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食物の四次元連続体 1

いらっしゃいませ。


*本作品は、異世界や超能力などのファンタジー要素はゼロです。主要なテーマは「哲学」「真理」です。健全な青少年には関心の薄いジャンルかと思います。


*コメディ要素はできる限り投入していますが、バトルシーンなどは存在しませんので、ご注意ください。


*この作品も新人賞に送る予定です。もしうっかり予選に通った場合、念には念を入れて、ここに掲載した作品は消去させて頂きますことを前もってお知らせしておきます。


*まあ、毎度毎度そう簡単には通らないだろうな、と自覚はしてますww

■食物の四次元連続体


 あえて言おう。女はカスであると。


 のっけから世のフェミニストたちに蹴り殺されそうなムーブではあるが、それがどうした? これは僕のマインドオンリーの声だから、音声・映像・テキストその他、いかなる媒体を介しても外には漏れ伝わっていないはずだ、そのはずだ。


 ――いや、やっぱり確信はない。


 休み時間の教室で、メスどもがたわいのないネタでキャーキャー騒いでいるのを聞いていると、イライラが募って、むしろ自分のほうがめわいているような気がしてくることがある。だから、「僕の脳内の思念は絶対に外に漏れていない」と確信を持って断言することは――残念ながらできない。自分では正常なつもりでも、それは狂人の夢で、実際には心に秘めた意味のわからない戯言を、わめき散らしているのかもしれない。


 とりあえず、一言も他人と口をきかないで、また一日が終わった。


 まったく、どうしてこんな学校にいるんだろう。入学以来、何度目かわからない溜息をつく。


 どういうわけか入学してしまった香桜学園は、校内カフェテリアに某有名コーヒーチェーン店が出店しているほどの、県下随一のおマネー持ち学校だ。


 ここの生徒は将来の日本を背負って立つことを期待されているらしい。だからこそ文武両道に優れ、快活で、情熱を持って学園生活を送るよう求められているのだ。

 教室から部室棟につながる廊下からは、グラウンドで汗を流す生徒たちがよく見えた。

歩を休めて見下ろせば、ここは母なる惑星地球だってのに、ほとんど人類の生存に適していないクソ暑いグラウンドで、ラグビー部員たちが辛抱強く整列している。その向こうでは、丈の短いやたらペラッペラのスカートを着用した、チアリーディング部のメスどもが練習に励んでいた。

 チッ、胸糞わるいぜ。

 僕は窓から視線を外して、まるで廊下の表面に矢印でも浮き出しているかのように、うつむいたまま一心不乱にスタスタ前進する。


 ああ、輝いてますね、有意義な輝かしい人生をお送りでよろしいですこと。男に媚を売るビッチどもが。騙されないぞ、僕だけは。


 傾きかけた陽が照りつけてはいるが、空調が効いた廊下は至って快適だ。それなのに……外で暑さに耐えている連中と比べると、なぜだろう、快適な環境に居る自分が負けたような気がしてくるから不思議だ。


 僕は「SF研」とマジックで書かれた扉の前で歩みを止めた。高校入学直後に、自ら門を叩いたSF研の、ここは部室だ。


 部室に寄るのは、実を言うと久しぶりだ。最近は図書館や教室で時間を潰してから帰宅していたからだ。僕は慣れた動作で「黒神希介くろかみきすけ」と記された在室札をひっくり返す。


 これは節電のために導入された面倒かつ原始的なシステムだ。最後に部室を出る者は、節電チェックリストにある項目を確認し、札の表裏をかえす。

 

 まったく、どこかの馬鹿が電気を無駄にするたびに、こういった面倒くさい“対策”が導入されるのだから困る。


 そのとき。廊下を走る足音が接近して――。


 どんっ。


 唐突に背後から肩をどつかれた……のかと思ったら違ったようだ。繊細で柔らかそうな髪が僕の視界を隠すように広がった。


 小さな「きゃっ」という声。落ちる紙袋、床に両手をつく女子生徒。


 女は僕の顔を見上げ、わずかに目を見開き、かすれた声でつぶやいた。


 「ご、ごめんなさい」


 「痛い」と嘆くでも、「何よ」とキレるでもなく、まず礼儀正しく謝罪を口にしたのは――磯崎汀いそざきなぎさだった。


 いくら僕がリアルの女に興味がないとはいえ、磯崎汀くらいは知っている。なぎさ、だから一部の男子学生には“ナギ様”との愛称で呼ばれているらしいということ。


 僕には、『情報通の友達』などという、ギャルゲーによくいる都合の良いクラスメートなどいないから詳細は知らないが、どうやら彼女は学園のアイドル的な存在らしい。まあ、情報通ではない友達も一人としていないのだが、それはこの際、カムアウトする必要はなかったな。


 ほう、こいつが。驚きが去ると、僕は磯崎の顔に見入った。磯崎の方も僕の顔を見て驚いているようだ。


 僕のことを気持ち悪いと思っているのか、それとも相手をよく確認もせずに、謝る必要のないクズ虫に対して咄嗟に謝罪してしまったことを悔んでいるのか。どちらとも判断できない。


 にしても、見れば見るほど磯崎は完璧なようだ。あらゆる曲線が、あらゆる細部が文句なく美しいことに驚きを覚える。髪の毛の一本一本までが夕陽に照らされて金色に輝き、まるでCGであるかのように、無機質な廊下の空間から、神々しく浮き出して見えた。


 いま僕が目にしている光景を取り出してネット上にアップしたら、「合成乙」「フォトショ使いすぎ」などと、速攻で捏造の烙印を押されるに違いない。


 学園のトップアイドルといえば理事長の娘だが、磯崎は二番手だという。学年を一年生に限定すれば、磯崎が一番だろう。おしとやかで誰にでも分け隔てなく接する育ちの良さ、抜群の成績、穏やかで親切な性格、おまけに赤ん坊なら母親に、十代なら恋人に、二十代なら嫁に、四十代なら娘に、七十代なら孫にしたいほどの美人ときたもんだ。


 これほど常人離れした美点をあわせ持っていると、天の配分システムがぶっ壊れたか、神様が人間にイタズラを仕掛けたのではないかと疑う者が居るのもうなづける。まあ、疑っているのは僕なのだが。他にも疑っている物好きがいるのかは知らん。


 この見目うるわしい女神は、転んだときにどこか打ったのか、長い睫毛で半ば影になった目もとに、うっすら涙を浮かべている。背後から追突した非礼をわきまえているのか、それでも泣き言をもらさずに、彼女は頭を下げた。


 「お怪我はありませんでしたか」


 汀が心配そうに僕を見上げる。


 うぉっ。


 僕は失敗をやらかしたチンパンジーのように、手のひらで目許を覆った。


 汀の視線が、僕には眩しすぎたからだ。百万年ばかり地層でろ過された地下水ばかりが集まってできた、驚異の透明度を誇る地底湖のように邪気のない瞳を、僕は直視できずにうつむいた。


 「いや……」と僕はモゴモゴつぶやく。


 磯崎が僕に謝罪してしまったことを悔んでいるのではないかと邪推したことが、ちょっと恥かしくなる。


そのとき、驚きのあまり息を呑んだ。いや僕としたことが、なんてことだ。騙されるな! 女なんて、いくらでも顔で泣いておいて心で計算できる生きものだ。


 「わたし、前をよく見ないで走っていて、それで。本当にごめんなさい」


 磯崎は僕の名札に目をとめて、はっとした表情を浮かべた。やがて、怯んだように、彼女はちょっとたれぎみの目を伏せた。


 僕は直感した。この気まずい感じには覚えがあるぞ。かつて、中学のダンスの授業で、僕とペアが巡ってきた女子生徒が見せた表情、まさしくそれだ!


 やはりこの女も、男を顔かカネの二択でしか評価しない女だ。ああそうだ。女はみんなそうだ。磯崎とはクラスが違うけど、この女も僕の悪い噂でも聞いて、僕のことを知っていたのだろう。


 内心で渦巻く負のエネルギーが漏れていたのか、彼女の表情に、ほんのわずか微粒子レベルの怯えが加わったように思えた。


 ここまでは、僕の辞書にもばっちり載っている、女の典型的態度だった。だが、その直後に彼女の表情に表れた変化は見慣れたものではなかった。


 普通なら、怯えのあとに女の顔に浮かぶのは、「はぁ?」という反発か、軽蔑であることが多い。もしくは、「この人いやだ、あっちいって!」という、嫌悪か恐怖のはずだった。その場合、女は拒絶の雰囲気を醸し出して、無言でその場を去るものだ。


 それなのにどうしたことか――彼女の顔には、凛とした決意の色があったのだ。


 僕の顔を見て、いったい何を決意する? 僕がダメ人間であることを一瞬で見抜いて、「ダメだ、こいつなんとかしないと」などと、要らぬお節介を焼く決心でもしたか?


 そもそも美少女などというものは、僕の人生に最も縁遠い物体だ。そんなものに、手を伸ばせば届く位置まで異常接近しているというだけ落ち着かない。そのうえ、彼女は僕の顔をじっと見つめている。


清らかで、疚しいところなど検出限界を遥かに下回る分量しか混入していない真直ぐな視線は、ねじくれ曲った僕の心にしみた。


 目に見えないパワーに気圧され、思わず一歩あとじさった僕の踵に、ガサリと何かが触れた。紙袋だ。


 「ぁあ――」


 彼女はあえぐような声をあげた。


 この学園のきざったらしい偽善に満ちた男どもなら、喜び勇んで紙袋を手にとり、彼女に渡すだろう。だが、僕は紙袋を取って手渡したりはしない。絶対に、絶対にだ。女になど優しくしてやるものか!


 そう決意して腕を組んでいると、彼女はすっとかがんで紙袋を取り、大きく一礼すると小走りで去っていった。その背中が廊下の端で視界から消えた。


 女に手を貸さなかったという事実に、苦い勝利感と――何かわからないが心のざわめきを覚えつつ、僕は部室のドアに手をかけた。


 そのとき、足下に小さな白い布が横たわっているのが目に止まった。


 パンツだった。


 しかも、明らかに女性ものの。小さな赤いリボンが縫い付けられ、小さく折りたたまれている。


 「なぜに!?」


 焦りのあまり、ついついそれを拾い上げポケットにねじ込んだ。廊下に人気がないことを見て取り、素早くSF研のドアを潜った。


 ドアを背にして部室に立ち、アドレナリンに蹴り飛ばされて早鐘を打つ、心臓の上から手を当てた。


 もちろん手など当てても、不随意筋は言うことなど聞きゃしない。どっくんどっくんと、いずことも知れない宛先に血液を力いっぱい送り出す。


 ゆっくりとポケットから未知の物体Xをひっぱり出し、白日の下にさらしてみた。使用していないときには不思議なほど小さい物体X。しかし、なぜこんなところに?


 親切な解説の声が僕の意識にのぼってきた。


 『なんだ、初歩的なことだよワトソン君。それは磯崎汀とぶつかった時に、衝撃で君の潜在能力が謎の一斉開花をはじめ、君が脳内で妄想した物体を現実世界で実体化させるという、恐るべき特殊能力を手にしたのだよ。そう考えれば全てのつじつまが合う。不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙なことであっても、それが真実なのだよ』


 「なん……だと? って、そんなわけあるか! 消去法にもなってねえよ!」と自らのSF脳の過激派ぶりに戦慄を覚えつつ一人ツッコミをしてみるが、いかせんせんSF研は現状部員がたったの一人。過去の栄光に免じて辛うじてお取り潰しを免れている、末期の室町幕府のような部なのだ。


 だから、せっかくのツッコミも、聴衆は十数年前に有志の手で制作された、恐ろしく精巧な二五十分の一スケールの(オウ)()だけ。


 かつてのSF研の盛況ぶりを示す遺物の瞳は、攻撃色で真っ赤のままだ。


 「あの紙袋から落ちたのか。どうしてそんなものを――」


 いや、そんなことよりさ。これ、どうしよう。


 ふと、優しそうに微笑む磯崎の顔がフラッシュバックする。この新品とおぼしき下着、磯崎汀にとって大切なものなんじゃないのか? 大事そうに抱えて走っていた荷物だ。大切に違いない。


 「早く届けないと――」


 廊下に出ようとして急停止する。いやいや、と首を振って考えた。


 女の役になど立ってたまるか。これはチャンスだ。思いっきりあの女を困らせてやれ。


 「どうして僕がわざわざ下着を持ってかなきゃならん。はん、せいぜい大切な下着がなくなっているのを悟って焦るがいい、ビッチめ」と冷酷に言い放ってみたはいいものの、それで手の中でぐったり横たわるパンツが、光の粒を放って都合よく消えてなくなるわけじゃない。ゴミ箱に捨てるのも危険な気がする。やはりここは持ち主に返却すべきか……。


 吹けば飛ぶようなメリヤスの布切れが、思案すればするほどに、みるみる手の中で膨れあがって、どうにも手に負えないほどの巨大な産廃に思えてきた。もしかすると……トールキンの邪悪な起源を持つ指輪――着用者をゆっくり蝕むアレ――と同等の……いや、それ以上の危険物なんじゃないか、これ。


 こんなもん所有しているところを誰かに見られでもしたら、その瞬間、人生に取り返しのつかない傷がついてしまう。


 「いや、マジでどうするこれ。帰りにコンビニで捨てるか。それとも焼却炉にぶちこんで――」などと思案していると、部室の床に点々と染みが散っているのに目がとまった。オレンジ色の夕陽に照らされた床に、それは黒々と重たく横たわっている。


 染みを目で追う。それは、エアコンのコントローラーの前でひときわ大きな染みを残していた。点々と続く、小さな染みを仮にナイルの流れに例えるなら、ナイルの水源ヴィクトリア湖に比肩し得る、巨大な染み。


 そのときようやく部室の異変がそれだけではないことを悟った。部屋は異様に肌寒い。

 もう時刻は夕方だ。宵闇に向かって滑り落ちつつある部室の、あちこちに淀む影が急に存在感を増したように思えた。血痕? まさか。


 ゾクッと背筋を悪寒が走る。


 自分がちっとも恐がっていないことを示すためだけに、荒々しく言ってみる。


 「なんだよこれは!」


 染みを避けつつ壁ぎわを伝い歩き、コントローラーに顔を寄せて確認すると、エアコンの設定温度は最低まで下げてある。もし今日部室に来ずに、つきっ放しになっていたら、生徒会のなんとか管理委員会にこっぴどく叱られていただろう。


 次に、床にかがんで謎の物質に顔を寄せた。異臭が鼻をつく。


 凝固しかけた血液? 違う。……カレー? いや、断じて違う。


 おそるおそる指先を近づけて、ぴちゃり、と指の腹でひと掬い。指先をまじまじと見つめる。


 冷静で威厳に満ちた男の声が、僕の意識にのぼってきた。


 『ミスター・スポック、トリコーダーで成分分析してくれたまえ。なに、そんなものない? しかし我々にはミスター・スポック、『舌』という優れた分析装置があるのではないかね?』 


 いや、無理です勘弁してください艦長。――などと仮想スタートレックに興じるまでもなく、こんな怪しいゲル状物質をお口に受け入れられるわけがない。土台無理なことだ。


 部屋の明りを点け、改めてヴィクトリア湖を仔細に観察する。


 「おい、嘘だろ」


 目にした物に衝撃を受けて、天を仰いでうめいた。


 謎のゲル状物質には――半ば溶け崩れてはいるがはっきりと識別可能な――トウモロコシの粒が浮いていたのだった。


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