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Story-4 『Relative evaluation』


 僕は雅治、私立の中学校に通う三年生だ。今、季節は秋から冬に移り変わろうとしている。つまり、僕たち受験生にとっては、今が一番大切な時期ということである。


「中間試験の結果が出た。今回の一位も雅治だ!」


 担任の先生が意気揚々と言った。表情が誇らしげなのは、自分の受け持つクラスから最優秀生徒が出たからだろう。


 教室がワッとさざめいた。周りの席に座っていた、友達の健吾と翔太が嬉しそうに、または驚いたように僕の方に顔を突き出す。


「おい、雅治、お前また一位かよ!」

「お前いつも頑張ってるもんなあ。でもまた一位をとるとは思わなかったぜ!」


 興奮したようなクラスメイト達の視線を感じながら、僕は至極落ち着いて返答する。


「いや、一位をとれたのは、協力してくれた先生たちやみんなのおかげだよ」

「優等生ぶりやがって、このヤロ!」

「イテテ、やめろって!」


 健吾の絞め技にギブギブ、なんてふざけていると、先生の咳払いが聞こえた。ヤベッ、と健吾は自分の席に座りなおす。


「なにはともあれ、トップをキープし続けるのはすごいことだ。みんなも雅治を見習うように!」

「せんせー雅治はレベルが高すぎて俺らには無理っす!」


 健吾の発言に教室が笑いに包まれた。あちらこちらから、俺も、俺も、と声が上がる。お前らなあ、と先生は呆れつつも、今日もいつも通りの一日が始まった。


              




「あら、雅治、おかえり。今日テスト返ったきたのよね? どうだった?」


 自宅に着くと、待ち構えていたように母親が居間から顔を覗かせた。僕は鞄から成績表を取り出し、母さんに手渡す。

「まあ! 今回も一位なの? 雅治ったら負け知らずねえ。すごいわねえ」


 母さんのほめ言葉を背中で聞きながら、僕は二階にある自室へと階段を上がる。


「塾の先生にも教えてあげなくちゃ。雅治は今日塾ないから、電話掛けちゃおうかしら」


            




 自室に入るなり僕は鞄を机に投げ出し、ベッドにダイブした。

(疲れた…)


 今日、塾がなくて良かった。テストが返される日は、テスト当日よりずっと苦痛に感じる。


 僕は、いわゆる優等生だった。どの教科も卒なくこなし、テストをすれば必ず良い点数を取る、そんなレッテルを周囲に貼られていた。


 本音を言えば、僕は決して勉強は嫌いじゃない。知らないことを知るのは楽しいし、授業が面白いと感じることも多々ある。


 ただ、『好き』だからといって、そのままそれが『得意』に結び付くかというとそうでもない。


 そして、僕にとっての勉強は『好き』と『得意』をイコールで結ぶ関係ではなかった。


 一年の一学期中間テスト、真面目に授業を聞き、ちゃんと試験勉強をしたためか、僕は学年で一番優秀な点数をとった。


 それからというもの、クラスメイトも先生も家族も、僕が『模範的な優等生』であることを期待し続けた。今までは律儀に期待に応え続けてきたけれど、やはり勉強の難易度は日増しに難しくなっている。 


受験のことも相まって、僕の精神は相当摩耗していた。


僕は、何もしなくても一番を取れる天才なのでは決してないのだ。

(努力しなくても良い成績が取れればなあ)

 

そんなことは無理だと分かっていながら、僕はいつのまにか眠ってしまっていた。


              




「雅治―御飯よー」

「うう…」


 階下から聞こえる母親の声で、僕は目を覚ました。時計を見れば七時半で、どうやら二時間ばかり眠ってしまったようだった。


 寝ぼけ眼をこすりながら、夕飯を食べる。


「母さんから聞いたぞ。またお前一位だったんだって?」

「まあ…」

「いやあすごいなあ。父さんまた会社で自慢できるよ」

「うん…」

「塾の先生に電話したら、あなたの先生喜んでらしたわよ。先生も鼻が高い、って」

「はは…」


 成績表が返ってきた後の、我が家の風景はいつもこんな感じだ。みんなが喜べば喜ぶほど、僕のプレッシャーは大きくなる。


 僕は会話に参加したくなくて、とっととご飯を食べ自室に戻った。明日の数学や英語の小テストに備えなければならないからだ。


 ノートには、難易度の高い問題がびっしりと書き込まれている。うんざりしながら教科書を開いて、僕ははたと手を止めた。


「あれ?」


 教科書の問題が、昨日と変わっていた。

昨日は確かに円錐や円柱の体積を求める公式が載っていたはずなのに、同じページに全く違う公式が書かれている。


「三角形の面積の求め方…平行四辺形の面積の求め方…?」


 間違えて小学生のときに使っていた教科書を開いてしまったのかと確認するが、表紙にはちゃんと『中学三年生の数学』と書かれている。


「どうなってるんだ?」


他の教科書も見てみる。国語の教科書にはひらがなばかりの物語が大きな字で載っている。理科の教科書は雄花と雌花の違いが載っている。社会の教科書は地図の読み方が載っている。英語の教科書はアルファベットの書き方が載っている。


「???」


 僕は混乱した。どの教科書も確かに今まで使っていたものなのだが、中身がそっくり入れ替わっている。

 ためしに参考書も開いてみるが、似たり寄ったりの問題ばかりだ。受験の頻出問題が小数点の掛け算だって?そんなの小学生でも解ける。


(僕、疲れてるのかな…)


 幸いにも、明日の小テストの問題は、昨日のうちにノートに書き写してあった。ノートは中身が変わってないので、それを見て小テストの勉強をした。






「制限時間は十分だ。はじめっ!」

 先生の掛け声とともに、一斉にみんながテスト用紙をめくる。そして、再び僕は仰天した。


【問題1】つぎの計算をしなさい。

〈1〉32・5×62=

〈2〉28・6×0=

〈3〉0・55×34=

〈4〉・・・・・・


(ウソだろ…)

 

今日の小テストの範囲は空間図形ではなかったか。

こっそり周りを見渡してみると、みんな真剣にこの問題に取り組んでいた。誰もこの問題を疑問に思わないようだった。

 十分きっかりにテストが終わり、先生が問題用紙を集めている間、教室がにぎやかになる。


「雅治、どうだった?」


健吾が苦笑いをしながら聞いてくる。僕は返答に窮した。


「バカ。雅治には聞くまでもないだろ?俺はサッパリだったけど」

「おおっ、翔太、仲間じゃん!」


 二人の会話を聞きながら、僕は半ば呆然としていた。


「よし、じゃあ授業を始めるぞ」


 先生の言葉に、再び僕の心は授業に引き戻される。ノートを開き、黒板を見て、僕は目まいを感じた。


「この公式を言えるヤツ、いるか?」


 黒板には、至ってシンプルな三角形が書かれていた。誰も手を挙げないので、先生が勝手に指名する。


「おい、健吾、お前わかるか」

「ええっ、俺ですか?」

「そうだ。まさかわからないとかいうんじゃないだろうな?」

「うう…俺より雅治に聞いた方が早いっすよ!」

「全く、雅治が頼りになるのは分かるが、いい加減受験生としての自覚を持てよ。雅治、いけるか?」


 僕は放心した状態のまま、すらすらと教科書通りに答えた。


「底辺×高さ×二分の一です」


 その瞬間、教室がシンとなり、僕は慌てた。何か変なことを言ってしまったのだろうか?


 先生までポカンとしている。そして、ハアと、おもむろにため息をついた。


「雅治、間違ってはないが、そんな言い方大学生でもしないぞ」

「え」

「縦×横÷二でいいんだ」





その他の授業も、数学のときと大体一緒だった。


人や物は全く変わらないまま、勉強のレベルだけがっくり下がった感じ。最初は強い違和感を感じていたけれど、そんな生活も一カ月続けば慣れるというものだ。


「おい、雅治、お前すげえな。授業でも俺たちの知らない言葉ガンガン使うし。まるで大人みたいだ」

「先生たちも参ってるみたいだぜ。こんな中学生初めてだって」


 僕は優越感に浸っていた。こんな小学校レベルの問題なら、日夜予習復習しなくても分かる。最近は家に帰っても、自室でマンガを読んだりテレビを見たりしている。


「雅治はやっぱり天才だ!」

 その声は僕の頭の中にいつまでも響き続けた。





 受験本番まであと一カ月。勉強嫌いの健吾や翔太も、ここ最近はずっと参考書とにらめっこしている。


 対する僕は余裕そのものといった感じで、授業が始まるギリギリに教室に入った。


 一時間目は数学になっているが、本番が近いため各々自習になっている。僕は既に教科書を開くこともなく、わからない問題を尋ねに来る健吾と翔太の相手をしている。


「雅治、これ教えてくれない?」


 すぐさま健吾がやってきた。教科書を広げて、問題を指差す。


「それは……………………え?」


【演習問題】次の問題を解け。

〈1〉三角関数の問題

(1)次のsign、・cosine・tangentを求めよ。


(なんだこれ…サイン、ってなんだよ)


 止まってしまった僕に、健吾が不思議そうな表情をする。


「おーい、雅治?」

「ちょっとお先!」


 健吾を押しのけ、翔太が参考書片手に割り込んでくる。


「なあなあ、微分積分の応用問題が分からないんだけど」

「え?え?」


 びぶんせきぶん? 一体何の話だ? 昨日までは、仲良く円の面積を求めてたじゃないか。


「みんな注目! この指数関数解けるヤツはいるか?」


 黒板には見たこともない式が書かれている。僕の視界はグニャグニャと歪み、正確にその数字を捉えらない。


 あちこちから、はい!、はい!、と挙手の手が挙がった。その中には健吾と翔太も含まれている。


「よし、じゃあ健吾!」

「はい!」


 健吾は元気よく返事をし、さらさらと黒板に解を書いていった。僕にはそれが合っているのかも分からない。


「どうっすか?」

「うーん、途中まで合ってるんだが、答えが違う」

「ええっ、マジっすか?」

「やっぱり健吾はおっちょこちょいだなあ」

「うっせえ、翔太!」


 翔太のヤジに教室中が笑いに包まれた。


「じゃあ、間違っているところを前に来て訂正してもらうか。健吾、好きなヤツに当てていいぞ」

「雅治ーあと頼むわ」


 健吾が席に戻ってきて、僕の肩を叩いた。僕は頭が真っ白になってしまって、立つこともできない。

「どうしたんだよ、雅治」


 左から翔太が覗き込んでくる。


「具合悪いとかじゃないよな。さっきまで元気だったもんな」


 右から健吾が言った。


「ほら、早く解きに行こうぜ」


 左右から二人の手が伸びてきて、引きずられるように黒板の目に立たされた。翔太が、震える手に無理やりチョークを握らせる。

 クラスメイト達の視線が突き刺さった。誰かが言った。


「雅治なら解けるって! だって天才だもんな!」







                         END


自分が見た夢を元に書いた作品です。

ちょっと……ぞわっとする体験でしたね~

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