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髪は長い友達

 「といっても、18時までだからね」


 アグネスが何度目かの念押しをする。


 神愛は肩越しに振り返り、アグネスに恐ろしい警告を行った。


 「わかったと言っているだろう。もう一度繰り返したら、そのお綺麗な髪を失うことになるぞ。髪は長い友達という。友達は大切にするがいい」


 アグネスは何か言おうとして口を閉じ、長い髪を手に取った。


 アパートの敷地に足を踏み入れるやいなや、二階のアグネスの部屋の窓に動きがあった。茶色に染めたウェーブヘアを片手で押さえ、身を乗り出して手を振っている。


 「おーい、珊瑚ー。友達かー?」


 これは文字通りの意味なのだが――アグネスが飛び上がった。


 「いまそかりっ」


 「早くおうちに入りなさいよー、って、うぉっとっとぉ!」


 両手を離して窓枠に乗り出しているのものだから、バランス的にかなりきわどいようだ。転げ落ちる寸前で辛くも耐えた。


 危ないな、誰だあれ。


 「マ、ママ……」


 「え、お母さんなのか?」 


 あれが? かなり若い。うちの母親も若作りな方だけど、アグネス母には完敗だ。


 「あら、珊瑚のお友達なの、どうぞうちに上がって頂戴」


 「ななな、何言ってんの? みんなはちょっと待ってて!」


 アグネスはダダダ、と弾丸のように階段を上り、バン、と扉が閉まる物音が聞こえた。


 どうしちまったんだ、あいつ。


 「ママ、なんでいるのよ!?」


 「あら、いけなかった? せっかく早く上がれたのにー。今から一緒に買い物でも行っておいしい料理を作ろうと思ってたの。いつもカップラーメンばかりじゃ、大きくなれないものねー」


 「いいから、ママはわいの勉強が捗ってるか、視察に来たってことにして。あっ」


 窓が全開なことにようやく気づいたのか、手が伸びて窓が勢いよく閉まった。もう遅いけど。


 「あいつって金持ちじゃなかったんだっけか」


 ついついヒソヒソ声になってしまう。


 「ええと……珊瑚ちゃんはそう言ってましたけど……」と語る汀も困惑しているようだ。


 「ひょっとして、全部あいつの狂言で、実際はこのアパートに家族と住んでいるのか?」と神愛。


 神愛も知らなかったのか。


 アパートの階段の上にアグネスが姿を現した。肩を落とし、自分自身を抱きかかえるようにしている。


 「上がってきてよ。もうわかっちゃったでしょ」


 「いいのか?」


 「ママも来てほしいってさ。いいか、ママの前で貧乏を笑ったりしたら――」


 脅迫の言葉が出ずに、ただウルウルと恨めしげな視線を向けるアグネスに、神愛が微笑んだ。


 「馬鹿なことを。我らスーパー・フィロソフィ研の部員が、経済状態などという即物的な物差しで人となりを判断するとでも? そんな心無い他律人間などではないぞ、我々は」


 「そ……うか。そうだよねっ」


 アグネスの顔に生気が蘇りかけた。


 「ただし、アグネス」と神愛。


 「ほぇ?」


 「汀の前に、君の身の上話を聞かせろよな」


 「わい許されてない!?」


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