表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖げんげん  作者: ヒロユキ
第三話 ドッペルゲンガーの首輪
18/40

其の一

どうも、ヒロユキです。

約一月ぶりの連載となります。お久しぶりです。妖げんげんの第三話です。

今回は第二話のようなのんびりまったりとした物語ではなく、不可解な謎とピリリとしたスリルの混ざり合ったちょうどいい感じのホラー小説になることを思い浮かべながら書いています。

しかし、いかんせん僕が書く物なので、お約束というか、計画通りに事が進まないことはもはや確定的未来と言っても過言ではありません。

そんなこんなで、いやはや、上手くいくのか、いかないのか、第三話の始まりです。

 机上のデジタルの電波時計が正確な時間を伝えている。時刻は、既に町の人々が寝静まっている深夜だった。


 高校生の井上良佳は、今日も自宅で黙々と問題集とノートに向かい、次々と問題を解いていた。

 普段から予習復習を欠かさない良佳にとっては、学校で出される課題など、物の数ではない。基本問題から応用問題まで、ほとんど流れ作業のように、すらすらとペンを進めている。

 そして、気がつけば……。

 また一つ、新たなページをめくる。

 ふう、楽勝楽勝。

 心のなかでガッツポーズを取りつつ、良佳はまたノートの上でペンを動かし始めた。頭の中には既に解法が見えていて、良佳はそこに思い浮かんだ数字をただひたすらに書き込んでいるのだ。

 そうよ、集中集中。今はこの問題を解くことを考えるのよ。そして、さっさと終わらせてしまいましょう。

 だって、どれも、簡単なんだもの。


 そんな良佳は、周りのクラスメイトから、いつも尊敬の眼差しを向けられることが多い。成績は優秀で、品行方正、曲がったことが嫌いな正義漢で、礼儀正しく、運動も出来る上、リーダーシップを取る能力に長けている。

 そのため、昔から、クラス代表に選ばれたことは数知れない。

 皆から信頼される、生徒の中の生徒。優等生の中の優等生である。

 このため、教師たちからも厚い信頼を置かれ、困ったときには彼女を頼りにする者たちも多い。

 おそらく、今通っている高校で、彼女の右に出る者はおろか、名を知らない生徒はいないだろう。それくらいに、良佳は、素晴らしい人間として周りに見られていた。

 そして、また、自身もそれを認識していた。今のまま、真っ直ぐに道を踏み出していけば、人生などおそるるに足らず。

 そう、数学の問題を解くように、すらすらと涼しい顔で歩いていける。ペンを走らせながら、良佳は思う。

 くれぐれも奢ることなく、常識を弁え、日々精進してゆけば、自分の進む未来は必ずや前途有望なものに違いない。

 そう、普通であり、優秀であることが彼女のアイデンティティなのである。



 しかし――。

 そんな完璧人間の彼女には、たった一つ、誰にも言えない秘密がある。



 ふいに、時計の文字が深夜の一時を表示した。ピリリリ、アラームの電子音が鳴る。

 良佳はノートから顔を上げた。意識を集中し、ほぼ無表情だった顔に、抑えられない喜びが溢れる。


「あら、もうこんな時間なのね」


 そして、解きかけの問題を放置したまま、彼女はいそいそとノートを閉じる。卓上ライトの電源を切り、傍に置いてあったリモコンを握ると、部屋のテレビのスイッチを入れた。同時に、テレビ台の下に設置されたDVDプレイヤーが自動で起動し、録画態勢に入った。

 真っ暗だったテレビ画面に、映像が映る。

 すると、そこに映しだされたのは、可愛らしい少女のキャラクターだった。


『妖怪少女、一つ目鬼のあようちゃん』


 軽やかな音楽と共に、タイトルが流れ、アニメ番組が始まる。それと共に、良佳の目がキラキラと輝き始めた。


「ああ、ようやく始まったわ。一週間これを楽しみにしてたのよね」


 彼女は机の椅子から降り、テレビの前の近い場所に座る。知らず、興奮しているのか、近くにあったクッションをぎゅっと腕に抱いている。

 すると、テレビ画面には、大きな刀を持った着物姿の少女が現れた。彼女を取り囲む屈強な敵たちと対峙し、大声で啖呵を切っている。


『ふん、これであたいを罠にはめたってかい?』


 と、大きく股を開いて、空から降り溢れる月光の残滓のように輝く刀を、小枝のように軽々と振り回した。


『全く、大勢でよってたかって一人を襲うなんて男らしくないねえ。考えが甘い。甘い甘い、ドロ甘さあ! さあ、最初に斬ってもらいたいのはどいつだい? いくらでも相手になってやるよ!』


 そして、次の瞬間、その少女は、素早い動きでぱっと高く跳躍すると、一番近くにいた敵に斬りかかった。


『せいやっ!!』


 その裂帛れっぱくの気合が込もった一声と共に、何の躊躇もなく、頭からばっさりと刀で両断する。


『う、ぎゃああああああ!!』


 斬られた敵の断末魔が響いた。

 真っ二つにされた体から血の花が咲いた……かと思うと、その体が青い炎に包まれた。

 そして、その引き裂かれた肉体がすぐに燃え尽き、砂塵と消え去る。

 その様子を見た、周囲の敵たちからどよめきが上がった。彼女のその圧倒的な強さは、彼らから戦意を奪ったのである。

 刀を振り切ったままの態勢の少女はくるりと振り返り、宙を刀で薙ぐ。

 グウウウウウン――。

 鋭利に裂かれた空気が、獣のような咆哮を上げた。

 凛、とした少女の声が響く。


『さあ、お次は誰の番だい? 今宵、我が愛刀「異妖花ことようか」は血に飢えている。あんたらの温かい血をジュルジュル音立てて飲みたいってよう。まだまだ相手してやれるぜ。さあ、掛かって来な!』


 そんな少女の勇姿を見ながら、良佳は何度もため息をついている。その甘美な刺激に埋もれた表情は、昼間の学校の友人たちの前で、決して見せない表情だった。

 クッションを無茶苦茶に抱きしめつつ、床を転がる。


「ああもう、可愛いなあ」


 と、きゃあきゃあはしゃいだ声を出す。


「このシーンは後から再チェックしなきゃね。それに、今日の衣装はいつも着てる着物と違って、大胆な色でセクシーで素晴らしいわね。他のものとも比較しないと」


 と、そんなことを一人ごちていると、廊下を歩く音がした。びくり、と良佳は背中を震わせる。

 ゆっくりと、部屋のドアがノックされた。

 母親だ。良佳はすぐに居住まいを正す。


「良佳ぁー。まだ起きてるの?」


 ドア越しに寝ぼけた母の声が聞こえた。どうやら、トイレに起きたらしい。


「う、うん。ちょっとね」

「勉強に熱心になるのはいいけれど、あまり寝不足になるのはよくないわよ……ふわぁ」

「は、はい。もう寝まーす」


 そう返事をすると、すぐに足音が遠のいていった。ふっと、安堵のため息を吐いて、良佳は肩を落とす。


「び、びっくりしたあ。まさか、高校生にもなってこんな番組見てるなんてお母さんたちに知れたら、大変だわ」


 テレビ画面では、相変わらず、勇猛な少女が敵をなぎ払っている。武器が触れ合う度に激しい効果音が響き、主人公の少女の細い体躯が画面を飛び跳ねた。


 それを見ながら、良佳はなんとなく、切ない気持ちになる。

 私が、こんなアニメなんて見てるって知ったら、皆どう思うかしら。

 親は、友達は、学校の教師は……。

 きっと、きっと、変な子って思われるわ。

 可愛い女の子の絵ばっかり見てるなんて、おかしいもの。きっと、普通じゃないわ。

 なんとか、このままバレずにゆけばいいんだけれど。

 憂鬱な気分が良佳の中に充満する。


 ああ、やっぱり、こんな趣味はやめないと駄目かしら。

 すると、画面が切り替わり、今度はアニメのエンディングテーマが流れ始めた。いつの間にか三十分も時間が経ってしまったのだ。

 物悲しいリズムのその曲と共に、良佳の気持ちもしんみりしたものになる。

 ふう、何だか残念。

 いつだって、楽しい時間というのはすぐに去ってしまう。良佳にとって、この番組を見る時間は、日常の世界からほんの少しだけ抜け出て、違う自分になれる場所なのである。

 でも、それは決して、他人に知られてはならないの。そう、決して――。


 と、良佳ははっとして胸に手を当てた。気がつかないうちに自身の鼓動が異常なほど早まっていたのである。

 また、まただわ!

 その症状に良佳は心当たりがあった。最近、なぜか、夜になると、こんなふうに急に心臓が強く拍動することがあるのである。そして、その症状に見舞われる時は必ず、気持ちが急に落ち込む。

 何よ、何なのよ、これ。

 とても苦しい、わ。

 まるで、そう、まるで、心にぽっかりと見えない暗い穴が開いて、そこに足元から引きこまれていくみたい……。


 そして――。

 しばらく、そのままぼうっとしていたのだろうか、急に、はっと良佳は我に帰る。


「あれ、私、もしかして眠ってたのかしら」


 テレビ画面はもうとっくに別の番組が始まっている。若手芸人たちが、お互いを罵倒しながら、体を粉まみれにして笑いあっていた。


「ふう、もうそろそろ眠らなきゃ、明日も学校だし」


 そして、テレビのスイッチを切った時だった。

 ガタリ――。

 ふいに部屋の窓の方から、物音が聞こえた。びくり、と反応して、その方向を見る。

 すると、窓の外に、何か、服の端のようなものが見えた。


「な、何かしら?」


 しかし、それは一瞬で消えて、見えなくなる。

 目の錯覚? 気のせい?

 しかし、同時に、良佳は暗い窓ガラスに映った自分のあることに気がつく。


「あれ?」


 ちょうど、首筋の辺りだ。


「何の痕だろ、これ」


 まるで首輪を嵌められたように、ぐるりと一周赤く細く腫れた部分がある。妙にくっきりとよく目に入る。触れてみるが、特に何とも無い。


「気持ち悪いわ。すぐに消えてくれるといいのだけれど……も、もしかして、最近の体の不調と関係なんて、ないわよね」


 そう思って怖くなり、良佳は、すぐにベッドに潜り込む。頭の中にある暗い幻想など、消え去ってほしかった。

 明かりを消し、目を閉じると、すぐに眠りはやって来た。そして、眠る前に見つけた、奇妙な首筋の赤い痕など、すぐに忘れてしまった。




 しかし、その痕こそが、この後、彼女に訪れた一つの怪事件の発端だったのである。


話の投稿間隔は、他の連載と同様に、前話を投稿して一週間以内という計画で進行させていただきます。※今回の場合で説明すると、6月6日までに次話を更新する予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ