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 楓が出て行って数分が経っただろうか。急に、茜はうなり声をあげながら立ち上がる。その際、耳元から耳栓のようなものを外して壁に投げつけていたが、千影にはそれが何か分からなかった。

「もう! 何なのよ! 馬鹿兄貴が! いつまで経ってもこんな役割ばっかり! 本当、いらいらする」

 怒りを吐き出した茜は、顔を真っ赤にしながらいきり立っていた。そんな茜を見て、千影は口をあけてぽかんとしている。

「何よ、その顔。馬鹿にしてんの?」

「いや……、そういうわけじゃなくて。なんか、普段と印象が違うなって……」

「違うって何が」

「えっと、その、教室にいるときは喋らないし表情もそんなに変わらないしさ。クールな感じだけど……今は、そう。感情豊かな感じ。拗ねたり、いらいらしたり――」

「拗ねたりなんか――」

 そこまで言うと、茜は口を噤みそっぽを向く。明らかに怒りを感じているその様子に、千影は焦りに焦っていた。そして、その焦りは、さきほどまで感じていた暗い感情を容易に洗い流していく。

「そういえば、さっきのお兄さんの『この前の話』って?」

 唐突に話題を切り替えた千影。その表情からはどことなく必死さが伝わってきた。そんな必死さを感じ取ったのか、茜はため息をつきならがらも千影の思惑に乗る。

「ああ、あの話。この前もしたと思うけど、特殊犯罪対策課に研修生という形で入らないかって話よ。まだ学生だしね。実は、私も研修生扱いなんだ」

「五十川さんも? でも、なんで俺なんかを警察に」

「人手が足りないのよ。OBS患者で、しかも捜査や戦闘向きの脳力をもっている人間なんてそういないから。その点、あんたはどっちにも役立ちそうな脳力なわけだし、スカウトするのは当然よ。……まあ強制じゃないけどね。あんたがOBS患者ってことを隠してた理由は、私もわかるし」

 そういって茜は哀しそうな笑みを浮かべる。それは、同じOBS患者としてのつらさを物語っていた。

「あとは、空の社から狙われているんだから保護の意味合いも兼ねてるかな。理由はそんなとこよ」

「そうなんだ……」

「余談だけど、私のお兄ちゃんもOBS患者だし、情報担当も交渉担当もみんなOBS患者。この対策課のトップだけが違うけど、OBSであることの意味を理解してくれる優しい人よ。あんたにとって、居心地の悪い場所じゃないはず」

「そっか。わかった。考えておくよ」

 千影がそう言うと、茜は小さく微笑んだ。

 そして、茜の気遣いに千影は感謝していた。茜の言葉は千影に対する優しさだ。その優しさに触れることで、乾ききった自身の心が幾ばかりか潤うのがわかる。OBS患者という共通点しか持たない二人だが、それはとても大きい意味を持っていた。

「お兄さんはさ……」

「え?」

「お兄さんはきっと、心配なんだよ。今回みたいな事態になって、五十川さんが傷つくのが」

 そんな千影の言葉の意味を飲み込んだ茜は、再び声を荒らげる。

「それが馬鹿にしてるっていってるの! 研修生っていったって私だってOBS患者よ! 戦える――」

「でも、家族がいなくなるのはつらいことだから」

 その言葉を前に茜は二の句が告げない。

「だから、少しでも危険から遠ざけたいんだよ」

 千影がそう言った後、二人の間に沈黙が広がった。

 しかし、その沈黙はすぐに破られることになる。学校の校舎から、大きな爆発音が響いたのだ。同時に、バスは大きく揺れる。

「何!?」

「なんだ!?」

 二人は同時に叫ぶと、軋むバスから飛び出した。

 外に出た瞬間に感じたのは、肌を焼くような空気の熱だった。校舎に目を向けると、窓ガラスは砕け散り、ところどころ炎が上がっているのが見える。

 茜は近くに立っていた警官に詰め寄ると、怒鳴るように問いかける。

「何があったの?」

「爆発だ。校舎の複数個所で同時に爆発が起こった。それ以外は俺にもわからない。なんだってんだ、これは……」

 呆然と校舎を見つめる警官を見て、茜はそれ以上質問を重ねることはしなかった。すぐさま踵を返すと、茜は炎の上がる校舎へと進んでいく。

「ちょっと五十川さん! 中に入る気!?」

 千影が呼びかけるが、茜は一向に止まる気配はない。

「五十川さん! ちょっと待ってよ!」

 咄嗟に千影は茜の腕をつかむ。が、すぐさまその手は振り払われ、怒りを含んだ視線を向けられる。 

「邪魔しないで」

「邪魔じゃない」

「邪魔よ! いいから、あんたはバスの中で待ってて。私は中の様子を見てくるわ」

「俺も一緒にいく」

 その言葉に茜は目を見開いた。そして徐々に表情を歪めると千影の胸倉を掴んで凄みを利かせた。

「あんた何言ってんの? 死にたいの? 待ってろっていってんだから待ってればいい。こんなやり取りでさえ時間が惜しいのよ」

「お兄さんに言われただろ? 俺を見張ってなきゃいけないんだろ?」

「だからあんたは大人しく待ってれば――」

「孝明が中にいるんだ!」

 千影は叫びながら茜の腕を払う。その行為に茜は苛立ったが、千影の剣幕にそれはなりを潜めてしまう。

「俺のせいで捕まったんだ……。じっとしてられるわけないだろ!? 何かしたいんだよ! こんなの見て、じっとしてるなんてできない! ……五十川さんなら、俺の気持ちがわからないはずないだろ?」

 千影の言葉が意味するところは、茜にはすぐわかった。同じだったのだ。茜が中に入る理由と千影の理由が。それゆえに茜は千影の言葉を切り捨てることができなかった。

 茜はしばらく黙り込むと、千影を睨みつける。そしてすぐさま背を向けると、苦々しげに言葉を放った。

「わかったわよ。あんたを保護をしつつ、現場に向かう……。それでいいでしょ? 指示には必ず従ってもらうわ」

「わかってる」

 そういうと、千影は笑顔で茜の後に付いていった。

 二人が校舎に近づいたときには、火の手は落ち着き始めていた。しかし、爆発の衝撃で生まれた瓦礫やガラスの破片などが邪魔して容易には中に入り込めない。そもそも、再び爆発しないとも限らないのだ。そういった不安や恐怖が、壁となって立ちはだかっていた。

「くそっ、どっから入ればいい!? 孝明はどこにいるんだ!」

「ちょっと落ち着きなさいよ! 取り合えず校舎を一周してみるわよ。そうすれば爆発の程度も被害の状況も分かるわ」

 二人は言葉を交わしながら校舎を眺めていた。茜が当たり前のように言っていることがどんなに困難か、目の前の状況が語っている。二人が意を決したように一歩を踏み出したその時――

「その必要はありません」

 唐突に二人の後ろから響く声。振り向くと、そこには雪葉が立っていた。

「如月さん!?」

「あんた、なんでここに!」

 雪葉の夜の闇にも炎の赤にも染まらない白い肌が、その存在を際立たせていた。どこか幻想的な佇まいは、殺伐とした現状とはどこか不釣合いだ。

「私の使命は千影様を守ること。こんなときに傍にいないだなんて、ありえません。それよりも、入り口を探しているんですよね? こっちです。ついてきてください」

 それだけ言うと、雪葉は迷いもなく歩き始めた。

「入り口って……。あんた、入れる場所がわかるの?」

「そう言ってるでしょう? それとも言葉が理解できませんか? さすがは牛さんですね」

「あんたねぇ――」

「早く来ないとそこも火が回ってしまいます。千影様も、急いでくださいね」

 雪葉は振り返り、笑顔を浮かべていた。それは、またしてもここには不釣合いなほどの笑顔だった。


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