表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/27

もし萌えフィギュアオタクが不可触民ならば 2

【Great-diarrhea-waveさん】からの回答:

 

 『社会生活になじめない異端者は、いつの時代にも常に一定数存在するもの。わいのようになww。

 でもそれは、別に嘆くようなことでも、恥ずべきことでもないのだぞ。わいのような人間が変人なのは、人類の多様性にはじめから含まれた振れ幅なのだからな。これは自然なことだ。

 そして、イジメはいつの時代にもある。共同体の結束を高めるためにスケープゴートを欲する衝動は、数百万年にわたる人類の社会生活が生み出した知恵なのだ。人の下に人を作るのが人間。それが真理であることは、歴史が証明しておる。

 このような、個を超えて人類に共通した性質は、理性で容易に制御できるものではない。人と人が支えあうのが人類の社会であるならば、支えあおうとする行為そのものから生じるイジメは、人の間から永久になくならないだろう。つまりは、イジメの根絶は不可能ってことだな、人が人である限り。

 この先祖から受け継いだイジメを好む性質が、人類の繁殖上意義あるがゆえに、進化の過程で自然に備わったものである以上、イジメは少なくとも悪ではない。むしろ善寄りなのだ。

 だが、いじめや差別になりふり構わぬ戦いを挑むのもまた、悪ではなく、善でもない。悪鬼のように戦うも、黙って自殺するも、全てそなたの自由だ。

 人生は全て結果論でしか語られぬものと心得よ。負け犬が、「負けたけど良い戦いだったね」と誉められることはない。人生は公明正大なスポーツではないのだから。

 原因と結果の真ん中は、全てそなた次第。総じて、人生という戦場には善も悪もない。そなたがやることは、もとより全て許されておる。

 中原中也の詩にあるように、

「人には自恃(じじ)があればよい!

 その余はすべてなるまゝだ……

 自恃だ、自恃だ、自恃だ、自恃だ、

 ただそれだけが人の行ひを罪としない」

 というわけ。

 さあ行け、画面の前から去って、行動するが良い。わいらには全てが許されているので、ありをりはべりいまそかり!』

 

 「ラ変出たか……改めて文章であいつの言葉を読むと、アホだな」


 神愛が身も蓋もない感想を漏らした。


 同感だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ