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8

 千影達の通う高校の前は既に人だかりができていた。警察が、早々に到着しており、その野次馬だ。

 学校の周囲には、敷地に沿ってロープと警官が配備されており、容易に出入りすることはできない。唯一の出入り口が正門だったが、そこが一番ひとが多く、関係者以外は立ち入り禁止になっていた。 

 校庭には大きな白いバスが停まっており、その周辺には数台のパトカーが無造作に停められている。もちろん、多くの警官達が正門やバスの中をしきりに出入りしており、現場は騒然としていた。

 野次馬達は何が起こったのかと聞き耳を立て、口々に憶測を交わしていた。

「学校に立てこもりだって。いきなり押し入ってきて、全員外に出されちゃったとか」

「人質とかいるのかな? 身代金とかいくらなんだろ」

「っていうか、警察の数が多くないか? すげぇな。早くアップアップっ!」

 そんな言葉の波をぬう様に、千影は正門へと向かっていた。人にぶつかりは謝りつつ、必死に走ってきた千影は息も切れ切れだ。

 ようやく正門の前にたどり着いたが、そこはもう警察によって封鎖されており、中の様子をうかがい知ることはできない。

「す――っ、すいません、ちょっと入れてくれませんか? 友人が……友人がここにいるんです、来いって言われてるんです!」

 千影は近くにいる警察官に詰め寄ったが、警察官は嫌そうな表情を浮かべつつ落ち着いて応える。

「今ここは立ち入り禁止だからね、誰もいないよ。待ち合わせなら他でやってくれ」

「そういうんじゃない! ここにいるんだ、孝明が! 誘拐されたんだよ、頼むから入れてください!」

「わからない子だね。この中にはもう警察関係者しかいないんだ。わかったらとっとと家に帰りなさい。親御さんも心配するだろう」

「お願いです! 中に――」

 そういって、千影は無理やり中に入ろうと試みる。が、警察官もただ突っ立っているわけではない。千影の体を掴み、押し返す。

「いい加減に――」

 警察官の表情に怒気が含み、その両腕に力が込められる。その瞬間――。

「いいんだ、入ってもらえ」

 千影を押さえ込んでいる警察官の後ろで声がした。千影は声のしたほうを見ると、そこには長身で、短い黒髪の男が立っている。

「しかし、五十川いそがわ刑事っ」

「いいから。ほら、いくぞ……秦野千影君」

 自身の名が当然の呼ばれたことに驚きつつ、千影は門を通してくれた男の後ろを通り抜け、急ぎ足で着いていった。

「あの、あなたは……」

「疑問は尽きないだろうがすこし黙っていてくれ。情報が漏れるのはよくない。それが些細なものだとしてもだ」

 重い言葉に千影はぐっと言葉を飲み込む。二人は無言のまま、校庭の真ん中のバスへと、前方の入り口から乗り込んだ。


 バスの入り口に垂れ下がっている黒い暗幕をくぐると、中の明るさに目がくらむ。顔の前に手をかざしながら、千影は徐々に明るさに慣れてきた目で中の様子を窺った。

 バスの座席は左右、向かい合わせに設置してある。そのまま視線を後ろに移すが、ちょうどバスの中央あたりには仕切りがあり、後ろの様子を窺うことはできない。

 座席に座っている人間は三名。その内、二人が女性であり、みな千影の顔見知りであった。

「おじさん、おばさん……と、五十川さん?」

 バスに乗っていたのは、孝明の父親と母親、そして茜だった。茜と孝明は互いの存在に驚きつつも、先日の別れの気まずさからか、互いに口を噤む。

 千影は孝明の両親に目線を移したが、父親は軽く会釈を、母親は入ってきた千影に気づくことなく、両手を握り締めうつむいている。二人とも表情は蒼白であり、表情は険しい。

 誰もが口にする言葉を持たない中、短髪の男は動じることなく沈黙を打ち破る。

「これで全員揃ったようですね。まず挨拶を。私は五十川楓いそがわかえで。特殊犯罪対策課の課長を務めております刑事です」

 そういって楓は孝明の両親と千影にかるく頭を下げる。両親はかろうじて、といった形でその言葉に耳を傾けていた。

「まずは状況の整理を行いたいと思います。木戸さんの御宅に電話がかかってきたのが午後十八時頃。その内容は、『木戸孝明を誘拐した。返して欲しくば、秦野千影を学校まで連れて来い』。これは間違いないですか?」

「はい、そう聞いています」

 孝明の父親は頷きながら答える。

「その後、木戸さんから警察に連絡が入ったのが十八時半頃。事実関係の捜査のため周辺捜査とこの学校を捜索させていただきましたが、その時点ではすでに学校は占拠されており、中に入ることはできませんでした。周辺の目撃情報から、孝明君は学校に連れ込まれた可能性が高く、誘拐立てこもり事件として、警察は解決に努めてまいりたいと思います」

「孝明は無事なんですか?」

「それはまだわかりません。が、犯人達が交換条件を提示していることから、無事である可能性は高いと思います」

 落ち着いて話す楓の様子に、孝明の両親は少しだけ胸をなで下ろす。

「そして、孝明君との引き換え条件としてだされているのが秦野君。君だ」

 楓の言葉に、千影はびくりと体を震わせた。孝明の両親の視線がとてつもなく痛く冷たく感じる。

「俺は……どうすれば?」

 恐る恐る訪ねる千影。その言葉に応えるように、楓は数回首を横に振る。

「何も。警察としては、犯人の要求に素直に応じることはない。孝明君の安全を最優先に。そして君の安全を確保するのも警察の仕事だ。安心するといい」

 楓のお言葉にほっとする千影。しかし、孝明の両親の表情には再び不安が色濃く浮かび上がる。

「そしたら、どうやって孝明を……?」

「それは私達、警察にお任せください」

「しかし――」

「今回の犯人の目星はついています。犯人達は空の社の一味。テロ組織の要求に従っていては、被害を増やすだけです。そういった特殊な事件のために私達はいるのです。特殊犯罪対策課である私達が」


 ◆


 電話を受けたときの状況や、声の特徴などできるかぎり細かい部分を聞いて、楓は孝明の両親を自宅へと帰した。もちろん、付き添いという名目で警察官を一緒に行かせていた。

 バスに残ったのは楓、茜、そして千影の三人だけだ。千影と向かい合う形で、楓と茜は座っている。

「それで、秦野君。君はどうしてここに?」

 唐突に切り出した楓の言葉に、千影は当然のように頷いた。

「どうしてって……おばさんの話聞いて、俺のせいで孝明が捕まってるんだって思ったらじっとしてられなくて。ここにくれば何かわかると思ったから、それで……」

「そうか。君が自分のせいって思ったのは、この前の如月さんの話からかい?」

 千影は、楓の言葉に眉をひそめる。

「この人は私の兄なのよ。この前、話したことはお兄ちゃんに話したわ。会話の内容を知っているのはそういうこと」

 すかさず茜が補足をいれたことで、千影の表情からはすっと力が抜けた。

「そう……ですね。あの 話が本当なら、俺のせいで孝明は誘拐されたことになる。そんなこと、許せるはずない」

「そうか。なら、許せるはずもない状況で、君はどうする? ここに来て何をするつもりだったんだ?」

 途端に黙り込む千影。楓の問いに明確な答えを用意しているはずもなく、ただ俯き両拳を握り締めるしかない。

 そんな千影の様子を見ていた楓は、微かに笑みを浮かべた。

「少し意地悪な質問だったな。すまない。だが、君が自分のことを過大評価しているかもしれないと思ったからね。少し試すようなことをした」

「それって……」

「君は先日サラを撃退しただろう? あの時の戦い方には相当の無理があったのは自分でもわかっていると思うが、その時と同じように今日のことも考えていたら危険だと思っただけだ。自分で助けに行く、なんて言っていたら取り合えず一発、ぶん殴っていたよ」

 千影は楓のたくましい腕を見ながら苦笑いを浮かべる。

「君だけでは出来ないことのほうが多い。だから今日は信頼して任せてくれ。それで、いいか?」

「はい、大丈夫です……」

 そういって頷く千影だったが、両拳には力がさらに込められるばかり。無力感とはこういうものかと、千影は歯噛みしながら理解した。

「よし。じゃあ、今回の事件が終わったらこの前の話、考えておいてくれ。茜は秦野君の保護だ。できるな?」

「どうして私が――」

「秦野君が奴らに奪われたら孝明君はおそらく殺される。奪われなければ交渉の材料にも使えるし、孝明君を助けにいく時間も稼げる。それで答えになっているか?」

 その言葉に茜はふてくされたように顔をしかめたが、文句を飲み込んだかのように押し黙った。それを見て楓は苦笑いを浮かべたが、そのまま踵を返し出口へと向かう。

「じゃあ、二人とも。大人しく待っていてくれ」

 そう言って、楓は空の社が待つ校舎へと向かっていった。


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