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14

 茜と雪葉は行き詰っていた。

 サラの力量と茜や雪葉との力量の差を考えると、すでに二人の膝が地に着いていなければおかしい。それをしないのはサラの裁量である。二人は弄ばれている屈辱と、どうしようもない無力感に襲われていた。

 雪葉は常にサラのお周囲の音を消しつつ死角に回り込むが、サラの異常な感覚に阻まれてそれは叶わない。茜もそのスピードを駆使して小太刀を振るうが、その刃はサラには届かない。幾度となく交わされた攻防の中で、雪葉は既に勝つという言葉を思考から捨て去ってしまっていた。

「ねぇ、牛さん」

 雪葉は、サラとの距離をとった茜の横に立つと、端的に自らの意志を告げる。

「逃げましょう。あなたの速さがあれば、あなたのお兄様と千影様だけならあるいは――」

「馬鹿! 何いってんの、あんた? あいつを倒すんでしょ? あの男を守るって啖呵を切ったのはどこのどいつよ!」

「状況が変わりました。勝率が低すぎます。あなたと私であの金髪が倒せますか?」

「倒すのよ!」

「この力量差で?」

「倒すっていってんでしょ!」

 茜は咄嗟に、雪葉の胸倉を掴んでいた。その様子を見ていたサラは、面白がっているかのように、ゆっくりと二人に近づいていく。

「おやおや、仲間割れかい? 見ていてこっちは楽しいからいいけど、お前らにそんな時間は残っているのかな?」

 そう言うと、サラは目を見開きさらに笑みを濃くする。

 そう、千影達にはあまり時間は残されていない。あと数十分もすれば孝明につけられた爆弾も、千影達が持ってきた爆弾もこの場で爆発してしまう。屋上という障害物がない場所で爆発が起これば千影達には成す術がない。

「――っもういいわ。逃げるなら勝手に逃げて。私も勝手にやるわ。あいつを倒して絶対に奴を……」

 何の反応も示さない雪葉を尻目に、茜はまっすぐサラの元へと向かっていく。

 その攻撃は今までのような精彩を欠いていた。時間的な焦りのためか、はたまた雪葉との口論の末なのか。茜にもそれは分からなかったが、後ろから見ていた雪葉は、すぐさまその攻撃の稚拙さに気づき声をあげる。

「だめ――」

 その呟きは届かない。茜の目の前ではサラが悪魔の笑顔で待ち構えていた。サラの右腕は見るみるうちに太くなり、血管は怒張し筋肉が盛り上がる。その右手を振り上げると、茜が来るであろう場所に悠々と振り下ろした。

 が、その右手は何かに弾かれ軌道を変える。その間に、茜の小太刀は、下からすくいあげるようにサラの胴体に一線を描いていた。

 茜もサラも、雪葉までもが同じ方向を咄嗟に見る。すると、そこにはあった。銃を構えた千影の姿があったのだ。

「は、はは。当たっちゃったよ」

 顔を引きつらせながら必死で笑みを浮かべる千影。そんな千影の腑抜けた顔を見たサラは、未だ状況がつかめずに呆けている。

 茜はそんな隙を見逃さない。すくいあげた小太刀をそのまま上段に構えると、先ほどの斬撃と交わるように振り下ろす。

「やあぁぁぁぁ!」

 茜の叫び声とともに、サラの胸元には十字が刻まれた。茜はそのままたたみ掛けようとするも、変容していくサラの雰囲気がそれを許さない。背筋に寒気を感じた茜は、無意識に距離をとっていた。

 対するサラは、おもむろにその十字の傷を手でなぞる。じわりと湧き出る赤い血の勢いは、傷がそれほど深くはない、ということを示していた。手についた血を、首をかしげながら眺めていたが、ふとしたときに、サラの歪んだ笑みは消え去り、表情から感情が消えた。

「私はね……」

 そのささやきは周囲からはほとんど聞き取れない。

「私は、壊すのは好きだけど、壊されるのは好きじゃないんだよ……」

 どんどん冷たくなっていくその表情は、見るものに恐怖だけを与えていく。

「壊されるのはお前達だろ? なら余計な足掻きなんてせず……」

 千影がごくりと唾を飲む。

「壊されればいいんだよぉぉぉ!」

 その咆哮が屋上に響き渡った。

 それが合図かのように、千影達はサラへと向かっていく。それは決して勝算があってのことではなかった。その場に留まっていたら、サラの発する圧力に押しつぶされてしまいそうだったからだ。息も止まるほどの空気感から抜け出すかのように、三人は愚直に向かっていくしかなかった。

 

 真っ先に向かってきた茜は、恐怖を感じながら小太刀を振るう。しかし、茜の攻撃を意にも介さず、サラは右拳を地面に叩き付けた。

「え!?」

 意外な行動に間抜けな声を上げた茜に、サラの拳で吹き飛んだコンクリートの破片が襲い掛かる。すさまじいほどの威力で殴られた屋上の地面は、まるでCG処理されたかのように砕かれ、破片は全周囲に飛び散った。

 咄嗟に身を丸め込む茜。雪葉と千影は距離が離れていたが、咄嗟に後ろに飛びのいた。

 石の破片というとたいしたことのない印象もあるが、硬度と重量を伴った物体である。容易に人を殺すこともできるそれは、小さなものでも脅威だった。ましてや、砕かれ飛んでくる破片など、その速度により当たるときの威力はかなりのものである。


 茜は痛みに顔を歪めながら、破片の弾幕をやり過ごしたが、気づくとサラが眼前まで迫っていた。既にサラは右腕を振りかぶった状態であったが、その予備動作から茜はなんとかその腕をかわすことに成功する。

「死ねええぇぇぇぇ!」

 が、サラはかわされたことなど気にもせず、その拳をそのままの勢いで地面に叩きつけた。

「ちょ――!?」

 茜のすぐ脇から飛び散るコンクリートの破片。その破片は無防備な茜の側方から襲い掛かり、多くの傷を作りあげた。

「五十川さん!」

 茜は吹き飛んできたところに千影が走りよる。茜は左腕を押さえながら、驚愕の表情を浮かべていた。

「大丈夫?」

「ええ。腕が少し痛むだけ。でも、あいつは一体、何を……」

 茜を見ると、確かに擦り傷こそ多いが、大きな傷は負っていない。対してサラは、というと、血だらけで腫れ上がった右腕が痛々しく、血をたらしながら立っていた。そのすぐ下には小さなクレータのような跡。茜の傷を考えると、とても損得が釣り合っているとは思えない。にも関わらず、サラの顔に浮かんでいるのは歪んだ笑み。茜から流れる血をみて、歓喜の声を上げていた。

「ふざけんじゃないわよ。もしかしてあいつ――」

「捨て身の攻撃?」

 千影と茜の意見は容易に噛み合った。サラの佇まいを見る限り、そういった結論に達するのは難しいことではない。サラの向こう側を見ると、雪葉も神妙な顔をしながら頷いており、同じ意見であることが伺える。

「フーッ、フーッ、フーッ」

 息を荒げるサラは獣のような目で一点を凝視している。よく見ると、奥歯を噛み締めて全身に力を込めていた。

「足りない……」

 そう呟くと、その右腕を再び堅い地面へと打ちつけた。砕け散ったコンクリートが周囲へと散乱する。

 三人はさらにサラから距離をとるが――

「まだ、足りない!」

 サラは叫ぶとともに、割れた破片を雪葉へと投げつけ、その反動を利用して茜と千影へと飛び掛る。投げつけた破片の速さは尋常ではなく、雪葉の体を容易に吹き飛ばした。

「如月さん!」

 叫ぶ千影の懐にはすでにサラが入り込んでいた。払いのけるような雑な攻撃だったが、数倍にも膨れ上がった右腕は容易に千影を吹き飛ばす。茜は小太刀を構えるが、サラはその刃ごと殴りかかり茜にその右腕を打ち当てた。

 三人は一瞬で地に伏し、痛みに悶える。

 サラはその光景を見てようやく全身の力みを解いていた。そして、再び軽い笑いを浮かべながら、上機嫌で話し始める。

「ほら、こうでなきゃ。私は壊す側なんだよ。人の肉をっ、骨を、命をねぇ! 安穏と生きてきたお前らが幸せでいちゃいけない。お前らみたいなガキは、壊されてればいいのさ。どうせお前らには、わからない。この快感はねぇ」

 サラはそう言うと、声を上げて笑いだした。その目は常軌を逸しており、これでもかと見開かれた両眼は血走っている。それを聞いていた三人は、ごくりと唾を飲み込んだ。目の前に立つ狂人の牙の脅威を、正確に理解した瞬間だった。


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