Story-14 『人格かくれんぼ』
「これでもう邪魔は入らないわ」
「やっと心おきなく遊べるのね!」
「でも、あの女もひどいわ。いつまでも私たちにべったりで。監視するような目で私たちを見るのよ!」
「そうね、おかげで私たち、寝る直前にならないとみんなで遊べないわ」
「なんであんなことするのかしら」
「きっと、私たちのこと、まだ子どもだと思ってるんだわ」
「子ども扱いなんてひどいわ! もうちゃんと大人なのに!」
「それでも、あの人たちにはそうは思えないんだわ」
「全く、失礼しちゃう!」
「もうあの女のことなんて忘れて、みんなで遊びましょう」
「そうね、あまり時間もないし」
「私たちまだ小さいから、きっとすぐ眠くなっちゃう」
「そうして朝が来たら、またあの女の監視下だわ」
「そんなの嫌よ、早く遊びましょう」
「何して遊びましょう」
「そうねえ、おままごとは?」
「いいわねえ、私お母さん!」
「じゃあ私はお姉さん!」
「あなたは?」
「…………無理よ」
「え?」
「おままごとなんて無理だわ」
「何言ってるの? 机も包丁もお野菜もお肉もあるわ」
「何が足りないの?」
「何もかもが足りないのよ」
「何もかも?」
「一番大切なものが足りないわ」
「一番大切な? あなた、何言ってるのか分からないわ」
「分からないなら結構。勝手に無理なおままごとでもやったら?」
「何よ、その態度」
「なんだかやる気をそがれちゃったわ。どっかのだれかさんのせいで」
「……………」
「じゃあ、違うことやりましょう」
「何しましょうか」
「ううん、そうねえ、トランプは?」
「トランプ! でも、この部屋にトランプなんてあったっけ?」
「あるわよ! しゃくだけど、あの女がくれたのよ」
「なんで?」
「お姉さんと一緒にトランプしましょうか、とか言ってくれたのよ」
「えええ、なんでいきなり優しくなるの、気味が悪いわ」
「まだ初めて会ったばかりのことだったから。猫をかぶっていたのよ」
「なるほどね。今のあの怖くて笑わない方が本性なのね」
「こわいこわい」
「さて、何やりましょうか。ババ抜き? 大貧民?」
「………どっちも無理ね」
「……またあなたなの。というか、あなたまだいたのね」
「………………」
「無理ってどういう意味? あなた、自分がルールを知らなくて参加できないからって、難癖付けるのやめてくれる?」
「難癖じゃないわ」
「じゃあなんでトランプはダメなの?」
「トランプがダメだなんて一言も言ってないわ」
「だったら何がダメなのよ」
「ババ抜きと大貧民」
「はあ?」
「あなた達が出来るとしたら、せいぜい神経衰弱が妥当ね。と言っても、終わるまで随分時間がかかるでしょうけど」
「あなたさっきからどうしてけんか腰なの?どうして私たちが遊ぼうとすると口出しするの?」
「私はあなた達を守ってるのよ」
「守る?バカなことを言わないで!」
「あなたがさっきからしていることは、只の嫌がらせよ!」
「私たちの邪魔ばっかり! あの女と同じだわ!」
「……伝わらないのなら、別にいいわ。あなた達の勝手にして頂戴」
「あなたから言ってもらわなくても、勝手にするわ」
「もうあんな奴、放っておきましょう」
「そうよそうよ」
「………………」
「じゃあ、みんなでかくれんぼしましょうよ」
「え、でも…」
「どうしたの?」
「かくれんぼするには、ちょっとこの部屋せまいんじゃない?」
「何をばかなこと言ってるの? そんなの、外に出ればいいじゃない」
「でも、もう夜だし」
「それに、この部屋の外がどうなってるのか、見当もつかないわ」
「そんなの、どこも一緒よ。きっとこの部屋みたいに、白くて、きれいで、棚とベットがあって……」
「でも……」
「大丈夫よ、そんなに怖がることはないわ。ドアも、私が開けてあげる」
「えっ」
「だけど、あの女がいたらどうしよう!」
「心配ないわ。私が言いくるめるから」
「でも、」
「もうグチャグチャ言ってないで! ……あれっ?」
「どうしたの?」
「んんっ! くっ、はあ……はあ……ダメ、開かないわ」
「どうして!」
「わからない。でも、きっとあの女が鍵をかけていったんだわ」
「なんてひどいことを!」
「私たちを、ここに閉じ込めたのね!」
「仕方ないわね、じゃあ、この部屋で鬼ごっこしましょう」
「ええっ、でも、狭いわ」
「簡単に捕まっちゃうわ」
「そう、だからルールを変えるの」
「どういうこと?」
「鬼は足を縛って、ジャンプ以外の方法で移動しちゃいけない!」
「それはいい考えね!」
「そうすれば鬼にハンデが出来て、鬼ごっこを楽しめるわ!」
「じゃあ、決まりね! さて、鬼は誰にしようかしら?」
「………………」
「あら、今更そんな目でこっちを見たって、あなたなんか仲間にしてあげないわよ」
「鬼にもしてあげないんだから」
「………出来ないわ」
「何? もっと大きい声で言いなさいよ」
「出来ないって言ってるのよ! おままごともトランプもかくれんぼも鬼ごっこもみんな無理なのよ! 絶対出来ないのよ!」
「きゃあ! 痛い! 何をするの!」
「こいつ、自分だけ仲間外れにされたから怒ってるんだわ!」
「暴力を振るうなんてなんて野蛮なの! 外道! 悪魔!」
「うるさいうるさい! 何も分かってない阿呆はあなた達の方よ!悪魔はそっちだわ!」
「きゃああああ! きゃああああ!」
*
「先生! 京子ちゃんがまた暴れ始めました。止めに行ってきます!」
監視カメラの映像を見ていた看護婦が、血相を変えて部屋を飛び出していった。
彼女の背中を見送って、中年の看護婦二人が顔を寄せ合ってひそひそと話す。
「桂木さんも大変ね。若いから、毎日夜勤を任されて」
「京子ちゃんの担当看護婦に回されてから、特にひどいわ。顔色も悪いし、笑顔も減ったみたい」
ならお前たちが手伝ってやれよ、と思いながら、吉崎は監視カメラの映像を見た。
映像は、桂木が、ひとり暴れる少女をなんとか押さえつけ、睡眠剤を腕に注射するところだった。
自分で自分の肌を引っ掻いたり、自身の腕に歯を立てていた少女は、もがいて意味不明の言葉を叫んでいたが、程なくして大人しくなった。
桂木は、備え付けの棚から包帯等を取り出し、テキパキと京子の手当てをする。消毒をして傷口に包帯を巻いたら、乱れたシーツを整え毛布をかけて病室を後にした。
「吉崎先生」
中年の看護婦が心配そうに声をかけてくる。
「やっぱり、京子ちゃんにはもっと専門的な医師をつけてあげた方がいいのではないでしょうか。このままじゃ、京子ちゃんにも良くないのでは……」
「もっともな意見だが、それは彼女にちゃんと親がいて、病院に払える金があったらの話だな」
「施設の方たちにも連絡して、なんとかしてもらえないでしょうか」
「ううん……明日、もう一度掛け合ってみるよ」
そうは言うものの、吉崎は、あの小さな孤児院にそんな余裕がないことなど分かっていた。知り合いのいる病院にも掛け合ってみるつもりだが、果たして良い返事をもらえるかどうか。
(俺だって、こんなに重い症状が出るとわかっていたなら、こんなボロイ病院で請け負わなかったさ)
*
京子という少女の様子がおかしい、と電話が来たのは、つい一カ月前のことだった。
最初は、小さな女の子にありがちな妄想の一種だと思った。本来の自分とは違う、おしとやかで、おませな、もう一人の自分。
心配することはないと突き返そうとしたが、孤児院の院長の青い顔を見て、検査入院させることにしたら、すぐさま異常に気付いた。
彼女の中には、おびただしいほどの数の人格が詰まっていた。
しかも、性質が悪いことに、彼女は瞬時に人格を交代して、まるでその場に大勢の人間がいるように振る舞った。
京子という孤児が、捨てられる以前に親に何をされたかは漠然としか把握していないが、虐待を受けた子供が、その苦痛から逃れるために、自分とは違うもう一人の人格を作ることはよく知られている。
孤児院の話では、京子は小さいころから親に暴力を振るわれ、そのうえ汚い小さな部屋に閉じ込められて暮らしていたらしい。当たり前の生活、学校、友達、というものに強い憧れと、辛い現実に逃避を抱いていた結果がこれだ。
(友達がいないのなら、自分の中に作ればいい。そうすれば、嫌なことも忘れられるし、ずっと友達と一緒にいられる)
本当に、純粋で単純な発想だったに違いない。しかし、そのことに固執してしまった彼女は、もうその『友達ごっこ』から抜け出せなくなっている。
(せめて、自覚してくれれば……)
吉崎はカルテを取りそう思う。しかし、京子の中には、自覚をしないためだけの人格というものまでいて、その人格は京子や、京子の友人たちが、ひとつしかない京子の体に無茶な提案(かくれんぼ、鬼ごっこがいい例か)をしようとすると、都合良く現れ、京子たちに喧嘩を売り、話を曖昧にしてしまう。
最初は彼女の存在を快復の兆しかと思った時期もあったが、最近はお互いに殴り合いの喧嘩を始め、自傷行為にまで発展している。
(ちくしょう……)
吉崎は頭を抱えた。同時に桂木が戻ってくる。腕に鋭い爪跡と、頬にはたかれたような形跡があった。
「お疲れ様です、先生」
目元に黒い隈を作った、やつれた笑顔。吉崎は、早く彼女を受け入れてくれる病院を探さなくては、と思った。
封鎖された病室では、少女の安らかな寝息が聞こえる。
END
実際に、人格がいくつもあったらどうなるんでしょうね?
生活していけるのかな……
あ、そういう問題じゃない?(・_・;)