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妖げんげん  作者: ヒロユキ
第三話 ドッペルゲンガーの首輪
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其の三

「何が、『というわけ』だ?」


 耳の後ろの毛が逆立っている辺り、彼女は少々苛立っているようである。胴体の後ろについている尻尾も張り詰めた緊張を表すように、神経質そうにぴく、ぴく、と動かしていた。


 それまで、延々と夜彦が話していたのは、今日の昼間、夜彦と良佳の間に起きた珍騒動の顛末だった。

 この世には妖怪なる怪しげな存在がいるはずがない、という彼女の持論に対し、夜彦が異を唱えた件である。

 そこから話が発展し、夜彦と良佳は、本当にこの世に妖がいるのか、証明の勝負をすることになったわけであるが、夜彦はその勝負に対し、絶対の自信があった。

 というのも、夜彦は、目の前に横たわるこの白狐の少女をあてにして勝負を申し出たのである。

 彼女さえ来てくれれば、いくら頭脳明晰な井上良佳でも、その度肝を抜かすことが出来ると思ったのだ。

 なぜなら、彼女は疑うことのない正真正銘の妖である。そこには、夜彦の敗北なる文字は、ただの一片も見当たらない。

 良佳の前で、一度でもいい、変化の術を見せてやればそれで事足りる。

 そう考えた夜彦は、放課後に学校を飛び出し、早速この勝利を絶対的なものにするために、こうして神社に向かい、彼女に頭を下げて頼んでいるのだが……。

 何故か先ほどから、葛葉の態度が芳しくない。


「どうか、このわたくしめにお力をお貸し願えませんでしょうか?」


 夜彦は、再び頭を擦りつけて頼む。

 勝利のためなら、彼女の食べたい物を幾つか提供してやってもいいつもりで来たのである。

 しかし、返答を求められている葛葉の方はやはり不機嫌そうな態度を変えず、ぽりぽりと前足で頭の上を掻いた。


「嫌だ。断じて断る」


 と、何の迷いもなく、すっきりすっぱり言ってのけた。


「即答ですか!?」

「どこかに悩む必要があったか?」

「な、そ、そんな殺生な! お菓子でも焼肉でも奢るからさあ……」


 頼むよ、葛葉ぁ。

 夜彦は、彼女の足に覆いかぶさるようにして、引っ張る。


「うるさい。縋りついてこられても嫌なものは嫌だ。このうつけ者が」


 彼女の言葉は素っ気なく冷たい。軽く足蹴にされて突き放されてしまう。

 しかし、夜彦には、彼女がどうしてこんな態度を見せているのか夜彦には分からない。


「ど、どういうことだよ。何で協力してくれないんだ?」


 と訊ねた。

 すると、葛葉はそんな夜彦を見下げるような目で、呆然と見つめた。


「何だ? わざわざ説明しなければ分からないのか?」


 と、もぞもぞ鼻を動かしながら、相当面倒くさそうである。


「そ、そんな初歩的なことなのか?」


 一体、何のことなのだろう。


「初歩も初歩。そこに気づかぬとは、お前の目は節穴だ」

「お、お願いします、教えてください。ご要望があれば伺いますので」


 再び頭を伏せる夜彦に、はあ、と重たい息を吐いて、葛葉こう言う。


「お前は、私に、『見世物』になれというのか?」

「はあ?」

「だから、その小娘に見せるために、サーカスのライオンにでもなれと言っているのか、と聞いている」


 そんなつもりは微塵もなかった夜彦は狼狽した。


「ま、まさか、そんなことはしないよ」


 ぶんぶんと両手を振る。自分の話がそんな風に捉えられるとは、甚だ心外だった。


「どうしてそうなるんだよ」


 しかし、葛葉の表情は相変わらず重い。鋭くきつい目付きも一切緩まなかった。


「そんなつもりはなかろうと、やっていることはそういうことであろうが。何も知らない小娘に、やれ、これが妖だと私を見せびらかすのであろう」

「で、でも……」


 言い返そうとする夜彦にばしっと叩きつけるように言葉を被せた。


「もし、お前が同じ立場であれば、どう思う?

 それを考慮して尚、サーカスのライオンを私に演じろというのか?」

「……」


 夜彦は、言葉を失った。

 もしも、自分が彼女の立場なら……。

 そう考えてみる。

 世にも珍しい人間として、妖怪たちに見せびらかされ、勝負に利用されたりなんかされたら……。

 まさしく、彼女の言うとおりである。不愉快なこと、この上ない。

 夜彦は、自分の都合ばかり考えて、その都合に利用される葛葉の気持ちを考慮していなかったのだ。全く、浅はかな話だった。

 がっかりして、頭を垂れた夜彦に彼女は言う。


「とにかく、夜彦、お前には協力できない。利用されるわたしの気持ちを考慮せず、勝手に勝負に挑んだ罰として、しっかりその娘に頭を下げてくるんだな」


 すると、彼女はいつものようにするりと人間の姿に変化する。

 白銀の巨体を跳躍で円を描くようにしならせ、宙で一回転するのである。

 それは、目にも留まらぬ変身で、彼女はすでに自慢の銀髪をなびかせて神社の屋根に立っていた。

 そのまま、人間ではとても不可能な、超然たるスピードで木に飛び移ると、そこで夜彦を振り返った。


「それにそもそも、私は今それなりに忙しいしな。お前の頼みなど聞いている時間はない」

「え?」

「私はな、忙しいのだ」


 そう繰り返した言葉が夜彦の落ち込んだ気持ちを一気に覚醒させた。

 な、何だって?


「忙しい!? 葛葉が!?」


 まさか、彼女の口からそんな言葉を聞く日が来ようとは。思わず、夜彦は素っ頓狂な声を出してしまった。


「な、何かの聞き間違いかな? 今、葛葉、忙しいって」

「ああ、言ったぞ」


 自信満々に胸を張る彼女。


「そ、それはどういう……?」


 すると、彼女は頭から生えている耳の片方を指で摘むように、一撫で、二撫でしてから、気難しそうに額に眉を寄せて答えた。


「実は最近、この町の周辺で『妙な気配』を感じているのだ」

「妙な、気配?」


 これはまた不穏な話である。なんとなく、夜彦の興味を誘った。


「ああ、そいつがなんとも掴みどころのない奴でな。いきなり現れたり、消えたりと、なんとも神出鬼没なのだ」

「……」

「何度も正体を探ろうとしているのだが、どうにも上手くいかなくてな、全く手こずらせてくれる」

「お、おい葛葉」

「何だ?」

「そいつのこと、俺にも調べさせろよ」


 正体不明な気配と聞いて、夜彦は居ても立ってもいられなくなっていた。彼女にそう頼み込むが、彼女は特に逡巡する素振りもなく、即座に首を横に振った。


「馬鹿言え、お前のようなヘナチョコが仲間になったところで、どうやって、その妖の正体を探るのだ。そもそもそいつの気配を察知することすら出来ないくせに。寝言は寝て言え」

「そ、そんなあ」

「はあ……そもそも、お前は、今は自分のことで手一杯なのではないか?」


 半眼で呆れたような目で見られ、夜彦ははっと我に返る。

 そうか、大事なことを忘れていた。


「良佳との勝負だ!」


 それを思うと、手段が見当たらない焦燥感で、きゅっと心臓が縮んだ気がした。

 こ、こうしちゃいられないぞ。


「見てみろ、まだ尻の青い小僧が他人の仕事に首をつっこむ余裕があるものか」

「ぐ、ぐぬううう」

「ともかく、自分の尻ぐらいちゃんと拭えるようになってから、出直してこい」


 そう言い残して、彼女はその木のてっぺんまで上る。さわりと枝が揺れた。

 それから、ゆっくりと方向転換すると、夜彦が呼び止める間もなく、南の森の方角へ、とんでもない跳躍を繰り返して飛んでいき、すぐに見えなくなってしまった。

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