ストーミーマンデイ。
「月曜日は最悪だとみんなは言うけれど、火曜日だって負けずにひどい」
僕は飲みかけていたジントニックをカウンターに戻して彼女に尋ねる。
「どうしたんだい?」
「なぜかこの言葉が頭に残ってるの。小説に書かれていたのか、歌の歌詞だか思い出せないんだけど・・・
あなた誰が言ったか知ってる?」
僕は少し考えながら煙草に火をつける。
「分からないな。今度会うときまでに調べておくよ。」
「お願いするわ。」
微笑みながら彼女は答えた。でも、煙草の煙を吐きながら僕の直感が答える。
今度なんてない。悲しみに似た確信が僕の心を包み込む。
「私、もう行くね。」
「送っていこうか?」
「大丈夫。そんなに酔ってないし、大きな道に出ればタクシーも捕まるわ。」
僕は煙草の火を消して、帰り支度を始める。誰かとの約束でもあるのだろうか、彼女は時計をしきりに気にしている。
レジで会計を済ませていると、僕らの座っていたカウンターから一本の煙が見える。
何処かで歯車が狂ったんだよ。
そう僕に攻め立てているように感じた。
会計を済ませてバーを出ると、外は雨が降っていた。
彼女は僕に簡単な別れの挨拶をして、走っていってしまった。走る彼女は雨に濡れ、まるで熱帯魚のように美しかった。僕は空っぽの水槽のような気分になり、数分の間そこで立ちすくむ事しかできずにいた。
駐車場に入り、雨に濡れたパンツから、車のキーを出そうとしたら声をかけられた。
「サア、イコウカ」
目の前に、僕の身長を超えるとても大きなハンマーを持ったモグラが立っている。
モグラはその大きなハンマーを、使いずらそうに振り上げ、僕の頭に振り下ろした。
頭のてっぺんから衝撃が僕の体を駆け巡る。
僕の体は頭だけ残して、杭のように地面に突き刺さった。
痛みに耐え、混乱する僕は尋ねる。
「どうしてこんなことを僕にするんだ。」
モグラは僕の質問には答えずに、再び僕の頭にハンマーを振り下ろした。見事に直撃し、どうすることもできない僕は地面に沈んでいく。
気を失う寸前に頭の後ろからヒツヨウナンダと声が聞こえた。
目を覚ますとおびただしいほどの本が目に飛び込んできた。
どうも僕はソファーに寝かされているらしい。
僕は恐る恐る頭に手をやる。しかし僕の頭はへこんでなく、血も出ていなかった。
起き上がり辺りを見渡す。しかし本以外は目に入ってこない。
あまりにも多い本のせいでこの空間の広ささえ分からない。
窓が無く、照明の明かりしかないこの空間は、とても僕を不安にさせる。
「目が覚めたようだな」
目の前の老人が僕に声をかけた。いつの間に現れたんだ。
「早速だが君は何が知りたくてここに来たんだい?
ここにはな、知りたい事がある者しかこれない場所なんだ。
まあ、知りたいことがある者でも、なかなかここにはこれないがね。」
知りたい事はいくらでもある。
でもだめだ思考がまとまらない。
何も考えることができなくて、この状況に流されている僕は考える振りをしながら、ただただ老人の言葉を待った。
「はやくしなさい!
わしだって暇じゃないんだ!」
老人は眉をぴくぴく動かしながら僕をせかす。
しかし何も浮かんでこない。知りたいことがが見つからない。
僕は目の前においてある本をとり、ページをめくった。
「月曜日は最悪だとみんなは言うけれど、火曜日だって負けずにひどいって誰が言ったか分かりますか?」
僕は喋った瞬間に鳥肌が全身に走った。
僕はこんなことを聞きたいんじゃない。間違いなくこんなことを考えてもない。
誰かに言わされた。
間違いなく。
でもその言わされた質問は、空気を振動して相手に伝えるのではなく、質量となって目の前に存在しているかのような力があった。
「トム・ジョーンズ」
老人がそう答えると、僕の頭に横から鈍器で殴られた衝撃が走った。薄れゆく景色の中に小さなモグラが肩に乗っていた。
「どうしたの?」
気がついたらそこはさっきまで僕がいたバーだった。
「ねえ、月曜日は最悪だとみんなは言うけれど、火曜日だって負けずにひどい
なぜかこの言葉が頭に残ってるの。小説に書かれていたのか、歌の歌詞だか思い出せないん だけど・・・
あなた誰が言ったか知ってる?」
隣には彼女が座っている。僕は冷静になるために煙草に火をつけ彼女の質問に答えた。
「トム・ジョーンズ」
「その人は小説家なの?
それとも歌手なの?」
「分からない・・・
でも間違いなくその言葉を言ったのはトム・ジョーンズだよ。
間違いない。
今度会うときにきちんと調べておくよ。」
「お願いするわ。」
微笑みながら彼女は答えた。でも煙草の煙を吐ききった時、さっきのような悲しみが、僕の心を襲ってくることは無かった。
「私、もう行くね。」
「送っていこうか?」
「・・・お願いするわ。ちょっと飲みすぎたみたいだし。」
僕は煙草の火を消して、帰り支度を始める。
レジで会計を済ませているときに、僕らの座っていたカウンターから、煙は上がっていなかった。
店を出て、駐車場にとめてある車に乗り、彼女と同じベットに入るときまで、僕は熱帯魚のように雨の中を美しく走る彼女のことだけを。
考えるようにしていた。
ブルースの曲。「ストーミー・マンデイ」の歌詞、"They call it stormy Monday, but, Tuesday's just as bad."
この歌詞が僕は締め付けられるように好きです。
僕がこの歌から学んだことは、
“月曜日が最悪だとみんなは言うけど、毎日が最悪だと言い切れない理由がどこにある”
そう思って過ごしています。
何もかも絶望しているように聞こえますが、そう思いながら過ごしているときずく事もありまよ。




