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6

――五日後。

 

 入院していた千影は、退院を迎えていた。千影の怪我は、サラに殴られた周囲の肋骨の単純骨折程度で、それほど重症ではなかった(この時代の骨折治療は技術進歩により、日帰り手術が可能になっている)。しかし、OBSの暴走を引き起こしていた可能性があり、精密検査目的で入院が伸びていたのだ。

 入院中は、警察からの謝罪があったり、叔母さんが押しかけてきて説教をされたりなどいろいろあったが、取り合えず異常はないとの診断で退院の運びとなった。

 千影は既に花が散ってしまっている青々しい桜を見上げながら病院を後にした。叔母が自宅まで車に送ってくれたため、千影はそれほど苦もなく帰途につく。

 荷物の片付けも早々に、ソファへとその体を投げ出した。そして、荷物から取り出した封筒をテーブルへと置く。千影は、大きなため息をつきながら、その封筒を眺めていた。


 サラが学校に与えた損害は、校庭に面したすべてのガラスの損傷、校舎の壁面の損傷程度のものだった。爆弾の残骸を処理して、新しいガラスをはめ込むなど、金はかかるが人手さえそろえばそれほど難しいものではない。

 授業の進行に支障がでるとのことで、大急ぎで修復作業が進められた。二日を要したが、その後は通常授業が開始されていたのである。


 骨折以外の治療がなかった千影だが、検査のため余分に入院していたため、退院した次の日から登校することが決まっていた。

 そんな千影は、教室に入ると、なんとも嫌な空気が蔓延っていることに気がついた。

 皆が千影を横目でみながら、顔をしかめていたのだ。

(やっぱりか……)

 千影はその雰囲気を、さも当然という表情で受けとめていた。

 茜を見ても分かるとおり、OBS患者というものは特別視してみられている。それは同情であったり、侮蔑であったり、嫉妬であったり、嫌悪であったり様々だ。OBSから生じる脳力がそうさせているのだが、千影の脳力は視力の向上とさほど周囲に影響を与えるものではない。 

 しかし、それほどOBSに関して正しい知識が広まっているわけでもなく、OBS患者があふれているわけでもないこの社会では、様々は色眼鏡を通して見られることは当たり前のことなのだ。人間の性というべきか、いらぬ正義感や謂れのない差別で挟まれながら生きるしかない。

 先の事件のせいで、千影がOBS患者だというのは広まってしまっていた。それを予想していた千影は、こうなることはわかっていたのだ。そう、わかってはいたのだが――

「ちょっといい?」

 俯く暇もなく、茜が千影へと声をかけた。


 ◆


「ごめん!」

 先日話しかけられた渡り廊下まで連れてこられた千影は、唐突に茜に頭を下げられていた。

「え? いや、何のこと?」

「なんのって、この前のことに決まってるじゃない」

 頭を下げた状態で、茜は千影を睨めるけるような形で見上げていた。

「それでなんで謝るの?」

「だって……、怪我、させちゃったから」

「ああ――」

 そこまで聞いて、やっと謝っている理由が千影は理解できた。要は、警察官として市民を守れなかったことに対する謝罪なのだ。 

「別に気にしなくていいよ。なんか、あのサラとかいう女は俺を狙って来てたみたいだし」

 その言葉に茜は言おうとした言葉を飲み込んだ。

「今さら母さん関係で迷惑をこうむるだなんて、皮肉な話だけどね」

 そう言って苦笑いを浮かべる千影に、茜は何もいえなかった。

 しばしの沈黙の後、千影は何かを思い出したように顔を上げた。

「そういえば、あのサラとかいう女のこと、知ってみたいだけど……あいつって何者なの?」

「ん~、あいつね……そうね。なんて言えばいいのかしら……端的に言うとテロリスト、かな?」

「テロリスト?」

 大きな声をあげた千影だが、サラの行動を思い出すとその表現も頷ける。

「あんたもOBSなら知ってるでしょ? クラウドっていうOBS権利擁護団体のこと」

「ああ。病院伝いでよく勧誘がくるやつだよね」

 千影の答えに茜は頷きながら答える。

「そう、それ。そのクラウドっていう権利団体は実は空のやしろっていう組織を隠すための張りぼてでしかないのよ」

「空の社って……まさか」

 どこかで聞いた言葉に、千影は顔を険しくさせた。

「クラウドの裏の顔、空の社。ニュースとかで聞いたことあるでしょ? 二つの団体はつながっているのよ。OBSの権利擁護という目的は違わない。でも、その手段は全く異なっているわ」

「つまり……」

「テロ行為、暴力行為によって権利を訴える組織の一員。それがあの金髪の女、サラ・ブレークなの」

「よくネットとかで話題になってる空の社が……本当にいたんだ」

 千影は呟きながら、握った拳に力を込める。背筋には冷や汗が浮かび上がっていた。

「あんたはなぜかその空の社から目をつけられてる。なぜだかわからないけど、それが危険なことだっていうのは分かる?」

 茜の問いに千影は無言で頷いた。体を撫でていく風が妙に冷たく感じる。

「そこで私からの提案。本当は五日前のあの日に話そうと思ってたことなんだけど……あんた、私がいる特殊犯罪対策課にこない? そうすれば、警察はあんたを――」

「ちょっと待ってください!」

 唐突に響いた声。茜が振り向くと、後ろには雪葉が仁王立ちをして、茜を睨みつけていた。千影も、茜の後ろに立つ雪葉を見て、何事かと目を見開いている。

 雪葉はずんずんと二人の傍まで歩き間に立つと、下から見上げるように茜をさらに睨む。

「千影様を勝手に勧誘するのはやめていただけませんか? 警察とか、特殊犯罪対策課だとか、そんな危ない場所に千影様をつれていけるわけないでしょう?」

 いきなりヒートアップしている雪葉のテンションに、二人は付いていけず放心していた。

 そんな二人を尻目に、雪葉は千影に視線を向け、微笑みながら諭すように話し出した。

「千影様。こんな野蛮な女の言うことなど聞いてはいけません。千影様は私がお守りしますから」

「ちょ、ちょっと!?」

 そう言って千影の腕にしがみつく雪葉。その視線は茜を見ており、口角は小さくゆがめられている。その様子をみて、茜はいらつきを覚えた。

「いきなり出てきてわけわかんないわ。あの時から疑問だったけど、千影様、とか、お守りします、とか何なの? もしかしてちょっと痛い子?」

 茜の言葉に、再び雪葉は視線を鋭くさせる。

「こんな、脳に栄養がいっていない胸の脂肪だけで構成されている女なんかに用はありません。ねぇ、千影様、先日の話の続きをさせてもらってもよろしいですか?」

「まあ、いいけど……」

 雪葉の顔は千影の顔のすぐ近くに迫っていた。千影は必死で視線をそらし距離をとりつつ、かろうじて雪葉の言葉に返答する。その様子をみた雪葉はくすりと笑うと、腕から離れ、一歩下がって表情を正した。

 そして、後ろで喚いている茜を放置しながら、雪葉はおもむろに口を開く。

「では、改めまして、私は如月雪葉と申します。私が千影様とどういった関係かというと、私は千影様のお母様、柚子葉様と一緒に暮らしておりました」

「母さんと!?」

 予想だにしない言葉に、千影はつい声を荒げてしまう。

「はい。柚子葉様はカナダで遺伝子学の研究をなさっていましたが、そこで私も微力ながらお手伝いさせていただいていました。しかし、柚子葉様の研究はとても多くの支援者に支えられてはいましたが、反対に敵も多く作ってしまいました。その影響が千影様に飛び火しないよう私は日本に来たのです。……ほんとぎりぎりのところでした」

 その言葉に千影だけではなく茜も反応する。

「ちょっと、それってどういうことなの?」

 せかす茜を、雪葉は視線で押さえる。雪葉はすぐに視線を外すと、再び語り始めた。

「柚子葉様の研究のテーマは、『OBSの治療薬の開発』でした。それがおそらく空の社には都合のよくないことだったのでしょう。OBSは患者に大きな枷を背負わせるのと同時に、適切に管理すれば常人以上の能力を生み出すことが可能ですからね。OBSが治療されてしまっては、多くの脳力が失われてしまう。それを嫌って、空の社は柚子葉様の研究を妨害しようとしたのです」

「じゃあ、俺が襲われたのは……」

「はい。柚子葉様の研究について何か知っているのではないか、と空の社の面々が考えたためだと思われます」

「なんだよ……。いなくなってもまだ俺に迷惑かけるのかよ」

 千影はそう言うと、歯を食いしばり顔をしかめた。

「ちょっと待ってよ。聞く限り、こいつは母親とは疎遠なわけよね? ならなんでそのこいつの母親がいる所に直接いかないの? そっちのほうが手っ取りはやいし確実じゃない。わざわざ情報を持っているかもわからないこいつを襲うなんて、そんな無駄なこと、普通はしないわ」

 空の社という言葉が出てきたからには、茜も話に乗り遅れるわけにはいかない。疑問に思うことを、まっすぐ雪葉にぶつけた。

「それは……その……」

 茜の問いかけに、雪葉は唐突に視線を逸らし口ごもる。今までの口調とは、似ても似つかない様子に、千影も茜も首を傾げた。 

「千影様、驚かずに聞いてください。私がここに来るきっかけ、そして千影様に事態が飛び火する原因となったのは――」

 じっと千影を見つめる雪葉の視線が妙に重苦しい。異様な圧迫感を感じつつ、千影はごくりと唾を飲む。そして、次に来る言葉がなんなのか、なぜだが予想できてしまった。そう、千影はわかってしまったのだ。

「柚子葉様がお亡くなりになってしまったからです」

 雪葉の言葉に、茜は強く口を噤み黙り込む。それとは反対に、千影はうそぶくように鼻で笑うと、少し俯き口を開いた。

「なんだよ。それ。ぶざけんなよ……」

 それだけ言うと、千影は二人を見ることもなくその場から離れた。

 二人は、その後を追うことはできなかった。


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