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妖げんげん  作者: ヒロユキ
第三話 ドッペルゲンガーの首輪
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其の六

 井上良佳と思わぬ遭遇を果たした後、夜彦は、自宅への道を、なんとなく上の空で、ふらりふらりと歩いていた。

 茜色に染まる空を飛んでいく鳥たちを見上げながら、つい先ほどの唐突な出来事を夜彦は、頭の中で回想し、あれが一体何を意味するのか、考えていたのである。


「井上、良佳……」


 いつもとは違う、正反対と言っても過言ではないほどに、無邪気な彼女の表情がふわふわとした様子が浮かんでくる。

 そして、同時に、別れ際に見せた、あの凍りつくほどの無表情、あれらが意味するのは、一体……。

 と、夜彦はそんな考えに夢中になるあまり、間抜けにも、自宅への道ではなく、学校への道を逆戻りしていることに気がつかなかった。

 しばらくして、見覚えのある校門が見えてきてから、ようやくそのことに気づき、しまった、と顔をしかめる。


「何やってんだよ、俺」


 とぼやき、自分で頭にげんこつを入れた。

 校舎の方では、もはや、放課後のクラブ活動も終わってしまっているようで、ほとんど人影はない。

 昼間には生徒でいっぱいである教室の明かりも今は消え、ただぽつぽつと教員のいる部屋の光だけが、寂しく夕暮れの中に浮かんで見えた。


 その時、ふいに、夜彦の目が、横断歩道に数名の生徒の影を捉えた。

 ただ、部活や勉強で居残っていた生徒が一緒に下校しているものだと思った夜彦だったが、その中の一人の姿を見て、思わず悲鳴を上げてしまうかと思った。


「な、な、な!」


 何と、その少女は、つい先ほど会ったばかりの井上良佳本人だったのである。

 彼女は真面目そうな顔をして、何やら友人たちと会話をしながら、こちらに渡ってきていた。

 すると、歩道の前で立ち尽くし、絶叫寸前で目を白黒させている夜彦に気がついたのか、良佳は、友人たちに手を振って別れると、駆け寄ってきた。

 いつものようにどこか偉そうな堂々とした態度で、話しかけてくる。


「あら、夜彦君じゃない。てっきりとっくに帰ったのかと思ってたけど、まだこんな場所で油売ってたの?」

「え、え、え?」


 しかし、夜彦は驚きのあまり、まともに返事を出来ない。

 その様子に、良佳は夜彦の異変に気がついたようで、


「何よ、どうしたの?」


 と怪訝そうに眉をひそめた。

 そんな彼女の腕を夜彦は引っ張り、歩道の先の電柱の影まで連れて行く。


「きゃ、一体何よ?」

「井上、ちょっといいか?」


 夜彦は取り乱さないよう、深呼吸をして、気持ちを整える。


「お前、まさかと思うが、今学校から出てきたのか?」

「は? そう見えなかった?」


 何を当たり前のことを、と彼女は言いたげな表情をする。


「それがどうかしたの?」

「い、いや、そう見えたから、こっちは困ってるんだ」

「……? あの、意味が分からないんだけど?」

「いいか、よく聞けよ」


 と夜彦は彼女の肩を掴んで、両目をのぞき込みながら、問い詰める。


「お前、さっきまで俺と一緒にいたよな?」


 先程の井上良佳と目の前の彼女が同一人物であるならば、この質問にイエスと答えなければ、いけない。

 しかし、良佳はぽかんとした顔で目を瞬かせた。


「何を言ってるの? 夜彦君、寝ぼけてるんじゃない? わたしは今まで、学校の会議室で、委員会の話し合いをしてたの。あなたと一緒にいたはずがないじゃない」

「ば、馬鹿な!」

「ちょっと、どういうこと?」


 夜彦は頭をぶるぶると振った。


「いや、そんなはずがない。俺は確かにお前といたんだ。そう、町の通りで、一緒にフィギュアショップにいた!」


 そして、彼女の肩をぐわんぐわんと強く揺さぶる。

 自分の記憶に違いがあるはずがなかった。人違いということもない。自分が会って話した彼女は、ちゃんと井上良佳だった。

 そこに、

 そこに、間違いがあるはずがない。

 ただ……ちょっと様子がおかしかったけれど。

 夜彦は思い出す。

 そう、ちょっと、と言うより、かなり、変だったけど。

 まるで、別人のよう、だった、けど。


「ちょっと、夜彦君、いい加減に離して!」


 彼女は痛がっているようで、そう叫んだ。

 おそらく、手に力を込めすぎたのだろう。夜彦の指が彼女の腕に食い込んでいた。

 それに気づいて慌てて手を離す。


「あ、ああ。悪い」

「一体何なのよ。新手の冗談?」


 良佳は事情の分からない上に、あれこれと質問されて、苛立っているようである。


「違うよ。本当に会ってたんだ。けど、お前、いつもと様子が違って、ずいぶん、陽気な奴だった」

「何よそれ。申し訳ないけど、生憎あなたの茶番に付き合ってる暇はないの。これから塾に行かなくちゃならないし」

「あ、塾……」


 ふいに、先程の別れ際、彼女が見せた凍てついた表情がフラッシュバックする。

 あの、凍てついた、無表情……。


「何よ、まだ何かあるの?」


 そんな夜彦を彼女はぶすりとして睨みつける。その顔には、これ以上意味不明なことは聞くな、と書いてあった。


「い、いや、何でも」

「じゃあ、私行くから。いい? 『明日の勝負』は逃げないでよ」


 その言葉に、夜彦は絶句する。


「……!」


 勝負のこと、やっぱり、覚えてるのか。

 じゃあ、さっき出会った彼女は、一体、何だ?

 そんな混乱の極みに至っている夜彦の心境など知るはずもなく、彼女はくるりときびすを返すと、不機嫌そうに目を尖らせて、


「じゃあ、せいぜい明日まで私を騙す算段でも整えておくといいわ」


 と吐き捨てるように言って、そのまま走り去ってしまった。

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