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――――

 あれは九歳の誕生日、仕事に出ている両親を家で待っていた私は、風がびゅうびゅうと吹く外を眺めながら、つまらなそうに口を尖らせていた。

「おっそーい。今日はせっかくの誕生日なのに、一人なんて……」

 寂しさのためむくれている私は、時間を潰すためにテレビを見ながら過ごしていた。それも飽きた頃、ようやくドアを叩く音がする。

 どうせ遅くなって顔を合わせずらいんだろうなぁ。普段は鍵を開けて入ってくるのに。ちょっとは悪いと思ってるのかしら。

 そんなことを思いながら、恥ずかしさを隠すようにゆっくりとドアに近づいた。

「お父さんもお母さんも、もう怒ってないから入ってきて?」

 反応はない。おかしいな?と思いつつも声をかけても同じことだった。なんだろう、風の音が強くて声が聞こえないのかな?そう思った私はゆっくりと鍵を開ける。その瞬間ドアは勢いよく開かれて、知らない大人たちが五人くらい中へ入ってきた。

「だれよ!? ここは私の家よっ。お父さんっ、お母さん!」

 突然の出来事に叫ぶことしか出来ない私を尻目に、黒ずくめの男達は無言で家の中のものを物色する。「なんなのよっ、あんたたち! それは私の家のものよ、どこにもっていくのよ!」

 叫びながら殴りかかるも、造作もなく突き飛ばされてしまう。それが恐くてもう動くことができなかった。そのまましばらく眺めていると、家の中はぐちゃぐちゃで、めぼしいものは持ち出されてしまっていた。急ぎ早に逃げ出していく男達、目の前を駆けていく最後の一人と目があった。男は立ち止まり、先に出て行った男達を呼び止める。

「こいつも高く売れるんじゃないか?」

 なにを言ってるの? 売れる? どういうこと? 私がその言葉に呆けていると、男は無造作に私を担ぎ上げ家から出て行こうとする。

「やめてっ! 放してっ! お父さんとお母さんを待ってるのよっ! おろしてっ!」

 腹の底から叫んだ。なにがなにやらわけがわからなくて、恐くて、心細くて、とにかく逃げ出したくて叫んだ。そうしたらきっとお父さんとお母さんが助けにきてくれる。そう思って叫び続けた。

「うるさいガキだな」

 そういうと男はうちの庭に私を投げ捨てた。

「そこに置いてあるのを見な。そうなりたくなきゃ静かにするんだな」

 そういって指をさされた方向を見ると、血だらけになったお父さんとお母さんがそこにはいた。腕の中には赤と白の縞模様の箱を抱えていて、その箱は二人の血でデコレーションされている。見開かれた瞳は苦悶の表情を浮かべており、噛み締められた歯からは悔しさが伝わってくる。

 そうか。私は死ぬか生きるか今決めなきゃいけないんだ。こんな風に、お父さんとお母さんみたいになるか、そうじゃないかを選ばなきゃいけないんだ。

 そう思うと不思議と涙が止まる。声を出さなくなった私をみて男達は歪んだ笑みを浮かべて再び抱えて走り出す。家の前に止めてあったワゴンに乗せられると、遠くのほうまで車に揺られて連れて行かれた。

 その後は、最低な末路が私を待っていた。

 どこかの金持ちに売られた私は、毎晩気持ちの悪い豚みたいな男に舐めまわされ、写真を撮られ、弄ばれた。最初は恐かったけど、次第に何も感じなくなっていく。

 喉の奥まで捻じ込められる苦しさや、腰を突き上げられる衝撃にも次第に慣れた。そこまでいくと後は同じ。それだけの毎日を過ごすために生きる日々が続いた。

「はい、ご主人様」

 それだけが私が発していい言葉だった。

 そんな生活に、なんの感慨も沸かなくなったころ、ご主人様が私に言う。

「この首輪で首を絞めてくれないか? それをしながら、いつもみたいに奉仕してくれ」

「はい、ご主人様」

 命令されたとおりに首輪をつけ、ご主人様の腰へと自らをたたきつける。

「もっとだ、もっと強くっ」

「はい、ご主人様」

 そういわれ、腕に力を込めるとギュっと皮の首輪が音をたて軋んだ。前を見ると、顔を真っ赤にしながらご主人様が喜んでいる。

 ああ、もっと力を込めなければ。

 そう思った私はひたすらに腕に力を込めた。私の腕の血管が浮き出て筋がむき出しになる。普段よりも力強く膨れ上がった両腕がより一層首輪を軋みあげる。

ご主人様はさっきより顔を赤くして喜んでいる。これで、今日はお仕置きはないだろう。

 ひたすらに腕に力を込めて体をたたきつけていいると、私を握り締める手の力が徐々に緩んでいく。気がつくとご主人様は口から泡を吹いて動かなくなっていた。何が起こったのかわからず呆けていると、いつのまにか朝になる。

 朝になると、いつもの様にお手伝いさんが入ってくるけど、お手伝いさんの様子はいつもとは違かった。大きな声を出して、叫び続けている。

 そんなにさわぐこと? ご主人様はただ疲れて寝てるだけなのに。

 大人たちが沢山部屋に入ってきて私を連れて行く。ご主人様は動かない。そこまできてやっと私は、ご主人様にやってしまったことに気付いた。

ああ、これでもう私は、いつものあの言葉を発しなくてもいいんだと気付いた。

 不思議と顔からは笑みがこぼれ、溢れんばかりの笑い声が部屋中に響き渡った。

気持ち悪い、と屋敷中の人間は私を蔑むばかり。しばらくすると、近くの森へと捨てられた。そこで私はひたすら笑う。金髪の髪を振り乱して笑う。小さい頃、親から言われて使わなかった力を思い出して笑う。そして、なぜだか涙を流しながら笑っていた。


――――


 その笑い声が頭の中に響いたかと思うと、意識は現実へと引き戻された。目の前に圧倒的な威圧感を持つ敵を目の当たりにしながら、サラの意識は一瞬過去に飛んでいた。こみ上げるような嫌悪感を抱きながら、その記憶を必死で振り払う。

 慌てたように自らを戒めるも、思い出す原因となった男を前にして血の気が引いた。遠い昔に感じたような、圧倒的な絶望感を今、目の前にいる男から感じているのだ。考えられなかった。捨てられた後、空の社に拾われてから暴力と破壊の繰り返しだったが、こんな感情になったことは一度もなかったからだ。目から血を流しているだけの、ただのガキ相手に、自らが恐れおののいているという事実にサラは驚愕していた。

「冗談じゃないよ」

 サラはそう言いながら、歯を食いしばりながら、動かない足を引きずっていた。


 ◆


「おいおい、嘘だろう? お前さん一人で俺達を相手する気か?」

 大きな口の男は笑みを浮かべながら、千影を見下すように笑う。

「俺の相手をするには、どう見ても、あんた一人じゃ足らないからね」

 千影の言葉に大きな口の男は青筋を浮かべながら睨みつける。

「ははっ! 白田さん、こんなガキに馬鹿にされてやんの。まじかっこ悪い」

「うるせぇ、殺すぞ、桜庭」

 そんなやり取りを交わしている間にも、千影はサラと男達に近づいていた。

 その足は最早、感覚すらなく、頭の中は真っ白だ。口調とは裏腹に、千影は目の前の男達への恐怖から、平静を保っては入られなかったのだ。

「そのでかい口を、黙らすのもまた一興」

 道着姿の男が笑みを浮かべながら仁王立ちしている。

「強そうなのは見た目だけじゃないといいけど」

 恐怖を押し殺しながら、千影は片方の口角を上げる。引きつっていた顔は、見ようによってはにやついているようにも見え、その態度は容易に男達を苛立たせていった。

「何その態度。権田さんに対してっていうより、空の社なめてんの? それなら俺もむかつくんだけど」

 そう言いながら、茶髪の男、桜庭は刃渡りの長いナイフを取り出した。

「落ち着け、桜庭。こいつは俺がやろう」

 表情の変わらなかった道着姿の男も、声が若干震えている。内心、はらわたが煮えくり返っているようだった。

(これだけ挑発すれば、完全に標的は俺になったはず……)

 余裕綽々の演技をしながら、千影は目的が達成できていることに安堵した。皆の個人的な感情をもコントロールし、皆の意識を自分に向けたのだ。雪葉達の逃げる時間を稼ぐための。

(これで、皆、逃げられる)

 千影は恐怖の最中、ふと微笑んだ。それは、今まで何もできなかった自分ができた、唯一のことのように思えたから。誰かの為に何かができる。それを意識すると、不思議と恐怖も和らいでいく。

「行くよ、母さん」

 意識を集中させると、千影の両眼からは赤い血がどくどくとあふれ出した。

 千影は多重脳力マルチプレックスをこれでもかと引き出していたのだ。引き出す、といっても単にギアチェンジを行うことで、過剰な活動電位が二つ目の障害部位にまで影響を及ぼしているだけなのだが。

 千影にとっては、そのギアチェンジでさえもぎこちなく、綱渡り的な部分が多かったのだが、なんとか渡り切る。止め処なくあふれる赤い涙は視界を真っ赤に染めていき、その赤さが増すほど、千影が引き出す脳力は増していった。

 

 目の前にいる桜庭と呼ばれた男の右足の筋肉が収縮する。筋繊維の一つ一つが滑らかに収縮していくように見えるのは錯覚ではないだろう。足の指先から太ももにかけて順々にその収縮は広がっていき、筋肉から生み出された推進力は、男の体をその場から飛び立たせた。右側へ飛んでいくように走る桜庭は、サバイバルナイフを持った右手に力を込めると、振り上げ、千影に向かって振り下ろす。

 そんな一連の流れを見ながら、千影は妙な感覚に支配されていった。見るものすべてがスローモーションで動いているような、桜庭のこれから動く先に、残像のようなものが見えるような。

 最初は気のせいかと思った。単に視界が悪くなったせいで、そんな感覚に陥っていいるのかと思った。が、それは間違いだった。桜庭は千影の視界に浮かんだ残像を、ゆっくりとなぞるように動いていく。寸分たがわずに辿るその様は、見ていてひどく違和感のあるものだった。

 何度かそれを繰り返すうちに、気のせいが予感になり、それはいずれ確信に変わる。そう、千影は見えてしまっていたのだ。桜庭の動く先を、一瞬先の未来を。


 千影は向上した視力で、常人では見えない多くの情報を読み取っていた。そして、その情報は縁上回領域の知覚の統合、分析能力により瞬時に解析されていった。その結果、生み出されたのが未来の姿。普通では考えられないほどの、速さと正確さが伴った、予知ともいえる予測だったのだ。

 ナイフを持った手を単に振り上げる動作も、その後どう動きたいかによって筋肉の収縮の様子は変わる。数手先の行動が右にいくのか左にいくのかの違いでさえも、体のどこに意識が集中し、どういった動きをするのかが変わる。目線一つとっても、その動きによって、その後どう動くかが予測できる。千影は、目にうつるすべての情報を統合し分析することで、未来の姿をはじき出していたのだ。


 この多重脳力マルチプレックスのおかげか、高速で振り下ろされた桜庭のナイフを、千影は余裕をもってかわした。髪の毛をかすめたナイフは、すこしだけ千影の前髪を切り取っていく。ふわりと桜庭の上着が翻るも、その後ろからは権田が飛び出してきていた。

 権田の右腕は、千影の顔面を目掛けて向かってくる。風を切る音が聞こえていたが、千影は体勢を崩して倒れながらその攻撃もかわしていた。追撃に備えながらも、千影はふと視線を空に向けると、白田が大きな口をあけて飛び掛ってくるのが見えた。

 千影は咄嗟に銃を構えると引き金を躊躇なく引いた。口元目掛けて飛んでいった銃弾は、白田の白く光る歯に弾かれたが、白田は気圧されたのかそのまま後退する。その白田から距離をとるよう千影は後ろへ跳ねとんだが、その瞬間、今まで千影がいた地面には小さいナイフが刺さっている。飛びながら銃口を男達に向けると、その足元に千影は銃弾を撃ちつけた。その銃弾の意を汲んだのか、三人は再び突っ込んでくることはなく鋭い視線を向けている。

「動きの速さが半端じゃない。全然捕まえられないよ」

「いや、動きが速いんじゃない。動き始めが速いんだ……」

 驚愕している三人の後ろでは、柳原が眉間にしわを寄せていた。目の前の、およそ荒事とは無関係だった少年が、空の社の幹部を相手に互角の戦いを繰り広げていることに恐怖にも似た感情を抱いていた。その秘密が脳力に隠されているとは察しがついたが、それが可能な脳力など想像もつかなかった。

「お前達、作戦は変更だ。五十川楓よりもこいつのほうが危ない。危険因子は早々につぶせ」

「了解」

 柳原の言葉に、三人は笑みを浮かべて応えていた。


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