物極必反 1
「これより第一回汀救出作戦緊急会議をはじめる!」
神愛は木造家屋の中心で、無駄な力みを添えて叫んだ。
「や、ちょっと、大声出すでない。隣近所に迷惑だぞ」とアグネスが心配そうにアパートの壁に視線を走らせた。
ここは、アグネスが香桜学園に通うために借りた部屋なのだそうだ。アグネスが『セーフハウス』と呼んでいるこの建物は、木造二階建て築五十年、昨今なかなか見られないほど古式ゆかしい外観のアパートだ。2DKだから居住スペース的にはアグネス一人では余るほどだろうが、家屋全体の古さは否めない。
とても意外なのだが……一応確認してみよう。
「ここで自炊してるのか?」
「ん、してるぞ。なに、庶民の生活のサンプルケースを満喫しているだけでな。こういう貧乏生活は学生時代しか味わえまい?」
確かに台所には、調理道具一式がそろっている。ダイニングは古いだけあって狭い上に、小さなテレビや収納が所狭しと並んでいて、圧迫感がある。
にしても、金持ちなのにわざわざ庶民レベルの貧乏生活をエンジョイしたいなんて、酔狂にもほどがあるだろアグネス。
「ずいぶん生活感があるよな」
神愛は(僕が支給した)4.5牛乳のストローをくわえたままつぶやいた。
「わいはモノを捨てられぬ性分でな、ついつい溜め込んでしまったのだ。クトゥフフフ……」
アグネスの哄笑には、なぜだか覇気が感じられない。
「ここはセーフハウスだからして、長期にわたって快適に居住するように設計されておる。おっと、ちなみにそっちの襖を開けることは許されておらんぞ。わいの勉強部屋だからの」
「なにそれ。『開けろ』っていう前振り?」
「断じて開けるなという命令だ。このセーフハウスはわいのものだ。だからここではわいの命令は絶対なのだ!」
「断じて開けるなという命令っていう前振り?」
「文字通りなの!」
なぜここにSF研部員が集結しているかというと、アグネスが調べ上げた結果、汀の家はアグネスのセーフハウスから目と鼻の先だということが判明したからである。
神愛はストローを指揮棒のように振る。
「流石に三日連続で欠席するとなると、汀の身か心のどちらかに問題が発生したと見るべきだ。しかも、昨日十六一五時に同志希介が不審な行動をとる汀と接触している。我々SF研は汀の心身救出を第一目標として行動することをここに宣言するっ」
また大層な文句を並べているが、要するに汀の家に見舞いにいくだけのことだ。汀の携帯に連絡しても繋がらない以上、強行突入するしかあるまい。
神愛が新しいオモチャを見つけた子供のようにハイテンションなのが気になるところなのだが……。
「汀はおそらく朝は制服を着て通学するふりをしているのだろう。親御さんに心配をかけるような子ではないからな。でも学校に行きたくても何らかの理由で行くことが出来ず、リストラされたのを家族に報告できないサラリーマンのように、河原で暇を潰していたのかもしれない」
学校に来れない理由…・・・香桜学園の生徒の誰かに弱みを握られている?
「握られるような弱みがあればな」
アグネスがこたつに顎を乗せてものうげに言った。
「ナギサちゃんは道徳方程式とか大真面目で語るような人であるからして」
「そうだな。それは直接本人に聞くしかあるまい。とはいえ、汀を探し出すために市内を探索するのは労力の無駄だ。昨日希介に発見された以上、汀も警戒しているはずだから、余計発見は難しいだろう。よって、汀の家の前で網をはる」
確かにそれがベストな方法だろう。
「で、セーフハウスにご招待してたっぷり尋問――いやさ事情聴――いやさ」
「相談に乗ろうっていうんだろ」
「そうそう、それだ!」
「許されてないよそんなの! ダメダメダメここはダメ!」
「なんで?」神愛は不思議そうにアグネスを見て首をかしげる。「夢の独り暮らしなんでしょ?」
アグネスの目が泳ぐ。
「えっとー、そうなのだ、18時を過ぎるとセキュリティが厳しくなって、指紋認証――」
どこの高級マンションだよそれは。
「指紋認証システムなど、このボロアパートには見当たらなかったが……」
「むぐぅっ、と、とにかく18時以降はダメぇ、絶対!」とアグネスは歌舞伎役者のように片手を掲げて拒絶する。
「わかったよ……怪しい奴め」
神愛はしぶしぶ同意した。
「にしても、やっぱここに三人は狭いな」
両手を頭の上で組んだ神愛が「ううん」とうめいて背伸びをする。背中が襖に触れ、レールから外れるゴトリという物音がした。
「ちょ、やめんかカンナちゃん。ナナフシみたいにキモデカいんだから手足を折りたたんでいろっ」
すかさず襖を元に戻すアグネス。
「む……」
あ、神愛の逆鱗に触れたんじゃない、今の。僕は極力こたつの影に入るように身を縮めた。
「ん、やっぱりそうか。何か怪しいものでも隠しているようだな。冷蔵庫も開けさせてくれなかったし。もしかしてバラバラに刻んだ死体でも冷凍保存しているとか? もしくは隣の部屋にグーニーズの悪者一家の末弟みたいなクリーチャーを飼ってるのかな?」
「グーニーズとは何か。あっ、だからこの部屋はだめ。見るな!」
「クックック、わかったぞ、十中八九エロいグッズが隠してあるな」
「十中十ないわそんなもん。とにかくわいの許可なく入室はできん、さもなくば、わいの屍を越えてゆくことになろう」
そこまでして隠したいものとは何だろう。健全な男子高校生たる僕だって、こまで断固拒絶するほどの危険物は保有していないぞ。
僕が保有する危険物といえば、せいぜいがとこ、通販で買ったメッシュポリマー製の実物スケール胸部模型くらいのものだ。なにしろ米軍の最新軍用アバター用に開発された人工人体組織を民生転用したものだから、本物のおっぱいの弾力性を再現率99%で模倣しているという触れ込みだ。驚異の柔らかさと天使の肌触り……絶対に僕の部屋にこいつらを入れないぞ。
いやでも、そこを恥かしがるのはおかしくないか? 人生はしょせん夢幻、人生は自己満足なんだから、何に萌えたっていいだろ? それにその種の人工物を使うことで妄想圧力を抜いてやれば、性犯罪だって減るだろうし……絶対に僕の部屋にこいつらを入れないぞ。
ガサガサ。
「わっ、なんかガサガサって!」
襖に耳を当てていた神愛が騒ぐ。
「なんかいるぞ、この部屋!」
「カンナ……」
握り締めた両手をプルプルさせるアグネス。
気配を感じ、床にはいつくばった神愛が見上げる。するとそこには、怒りのオーラを背景に立ち昇らせたアグネスが仁王立ちしていた。
「金 貸 し の バ バ ア み て ぇ に な り た い か?」
凄んだアグネスは正直、こわかった。




