第八話 脆弱な平和
─さぁ…楽しい宴を始めよう─
目を開けると窓から見える空は明るく、綺麗な青色をしていた。それを見るだけで朝だと分かり自分の意識が覚醒する。
目を擦りつつ降りると昨日一緒に寝た刀華が笑顔で机の上に朝飯を並べていたところだった。刀華は僕を見るとさらに明るい笑顔で挨拶してくる。
「おはよう!お兄ちゃん!」
彼女の笑顔を見ているとこっちも笑顔になるのを実感した。そして
「おはよう。刀華」
僕はこう返す。これが家族としてやらなくてはいけないことだと思っているから。
「今日から本格的に学校だね」
「そうだね。まだまだ暑いけど…」
僕たちは朝飯を食べながらそう会話する。夏休み明けでもまだまだ暑く、少し外を歩くだけで玉のような汗がでてしまうほど気温と湿度が高かった。
「刀華は学校とかどうするの?」
「うーんと…秘密!」
刀華は少し悪い笑みを浮かべて顎に手を当て考えるふりをしたあと顔の横で人差し指を立ててそう言う。それを見て僕は少し嫌な予感がした。
「ほら、早くしないと遅刻しちゃうよ?」
刀華はそう言いつつ壁に飾ってある時計を指差す。もう8時15分になっていた。
「うわ。本当だ!」
僕はそう言いつつ朝飯を食べたあとリビングと自分の部屋を何往復もする。別に遅刻確定というわけではないけれど、さすがに今までの歩きで行くと遅れてしまうぐらいの時間だ。僕が焦りつつ走り回るのを刀華は肘ついてニコニコしながら見ていた。
なんとかして準備すると荷物を背負い…
「行ってきます!」
と言って飛び出した。今まで返ってこなかった返事だけど、僕がそう言ったあと後ろから刀華の行ってらっしゃいの言葉が聞こえた。
「おっす!倉石!」
学校の前で友人である、村上拓馬と出会った。彼は、人見知りな自分でも仲良くしてくれた親友でもある。そんな彼が少しヘラっとした笑みを浮かべて言った。
「今日、転校生が来るらしいぜ?それも女だって噂よぉ…」
変な笑みを浮かべながら彼は言った。こういう時に転校生が来るのはあるのかもしれないがいささか時期が少しおかしくはないか?と心の中で思いつつ僕は彼の言葉に反応した。
なんとか間に合って教室に入ると転校生の話題でもちきりだった。どこでそんな情報を仕入れているのかとふと頭の中で思ってしまい、それに恐怖する。少し顔を引きずらせていると学校のチャイムが鳴り、先生が入ってきた。
「みなさん。おはようございます。みなさんはもう知っていることだと思いますが転校生が来ています」
先生がそう言うと教室がドッと湧く。やっぱり女ですか!?とかありきたりな質問が飛び交うなか、教室の扉が勢いよく開く。みんながそこを凝視している中、自分は入ってきた人物を見て硬直する。
「どうも。倉石刀華って言います。これからもよろしくお願いします」
少し無愛想な感じで簡潔に彼女は自己紹介すると、刀華はこちらを視認すると笑顔で手を振ってくる。それに釣られてクラスのみんなが刀華の視線の先にいる僕に視線をを向ける。
「おにーちゃーん!ね?わかったでしょ?」
ついでに彼女は爆弾を落としていった。
あの後、突き詰められたり、刀華への質問などでその日の学校は荒れに荒れた。家に帰ってからも彼女は笑顔で引っ付いてくる。なんだか依存しているような気がしたが気にしないことにし、晩飯や風呂を済ませ眠りにつく。
それから何日も荒れに荒れたが日にちが変わるごとにそれも薄れていった。あれから仲良くする人も増えたし、刀華も友人が増えてみるみたいだ。僕に引っ付いてくるのは変わらなかったけど。それから平和に過ぎていき、何日かたったある日。
「すいません」
そう後ろから話しかけられる。
「はい?」
そう言いつつ後ろを向くと珍しい銀髪の少女が立っていた。
「倉石…宗介さんですよね?」
そう自信がないような感じで彼女は聞いてくる。特に何もやってないけど?などと思いながらその言葉に肯定する。
「そうですけど…?」
「ふむふむ…あなたが…」
ぼそぼそを彼女は何かを呟く、よく聞こえなかったので内容は聞き取れなかったけれど真剣な顔をしているのを見て重要な用事なのかと思ってしまう。内心冷や汗をダラダラとかきながら疑問を返す。
「僕に何かあるんですか…?」
「いえ、転校生の刀華さんがべったりな人ってのが少し気になりまして…」
そう彼女は言う。服装から見る限り一学年上の方でで多分先輩なんだろうとわかる。そこまで伝わっていると言う事実を聞くと、僕はため息を吐いて、脱力したように頭を下げ、頭を抑える。
「まぁ少し気になっただけですよ。少しだけね…」
「は、はぁ…そうですか…」
なんだか裏がありそうな意味がありそうな言葉を言う彼女に少し警戒してしまう。早く切り上げようと言葉を探す。
「なんだかわかりませんけど迷惑かかってるのでしたら妹がすみません…」
「いえいえ、特になにもないですよ」
なんだか同じような意味の言葉に少し違和感を感じる、なんだか嫌な気がした自分は逃げるように言う
「で、では僕はここで!」
「えぇ… 」
そう彼女は言って微笑み少し会釈すると踵を返し去っていく。僕はそのあいだ彼女の後ろ姿を見ることしかできなかった。それはすべて彼女の最後の言葉が原因だった。
─背中に気をつけてください…ね?
その後、友人の話を聞くと彼女はこの学校の先輩で生徒会長の坂倉魅零だというのがわかった。結構な有名人であり、美人でみんなの憧れだという。
だけど自分は寒気が止まることはなかった。あの最後の言葉が呪われたかのように頭の中をグルグルと回っていく。それが退くことがなく嫌な気が止まることもない。ずっと意味がわからない言葉に悩まされるばかりだった。
次の日の放課後、刀華が廊下で待ってくれており、荷物をまとめて廊下に出る。するとふと刀華が近づいて言った。
「あの人はなんだか嫌な感じがする」
「あの人?あぁ…えっと…魅零さんだっけ?」
「うん。なんだか…狙われているような…それに最近、[死の運び人]っていう狙撃専門の暗殺者が戻ってきたし…」
刀華は心配そうな顔で言う。聞けば死の運び人って言う二つ名の狙撃手がいて、死角から狙撃して察知されることなく消えるそう。そして狙撃場所だと思われるところには一丁のWinchester Model 70が立てかけられており、それが十字架で断罪者、死を送ると言う意味で付けられたそうだ。最近は活動しなかったのだが最近活動し始めたらしい。そんなのがまわりにいるのは怖いと思いつつ彼女と一緒に廊下を歩く。
このあと、この平和が一瞬で崩れ去るとは知らずに。
それからちょくちょく魅零さんを見かけるようになった。なんだか自分を追いかけてきているようで少し怖かったけど気にしないようにする。刀華はあからさまに警戒しているが向こうはニコニコとしている。
その日の放課後、同じように刀華と一緒に廊下を歩く。すると刀華が何かに気づいたように僕に向けて必死に叫ぶ。なんだろうとそちらに神経を向けたとき。
風を切る音、割れるガラス、僕の目の前を飛び散る赤い華。
刀華の顔が衝撃を受けた顔になり、必死な顔になる。それを見て僕は何を慌ててるんだと他人事のように考えた。自分の腹に穴があいてるのに気づかず。
揺れる視界、涙を浮かべる刀華、暗くなる意識。
その時に僕は理解した。撃たれたのだと。
その時の耳には脆弱な平和が甲高い音を立てて崩壊する音が聞こえた。
そんな気がした。
ゴリ押し…あぁ…ゴリ押しだなぁ…中二病…あぁ(困惑