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 千影は、無骨で冷たい拳銃を異様に重く感じていた。重い銃を必死で支えながら、意識を教室全体に張り巡らせる。それだけのことなのに、千影の背中には冷や汗が止め処なく流れ、喉は渇いてはりつくようだった。

「気を抜かないで。あのサラが仕掛けた罠よ。絶対に何かあるわ」

 茜はそう言いながら、教室の真ん中に置かれたトランクに、ゆっくりと近づいていく。雪葉と千影は、教室や廊下の警戒を行っていた。

 三人は一階の爆発から逃れた後、爆弾を探すため、二階の端から順々に調べることにしたのだ。そして、なぜだか二つ目の教室で見つけてしまったのだ。教室の真ん中に置かれた、見るからに怪しいトランクケースを。

「あれって本当に爆弾なの?」

「それ以外何があるっていうのよ!? いいから周りを見てて! 何があるかわからないんだから」

 茜はそう言いながらゆっくりとトランクに手をかける。汗が滴るのを、幾度となく拭いながら。

 かちゃりと音を鳴らしながら、トランクを開く。その手は震えていたが、しっかりとトランクを開けきった。

「何よ……これ」

 トランクの中を見た途端、漏れ出る言葉。驚愕の表情とともに紡ぎだされた声色は、絶望を物語る。

「どうしたんですか? 一体何が……」

 茜の異様な様子に、雪葉と千影は近づいた。そして、トランクを見て同じように絶句する。

「こんなの……、本当に解除できるのか?」

 三人の前に置かれていたもの。それは確かに爆弾だった。小さな液晶画面に映し出されているのは数字。その数字が刻一刻と減っている。しかし、三人を驚かせたのはそれではない。その液晶画面の周囲に張り巡らされた、赤いケーブル、青いケーブル、紫のケーブル、ケーブル、ケーブル、ケーブル。大きめのトランク一杯に張り巡らされた、数十本のケーブルのうねりだった。

「こんなの解除なんてできっこない……どこかどう繋がってるかすらもわからないじゃない!」

 茜の悲痛な叫びが、暗く静かな教室に響いた。千影も雪葉も、その叫ぶに応じることができない。

「じゃあどうするんだ!? あ……お兄さんが来るのを待てば――!?」

「私が研修で習ったのは基本的な爆弾の解除方法だけ。その知識でわかるのは、これを解除するにはとてつもない時間と知識を必要とするってこと。お兄ちゃんでも絶対無理よ」

「なら、警察の専門家に」

「残り時間はあと四十二分! 今から専門家を要請してここにくるまでで何分かかると思ってんの!? それから爆弾の起爆装置の解除だなんてできっこない! 無理! 無理なのよ!」

 茜の叫びの余韻と入れ替わり、静寂が教室を襲う。唾を飲み込む音さえ響くような、そんな静けさが空間を支配していた。

 千影はその間、必死で思考を巡らせる。爆弾を解除する方法を、孝明を助ける術を。その横で、雪葉は顎に手を当てて考え込んでいた。その表情には幾ばかりかの余裕が感じられる。

「ねぇ、千影様」

 雪葉の呼びかけに千影は視線を向けることで応える。

「千影様は人が撃てますか?」

 唐突な質問に、千影と茜の理解は追いつかない。

「え……?」

「人が撃てるか、と聞いたんです。その答え次第では、この爆弾の解除も、千影様のご友人を助けることも、どちらも叶うかもしれません」

 思いもよらない言葉に、雪葉以外の二人は跳ねるように雪葉に詰め寄った。

「どうやって!?」

「嘘だったらただじゃおかないわよ!」

 二人の剣幕に気圧された雪葉だったが、すぐに姿勢を正し質問に答える。

「言っておきますけど、この方法は私は本当は反対なんです。千影様を危険に曝すのは間違いないですから」

「それでも! それでも孝明を助けられる方法があるなら、教えてよ、如月さん!」

 千影の目はまっすぐと雪葉を貫く。その目の力強さに、意志に吸い込まれそうになるのを、雪葉は必死で押さえ込んでいた。

「なら仕方ありません。そこの牛さんの協力も必要になるのが癪ですが……その方法というのはですね――」

 雪葉が言葉を紡ぐたびに、千影と茜の表情に力が宿るのがわかる。その変化を見つめていた雪葉は、暗闇の中で苦笑いを浮かべていた。


 ◆

 

 そのころ楓は一階の爆発を避けた後、外の様子を眺めていた。

 一階全体は爆発で真っ黒になっており、先ほどよりも火災の勢いは強い。鉄筋コンクリートで作られた学校全体に広がるほどではないが、消火に時間が掛かりそうだ。しばらく中に人間がはいることも外に出ることも難しい(もちろん火傷を恐れず二階から飛び降りれば可能だが)と判断した楓は、超小型無線機――コネクショナーを起動した。

 外耳道がいじどうにおさまる小ささであり、伝えたい相手を思い浮かべて話せば通信がつながるコネクショナー。相手からの声は骨伝道で聞くことができるし、こちらの声がどんなに小さくても音を拾うことができる。周辺の音ももちろんだ。登録している相手としか話すことはできないが、現場での使用に際しては、かなり利便性は高い。特殊犯罪対策課は茜が持っていたエアガンとこのコネクショナーを各捜査官に配布していた。

 そのコネクショナーを用いて楓が連絡をとったのは同じ対策課の人間だ。先ほどまでいた、バスの後ろにスペースに待機していたのだ。

「そっちの様子はどうだ?」

 一拍置いて、楓に声が届く。

『爆発の衝撃があったけど問題なし。そっちは?』

「俺自身は問題ないが、少しばかり面倒なことになっててな――」

 そうして楓は、通信の相手にサラが言っていたことを説明した。

「と、そういうわけだ。一人で二つの爆弾を解除するのはすこしばかり厳しい。他の奴はまだ来ていないのか?」

『宮本部長も蓮十郎もまだ』

「そうか。こういった時、現場で動くことができるのが俺だけっていうのはやはり問題があるな。人員の補充が急務だな……。とりあえず爆弾の捜索を始める。外から見て何か手がかりは?」

『二階の東側、三階の西側、屋上に動かない熱源がある。おそらく敵はそこ』

「そうか。そしたら、こっから近いのは三階の西側か……」

『東側は任せればいい』

「任せればいいって……他にだれか?」

『茜とさっきバスにいた男の子が中にいる。熱反応から判断するともう一人』

「茜が中に? バスで秦野君と待機しているはずだろう!?」

『爆発の様子を見に行ったきり帰ってこない』

 楓はその言葉を聞いて頭を抱えた。

「あいつが大人しくしているはずない、か……。余計に急がないとな。紅美くみ、何かわかったらすぐ連絡をくれ。とりあえず俺は爆弾を解除しつつ茜達と合流する。くそっ、あの馬鹿が。終わったらこってりしぼってやる」

『そう言ってても、きっと楓は怒れない』

 紅美の言葉に楓は苦々しい表情を浮かべるが、すぐに取り繕い前を向く。

「うるさい。とにかく何かあったら連絡だ。わかったな?」

『気が向いたら』

 そっけない返事を残して、紅美の音声は途切れた。

 楓は紅美の言葉を反芻しながら、おおきくため息をつく。そして、コネクショナーを茜に繋げようとするが、一向に返事はない。

「繋がらない、か。まあ、いつものことか」

 舌打ちをしながら楓はゆっくり立ち上がる。そして肩を回しながら呟いた。

「おりする人数は少ないほうがいいんだが」

 そう言って楓は三階に行くため、階段へと向かった。


 そのまま楓は三階まで上がると、端の教室の扉を開ける。中は何の変哲もない教室が広がっていた。一通り調べて何もないことが分かると、そのまま隣の教室に移る。そこも何もなく、楓は三つ目の教室のドアを開けた。そこには今までなかった黒いトランクが、教室の真ん中辺りの机の上に置かれていた。

 楓は周囲を警戒しつつそのトランクに近づく。中に爆弾が入っていると思うと、その足取りは自然と慎重になる。

 ようやくトランクに近づき、恐る恐るそのトランク開けようとした刹那――、天井が崩れ落ち、そこから十数人の人間が落ちてきた。

「――っ!?」

 楓は咄嗟に身構えるが、落ちてきた人間達はその場に立ち竦んだまま動かない。どの人間もみるからに屈強であり、戦いを専門として生きてきたことがありありとわかる。そんな人間達が楓をただ眺めている理由などない。楓は警戒を怠らず、周囲の様子を窺っていた。

「あんたが五十川楓いそがわかえでか?」

 楓から一番遠い位置に立っている男。その男が唐突に口を開く。

「そうだが……お前らは何だ?」

「わかってるとは思うが、俺達は空の社に属する戦闘員だ。上からの命令でな。これからお前には死んでもらうよ」

「そう簡単にいくとでも?」

「この人数だ。いくらご高名な超熱体温バーニングサンの使い手だとしても、できることとできないことがあるだろう?」

 その言葉を聞いて、平静を保っていた楓の表情が少しばかり動く。

「そうか。なら一つだけ教えておいてやろう……。対策課の現場捜査員は一人だけ。他はバックアップや情報処理に当たってもらっている。そして、その現場捜査員は俺だ。その意味がわかるか?」

 楓の質問に、周囲の男達は微妙な表情を浮かべるばかり。

「わからないなら教えてやろう。現場にいるのは俺だけで十分、ということだ」

 楓はそれだけ言うと、にやりと口角を引き上げる。

「後悔するなよ? いい死に方がしたい奴は、俺とは戦わない」

 それだけ言うと、楓は男達に向かって両手を突き出した。


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