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Story-16 『犬とチョコレート』


『ちょっと。あんたのところの主人の坊や、どうにかしてよ』


 とある駐車場の一角である。ちょうど良い陽射しが入るのは、知る猫は知るところである。うとうととしていたタマは、面倒くさいながらも片目を開いて一瞥する。


 うっすらと茶の入った白猫である。名はトラといったか、少し毛が乱れているところを見ると、喧嘩をしてきた帰りかもしれない。少々息も荒い。厄介なことにならなければいいが。そう思いタマはため息を漏らす。


『うちの御主人がなにかしたのかい?』


『なにかしたのかじゃないよ! 最近入ってきた新入りを少し可愛がってたんだけどさ!』


『可愛がってたって……あんた、まだそんなことしてたのかい?』

『うぐ。な、縄張り争いは猫の華だろ? そんなことより、そいつと喧嘩してたら、あんたのとこの坊やが来てさ。ジーっとこっちを見てたと思ったら、何をしてきたと思う!?』


『何をしたんだい?』


 興味無さげに毛づくろいなどしつつ、タマは聞き返す。


『あの悪ガキ! どこに隠し持ってたのか知らないけれどミカンを! いいかい? ミカンをその手に握りつぶしたかと思ったら、それを私たちになすりつけようと……!』


 あぁ、やっぱりそんなことか。


 猫にとって柑橘の香りは嫌がらせでしかない。そんな匂いが体に染み付いたら毛づくろいもできない。トラの怒りは共有できる類のものではあった。が、息巻くトラを尻目にタマの反応は冷めたものだった。心なしか表情も冷たい。


『ふぅーん。で?』

『ど、どうしたんだいタマ。なんだかどっと疲れたような顔して』


『あんたねぇ、人様の猫にそんなことするうちの主人が、私になにもしないとでも思ってるの?』


 ぅ、とトラが一歩退く。今まで自分の怒りが先行していたのだろうが、タマの言葉に理解したのだろう。自分が受けたような行為が日常化する恐怖。トラは身を震わせる。


『ミカンの皮ぐらいなら可愛いもんさ。私なんか、こないだ勧められた食事。なんか色々炒めたものみたいでさ。塩分とかは気にしてくれたみたいだったんだけど……』

『だけど?』

『なかに、玉葱が入ってたみたいでね』


 トラがぞっとした表情を見せる。タマは何故だか自嘲気味に笑いながら続ける。


『幸い、あの子の母親が気づいてくれてね。間一髪だったわけだけど。あの子は嫌がらせが得意でねぇ。フフ、フフフフフ』

『そ、それはあんた、嫌がらせの域を超えているような気が』


『気のせいだよ気のせい』


 遠い目をし始めたタマに、トラは同情的な眼差しを向ける。そして、不思議そうに顔を傾け。


『でも、だったらなんでそんな家に居ついてるのさ?』


 当然のトラの問いに、しかしタマは答えられなかった。ただ、無言のまま少し時間が過ぎる。タマはおもむろに立ち上がると口をあけた。


『さて、ねぇ?』


 そう言葉を残すと、タマはその場を後にした。



『なんであんな子のいる家に居ついているのか、ねぇ?』


 そう言われた家への帰路をゆっくりと歩きながらタマは思う。


 そんなこと、考えたことも無かった。が、猫にしてみれば当然なのかもしれない。勝手気ままに生きるのが猫だ。人間に飼われるのが暮らしいいというのは分かっているが、たしかに今の環境はハイリスクな部分が多い。なにせ、毎日が命がけである。


 だが、だがであった。


『なんでだろうねぇ』


 どうも、あの家を。正確には、話題になった坊やのもとを離れる気にはならなかったのである。そもそも、かの坊やも昔は今のような子ではなかった。


 思い返すのは、彼とであった雨の日のこと。そのとき、タマは捨て猫だった。詳しいいきさつは覚えていない。ただ、気づいたときにはダンボールの中。


まだ子猫だった彼女には、必死に鳴くことしかできなかった。しかし、まだ幼い彼女の声は振り落ちる雨の音にすら勝つことはできず。次第に疲れ、体の感覚もなくなりかけたとき。唐突に体を打つ雨の感触が消え。とうとうお迎えが来たのかな。幼心にそう思ったときだった。


「だいじょうぶ?」


 雨をさえぎる青い傘。それをかざす男の子の姿。


『いや、昔のことなんて思い返してもしょうがないね』


 首を横に振り、タマは止まりかけていた足をまた動かす。どこで間違ったか、今の坊やは自分で言ったように嫌がらせ上手だ。


 あの頃はあんなに可愛かったのに、と数年前の蜜月を思い返すも、その度に今は今と首を振る。そんなことを数回繰り返し。


『いけないね、こんなんじゃ』


 こんな時には寝るに限る。幸い、お日様はまだ沈むには早い。さっきの駐車場に戻るには少し遠い、ならば帰り途中にある少し寂れた神社。あそこに行こうか。あそこなら人もあまり来ない。安心して眠れるだろう。


『二度寝三度寝は猫の専売特許さね』


 そんなことを呟きながらゆくこと数分、無事にタマは目的地の神社にたどり着いた。しかし。


『たしかに、人は来てないねぇ。でも』


 神社の境内は、そこまで広くは無い。少し前まではいくつかの遊具があり人間の子供たちも多かったのだが、最近ではそれもなくなった。おかげで境内に隠れる場所はなく、だからそれがすぐに眼に入った。


「くぅーん……」


 あいにく、犬の言葉は分からない。ただ、悲しそうに鳴く子犬が段ボール箱に入れられて捨てられていた。


 なぜだかその段ボール箱に胸を締め付けられながら、タマはつばを吐く。


『まったく、私は犬は嫌いなんだよ。こりゃ、帰るしかないかね』


 本当は犬が嫌いなわけでもなかった。ただ、この場にいるのが嫌で適当な理由をつけただけである。だが、気分が悪くなったのは本当であった。


 神社に背を向け、帰ろうとしたときである。


「おっ! 子犬が捨てられてるぜ!」

「ははっ! くぅ~ん。だって! ほら、もっと鳴けよ!」


 ドンッ!


「キャンッ!」


 子供の声。なにかを蹴るような音。そして甲高い犬の声。背を向けたままでも、何が起こっているかは容易に想像できた。ちらりと背中越しに見ると、七、八歳程度の人間の男の子二人。ちょうど体格的に対極にあるかのようなガリガリとポッチャリが、かのダンボール箱を小蹴りにしている。なにやら、子犬が鳴くことを求めているらしい。にしても、やりようはあるだろうに。


 そう思いながらも、タマは見てみぬふりをする。犬など助ける義理はない。その時、ふっと視界が暗くなった。


「おい、やめろよ」


 何事かと視線を上に向けていくと、そこには見慣れた男の子の姿。


「誰だよ?」

「あぁ、見覚えあるよ。あいつ、俺たちと同じ小学校の……」

『御主人?』


 それは、確かにタマの主人の。過去に自分を助けてくれたあの男の子だった。彼にとっても帰り道である。ここに来てもおかしいことではなかったが、間が悪いというかなんと言うか。


「へぇ。同じ学校のやつか。で? やめるってなにをやめればいいの?」


 そう言いながら、ポッチャリの方が再びガンッとダンボールを蹴る。箱の中からは絶えず犬の鳴き声。威嚇行動だろうか? それにしても腹の立つ子供たちであった。


「そのダンボールを蹴るのをやめろ、と」

「やだよ~っ!」


 御主人の冷静な言葉に、悪ガキ達はガンガンと段ボール箱を蹴るという行動で答える。犬に義理もないと思ったタマではあったが、流石にこの悪ガキ達に頭が熱くなる。


 しかし、彼女のご主人はまた違った反応だった。怒るでもない、ただその口端を持ち上げ、不気味な笑顔を浮かべる。


「後悔するぞ、その所業」

「どう後悔するってんだよ」


「主に、俺に目をつけられたことを」


 ククク、と子供らしからぬ声を漏らす御主人に、タマは表情を引きつらせる。


「お前ら、同じ小学校なんだろう? 学年、名前などは明日にでも分かる。そうしたら……」

「そうしたら、なんだよ? 先生にでも言いつけるってか?」


 そんなのは怖くない。そう言わんばかりにポッチャリが胸を張る。が、それを否定するように首を横に振る。


「いや、そんなことはしない。そんなことをしても面白くない」

「面白くない?」

「そう、面白くない!」


 御主人は目を爛と光らせる。


「まず! お前らの名前で男子学生宛のラブレターを出す! 同時にお前らがそういう趣味の持ち主で、すでに恋人同士という噂をばらまく! いやいや、アブノーマルな趣味のひとつやふたつも付け加えようか!? そうだ! お前らのようなショタが好きなその手の人間に紹介すると言うのもいいなぁ! ククク、心躍るなぁ!」


 その顔を喜悦に染め、どこかトランスした状態のご主人。タマはもとより、悪ガキ達もじりじりと距離をとる。と、それに気づいたご主人がグリンッと悪ガキ達に顔を向ける。


「ねぇ! 他にどういうのが嫌だとか、ある!?」

「「うわぁ~っ!!」」


 逃げ出す悪ガキ達、相手が悪かったとしか言いようがない。御主人は去り行くその背中を満足げに見送ると、こちらに気づいたのか、タマに向かってビシッと親指を立てる。


 子犬を助けたのは偉いが、正直反応に困った。


「しかし、災難だったな」


 そう言い、ご主人はかのダンボールへと向かった。タマも何とはなしにそれについていく。ダンボールの中には、さっきまで蹴られていたせいか、警戒した声を上げる子犬がいた。ご主人はそっと手を伸ばし――瞬間、子犬が身体を固くし――子犬の頭を優しく撫でた。


「よしよし、怖くないぞ」


 どこか上の空で呟く。


「あんなのはただの暴食じゃないか。なぁ? そんなのまったく面白くもなんともないのに」


もしかしたら。もしかしたら、とタマは幻想する。


彼は、変わっていなかったのかもしれない。確かに嫌がらせがうまく、玉も被害はこうむっていはいるものの、その性根は今その子犬を助けた。自分を助けてくれたあのときのままなのではないか?

 

ならば、変わらぬ彼のままならば。

 タマはフッと目を閉じる。


「お前も災難だったな。そうだ、確か今日はいいもの持ってるんだ」


 御主人は子犬の頭から手を離すと、ズボンやら何やらを探り始める。なにか、子犬にあげるものでもあるのだろうか? 自分の主人の優しさに、タマは目尻を熱くし――


「あったあった! ほら、今日家庭科で作ったチョコレー……」

『それは犬には猛毒だぁっ!』


 本当に嫌われる度合いを越しているような。というか、結局は幻想は幻想だったのか。さっき見せていた嬉々とした表情の御主人から、タマは渾身の力でチョコレートを弾き飛ばしたのだった。


 

 後日談。あの捨て犬は結局、同居犬となることになった。これから同じように苦労を共にすることになるだろう。


そして、犬にチョコレート、猫に玉ねぎの件であるが、主人はやはり知っていてやっていたらしい。曰く、少量なら死ぬことはないらしく。だが、こちらにとっては何日も苦しむことになるのは必定。

 

嫌がらせの域を超えるものはやめて貰いたい。タマは重いため息をついた。


                              END


次回、最終話になると思います。

よろしければお付き合いください<m(__)m>

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