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「体育館へ急げ! 早く避難しろ!」

「ちょっと、どうなってんだよ!? いて、早く逃げないと」

「早く! 早くするんだ! いいから、急げ、死にたいのか」

 千影が校庭のほうへ走っていく最中、学校の中からは叫び声が溢れていた。千影はそれを窓の外で聞いていた。渡り廊下から直に校庭に向かってきていたため、千影は外にいるのだ。

 あふれ出る声を聞いていると恐怖が溢れてくるが、二人の心強い後姿にすがっていた千影が進行方向を変えることはない。

 そんな千影はようやく校庭に出ると、そこで初めてこの騒ぎの原因を知ることとなった。

 

 まず飛び込んできたのは、校庭倒れている数人の生徒や先生だった。ジャージを着ているため、体育の授業の最中だったのだろう。皆どこからか血を流しており、動く気配はない。校庭に面している窓ガラスはなぜだかすべて割られており、千影の知っている学校とは雲泥の差だ。

 校庭の真ん中に視線を移すと、そこには三人の人間が立っていた。一人は雪葉、一人は茜、もう一人は見知らぬ金髪の女だった。雪葉と茜の二人は、金髪の女の行く手を阻むように立っていた。

「サラ・ブレーク。いい加減にしなさい。お前の要求は呑めないわ。わかったら大人しく私に捕まって」

「何いってんだよ、楓んとこのガキが。そっちこそ、あたしの要求を呑めっていってんだろ? 聞こえてないならこうやって――っ」

 そう言うと、サラと呼ばれた金髪の女は黒い何かを校舎に向かって放り投げる。その黒い何かは校舎へとぶつかる瞬間、大きな音と共に爆発した。爆発に伴う衝撃は倒れている生徒達を吹き飛ばし、地面に落ちているガラスを周囲に撒き散らした。

「ひゃはは! 早く秦野千影はたのちかげを出せっていってるだろ? そうしないと、無関係の人間がどんどん死んでいくよぉ!」

「このぉ……」

 茜はその光景を見ながら拳を強く握り締めていた。

 千影は、というと、その言葉を聞き、全身が凍りついたように固まってしまっていた。

 爆弾を投げ笑っている女は、なぜだか千影の名を呼んでいた。もしかすると、倒れている人々も壊れた校舎もすべて自分が原因なのではないか、そんな仮定が千影の頭の中で木霊する。

 手足は振るえ、もはや立っているのさえもやっと状況だった。声も出ず、視線はサラから逸らすこともできない。思考さえも硬直し、千影は案山子のように校庭に立ちすくんでいた。

 そんな千影の存在に気づいたのか、サラは視線を顔ごと千影へと向ける。

「おや、そこに突っ立ってるあんた。もしかして、あんたがそうか。秦野柚子葉はたのゆずはの息子だな?」

 千影はその問いに口を噤んだ。大昔に自分を捨てた親の名前を、記憶から引っ張り出すのに時間が必要だったのだ。ようやく、サラの言葉と記憶とがつながると、千影は顔をしかめてサラを見つめる。

「母さんが……どうかしたのか?」

 サラは千影のその言葉を聞き、にやりと口角を歪めた。

「あんたが……」

 そう呟きながら微笑むサラに、千影は体がさらに強張るのを感じていた。それと同時にサラは再び、黒い物体を自身の鞄から取り出すとおもむろに放り投げた。もちろん、千影に向かって。

「いけない!」

「だめっ!」

 空高く放物線を描く黒い物体。それが爆弾なのは、兵器などに詳しくない者が見ても明らかだった。

 千影は、空高く舞う爆弾を呆然と眺めることしかできない。

 そんな中、弾かれたように飛び出す影。茜はすさまじい速さで地をかけ、飛んでいる爆弾へと飛びついた。空中で爆弾を掴むと、そのままサラへと投げ返す。

 ちょうど茜とサラ、二人の間で爆弾は爆発し、周囲に爆弾の破片と突風が吹き荒れる。

「く――っ」

 未だ空中にいた茜は、爆発の衝撃で吹き飛んでいく。サラは煙と衝撃で舞った砂埃で見えなくなっていた。

 千影は爆発の瞬間、咄嗟に顔を逸らしたが、思ったよりもその衝撃が少ないことに違和感を感じていた。それよりも、自身の頭を包みこむ何かが、とても心地よかった。吹き荒れる突風が収まったころ、地影はゆっくりと目を開ける。すると、そこには千影の頭を抱きしめる雪葉の姿があった。

「大丈夫ですか? 千影様」

 そう言って微笑む雪葉の表情はとても穏やかだ。場に相応しくないその表情に、千影は先ほどの恐怖も忘れ、見とれてしまっていた。

「ああ……でもなんで……」

 おざなりな返事でその場を濁していると、千影達の前に両腕が擦り傷だらけの茜が飛び込んできた。制服はすでに砂だらけだ。

 千影は咄嗟に雪葉から離れると、取り繕ったように表情を戒めた。

「二人とも、無事なら逃げなさい! ここは私に任せて。早くっ」

 二人を背にして自身を盾にする茜。その後ろ姿に千影は当然の疑問をぶつける。

「なんなんだよ、これ。どうなってんの? ……今の爆弾? 本物なの?」

 呆然としながら千影は思考を垂れ流す。

「ちょっと待ってよ。おかしいでしょ。こんなの。逃げっ――逃げなきゃ。ほら、如月さんっ、五十川さんも逃げないと! 爆弾とかおかしいって! なんなんだよ! わけわかんないよ!」

 徐々に白熱していく千影。そんな千影の様子を、慌てることなく茜は見下ろしていた。そして、小さくため息をつくと、黄金色の記章が輝くカードを、千影の目の前に突きつけた。

「何落ち着いてるの!? そんなカードなんか今は……警察……?」

 茜の突きつけたカードの意味に気づいた千影は、荒らげた声を落ち着かせた。

「そう。私は、特殊犯罪対策課に所属している特務捜査官、五十川茜。この場は私に任せて。あんた達は、大人しく逃げなさい」

 茜はそう言うと、警察証明カードをポケットに仕舞いこんだ。一昔前に採用されていた警察手帳と持つ意味は変わらない。茜が警察という事実に、千影は驚きで眼を見開いている。爆風で前髪は眼を隠す用途を担っていないが、千影はそんなこと気にする余裕も残っていなかった。

 茜はサラがいる場所を警戒しつつ、千影が逃げるのを待っている。が、千影は一向に動く気配すらない。

「ちょっと、聞いてるの? 早く逃げろっていってんのよ! あいつはあんなんじゃ倒れない」

 茜は急かすも、未だ千影は動かない。

「ねえ、早く行ってくれないと動けないんだけど? 聞いてんの!?」

 苛立ちを隠さずに、ぶっきらぼうに千影に言葉をぶつける茜。対する千影はゆっくり顔を上げると、引きつった笑いを浮かべて口を開く。

「な、なんか腰が抜けて……立てないんだ」

「はぁ?」

 途端に顔を歪める茜。その後ろでは、既に煙も砂埃も晴れ、ゆっくりと近づいてくるサラが見えた。

 金髪の長い髪はウェーブがかかっており一歩一歩、歩くたびに揺れる。そして、その揺れと同調して大げさに膨らんだ胸元も揺れていた。大きく谷間が見えているタンクトップに皮のジャケットを羽織り、ダメージ加工されたデニムのホットパンツはいている姿は奥ゆかしさとは程遠い。腕には沢山のアクセサリーをつけており、金属音が足音と和音を奏でている。

「邪魔してくれちゃって。適当に痛めつけて連れて行こうとしたってのに」

 徐々にサラとの距離が近くなり、茜の表情から余裕がなくなっていく。

「くそっ。ならそこの! こいつをどっか連れてってよ! 邪魔なんだからあんたも一緒に避難して!」

 茜はずっと押し黙っている雪葉を睨みつけながらそう言った。が、雪葉はそんな茜の言葉など聞かなかったように、千影の前に立ちサラを見据えていた。

「遅かれ早かれ、あの下品な方が千影様を傷つけないとも限りません。そして、ここで逃げたからといってあなたがあの下品な女を始末できるとも限りません。私は私が正しいと思う方法で千影様を守りにきたのです。あなたの指図は受けません」

「な――っ」

「それに私もOBSです。少しは助力になりますよ」

 茜はその言葉に見張った。

 そのまま茜は雪葉を見つめるが、その雪葉の目には揺ぎなど無い。意思を感じさせる目線に、茜は二の句が継げなかった。茜は小さく息を吐くと、雪葉と同じく視線をサラへと向けた。

「なら邪魔だけはしないで。それだけで十分よ」

「あら、それはこっちの台詞です」

 二人はそれだけ言うと、視線に力を込めた。


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