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獣(じゅう) ~時に男とは愚かで無垢~

獣欲よりも更に在る意味性質の悪いもの・・其れは・・・

異形なあの=よもくぐつ=と呼ばれた何かの姿が

完全に私たちの視界から消え去ってしばし・・


=ひよみ=は何処か遠くを見るような虚ろな表情のまま

私の腕の中でか細く、切なげに口をひらく。


「・・ごめんなさい・・いやなもの・・見たよね・・」


「いや、大丈夫だよ・・まあ、幾分不気味だったけど・・」


少女の切なげな表情に答え、無理に微笑もうとする私の頬を

彼女はまるで母が子をなだめるような手付きで柔かく愛撫する。

其の目をうっすらと涙めいた湿りが飾っている。


「あれは・・ときに、生きてるひとの=いふき=を喰らおうとするから・・

 こそこそと、まるでうすぎたない=やそ(野鼠)=のように。


 あんな風にみえて、とても・・あらあらしいときも・・あるの。


でも、=ひよみ=には逆らえないし、いいつけはまもるから

日々の=みけ(御食)=をかしいだり、

此処をきよめたりするように・・しつけてるけど・・


ときに外に迷い出て・・生きてるひとをおそったりするから・・」


「・・じゃあ、あ、あれは、何かの・・化け物なのかい?」


「ううん・・もっと・・もっと=けがれた=もの・・・

 

おかあさんが・・もっとまえの=ひよみ=が・・

 ここでつくってしまった、あはれで、でもきたないもの・・」


「つくる・・って・・・=ひよみ=ちゃん・・其れって、如何いう・・・」


気付けば少女の瞳には大粒の涙が浮かんでいて・・其の躰は細かく震えていた。

私は狼狽し、彼女を改めてしっかりと抱きすくめる・・思いっきり強く。


「御免、厭なことを聞いたかな・・俺・・。」


少女は私の腕に籠もった力に幾分戸惑っていたようだったが、

其の行為が自分へのいたわりと好意に満ちていることに気づいたのか

何かを決意したのかのように、私の目をしっかりと見つめ、話し出す。


「臣さま・・一晩、にえどこでがまんできた・・から・・

 

だから、ほんとうは、・・・もし・・ここで・・


=ひよみ=とむりやりに・・=おかぐら=したら・・

 どうなってしまうか・・おはなししてあげる・・

 

でも、お願い・・=ひよみ=を嫌いにならないで・・」


少女の言葉は徐々に重く暗く・・切なげな響きを増していった。


「なぜ、臣さまを、=おにぃえさま=・・って言ったか・・


 其れは、この=にえどこ=に

神下かむくだされた生贄にぃえ=だから。

 

 =まてる=の=とこい=にしばられたあのむらの連中に・・

 

 代々の=ひよみ=は、永遠に、

この=にえどこ=でそういうにぃえ

 野のけもののように=おかぐら=をして、

次の=ひよみ=を産むの。


 でも、其のとき、あのね・・

相手になった男のひとの・・何もかも・・


 =こだね=だけじゃない・・

其のからだもこころもことばも・・

 =みたま=の殆どを・・食いつくしてしまうの・・。」


「・・食い尽くす・・って・・

相手の男を・・食べるの?・・

 

さっき言ってた=意地汚い蟲=のように・・って

・・まさか・・其れ、・・」


蟷螂かまきりって言うの?・・

 

=ひよみ=は・・見たこと無い・・でも・・ 

 其のむしと同じように・・

=ひよみ=は・・子と引き換えに・・男のひとを=喰らう=の。


でも、直接口で血やにくを食べる・・わけじゃない・・。」


少女の口調は何処か淡々と感情を失った平板なものに変わっていく。


其れは逆に此の少女の内面で凄まじい葛藤が繰り広げられている事の

確かなあかしのようにも思え、私はさえぎる言葉を失う。


「ひとのもっている=いのち=のちから=


・・ひとであろうとする=ちから=

 

ひとの形をたもとうとする=ちから=


・・其れを=いふき=って呼んでいた・・=あきつま=では。


 其れはどんなひとにも在って・・

其れがなければひとで居られないもの・・

 

=ひよみ=、ううん、わたしは・・

其のちからをこのからだ全体で・・

=おかぐら=をする男のひとから・・

吸い取ってしまうの、おかあさんのように。


おかあさんのそのまえのおかあさんの


・・いいえ、とこいをうけた、かわいそうな、あの、


さいしょの=ひよみ=さまのように。


にぃえのおとこのひとが、何もかも枯れはてて、

ひとで無くなってしまうまで・・・。

じぶんでどんなに拒んでも・・止められない


・・それがほんとうの・・=ひよみ=の=とこい=」


少女の言葉の隙間から絶望と慟哭が垣間見得る・・・。

幾世代にも渡って心ならずも続けられてきた行為と結果への・・


「 ・・男のひとも元々

女のひとからうまれる・・

 

さいしょはきっと同じもの・・

男のひとも女のひとも・・

 でも、生まれてくるときまでに

何かが変わって男のひとになる・・


 =ひよみ=は最初にその

男のひとだけの=いふき=から食べてしまう・・

 

ひとがひとであるためのものを

・・すべて・・食べつくすまで・・


そうすると、何が残ってしまうか・・わかる?


・・其のあとに・・」


少女は何かおこりに掛かったように大きく其の身を震わせた。


「・・まさか、・・じゃあ・・

それが・・さっきの・・あの・・・」


「男でなく、ひとでもなく、

でも女でもなく、生きていない・・・

 

あれは、=よもくぐつ=は・・

=おにぃえさま=の・・抜けがら・・。

 

=ひよみ=たちが食べてしまった

・・=いふき=の入れもの・・」


そう言うと少女は、大粒の涙を浮かべて、頭を振った・・


「=ひよみ=は、おかあさんが

あの=くぐつ=のどれかと=おかぐら=をして

七日七夜・・そうして・・うまれたの・・


 だれも=ことほいで=くれない・・こども・・。」


其れを聞いた私のなかに一瞬強い衝撃のようなものが走る。


あの、無機質でしかも生々しい女体のデフォルメのようなもの・・


わらわらと集まり陰々と動く、あの、生理的に不快な代物・・


其の中には、じゃあ、・・間違いなく・・・


「・・=ひよみ=ちゃんの・・おとうさ・・」


「言わないでっ!其れだけは・・お願い

言わないで、臣さまっ・・


かんにんして・・。」


切なげに歪んだ少女の表情がどうしようもない嫌悪と

其れに匹敵するような悔恨と苦痛の内面を顕わにしていた。


「=ひよみ=の=とうさま=は・・

あんなものじゃないの・・


おおきくて、やさしくて、あたたかくて・・


きっと、臣さまみたいに・・きっと、そうなの、・・きっと・・」


泣きじゃくりはじめた少女の身体を

私は改めてしっかり抱きすくめ

そして、混乱と衝撃の忘我のなかで、

いきなり、だが、はっきりと気づく。


ああ、そうかも知れない・・

私が本当に焦がれて止まなかったものが何か・・


単なる雄としての獣欲の対象より、

もっと罪深いものだったのかも知れない・・・ 


其れゆえに其のものから目を背け、

円熟した女体に耽溺してきた・・其れは・・

 

今の私には決して手の届かぬ、

ある思いの歪んだ具象化だったのか・・


私が焦がれた女とは、ああ、多分、

無意識のうちに焦がれつづけたものって・・


男と言う生き物がどれ程焦がれても決して手中に出来ぬ女。


其れゆえ己が愛した女以上に溺愛し、

また被虐的感情さえ抱きかねぬ

男にとって永遠に不可侵にして宝玉の如き存在・・・


=娘=という異性。


生命が本質的に嫌うタブー其のものな、

愛の・・対象・・男にとって。


其れゆえに抗えぬ魔力をもつ、

無垢にして最も禁忌な・・おんな。


私の求めて居たものは・・

其れだったのでは無いだろうか・・・。


私の・・=とこい=・・其れが・・

此れだったのかも・・知れない・・な。


私は深く溜息を吐き・・改めて此の状況が

まさに私にとって運命的なものでは無かったかと思い起こし

一種異様な慚愧と興奮、そして軽い放心状態に陥る。


ああ、=にえ=になる資格は

充分すぎるほど・・在ったのだ。


私と言う、何処か現世に生きながら

其れに同化出来なかった=おす=には。


だから此の子は、其の私の秘めた官能を本能で感得し、

私と言う冴えない莫迦男を求めた・・


あの、贄神社の昼下がりの出会い。


恐らくは絶望のなかで思い描いた

=父性=の代償のような存在として。

其の重い運命の枷のなかで紡ぎあげられた

オィディプス・コンプレックスによって。


私が無意識に此の子を求め、

愛したと思い込んだように・・。


ああ、私は、真実、絡め捕られた=蟷螂とうろうにえ=だ。


だが・・・其れでも・・・構わない・・じゃないか。


ああ、此れは、もしかすると・・

=ひよみ=と=すさ=が感じた・・

破倫の愛の本質の感情に極めて酷似したものか。


国津罪くにつつみ=である、

=父娘・姉弟姦はらからのたわけ=へのばつ


其れでも抑えきれぬ絶望的に深い恋情の訴求

・・=ごう=の如き


未来永劫消えることも薄れる事も無い、根源的な=欲望=。


だが、其れが業であったとしても罪だとしても


・・なんて柔らかく甘い=罪=か。


ああ、そうだ、・・やっと気づいた、いや、気づかせてくれたんだ。

此の子が・・此のちいさく妖艶で神秘な幼い神の末裔すえが。


ならば・・・行きつくところが何処であっても、此の子と行こう。


其れは恋が愛に、一瞬で本当に変わった瞬間かも知れなかった。


其れが純愛なのか禁じられた愛なのかは

誰にも決められぬ類の愛情では在ったにせよ。


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