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 楓を取り囲む男達は皆、手に得物を持っていた。武器の手練から、脳力者に至るまで千差万別だが、戦闘という枠組みにおいて確かな実力を持つもの達だ。

 その男達は楓の持つ雰囲気が変わったのを瞬時に感じ取る。その瞬間に、皆一斉に攻撃を繰り出していた。

 男達の中で一番楓に近かった一人は、手に持った銃の引き金を容赦なく引く。パン、パンと、意外にも乾いた音が教室に響くが、そこには動揺する人間などいない。男はその動作をとてつもなく滑らかな動作で行い、ひたすらに楓に銃弾を打ち込んでいった。

 しかし、楓を打ち抜いたはずの銃弾は、空中で跡形もなく消えていく。蒸発したように、跡形もなく。

 それに気づいた男は思わず声をあげようとした。が、それは叶わない。男は顔面を楓に掴まれ、その手がもつ圧倒的な熱に顔を焼かれていたからだ。楓が触れている皮膚は溶けだし、喉を塞いでいく。最早、男に戦う気力など残っていない。

 楓は男を無造作に放り投げつつ、目の端で次の標的を探していた。

「てめぇ、ふざけっ――」

 その様子を見ていた男が鈍器で殴りかかるが、振り上げた腕が下ろされることはない。男の腕の先は既に地面に転がっていた。両手が、自身の腕から切り離されていたのだ。断面は焼かれ、血すら出てこない。驚愕の中で男が理解したのは、いつのまにか胸が楓の赤黒い腕で貫かれており、残された命が少ないということだった。

 そのまま楓はゆっくりと男達に襲い掛かる。楓の両腕は数千度もの高熱を帯びており、その熱に対抗できる人間など存在しなかった。

 

 楓に触れる人間は、皆すさまじい炎に包まれた。男達は熱さと苦しさで声を上げるが、間もなく気管が焼けただれたのか声もでなくなる。その叫びを途切れさせるのを嫌うかのように次々と男達は楓に襲い掛かるが、その牙は決して楓には届かなかった。

 飛んでくる銃弾は、体に届く前に溶けて消えうせる。近づこうにも触れる傍から発火し、燃え上がる。逃げようにも熱風と炎が襲い掛かり、その場で焼け爛れる。成す術がない男達は、皆その場でただの消し炭になった。

 超高温に熱せられた右手の周囲は青白い火をうっすらと纏い、楓の周囲の空気は陽炎のせいでぼんやりと揺らめいている。足元に黒い塊を増やしていく楓の背中はどこか寂しげだ。

「安らかに眠ってくれ」

 その呟きだけが弔いだった。

 ふと楓は落としていた視線を上げる。すると、いつの間にか天井や廊下に先ほどの数倍の人間が押し寄せていた。

「残酷だな。空の社を司る神が、お前達を弔ってくれるわけでもないだろうに」

 その光景をみた楓は神経を集中させると、体全体にシナプスが、活動電位が廻るようイメージを膨らます。脳から脊髄、脊髄から全身へと電気信号が駆け巡る。その流れをイメージしつつ楓は戦いに意識をおとしていった。

 楓に宿る熱は哀れみと共に。楓の胸に、両腕に、確かに伝わっていった。


 ◆


 積み重なっていく黒い塊。そこから漂うは、肉が焦げる匂いと鉄の匂い。うめき声と和音を奏でるのは、ちりちりという未だ燃え続ける肉の音。

 そんな阿鼻叫喚の真ん中で、楓は一人佇んでいた。

「来ないのか? もう残っているのはお前だけだ」

 楓は視線を向けはしない。声だけを投げかけ返事を待つ。

 しかし、相対する男は声を出すことができない。それどころか息さえも。目の前の状況を飲み込むことも出来てはいないのだから無理もなかった。

 無言を、無動を、抵抗とみなした楓は、一歩一歩男に近づいていった。

「聞いてねぇよ……こんなの聞いてねぇ」

 男の声は楓には届かない。誰に話しかけるでもなく、現実を受け止めたくないがために生み出される男の願望が、言葉になっていただけだった。

「こいつを殺すなんて無理じゃねぇかよ。これだけの人数相手に、ほとんど無傷だなんて。ありえねぇ……。あいつのお遊びに付き合ってやるんじゃなかった! 最初から、こいつを殺すことだけに特化してればあるいわ――」

 男の言葉は言い終わらないうちに体から離れていく。熱の刃と化した楓の右腕が、男の首元をいとも簡単に焼ききったのだ。

「終わりだよ。お疲れさん」

 捨て台詞を残して部屋の出口に向かう楓。律儀に閉められている扉を開けると、楓の耳に、カチリと無機質な音が響く。

「――っ!?」

 楓の背筋に寒気が走るのと同時。教室はすさまじい爆発を起こし、その爆発に楓は飲み込まれていた。


 ◆


「今何か聞こえなかった!?」

 走りながら千影は問いかける。その問いに、他の二人の反応は芳しくない。

「きっとお兄ちゃんが暴れてるんでしょ? それよりも、今はこっちに専念してよ! 気ぃ抜くと死ぬわよ!」

「そうですよ、千影様。今、私達に必要なのは時間と慎重さです!」

 どこか張り詰めた声の二人に、千影は仕方なく聞こえてきた音のことを意識の端へと追いやった。

「でも、こんな馬鹿な考え思いつくだなんて、あんたって意外と大胆よね」

 そういいながら茜は微笑む。その言葉は汚いが、決して雪葉を貶しているわけではない。

「馬鹿だなんて失礼ですね。それに、牛さんに評価を下されるほど、私は落ちぶれてはいませんよ」

 対する雪葉は、全面的に茜の賞賛を拒否していた。それをみて、千影は苦笑いを浮かべている。

「いや、ほんとにすごいよ。そんなの全然考えてなかったからさ。でも、言われればそれが一番可能性が高いよ」

 千影の言葉に、雪葉は顔を赤らめ笑顔を浮かべる。その態度の違いに、茜はこれでもかと、不愉快さを顔に出していた。


 今、三人は、階段を駆け上がって最上階である四階の廊下をひた走っていた。それは屋上に進むための最短の道。その道を、先ほどの部屋に置いてあった爆弾の入ったトランクを抱えて走っていたのだ。

 トランクの重量はとてつもなく、三人で協力しなければとても持てないほどだった。そして衝撃を加えれば、もしかしたら爆発する危険もある。それを分かった上で三人がこのような愚行をしていた。それが雪葉の作戦だったのだ。

「起爆装置をサラ自身に解除させるなんて、確かに普通は考え付かないわよね」

「この爆弾の起爆があと四十分足らず。間近で爆発されてはあの金髪女だってただじゃすまないでしょう」

「だからこそ、この爆弾が抑止力になるはず。あとは、三人でサラに勝てればいいんだけど……」

「勝てるわよ! この前は油断しただけ。今回はそんなことない。だから大丈夫!」

「私も出し惜しみせず、千影様を全力で守ってみせます! 安心してください千影さま!」

 そんな雪葉の言葉に、茜は怪訝な顔をして訪ねた。

「そういえば、如月……さんの脳力は結局なんなわけ? それがわかると作戦も立てやすいんだけど?」

「あら、気づいてなかったのですか?」

 くすりと侮蔑の笑みを浮かべる雪葉。その態度に対して、茜の額には青筋が浮かぶ。

「気づいてないわよ。すいませんね! っていうか、早く教えてよ! もうすぐ着いちゃうじゃない」

「せっかちな牛さんですね。でも、まあいいです。私の脳力はそんなに大それたものじゃありません。声、ですよ」

「声?」

 千影は考えてもみなかった答えに、拍子抜けした声を出していた。対して茜は、渋い顔をして雪葉を見つめている。

「前頭葉……運動性言語中枢のOBSなの?」

 茜の指摘に、雪葉は大きく頷いた。

「その通りです。私が特化している部分は声です。この前の金髪女との戦いでは、雑音消去ノイズキャンセラーという脳力を使っていました。今日、二人に出会ったときも使ってましたけど、私が近づいた音はしなかったでしょう?」

 雪葉が当然という顔で話している内容に、茜は背筋を震わせる。


 茜の反応は最もだ。

 一般的なノイズキャンセラーとは、周囲の音を感知し、それと逆位相の信号を発することで、周囲の音を軽減するものだ。たとえば、オーディオのヘッドホンなどに採用されており、使用者が音楽を楽しむために使用する。そう、使用者が、だ。

 しかし、今の雪葉の言動から察するに、雪葉は対象者の周囲の音を消すことが出来る。これは、戦いにおいてとてつもない脅威になるものだ。なぜなら、この脳力を使用された人間は、自分の周囲から音がなくなる。つまり、耳から得る情報がすべて遮断されるのと同義だ。耳からの情報が強制的に遮断されるということに意味をあるかということは、少し想像すればわかるだろう。

 そして、遮断する音は雪葉によって選別もできる。文字通り、音もなく近寄ることも容易い。


 そんな脳力を持つと告白した雪葉は、特に気負いもなく淡々と話を続ける。

「他にもいくつか使える脳力はありますけど、それはまた今度お話しますね」

 その言葉にいくつかの引っかかりを覚える茜だったが、間もなく屋上に到着してしまう。頭に浮かぶ疑念を振り払い、すぐさま作戦を打ち立てる。

「なら、あんたはその目を使って遠距離から銃で攻撃を。如月さんは出来るようだったら、雑音消去ノイズキャンセラーを使って奇襲をお願い」

「えっと、なら五十川さんは――」

「私はサラと直接やりあうわ。この布陣が一番リスクが少ないでしょ?」

 笑顔を浮かべながら茜は作戦を告げる。しかし、作戦を打ち立てた本人に一番のリスクがあることは、その場にいる誰もが理解していた。

「あとは状況によって各自判断を。それじゃあ――いくわよ」

 その言葉と同時に、いつのまにかたどり着いていた屋上への扉が開け放たれる。

 千影は膝の震えを振り払うかのように、床を強く蹴った。


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