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Story-6 『傀儡屋』

「はあ……」


 疲労した体を無理やり動かし、帰路に着く途中だった。

 ここ最近、毎日こんな日々が続いている。朝早くから仕事へ向かい、夜遅くに帰って来る。


 家に帰ったら帰ったで、飯食って寝るだけ。次の日のことを考えたら、自分の好きなことなんてしてる余裕はないんだ。

 ――詰まらない。


 今の僕の頭には、そんな感情が常に渦巻いていた。

 入社当初は、もっと色んな未来を想像する余裕があったはずだけど……蓋を開けてみればどうだ……毎日、仕事のことでしか頭を動かすことができない、今言うところの「社畜」に成り下がっている。


 もちろん、多少はそういう風になるもんだろうなとは思っていたけど……想像以上だった。


 それに、僕は出来が悪いから、毎日怒られてばかり……入社してからそれ程日にちが経ってないから、覚えられないのも仕方ないのかもしれないけど、やっぱり怒られるという行為を好きになることは難しい。


 よく、会社説明会とかで、「叱ってもらうというのは、自分をまともに見てくれている証拠。だから感謝しなければいけない」とか言うことを耳にするけど……僕は正直その考えに賛同できない。


 もちろん、そういう失敗から学べることはたくさんあるだろう。だからと言って、自ら失敗の渦に飛び込んでいく勇気なんてもてない。


それに――今の世の中、後輩に本当に成長してもらいたいから叱ってる……なんて胸を張って言える人は何人いるんだ?


 パワハラなどが話題になっている今、そんなことを胸張って言える人なんて、一握もいないだろう。大半は、一時の感情に身を任せて怒鳴り散らしてるだけ。理不尽だろうとお構いなしに尖った言葉を投げつけて、自分のストレスを発散させてるようにしか見えない。じゃなければ、パワハラだなんだと、世間で騒がれるわけはない。


 ――ひねくれてる、自分でも思う。自分はそこまで追い込まれてるわけでもない、むしろ良い方だろう。でも……やはり良い気分にはならない。


 僕は、人一倍そういう行為が好きではないから。

 怒られる時に受けるショックを和らげる方法とかがあればいいのに……。


「はは、あったら皆、怒られた~とかで一喜一憂なんてしないよな」


 ――はあ、毎日が詰まらない。

 負の感情を引きずったまま、歩いていると――見慣れない貼り紙が電灯に照らされていた。


 そこには、こんな文字が書いてあった。


「傀儡屋。あなたの記憶、感情を思いのままに操り、素敵な人生のサポートをします」


 ――胡散臭さしかない、キャッチコピーだ。絶対、こんな売り言葉に引っ掛かる奴なんていないだろう。


 でも……正常な判断ができない今の僕には、これがひどく魅力的な惹句に感じた。どうせ、今の毎日は楽しくないんだ……忘れたいくらいに。


 だったらいっそ、こういう胡散臭い売り言葉を買ってみるのもありじゃないか。このキャッチコピーが本当なら、僕は明日から素敵な人生を歩むことができるんだし。


「行ってみよう」


 僕は貼り紙を確認し、そのお店に足を運ぶことにした。


 ……………………。


 そしてお店にやってきたのだが……何とも筆舌し難い建物だった。

二次元の臭いが強いと言うか……とりあえず、すごい見た目の建物だ。


 まあ、傀儡屋って名前の時点ですごいんだが……そして、それに縋ろうとしてる自分も大概だが……。


 とにかく、入ろう。ここで立っていても仕方がない。

 果たして、中で待ってる人はどれ程すごい人なんだろうか。

 僕は店のドアを開け、中へと入った。すると出迎えてきたのは――


「はーい、いらっしゃいませ~!」


 拍子抜けするほど明るい少女だった。


「お一人様ですか~? あ、お兄さんカッコいいですね? スーツがとっても似合ってます~」

「は、はあ、どうも……」


「さあさあ、こちらにどうぞ? お話を伺いますので~」

「あ、あの……」


「はい? 何でしょう?」

「ここって……傀儡屋、ですよね?」


「はい、そうですよ? それがどうかしましたか~?」

「あ、いや……合ってるならいいんです」

「そうですか。さあさあ、こちらにどうぞ~」

「は、はい……」


 ファミレスのウェイトレスのような案内の仕方に、動揺を隠しきれなかった。


 外観の雰囲気と、この少女の雰囲気は、あまりにもミスマッチである。疑いたくなる僕の気持ちも分かるのではないだろうか。


「ここに座ってください。今、お茶をお出ししますので」


 少女はテキパキとお茶を用意し、僕の目の前の椅子に腰を下ろす。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」


「改めて、ご来店ありがとうございます~」

「あ、いや……その……」


「当店を利用するのは初めてですか?」

「あ、はい、初めてです」


「わっかりました~! 今日はお客様のために精一杯頑張らせていただきますね~」

「…………あの、つかぬことをお聞きしてもいいですか?」


「? はい、何でしょう?」

「その……君が、この傀儡屋を営んでるのかい?」


「はい、そうですよ~。何かおかしいですか~?」

「いや、何というかその……」


「店の雰囲気に似つかわしくないってよく言われますけど~、その想いはそっと胸の中に閉まっておいていただけると助かります~。自分でも分かってるつもりですから」


「……分かりました」

「安心してください。ちゃんとしたサービスを提供する自信はありますから」


「はあ、よろしくお願いします……」


 大丈夫なんだろうか? ……まあいい。仮にサービスが失敗したとしても、特に思い返したいこともないしな。


「それじゃあ、まずお客様に聞きたいことがあります。よろしいですか?」

「あ、はい」

「ではですね――」


 僕は少女に言われるままに、自分のプロフィールを説明していくことになった。生年月日、身長、年齢、好きなタイプ、好きな食べ物など……本当に必要あるのかと疑ってしまうのだが……。


 そのような問答をしばらく繰り返したら……いよいよ本題に入るようだ。


「ありがとうございました。これでお客様のことを少しだけど知ることができました。――では、今日当店に来店した目的を教えていただけますか~?」


「はい。――上手く言い表せないんですけど、怒られたりした時に受けるショックを和らげるようにしてほしいんです」

「怒られたりした時に受けるショックを和らげる……」


「はい。実は――」


 長くなりそうだから、ここも割愛させてもらおう。僕はさっきまで考えていた胸の内を、少女に伝えた。


「なるほど。今の生活に何も楽しさを見出せないから、そこから抜け出せる手掛かりがほしいというわけですね」

「まあ、そうなるんですかね……正直、何もかもに疲れてるだけかもしれないですけど……」


「――それは大変! 何とかしないといけないですね!」


 急に少女のテンションが上がり、僕はビクっと反応してしまう。


「そうだと思ったんですよ。お客様が来た時に纏ってたオーラが、そんな雰囲気を醸し出してたから」

「そ、そうなんですか?」


「はい。これでもプロですから」

「はあ……」


「お客様は、あの貼り紙を見てここに来てくれたんですよね?」

「え? あ、そうですね」


「あの貼り紙を見て来る人って、大体お客様みたいな人が多いんですよ。精神が滅入ってしまって、毎日に楽しみを見出せないような悩みを抱えているような感じの人。だから、ああいう胡散臭い内容を書いても足を運んじゃう」


「いや、自分で胡散臭いって言っちゃったら身も蓋も……」


「あはは、そうですね。――さて、ではお客様の目的を確認させていただきますね。毎日怒られるのが辛いから、そういうことで受けるショックを和らげられる心にしてほしい……これで合ってますか?」


「はい、お願いします」

「分かりました。……では、そうするにあたって、少しの間、お客様を傀儡にさせていただきます。よろしいですか?」


「傀儡に?」

「簡単に言うと、催眠術みたいなものですね。あ、身体に影響が出たりはしないので、そこはご安心ください」


「はあ、そうですか」

「じゃあ早速――お客様、目を閉じてください。そして、身体の力を抜いてください」


「……………………」


 少女の言うことに、僕は素直に従った。


 すると――徐々に意識が薄れていく。催眠術にかかる感覚って、こんな感じなんだろうか? そんなことを考える内に、僕の意識は失われた。


 ……………………。


「さて、始めようか。今回のお客様には――この言葉がおススメかな。――お客様はこの短い期間で、色々あったみたいですね。気持ちはすごく察します。でも……まだあきらめるのは早いんじゃないかなって、個人的には思います。私が言うのもおかしいけど、お客様はまだまだ若いじゃないですか。ちょっとやそっとじゃあきらめちゃうような柔らかい心じゃないはずです。色々社会に揉まれたから、今みたいな心になってしまったんだと思いますけど……でも、まだまだこれからですよ。私には、好きな言葉があるんです。それは、『痛み(・・)の(・)()だけ(・・)強く(・・)なれる』って言葉です。お客様が望んでる言葉とは真逆の言葉だとは思います。もちろん、お客様の考えてることを否定しようと思ってるわけじゃないです。でも、人間ってそういう生き物なんですよ。痛みを味わうからこそ、次の一歩を踏み出せるんです。どんな天才だって、挫折や失敗を味わったから天才になれるんです。ううん、人間って生き物は皆天才なんです。『生きていく希望を見出す』ね。今は本当に、お客様にとって辛い時期かもしれません。毎日同じことの繰り返しに思えるかもしれません。でも、それはお客様だけじゃないんです。人間、絶対一度はそういう時期を体験するものなんです。だから、お客様には、その時期から逃げないでほしい。こうやって、誰もが胡散臭いって思うような私のお店に足を運ぼうと決めたその決断力があるなら――痛みから逃げないって決断も下せるはずです。だから――お客様には、『くじけぬ心』を与えます。この心を常に携えて、毎日を送ってください。そうすればきっと、同じ繰り返しだと思っていた毎日でも、同じ繰り返しではないってことに気付けるはずです。――頑張ってください、応援してるから」


 ……………………。

 …………。

 ……。


 ――気付くと、自分のベッドに横になっていた。記憶では、帰り道の途中で何か胡散臭いお店に寄った気がするんだけど……あれは夢だったのかな?


 寝ぼけ眼を擦って、カーテンを開ける。太陽の日差しが燦々と降り注がれる。……良い天気だ、気持ちが良い。


 ――あれ? 何だろう? この気持ち。太陽が部屋に差し込んできただけなのに……不思議と、今日一日の活力が湧いてくるような……そんな感覚があった。

 この気持ちは一体……。


「――まあ、いっか。とりあえず、会社に行く準備しなきゃ」


 昨日は思わなかった――頑張ろうという想いが、僕の心には宿っていた。


 ……………………。

 …………。

 ……。


「――ふう、よかった。これでこの人も、しばらく頑張っていけそうだね。――ふふ、皆様も、心にゆとりがなくなったら是非ご利用してみてくださいね? 傀儡屋。心血を注いで、あなたの力になりますよ?」



END


時々、こういう主人公みたいな気持ちに

あることって……

ありませんか?(笑)

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