぬ子宮が

此の巨大な胎内岩窟の深奥の褥のうえ

私と言う男である肉体を介して

擬似的に奇跡的に出来上がり


此の長くくらい運命の時間軸に縛られた生贄の仔羊を

全き存在の幼子として、現世に産み落とさんとするかのような・・奇跡の具現。


卑小で猥雑さを持ちはするものの、

一種の宇宙創成にも似た崇高さが

何故か其処には確実に感じられたのかも知れない


・・・余所から見たならば。


周囲を囲んだ=よもくぐつ=たちさえ

・・前の時と違い、奇妙に・・そわそわと・・


何処か歓喜の踊りでも始めそうな

奇妙にうわついた動きで

私たちを眺め、ただ、去っていく。


不思議なことに前に聴こえてきた

あの声のようなものが聴こえることは無かった


そして私たちは、ただ抱き合って

睦言にすらならぬ他愛ない言葉を紡いでいた。


「・・ねえ、どうして・・こんなにあたたかいの・・」


「ああ、俺にもわからない・・

 =ひよみ=ちゃんには・・わかる?・・」


「・・ううん・・でも・・

 やさしくて・・あたたかいの・・

 ねえ・・臣さまの生まれたところも

 こんなにあたたかい?・・」


「・・汗をかくほど暑いときも・・

 手先が凍えるほど冷たい日も・・


 ああ、こんなふうに暖かい気持ちの時だってあるよ・・」


「・・=ひよみ=は知らなかった・・

 とってもさびしくて冷たくかったの・・

 

 おかあさんが居なくなって・・でも・・今は・・・」


「・・言わなくてもいい・・

 俺もそう思う・・

 =ひよみ=と同じくらいに・・」


「わたしたち・・おんなじだね・・」


「ああ、・・もう同じなのかもな・・」


「ずっと・・いっしょ?」


「・・判らない・・でも・・俺は・・・


 ずっと・・いっしょに・・・」


其れ以上の言葉を続けることが切なくなり、

また、出来そうも無くなって

私は一層柔らかさと温かさを増した少女の肢体を、

骨も砕けんばかりに其れこそ思いっきり・・


抱きしめて引き寄せて離すまいと包み込んだ。


少女は大きな吐息を漏らして

負けずに私に柔らかに、だがしっかりと絡みつく。


天の一角には男と女の一対の身体を持った神が住むと西洋の神話は語る。

其の一対の神さえ羨望し顔を赤らめるような抱擁は永遠に続くかのようだった。


「・・うれしいのに・・あたたかいのに

 ・・どうして・・なみだが・・」


少女の囁きは何処かほんのりと青い春空を吹く風のように響いた。


私は其の吐息の春風に優しく包まれて


・・眠りに落ちていく。


私自身が知らぬ・・母のかいなの中に在る

いとけない幼子の眠りのように


・・あまりに静謐にそして・・・

何者にも比べられぬほどの多幸感のなかで。


時折耳元で聴こえてくる=ひよみ=の安らかな寝息・・


其れは未だかつて経験した事の無かった

安らぎといやしのしとねだった。


そして・・・長い贄夜の終わりは・・


存外に、あっけなく、訪れる。


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